彼は、線状に石が取り除かれ、草が刈られた地面を発見した。『道』だ。どうやら人為的なもので、ここを通る者がいるらしい。
「よかった。代わり映えのしない空間でたった1人ということはなさそうだ。」
道なりに進めば街なりなんなりに着くだろう。見つけたら適当にプレイヤーの情報収集だ。とは言ってもどうせNPCとはまともな会話ができないだろうから遠巻きに見て、プレイヤーっぽいのを探すだけだが。決して自分が運営だという事を喧伝して、それを見つけたプレイヤーにボコられる事を恐れたわけではない。
ーーー
「なんだこれは…。」
一番初めに見つけた村で彼は信じられないものを目にしていた。電脳空間の中の住人がもはや人が入って操作しているとしか思えないほど精巧、且つ自然に動いている。通りに出ている者たち全員がだ。よく見えないが家屋に入っている者も同じ様子である。
もしや全員プレイヤーか?とも思ったが誰がゲームの世界で町人Aの役をやりたがるだろうか。シムシティで動いている1人1人をロールプレイして何が楽しいのか、というか家畜まで生き物のように動いている。ありえない、いや待てよ、逆に新しいかもしれない。
「違う違う。」
思考が変な方向に飛びそうなのを抑えて、別の可能性を探す。やはりこれらはNPCで、丁寧に作られているだけだ。その方がまだ納得できる。
「草原といい、NPCといいどれだけ金かけて作ったんだこの電脳空間。しかし困ったことになった。」
これだけNPCが人間らしく動くと、プレイヤーと見分けがつかない。もし適当に話しかけて実はプレイヤーでした→DEAD ENDになる可能性もある。『ユグドラシル』のアバター外装は結構なんでもありだった。みすぼらしい格好をして相手を油断させるのはPVPの常套手段である。
これではとりあえず観察して、善良なプレイヤーから囲っていき、数に物を言わせる「みんな仲良くしようよ作戦」が水泡に帰す。何か違う方法を考えねば。いや、決してプレイヤーにボコられるのを恐れているのではない。
彼は方針を変え、もっとこの世界を知ることから初めようと思った。この世界のことがわかれば、『ユグドラシル』との違いも見えてくる。そうしてプレイヤーとNPCを見分けようと考えた。
ーーー
ーそれなりの時間経過ー
ーーー
いろいろわかった事がある。1つはこの周辺の地理、1つはこの周辺のレベル帯だ。近場にある国は王国、帝国、法国、聖王国、竜王国、評議国etc…である。そして、この辺りの住人は『ユグドラシル』に比べはるかに弱い。
とはいってもこの空間特有のアイテム、そしてタレントや武技といった見過ごせない情報も手に入った。だが1番重要な情報は『ユグドラシル』の魔法があるという事だ。これは2つの電脳空間になんらかの接点があるという事だろう。
ちなみに、情報収集の手段は全て隠密による盗み聞きだ。何処にプレイヤーの目があるかわからない状態で姿を見せるわけにはいかなかった。話し合いを有利に進めるためには接触は必ずこちらからしなければならない。『ユグドラシル』のプレイヤーがなれる種族は多岐にわたるので、その辺のゴブリンでさえプレイヤーの可能性がある。誰にも姿を見せるわけにはいかなかった。
彼の隠密スキルは運営としてゲームの中で動くためにかなり高い性能を誇っている。『ユグドラシル』基準で言えば、100レベルまで探査系の職業を取得したユニットが全力で彼を探して発見できる確率は5分といったところだ。それも彼が「いる」と言う前情報を持っている状態でである。この空間の住人では彼に気がつくものはまずいないだろう。王宮やら神殿やら国の機密の部分までかなり踏み込んだ。
そこで彼はかなり面白い情報も手に入れた。王国と帝国は毎年のように戦争して、領土争いをしていること。法国は人間至上主義の国で、他種族を迫害ないしは根絶しようとしていること。竜王国はビーストマンと呼ばれる半獣の種族の侵攻を受け、法国がその支援をしているが後手に回っている状況であること。評議国は統治者が人間ではなく、竜らしい。そのため法国に敵視されていること。
法国の神話に出てくる『ユグドラシル』のプレイヤーらしき六大神や八欲王といった情報も手に入ったが、本当にプレイヤーなのか、仮にそうならば何故出現に時間的乖離があるのかは分からなかった。
1つ考えられるのはサービス終了当時の管理サーバー位置の違いだが、確証はない。彼が思い当たるプレイヤー名は法国の神話に出てこなかったし、そもそも全てのプレイヤーの名前を知っているわけではなかった。せいぜいが有名ギルドの長か、ワールドチャンピオンの名前を覚えているぐらいだ。
しかしながら、第一目標は達成した。
「とりあえずこれでプレイヤーとNPCが判別できるようになったぞ。」
『ユグドラシル』のプレイヤーはゲーム末期では殆どの者が100レベルに近かった。この空間で表立って行動していればいやでも目立つ。相当な有名人になっている事だろう。
ーーー
「じゃあ、どこを拠点にしようかな。」
有名人を探すという目標が出来たので、もうあくせく動き回る必要性はないように感じた。どこかで腰を据えて情報を精査する作業を優先するのがいいだろう。
「消去法で評議国は無し、あそこはプレイヤーには居心地悪いだろう。あと、常に外敵の危険にさらされている竜王国も避けよう。」
