ユグドラシル運営活動記 (完)   作:dokkakuhei

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初投稿です。あまり真剣に読まないでください。おねがいします。




最終日、そして初日

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 その日は満天の星空と共に無数の花火が夜空を彩っていた。次々に上がる大輪の花、その数は既に十万を超えている。この世のものとは思えない贅を尽くした光景だというのに観客の顔は皆一様に無表情だ。

 

 その不釣り合いさはどこか現実離れしているが、それもそのはず、これは全てゲームの中の出来事なのだ。

 

『ユグドラシル』というのがこのゲームの名前である。

 

 かつてDMMO-RPGと呼ばれるゲームの内、広大なマップと高いプレイヤーの自由度で一世を風靡した『ユグドラシル』だったが、時代の流れには逆らえず、あえなくサービス終了の憂き目を見ることとなった。

 

 この光景は、ロウソクの火が消える時激しく燃えるように、サービス終了日にユグドラシル運営が最後の記念にと一大イベントを開催している為に起こっている事なのだ。

 

 

 ーーー

 

 

 それを1人佇んで見ている者がいた。見た目はまるで特徴のない出で立ちで、初期アバターをそのまま使っているらしい。実は、彼はゲームの運営側の人間である。仕事はデバッグを担当していた。

 

 DMMO-RPGはプレイヤーが電脳空間に入り込んで遊ぶという性質上、デバッグの重要度が非常に高い。彼の仕事はプログラムが電脳世界で正常に動作するか、実際にキャラクターを作成してゲーム内で確認するというものだった。

 

 彼の仕事はかなりの危険性が伴う。動くかどうかわからないプログラムを携えて、電脳の世界に飛び込む。それは誰も登った事の無い山に登る事と同じだ。

『電脳空間の利用に関する法律』、いわゆる電脳法は消費者の利益保存の目的に立った部分が多かった。それゆえ製品の配布基準はかなり厳しかったものの、製作に関しては規制が緩く開発現場では度々事故が起きることがあった。現実に帰って来られずに植物人間となった同業者も昔にいた。

 

 幸い『ユグドラシル』では開始から12年間、その様な事故は無く、サービス終了となろうとしている。彼は仕事をやり遂げた達成感と、その仕事の成果が無くなってしまう寂寥感に苛まれていた。

 

「長かったような、短かったような…。」

 

 そう1人ごちた彼はひとしきり花火を楽しんだ後、最期にこの世界(仕事の成果)を見て回る事にした。

 

 

 ーーー

 

 

 彼は魔法(ゲームの仕様)で飛びながら、ゲームの中を巡っていった。眼下にはいつもより少し多い、しかしゲーム全盛期に比べるとずっと少ない人影たちが見える。それらは皆それぞれ思い思いの行動をしていた。大勢で集まってお祭り騒ぎをしていたり、ギルドのメンバーだけで静かに最後の瞬間を待っていたり。

 

 ちなみに彼のアバターは運営コマンドによって常にプレイヤーには見えていない。

 

 それを使う理由は2つ。1つはプレイヤーの遊んでいる最中に運営がチョロチョロしていたら興醒めになるから。もう1つはユグドラシル運営は、いわゆるクソ運営と呼ばれておりプレイヤーは彼を見るや否や日頃の鬱憤ばらしにとボコボコにされるのが目に見えているからだ。

 

 まあ、それをされるだけのことはしてきたのだが。運営がやってきた邪智暴虐の数は枚挙にいとまがない。

 

 例えばあるレイドイベントのボスで物理・魔法完全無効、ダメージソースは状態異常によるスリップダメージのみとかいうわけわからんものを作ったりした。

 

 その時、掲示板の書き込みを一部抜粋すると、

 

「やっぱり運営ってクソだわ、再確認した。」

 

「クソイベすぎるwww 今回はパス安定。」

 

「やっぱり忍者は最強でごさるな。」

 

「こんな意味わからんイベントするとかユグドラシル終わったな。」

 

