ユグドラシル運営活動記 (完)   作:dokkakuhei

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3日目

「わっはっはっは。こりゃすごい。」

 

 彼は今、王国の城内で開かれている会議に潜入していた。そこで行われている会議(子供のケンカ)に面食らい、思わず笑い声を上げてしまった。

 

 議題など完全無視の、相手の悪い所をあげつらうだけの発言ばかりが飛び交っている。この国の政治腐敗の度合いを如実に表しているかのようだ。1つだけ褒められる点を強いて挙げるとすれば、貴族特有の皮肉の語彙の多さは流石というか舌を巻くものがある。言ってて悲しくなって来た。

 

 会議は踊る、されど進まずという言葉があるが、出席者達には踊るという優雅ささえ持ち合わせていなかった。一般人から見ても礼を失していると思うような行動が横行している。

 

「こういうのなんていうんだっけ?ダニング=クルーガー効果?」

 

 無能なものほど他人をよく貶めると聞いたことがあったが、真にその通りだ。話を聞いている王様の顔を見てみろ。苦労で刻まれた顔の皺が折り重なってまるで洗濯板だ。とてもじゃないが見ていられない。王の後ろ隣で控えている、風貌からして王国戦士長らしき近衛の人物も顰め面を隠そうとはしていない。この惨状はいつものことなのだろう。

 

 彼は王に同情しつつ会議の間を後にした、その際幾人か地位の高そうな人間の顔と名前を覚え、観測アイテムも仕込む。

 

 

 ーーー

 

 

 彼は王都に着いたらすぐ、この辺りの有名人の情報を集めた。10日程情報を集めたがその中で、強く且つ所在が分かっているのは、王国戦士長なる人物と「朱の雫」「蒼の薔薇」という2つの冒険者チームとなった。

 

 朱の雫は今、依頼任務の最中ということで暫く王都にはいないらしい。王国戦士長は王の側近であり王城内にいることが多く、蒼の薔薇のリーダーは第三王女と仲がいいとのことで度々王城に出入りするという。

 

 そういうわけで王城の中でいろいろ調べるのが一番都合がいいと感じたの彼は、まず戦士長が出席する王城での会議に潜入したというわけだ。 結果は見ての通り。収穫は王国戦士長の顔が判明したことぐらいか。

 

 次は第三王女の居室を探す事にする。ついでに王城探索と洒落込もう。

 

 

 ーーー

 

 

 会議の間を出た通路から、王族の居室と思われる奥の方へ向かう。豪奢な装飾品を数多く配置した廊下を抜けると開けた場所に出た。中庭のようだ。草木がよく剪定されており、足を止めて眺めていると、奥まったところで兵士の訓練場だろうか剣戟の音が微かに聞こえる。爽やかな風が心地よい。

 

 幾つか部屋の前を通ったが、扉の横には決まって騎士が立っている。彼らは時おり姿勢を崩したり、欠伸をしたり、今政治が大変な事になっているというのに我関せずといった風体だ。メイドともすれ違ったが彼女らも他人の目がないからか、数人で集まっておしゃべりに夢中の様子だ。

 

「平和だなぁ。」

 

 会議の場以外は。

 

「というか第三王女の部屋見つかんないんだけど。なんで第一王子、第二王子、第一王女、第二王女の部屋が同じ棟にあって第三王女の部屋がないんだよ。」

 

 王族の寝殿は王の居室を囲むようにその子息達の部屋が4つ対称的に配置されていた。第三王女の物も近くにあると思ったが、どうも見当たらない。

 

 彼が1人悪態をついていると、メイドに連れられた2人の女性が中庭を横切り、離れの方へ向かうのが見えた。よくよく見ると首に冒険者の証であるプレートを下げている。

 

「!? あれは!」

 

 こんなところに出入りできる冒険者といえば噂に聞く蒼の薔薇だろう。もしかしたら第三王女に会いに来たのかもしれない。驚いたのはその1人の格好が忍者であったことだ。『ユグドラシル』ではニンジャの職業をとるには多くの条件をクリアしなければならない。具体的にいえば基本的にはレベル60台にならなければ取得できなかった。

 

「これは当たりか!」

 

 急いで後をつける。うら若き女性をコソコソつけるというのは後ろめたい気持ちに駆られたが、これは仕事だから!仕事だから!

