ユグドラシル運営活動記 (完)   作:dokkakuhei

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5日目

 下火月2日 13:26

 昼の市が疎らに始まり出し、買い物客の往来が増え始める。残暑の続く、代わり映えのない王国の昼過ぎの風景である。そこに腕を組み何やら考え事をする男が1人。

 

「うーん。もしかしてプレイヤーってそんなに来てない?」

 

 しばらく情報を集めて見たのだが、王国戦士長も蒼も朱もハズレ臭い。どう見積もっても『ユグドラシル』のレベル換算で40程度の強さしかなく、出自がはっきりしている者が殆どだ。今のところ出自がはっきりせず、プレイヤーの可能性が残っているのは蒼の薔薇の忍者2人と仮面の女ぐらいだ。それもほぼ無いと言っていい。

 

「こうなったら拠点を移すしかないか。でもモモンガから離れるわけにはいかないよなぁ。まずは近くの評議国あたりでも見に行こうかな…。」

 

 頭を悩ましながら彼は王国の表通りを進む。もちろん日課のストーカーの最中である。ターゲットは蒼の薔薇のリーダーでラキュースという女。ラキュースは調べたところ貴族の出だそうで十中八九NPCなのだが、見逃せない事がいくつかあった。

 

 特に全ての指にアーマーリングをしているのは此方の住人では珍しい。逆に『ユグドラシル』ではある程度レベルの高いプレイヤーは装備枠全てに装飾品(補助アイテム)を着けるのは当たり前のことであった。また、1人でいる時には「魔王が…」だとか「闇の眷属…」だとか呟いている。此方の世界では魔王など出会ったこともない人間が殆どなので、何かしら『ユグドラシル』との接点があるかも知れなかった。

 

 昼過ぎ、薬屋で買い物を終えたラキュースは一旦宿屋に戻るようだ。もう慣れたもので彼女が宿屋に戻るルートは全て把握済みだ。いよいよ情状酌量の余地すらなくなってきたなこの男。

 

 

 ーーー

 

 

 蒼の薔薇が宿屋に取っている部屋の数は3つ。ラキュースと戦士の部屋、忍者2人の部屋、仮面の女1人の部屋だ。始めは5人部屋を取っていたのだが、忍者の片割れが毎日のように夜這いをしてくるのでラキュースの申し立てによって部屋を分けることになった。そこで仮面の仲間が「私も1人部屋がいい」と我儘を言い出したのでこの形に収まったというわけだ。

 

 その際、忍者の片割れが事もあろうに

 

「心配しなくてもイビルアイの体にはそそらない。自意識過剰だ」

 

 などと宣ったので、危うくチームの解散に瀕することになった。仮面の女がブチギレて至近距離で<魔法抵抗突破最強化・水晶の短剣>を放ったのだ。相手が反射神経の優れたイジャニーヤでなければ死んでいた。なんとかラキュースと戦士で取押えてことなきを得たものの、2個のポーションを無駄にした。

 

 あの時、仲間の小さなマジックキャスターが仮面の下で泣いていたのをラキュースは知っている。

 

 

「ふぅ、用意はこれでいいか。今日の晩は遅くなるし、先にお風呂でも入ろうかな。」

 

 ポーション類の確認を終えたラキュースは夜の予定について考える。王女の依頼で麻薬を密造・販売している組織の拠点を襲撃するのだ。強襲を掛けるので匂いなどの痕跡はなるだけ消しておきたかった。

 

「チャンスだ。」

 

 彼はラキュースが風呂に入っている隙に装備品を漁る。彼の名誉のために言って置くが、何も下心があってこういうことをしているのではない。まあ、どのような理由があろうと最早変態の誹りを免れることはできないのだが。

 

「あった、これだ。」

 

 彼はラキュースが嵌めていたアーマーリングをみとめると、運営コマンド<アイテム検索>を使用した。これはインベントリにデータが入っているアイテムを喚び出すというものだ。彼が喚んだのは分厚い黒表紙に銀字で装飾された本と虫眼鏡であった。そしてアイテムに込められた魔法を起動する。

 

「<道具鑑定>、<付与魔法探知>」

 

 ………?