『ユグドラシル』にプレイヤーの職業に竜はなかった。竜が統治してる評議国にいる可能性は他に比べて低いだろう。ビーストマンに度々襲われてる竜王国では情報収集どころではない。残りは王国、帝国、法国、聖王国となる。
「普通なら法国が一番いいだろうな。毎年戦争してる王国と帝国に睨みを聞かせられる立場にあるし、戦力的にも頭一つ抜けている。逆に王国はダメだな。戦争で民は疲弊し、貴族は腐敗が進んでいる。行政が犯罪集団と癒着しているように、王に国を統治しきる求心力は無い。まさに斜陽国家という言葉がぴったりだ。」
1つ1つ国の現状を整理していく。これは今後の展開を決める重大な作業である。
「帝国は今の皇帝が絶大な権力とカリスマで統治している。民は活気付き、または賑わっている。人に紛れて行動するにはかなり都合がいい。皇帝が実権を強く握っているので、情報も皇帝に集まりやすい。ここを抑える事で情報戦はかなり有利に進められる。」
実は情報収集は他人にやってもらった方がいい。慣れたプレイヤーなら探知魔法に対してカウンターを仕込んでくるのは容易く想定できる。直接的な情報収集はかなり危険な作業なのだ。それに1人では集められる量に限界がある。国のような大きい機関にやってもらうほうが遥かにいい。
「聖王国は…パッとしないな。」
特段言うこともない。
ここまでを整理すると、国として強大でプレイヤーとも縁が深いと思われる法国。これはかなり無難な選択肢だろう。次に、活動自体がやり易そうな帝国。こちらも選択肢としてかなり優秀だ。そして王国。この国を拠点として活動するのはクソゲーだ。小笠原家で天下統一をプレイするぐらいクソゲーだ。あと選択肢の中から自然消滅した国があったが忘れた。
「よし。」
彼の心は決まった。
ーーー
「ここがエ・ランテルか。」
彼は王国、帝国、法国の地図的にちょうど真ん中にある城塞都市に来ていた。高い壁を二重三重と四方に巡らせ、防衛戦を想定された都市である。何故こんなところに来たのかというと、もちろん
何を隠そう彼は『ユグドラシル』運営である。そう、あのクソ運営だ。あの生粋の、クソゲー大好き集団の一員なのだ。彼の中のクソゲーハンターの血が燃えていた。
とはいってもただそれだけで決めたわけではない。彼の直感が、まず大きなイベントが起きるとしたら王国だと告げていたのだ。政略闘争をする者たち。国家転覆を図るものたち。不満を募らせる民衆。帝国という外敵。もし、自分が物語の作者だったら、ゲームのシナリオライターだったら、必ずここでイベントを起こす。そうなればプレイヤーも大なり小なり何か反応を示すに違いない。
そういったある種、メタ的な視点でものを考えていた。しかし、確信があった。
何故ならここは電脳空間。娯楽のために作られた世界なのだから。
ーーー
彼は早速、王都リエスティーゼに向かうべく準備をした。エ・ランテルには自動の定点観測アイテムを複数仕込んでおく。これは『ユグドラシル』では一般に流通していなかったアイテムだ。エフェクト動作を始めとする映像ログ解析のために使用していた、スクリーンショット機能や音声録音機能が付いた運営専用アイテムである。
これの優れたところは、小さく発見されづらいことと、独立して動作するため使用者にカウンターディテクトの効果が及ばないことだ。ただし、内容を確認するためにはいちいち回収しなければならないという難点がある。
念のためアイテムには物理的・魔法的隠蔽を施していく。主要施設に一通り設置し終わった後、彼は意気揚々と王都に向かっていった。
途中、黒い甲冑に身を包んだ男(?)と茶色のローブを羽織った女の二人連れとすれ違ったが、女の方がものすごい剣呑なオーラを発していたのでそそくさと退散した。触らぬ神に祟りなしである。まあ、彼の姿は誰にも見えていないはずなのでビビりすぎではあるのだが。
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ーーー
彼は、運営ならばこう行動するだろうという使命感のもと目標を決定していた。電脳法の管理責任に基づくとしたら、仕事としてプレイヤーを集めて今の状況を説明するのが筋だろう。
しかし、一体その後どうするつもりなのか?よもや「皆さんは今、『ユグドラシル』の電脳空間にはおらず、別の空間にいます。そしてリアルの皆さんの身体はもう無事かどうかわかりません。帰り方もわかりません。」とでも言うつもりだったのか?
運営とは、ゲームの中にあってゲームをする存在ではない。ではゲームが限りなく現実になった世界で運営は何を思うか。彼は現実感が足りていないのだ。どこか達観した視点で物事を捉えていた。
こちらに来てからわかっているだけでもかなりの時間が経過している。脳内ナノマシンの残量は底を突いているはずだ。既に廃人確定だろう。彼はもし、現状を知ったプレイヤー達がどういう行動に出るかすら想像もしていなかった。そもそも、現状を認識できているはずの自分のことですらも思考の範疇になかったのだ。
話中で触れられなかった部分の補足
・移動方法はだいたい飛行と転移
・彼の戦闘技術はほぼ皆無。素のパラメータ頼みの戦闘しか出来ません。
誤字報告ありがとうございます。修正させていただきました。