「頼むから氏んでくれ。」

 

「今回ばかりは俺は運営の味方をするぞ!」

 

 と概ね好評だった。

 

 ーーー

 

 

 最期の時まで後30分程であろうかという頃、彼は沼地に来ていた。

 

 この沼地にある墳墓はかつて1大勢力を誇っていたギルドが、拠点としている場所だ。かつてといったのは年を重ねるごとにメンバーの脱退が進み、今では見る影もない状態になっている為だ。

 

「懐かしいな。昨日のことのように覚えている。」

 

 昔、このギルドを落とそうと1500人ものプレイヤーが徒党を組み、一度に攻め込んだことがあった。熾烈な争いの裏で運営もまた極限の戦いを強いられていた。余りにも多くのプレイヤーが戦闘しているので、サーバーに負荷がかかりすぎてダウンする寸前であったのだ。

 

 度々戦闘に遅延が発生したが、何とか最悪の事態(フリーズ)は免れたものの、攻め込んだプレイヤーの中に

 

「俺たちが負けたのは遅延のせいだ! ○ね! クソ運営!」

 

 などと宣う輩も出ていた。

 

 そんなことも今や過去のもの。全ては夢の跡である。攻め込んだ者も迎撃した者もほぼこのゲームから去ってしまった。

 

 しかし、ギルドマスターだけは今日まで足繁くログインを繰り返していた。そして、もはやこのギルドでまともに活動できているのはただ1人だけだった。その彼のことが気になったのだ。

 

 地面に降り立ち、中にいるだろうかと墳墓をしげしげと眺めていると「ピコン」とメッセージウィンドウが出た。

 

 これは運営コマンドの1つで、プレイヤーが特殊な行動をしたときゲームの進行の妨げになるかどうか、危険性を知らせるものだ。例えば、サーバーに異常に負担がかかる行為をプレイヤーがしたときなどである。『ユグドラシル』ではゲームの自由度が高い為プレイヤーの行動には細心の注意を払っていた。有名人ならなおさらだ。

 

 内容を見るとどうやら墳墓の主が通常の手順を踏まず、NPCの設定を書き換えている様だ。おおかたワールドアイテムでも使っているのだろう。

 

「バグりそうなことはやめてほしいんだけどな。」

 

 それでも特に危険性もなさそうなので放置しようと決めた。それにトラブルシューティングは彼の仕事ではない。担当者がやるだろう。

 

 

 ーーー

 

 

 本当に最期の瞬間が訪れようとしていた。花火ももう撃ち尽くされて辺りは静寂が支配している。ゲームが終了するまで秒読みだ。彼は12年の思い出が走馬灯の様に思い出されるのを感じていた。殆どは単調な作業の思い出だったのだが。

 

 全てのスキル、魔法、アイテムを使って見たり、片っ端からNPCに話しかけて見たり、ひたすら壁に向けて走ってみたり…。

 

「ろくな思い出がないな。」

 

 苦笑いしながらその時を待つ。ふと、墳墓の主の事が脳裏によぎったが、彼はどうしているだろうか。もうログアウトしてしまっただろうか。なんとなく多分まだいるだろうと思った。

 

 

 

 5……4……3……2……1………「ピコン」

 

 

 

 ーーー

 

 

 視界にノイズが走り、記号が世界を覆い尽くす。膨大な数の1と0が体を飲み込んだ。

 

 

 

 011001101110011111001010110011

 100010001110101010100011101100

「ちょっ!?ちょっと…」

 010110011010011101010001011101

 011100010011001011100011001011

「何が…?」

 111001010101110011010010111110

 000100001101011000111101010010

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい?」

 

 

 突然の1と0の嵐が止んだ後、彼は見知らぬ草原にいた。

 

 雲ひとつない晴天の下、青々と茂っている草花が光を反射して眩しい。さっきまでいた荒廃した毒沼は見る影もなかった。

 

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

『なんらかの理由で外界と分断され、サーバーに取り残された人格データが、ユグドラシルとは別の電脳空間にサルベージされた。』

 