 

「アビリティ付与・ステータス補助無し?何で?」

 

 考えられる理由は2つ。1つは『ユグドラシル』に無い効果なので識別出来なかった、もう1つは単純にファッションの為のリングであったという事。後者は考え辛いだろう。こんなリングを好き好んで嵌めるなど、まるで痛い人のようだ。よもや貴族令嬢が(アレ)を患っているということはないだろう。しかし、『ユグドラシル』では無かったエンチャントも解析出来る事も分かっているので、前者も該当しない。

 

「もしかしたらこっちの世界では『ユグドラシル』システムでの解析ができないエンチャントがあるのかも知れない。要検証だな。」

 

 彼が用事を済ませ、離れようとすると

 

 

 

「誰!?」

 

 風呂場の方から誰何の声。しまった、油断しすぎたか。素早く身を翻し、物陰に隠れる。

 

「くっ、また魔王がこの剣を狙ってやってきたのか。」

 

 ラキュースが自分の剣を大事そうに抱える。どうやらあの剣は相当曰く付きの物らしい。彼女の口振りから魔王と呼ばれるものとしょっちゅう出くわしているらしいことがわかる。

 

「魔王め、私の目が黒いうちはお前達の好きにはさせない!」

 

「どうした!ラキュース!敵襲か!?」

 

 次の瞬間、全身筋肉に覆われた巨漢…いや巨女が慌てて部屋に入ってくる。彼は入れ替わるように扉から脱出する。

 

「まさか八本指の連中が計画に気付いて攻撃をしかけてきたのか?」

 

「ち、違うの!ガガーラン!忘れて!」

 

 彼は急いで外に出たので、顔を真っ赤にするラキュースに気が付かなかった。

 

 

 ーーー

 

 

 下火月3日 17:41

 彼は王都中の観測アイテムを調べていた。もしかすると表には出て来ていないプレイヤーが王都にいるかも知れないと思ったのだ。だが結果は芳しく無く。

 

「退屈だ。」

 

 いっそエ・ランテルのアンデット騒ぎみたいなのがこっちでも起これば情報収集もやりやすくなると、縁起でもないことを想像する。

 

「何だこのクソゲーは、イベント起きねーぞ。フラグ管理どうなっているんだ。」

 

 ここにプレイヤーが居たらお前が言うなと総ツッコミを受けそうな科白を吐いた。

 

 昔『ユグドラシル』ではイベント進行に必要なNPCをプレイヤーの1人が消滅させ、イベント自体が攻略不可となった事があった。多くのプレイヤーが救済措置を求めたが、それに対する公式見解において運営は

 

「これもまた世界の選択なのだ…。」

 

 などとテキトーな事を言ってイベントの進行を放棄した。

 

 しかもイベント終了予定期限まできっちり<イベント中>の広告バナーを出していたので、この期間に初めた新人の間で

 

「イベントって何処でやってるんですか?」

 

「やってない。」

 

「え、でもここにイベント中って…。」

 

「やってない。」

 

「アッハイ。」

 

 と言う混乱が起こった。『ユグドラシル』運営伝説の一節である。

 

 そんな懐かしい事を思い出していると、路地の一角で何やら騒ぎが起こっている。野次馬根性で見に行ってみると、犯罪の検挙の場に出くわしたらしい。

 

 そこで第三王女の部屋の前にいた騎士を見つける。装備は変わっているが印象に残っているので間違いない。あの騎士が事件を解決したようだ。

 

「やるな。ん…そういえば第三王女の所の観測アイテムを見るの忘れてたな。夜に行こう。」

 

 彼は王女の部屋に向かう事にする。そこで彼にとってのイベントが待っているとも知らずに。

 

 

 ーーー

 

 

 下火月4日 02:13

 彼はラナーの居室の前に降り立つ。彼は部屋の中を確認すると<次元の移動>で壁をすり抜ける。この方法は隠密性が下がるのであまりやりたくない。彼は自分の隠密スキルに自信があったが、それでも転移の痕跡は完全には消せないのだ。しかし、背に腹は変えられない。家人は寝ているだろうし、問題ないだろう。