 

 

 ーーー

 

 

 第三王女の居室は王城のかなり外れたところに存在した。物静かで、世の喧噪から丸ごと切り離されたかの様に優雅な空間であった。部屋の前に立っている騎士を見やると、まだ若いが面構えは真剣そのもの。この王宮内で見たどの騎士よりも騎士然としていて、職務に真面目な様子が伺える。装備も一段上質な、白の甲冑を着ていた。

 

 メイドと騎士が2、3言葉を交わすとメイドは去り、騎士が蒼の薔薇2人を中に案内する。

 

 ここが腕の見せ所だ。潜入において何が一番困難かというと、部屋の中に入る時である。まさか衆目があるところで普通にドアを開けて入るわけにもいかない。ともすればどうするのか。

 

「こうするのだ!」

 

 彼は熟練の操作で<飛行>を行使し、まるで背面跳びの様な格好で天井スレスレ、人と扉枠の間をすり抜ける。妖怪か何かか?

 

 無事、中に潜入することが出来た。王城は扉が大きいので難なく入ることが出来たが、隙間が少ない時はまた別の方法を考えなければならない。

 

 ともあれ彼が1人、人知れず妙技を披露している間に王女と冒険者の会話が始まる。

 

「ラナー、こんにちは。」

 

「ラキュース!来てくれてありがとう!それからティナさん…ですよね?」

 

「外れ。私はティア。」

 

「まあ、これは失礼しましたわ。」

 

「ラナー、冗談よ。ティナも下らないことはやめなさい。」

 

 ティナと呼ばれた女性が悪戯っ子の様に舌を出す。話してから10秒と間を持たず空間に花が咲いた様に明るくなる。さぞ彼女らは仲がいいのだろう。

 

 女子会が開かれている最中、彼は蒼の薔薇の2人を観察していた。装備は偽装の可能性もあるが『ユグドラシル』基準では弱い部類に入る。実力の方だが、少し危険だがカマをかけて見る。

 

 彼は<飛行>を解き、床に足を付けた。(いつもは足跡の様な痕跡を残さぬ様、常に飛んでいる)そして、6()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()石をティナの足元に投げる。

 

 結果は無反応。

 

 気付いてないのか、気付かないフリをしているのかわからないが取り敢えず石を回収する。まだ検証が必要だ。

 

 

 ーーー

 

 

「ところで、そろそろ私を呼んだ理由を聞かせてくれてもいいんじゃない?」

 

 ラキュースが振るとラナーは紅茶を飲み、一拍して口を開く。

 

「最近エ・ランテルで何か事件が起こったそうじゃない。それについて教えて欲しいのよ。確か、アンデットが大量に出現したとか。」

 

 ラキュースとティナは驚いた様に顔を見合わせる。半分幽閉され、外の世界と隔絶されたところにいる姫が昨晩早馬で来たばかりのニュースを知っていることが不思議でならないのだ。

 

「いったいどこで聞いてるのやら。本当にすごいわね。」

 

 ラキュースは半ば呆れた様子で事件のあらましを語り始める。聞けば都市を覆い尽くす様なアンデットの群れが突然降って湧いて出たかのように出現したらしい。一時はあわや大惨事かと思いきや、駆けつけた名も知れぬ2人組がアンデットを殲滅、首謀者も特定したらしい。

 

「それ本当?」

 

「私だって信じられないわよ。アンデットの数は千を超えてたらしいし、スケリトルドラゴンもいたとかいう話よ。多少は噂に尾ひれがついてると思うけど。」

 

「2人組の格好は?」

 

「黒い甲冑の男と、茶色のローブを着た黒い長髪の女。戦士とマジックキャスターらしいわ。」

 

「!!! 奴らか!」

 

 この部屋の中で一番驚いたのは壁で聞き耳を立てていた彼である。エ・ランテルを出る時すれ違った2人組だ。

 

「その2人組はまだエ・ランテルに?」

 

「冒険者登録はエ・ランテルでしてるらしいから、余程のことがあれば動かないんじゃない?」

 

 それを聞いた彼はすぐエ・ランテルに向かうことを決意した。急ぎなので転移を使う。その際、観測アイテムも仕込む。女性の部屋に勝手に忍び込んだ上、カメラを設置するなどもはや犯罪の言い逃れも出来ないが、仕事だから!仕事だから!