 この現象を彼はこう結論付けた。

 

 1番の理由は、嗅覚情報がアクティブになっている事だ。実は、『ユグドラシル』では感覚情報は全て利用者から吸い上げていた。プログラムさえあれば、においも感じることができたのだ。ただし、そんなことをすれば電脳法の取り締まり対象になってしまうのだが。

 

 色々試してみたが『ユグドラシル』に無かった機能が多々見られる。逆に『ユグドラシル』にあったパラメータ表示などはすっかりなくなっている。かといってゲームの仕様的な部分も残っており、ここは電脳空間であるように感じた。調べてみたが、痛覚はないようだ。

 

「違法に製作された電脳空間に拉致されたのか? いや、そもそも現実時間がどれくらい経過してるかわからないな。もしかしたら電脳法が改正されていて、正規に残存データからサルベージされたか…?」

 

 感覚に関しての規制が緩まり、嗅覚に係る法部分が変わっている可能性も考えたが、答えを出すには情報が少なすぎた。

 

 

 ーーー

 

 

「ダメ元でやってみたが、やっぱりつながらないな。」

 

 彼はこの電脳空間を管理しているであろう人物にどうにかして連絡を取ろうとしたが、全て徒労に終わった。もし、この空間の管理者が善意でデータをサルベージしたなら何らかのアプローチがあるはずだが、それも怪しくなって来た。

 

「さてと…、これからどうしようかな。」

 

 現実の体が無事かどうかわからない以上、もはや今ある人格データが唯一自己の存在を肯定できる要素かもしれない。情報がない以上、あまり無理をしてデータを破損させることは避けたい。

 

 しかし、ただ徒らに時間を消費するのも馬鹿馬鹿しい。取り敢えず今後の方針を決めるとしよう。もしかすると自分以外にもこの電脳空間に来ているユグドラシルプレイヤーがいるかもしれない。運営としては彼らを探し出し、現状陥っている問題を伝え、場合によっては保護をする必要がある。本来の業務からは外れるが、上と連絡が取れない以上何らかの措置を施すべきだろう。

 

「仕方ない、サービス残業頑張りますか。」

 

 サーバーの管理地区的に考えればこちらに来ている可能性が高い(あの時近くにいた)プレイヤーは、ギルド、アインズ・ウール・ゴウン。異形種だけで構成された、『ユグドラシル』の歴史上でも有数のPKK集団。あそこなら目立つからすぐ見つかるだろう。来ていればの話だが。

 

 

 ーーー

 

 

 やることは決まった、後はそのやり方だ。一番初めにやらなければいけないのは、周辺地理の把握である。人が集まりそうな場所や拠点を置きやすい場所は当然プレイヤーがいる可能性が高くなる。

 

「ていうか、もしかしたらこの電脳空間って草原しかないかもしれないな。」

 

 彼はしゃがみこんで地面の草を見た。同種の短い草が辺り一面に生えているが、1つとして同じマップチップがない。

 

「すごい精巧に作られている。一体どれだけの容量が使われているんだ。」

 

 彼はこの世界を作った人間に尊敬の念を抱きつつ、そろそろ行動に移そうと立ち上がった。

 

 

 ーーー

 ーーー

 

 彼は違和感に気がつかなかった。いや、気づけなかった。12年も主生活の場がゲームの中だったため、危機感が薄れてしまっていたのだ。普通、このような異常事態においてここまで冷静に振る舞えるだろうか。この世界は個人の形質によって人格が決定される。アンデットの感情に抑揚がなくなるように、既に過去の『運営』という役職に引っ張られて、精神が変容し始めていたのだ。

 

 

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 何だこの捏造だらけの話。1話はシリアス風味だけど、どんどん緩くなる予定?

 

 

 




蛇足

彼が痛覚がないと判断しているのはあくまで所感であって、原作1巻でアインズ様が言ったように痛覚は有ります。頰をつねった程度では0ダメージなので勘違いしたのです。

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