 

 因みに部屋の中を確認するときは、<遠隔視の鏡>に映る景色をさらに<遠隔視の鏡>で覗き込むという念の入れようだ。大体のカウンターディテクトは直接覗き込んでいるところに何らかの攻撃や状態異常を仕掛けるものだが、この方法を取ることによって安全度は格段に上昇する。『ユグドラシル』でも知る人ぞ知る裏ワザ的手法だ。

 

 彼は観測アイテムを手に取り、録画内容を確認する。ラナーは昨日の朝ラキュースと会談をしていたようだ。その中で暗号文書を解いているのが映っていた。相当頭の切れる女性のようだ。

 

 そして録画を進めて行った時、見つけてしまった。

 

 

「ここに映っているのは何だ?」

 

 

 そこではラナーと異業種が会話しているのが記録されていた。彼はこいつを知っている。朧げな記憶を辿ると、確かナザリック地下大墳墓に1500人のプレイヤーが突撃した時に見たナザリックの防衛に当たっていたNPCの1人だ。

 

「何故ここにいる…?そもそもなんで王女は普通に会話しているんだ…?」

 

 嫌な予感がした。見てはいけないものを見てしまった感覚。とにかく一旦ここから離れなければ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。いるんでしょう。」

 

 

 毛がゾワリと逆立つ。ラナーの声だ。起きていたのか?気付かれたのか?

 

 

 ラナーの位置はほぼ真後ろ、彼は振り返りたくなる衝動を抑える。相手に自分の姿は見えているはずがない。恐らく異業種の客を呼び止めたのだ。じっとしているのが正解だ。気配を絶ってやり過ごすのだ。

 

 

 本当にそうか?そもそも後ろのラナーは本物なのか?ナザリックのメンバーと会っていたならドッペルゲンガーとすり替わっているんじゃないのか?今にも襲いかかってくるのではないか?

 

 

 転移を使うか?もし<次元封鎖>をされればみすみす自分の位置を晒すことになる。どうする?心拍数が上がるのを感じる。額を汗が伝う。動けば致命的な事態を招くのではないかという不安が体を強張らせる。

 

ラナーの表情は見えないが何と無く想像はついた。いつもの笑顔でいるのだろう。あの七難さえ退けるような笑顔で。

 

 

 そうして永遠にも似た数瞬を経た後。

 

 

「気のせいだったかしら。」

 

 

 ラナーの気配が遠のいていった。杞憂だったか。彼は小さく溜息をつく。考え過ぎは良くない。過ぎた想像は行動の自由を制限するものだ。安堵し観測アイテムを元の場所に戻そうとするが、彼はその中に収められていた映像を思い出し手を止める。

 

 ラナーは頭の切れる女だ。観測アイテム自体には気がついてないにせよ、ナザリックという存在を知った以上それに匹敵する存在がこの世界に来ている可能性を考えただろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()も。

 

 そしてカマを掛けたのだ。彼はラナーの悪魔的智謀に戦慄する。しかし。

 

「賭けには勝った。」

 

 あの場は動かないことが正解だった。悪魔が出入りすることがわかった以上、此処にはもう痕跡は残せない。彼は観測アイテムを置かずに去る。しかしこれからはモモンガと接触していたラナーの周りは今まで以上に頻度を上げて見なければならない。

 

「別の方法を考えなければ。」

 

 

 ーーー

 

 

 下火月4日 02:13

 ラナーはベッドに腰を下ろしていた。城の警備以外は寝静まった頃合いだ。そろそろ良いだろう。彼女は立ち上がる。そして客間の方へ忍び足で歩いて行き、口を開く。

 

「ねぇ。いるんでしょう。」

 

 ラナーにはもちろん何も見えていない。誰もいない沈黙の空間に声を掛けたのだ。そしてそのままきっかり60秒何もせずに佇む。

 

「気のせいだったかしら。」

 

 ラナーは踵を返し、寝室へ戻る。

 

 

 

 このようなことをしたのには理由がある。少し前に悪魔が訪ねて来たのだ。比喩でもなんでもない、絵に描いたような悪魔である。

 