 

 

 ーーー

 

 

 彼はエ・ランテルに転移するとすぐさま観測アイテムをチェックして回った。残念ながら墓地には設置するのを忘れていたが、墓地に入る門のカメラには目的の人物達が映っていた。ジャイアントスウォームを剣の投擲の一撃で沈め、ひらりと門を飛び越えていく姿が収められている。

 

「これは、プレイヤーの可能性が高いぞ。」

 

 彼はこの2人組の痕跡を調べ尽くす。

 

「これは…」

 

 商店街の一角、ある薬屋を映したカメラを見ている時彼の手が止まった。2人組がこの店の店主と中に入った後、出てくる間に彼らの映像が途切れている箇所がある。これは、2人組が探知魔法を掛けられるという事を想定して、何らかのカウンターを用いたのだと思って間違いないだろう。アイテムのHPも減っている。

 

「確定的だ。」

 

 こいつらはプレイヤーの関係者で間違いない。思わず笑みがこぼれた。その笑みはこれで仕事ができるという充足感と、拠点を王国に据えると決めた自らの勘の冴えに対する愉悦によるものだった。

 

「蒼の薔薇のニンジャも気になるが、こちらの方が優先度が高い。暫くはこの2人組を張ろう。」

 

『ユグドラシル』プレイヤーの中に黒い甲冑の戦士と黒髪のマジックキャスターの2人組に思い当たる節はなかったが、もしかしたら他にパーティーメンバーがいるかも知れない。ギルド単位でこちらに来てる可能性もある。

 

 彼は上機嫌で2人組を探すことにした。

 

 

 ーーー

 

 

 ここは王城の第三王女の居室。午後にあった華やかな茶会もなりを潜め、暗い静寂が訪れている。メイドも今日の業務を終え、大好きな騎士も自分の寮に帰らせた。ここには王女しかいない。

 

 王女は蹲ってテーブルの下の敷物をしきりに観察している。

 

「やっぱり違うわね。」

 

 敷物の上には、彼女の知らない足跡が残されていた。朝も確認をしたので付いたのは昼過ぎ、来客があった時以降だ。彼女の物でも、友人の物でも、大好きな騎士の物でも、メイドの物でもない足跡がある。全部で6歩分だ。

 

「怠け者のメイドには感謝しなくちゃね。私がそうさせたんだけど。」

 

 メイドが掃除を真面目にやらなかったおかげで今こうしてじっくり観察出来ているのだ。カーペットだって、こういう時のために彼女が拵えた特注品である。わざわざ足跡が分かりにくく、残りやすい材質のものを用意させた。

 

「確かに何者かがここにいたわね。いや、まだいるのかしら。」

 

 辺りを見るが気配はない。まあ、暗殺者が本気で姿を潜めれば、素人のラナーでは発見できないのだが。わからないのは仕方ない、本格的に現場検証を始める。

 

「歩幅、足の開きから、男性かな。壁際からテーブルに近づいて3歩、そして2歩戻る。1歩外れて、そこで消えているわね。うーん、2歩目と3歩目は間が近くて爪先に体重が掛かっている。しゃがんで何かここでやったのかな。」

 

 テーブル周りを調べるが痕跡は何もない。ひとまず置いておいて4歩目、5歩目を調べる。

 

「何もないわね。」

 

 彼女は諦め掛けて、何気なく隅の方を見やる。

 

「あれ?」

 

 一箇所だけ埃が他の場所より少ない。手を翳すと…。

 

「! フフ。本当にメイドには感謝しなくちゃね。」

 

 何か感触があった。何かはわからないが、何者かが隠れてここに設置するという事は爆弾や催眠装置などのテロ用品か記録装置だろう。前者は置く意味が薄い、第三王女は国民に人気があるとはいえ、対外的には政治の場からは無縁な存在だ。後者だと勘が告げている。

 

 それに気がついた彼女はもちろん()()()()()()()()()。何者が解らないが、観測したいなら私の演技でも見ていてくれればいい。今までの捜査だって掃除をする様な自然な動作の中で行なっていた。

 

 こんなものを置いて行くのだから、今はここにはいないのだろう。

 

「これは誰の物なのでしょう。エ・ランテルの2人組の仲間?それとも他の人?」

 

 彼女は笑った。今は月夜だというのに太陽が微笑んだかの様に。それは余りにも場に不釣り合いで、不気味だった。

 

 

 ーーー

 ーーー

 

 

 彼は浮かれていた。今迄自分の行動が全て順風満帆に進んでいるかの様な錯覚をする程に。1人、彼の存在を認識し始めている者がいる事など知りもしなかった。

 

 このミスが小さいものか、致命的なのか、それはまだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 




名探偵ラナー始まるよ(嘘)

今回の捏造ポイント
・王城の間取り。
・<飛行>中は装備品や所持品も全部浮く。
・ナーベさんがロケートオブジェクトを使う前に使用した、カウンタ ーディテクトの種類。

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