令和元年 12月13日

テーマ:
令和元年 12月13日 東関部屋の師匠であり、私と娘の愛する夫で父親であった、東関大五郎こと佐野元泰が永眠いたしました。

いろいろな経緯はありますが、この1年辛い中、とっても前向きに治療に取り組んできましたが、このようなことになり、本当に本当に悲しく残念でなりません。

親方は常に前向きで、辛いとも悲しいともわがままも何も言わず頑張っていました。誰に聞かれても詳しいことは言わず、良くなっているから大丈夫、と答えていました。
私はそれを側で見ていましたので、ここでも親方の病気について詳しく書くことはできませんでした。
応援してくださる皆さまには、突然このような報告となり驚かせてしまったこと、申し訳ありません。

私は親方と結婚して、おかみさんという経験をさせてもらい、他にも様々なこと、数えきれない素晴らしい経験をプレゼントしてもらいました。
私は親方に何かしてあげられたのだろうかと、悔やまれることばかりです。

九州場所中から、少し体調を崩し、それでも毎日力士たちに電話やメールで取組についてアドバイスしていました。
場所後、珍しく、力士たちがいないと寂しいと口にしました。
その後入院し、急激に体調が悪化する中、主治医とも話し合い、なんとか部屋に連れて帰りたいとお願いしました。
予定より早く帰る事ができ、意識も朦朧としていましたが、部屋に着き力士たちが出迎えると目をぱっちり開きうなずきました。

部屋に戻った翌日、力士たちが順番に親方の手を握り呼びかけ、全員が終わるのを待つように徐々に呼吸が弱くなり、最期は力士たちと私と娘に抱きしめられながらすーっと眠るように逝きました。
最期まで全く弱音を吐かず、師匠としての立派な姿を弟子たちに見せて旅立っていきました。

親方は最期も、自分のことは自分で何でもする親方らしく、私に何のわがままも言ってくれず先に逝ってしまいました。
新しい部屋と、娘と、最後に大きなものを残して逝ってしまいました。
まだまだこれからたくさんの夢と希望を持っていたのに、誇りをもって任務にあたっていた審判に絶対復帰すると思っていたのに、本当に無念だと思います。

今は私も部屋のみんなも、まだ実感があまりありません。いつも寝ていた部屋に親方が寝ています。娘もパパが寝ていると思っています。
本当の寂しさはこれからやって来るのでしょう。

今まで応援して下さった皆さまには、心より御礼申し上げます。
これから考えなければならないこと、部屋のこと、沢山ありますが、親方が望んでいるだろうと思う方向に進むよう、力士たちの為になる方法を私も考え努力したいと思っています。
色々と決まりましたらまた報告させていただきます。



通夜・告別式については下記のとおりとなります。


高砂一門葬            


 
場所    東関部屋(葛飾区柴又2-10-13)   

 
供花連絡先 株式会社オリハラ中央博善社
 
※式場の都合上、お生花は芳名版とさせていただきます。