 初めはたいそう驚いたが、話のわかる悪魔だったので直ぐに打ち解けた。訪れた理由を聞くと、モモンという冒険者の英雄譚(サーガ)で一役かって欲しいとの事。彼女は直ぐに了承した。人知をはるかに超えた物がわざわざ自分を選び、対等な関係で契約を持ちかけたのだ。断る理由がなかった。対価は自分と自分の愛するものの安全。それ以外は何もいらなかった。

 

 話の中で悪魔がモモンの一団に属している事が分かったが、一つ気になったのは執拗に自分たち以外の()の話を聞きたがった事だ。どうやら誰かを探しているらしい。彼女はとぼけたふりをしたが、思い当たる節があった。記録装置の持ち主のことだろう。もちろん悪魔に記録装置のことは教えない。

 

 用事が済むと悪魔は急ぎの用があるらしく、部屋を去っていった。

 

「なるほどね。」

 

 状況は大体察した。記録装置の持ち主はモモンと同じく人知を超えた存在でありしかも別のグループだ。そして敵対関係にある可能性が高い。違いといえば、モモンのグループは割と行動的で外界に対して今のように接触をして来ている。一方は取る手法が消極的だ。モモンのグループの方が優位に立っているのか?

 

 持ち主は噂に聞く法国の特殊部隊の可能性も考えたが、あそこの国は王国をたいそう嫌っている節がある。潰してくる気ならこんな回りくどいことはしてこないだろう。それに法国は私のことを世間知らずのお姫様だと思っている。私の本性を知っているのは下の兄と隣の皇帝ぐらいだろう。

 

 次に彼の者の正体だか、今は正体不明としか言いようがない。モモンが追っている吸血鬼の片割れかと思ったが、あれはどうも嘘くさい。悪魔の様子では敵の正体について分かっていないような気配だ。モモンは敵が多いのかもしれない。

 

 と言っても、彼の者は直接的にモモンと対立するような事は避けているようだ。監視している、といった方が正しいのか。

 

 此処で1つの可能性に気がつく。彼らのようなグループはもっといるのでは?モモン以外も監視しているという事も考えられる。まあ、これ以上相手の素性を考えても妄想の域を出ないだろう。一旦思考を打ち切る。

 

 重要なのは相手の行動だ。モモンのグループは動いた。もう一方はどうするのか。記録装置を仕掛けたのがモモンを監視するためなら此処に使者が来た今、相手も来るんじゃないか?

 

 一芝居してやろう。コソコソ隠れながら嗅ぎ回っている奴が来る時間に。丑三つ時で良いだろう。

 

 この演技は相手がこの場にいなくても問題ない。

 

 いなくてもモモンの使いが来たと勘違いして、声を掛けたのだと見られるだろう。プラスマイナスゼロだ。もしいたならば或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という偽の情報を持ち帰らせることができる。

 

 そうなればこれからの展開は非常に有利になる。所詮その程度、バレていないと勘違いして相手は油断するだろう。同時に、ラナーがモモンとつながっている事は相手に知れた。これからはもっと私に注意を向けて来る。ならば演技を見せ(魔法を掛け)てやろう。少しずつ毒を流してやるのだ。

 

 何処の誰だか知らないが、今はまだモモンに釘付けになっていてもらわなければ困る。ラナーはモモンの傘下に入ったが、いかんせんモモンは強大過ぎる。対抗できる者を残しておかなくてはいつ足を掬われるか分からないのだ。保険は多いに越した事はない。

 

 ラナーの頭の中はもう将来の夢で一杯だった。大好きな騎士との幸せな暮らしの夢。そのためにはどんなハードルも乗り越えてみせる。

 

 ベッドの中でラナーは笑った。誰にも見せない貌で。それは悪魔が見ても震え上がるほど悍ましく、異形が蠢く闇夜に相応しいものだった。

 

 

 ーーー

 ーーー

 

 

 ラナーの行動は結果的に、彼の行動を決めるこれ以上ない最高のタイミングとなった。此処が分水嶺である。彼の運命は今決まった。

 

 

 

 

 




そろそろ風呂敷畳み始めます。

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