「財政赤字でも政府は財源を気にせず政府支出すべき」というMMT理論が国内外で注目を集めている。「反緊縮」経済政策を訴える政治家に援用される機会が増える一方で、懐疑的な見方も強い。
MMTとは一体どんな理論なのか、どういった点が注目を集めているのか。反緊縮政策を主張する経済学者で、同理論の第一人者L・ランダル・レイ氏の著書『MMT 現代貨幣理論入門』の解説も執筆する、立命館大学教授・松尾匡氏に聞いた。
「財政赤字なので政府支出できない」は間違い
—国内外でMMT理論が注目されています。MMTが耳目を集めている理由について教えてください。
私自身はMMTを信奉しているわけではないんですが、MMTの考え方とよく言われているものは、決してオリジナルなわけではなく、私から見るとマクロ経済学の常識、少なくとも反緊縮系の学派では共有されているものです。ただ反緊縮系経済学の常識とはいえ「政府にデフォルトリスクはなく、自分たちでお金を発行できるため、いくらでも政府支出はできますよ」というメッセージを強く打ち出したことには、大きなインパクトがあったのかなと思います。
この「政府は財源を気にせず支出ができる」というのは、収支のバランスをつけること自体に意味はない、という話です。市場にお金が出回りすぎると、世の中の購買力が高まり、供給能力を超えてインフレがひどくなる。そうならないよう国民から徴収して購買力を抑えましょう、というのが税金の機能です。つまり支出と収入を見たとき、全体としてインフレが管理可能なところに抑えられていれば問題はないんです。
—財政赤字でも政府支出を拡大すべき、という考えに驚く人も少なくありません。
近年は、「財政収支のバランスを取らないといけない」「財政赤字を膨らますのは悪いことだ」との考え方が金科玉条とされ、このことを理由に緊縮政策が国民に押し付けられてきた。福祉サービスや教育、医療など人々の役に立つ社会サービスが削減される流れがある一方で、国や地方自治体の資産を民営化する流れが続き、庶民の生活は厳しい状態に置かれるようになっています。
生産力が足りなくて生活が不便になって苦しくなるのではなく、緊縮でお金を使わないので、経済が停滞する。そのことによって失業者がたくさん生まれ、特にヨーロッパでは若者の失業率が高く、なかなか就職できないような状況があります。こうして庶民が犠牲になっている一方で、格差は拡大しており、公の政策によっても是正されない。社会サービスが削減されていくと、それを代替するために民間のビジネスチャンスは増える。このようにして一部のグローバルな大企業の経営者がさらに力を持ち、これまで以上に儲かるようになります。こうしたことに対する不満や怒りが世界中で高まっているなかで、オルタナティブとして「庶民にもっとお金を使え」「賃金を上げて、福祉や環境にもお金を使え」といったことを対案として打ち出す、そのことによって雇用も拡大していこうという反緊縮の動きが世界で広がっています。
—MMTを考える際に、よく「税収=財源ではないのか」という議論が上がります。
そうなんです。こういう話になると、一番言われるのが「財源をどうするのか」「国は赤字なんですよ」ということ。ヨーロッパでも、アメリカでも赤字という状況の中、「そんなことは心配する必要はないですよ」と一番表立って言ってきたのがMMT派だったために注目を集め、各国の政治家も口にするようになってきたんだと思います。
その「税収=財源」という誤解に関しては、そうではないと思ってもらうしかないんですが、最近納得してもらえた例としてこんな話があります。例えばあるスーパーが、従業員の給料を自分たちの店で使える商品券で支払うと考えます。違法ですが、一旦そのことは脇には置いておきましょう。すると、給料を受け取った従業員はその商品券で買い物をしますよね。店側は、そうやって使われた商品券はシュレッダーにかけても何も問題ない。紙がもったいないから次の給与支払いに使うかもしれないけど、それは単に紙がもったいないからであって、本来的に言うとシュレッダーにかけてしまってもいい。
それと同じで、おカネを出して政府支出をして、世の中に必要なことをやるけれど、やりすぎると人々の購買力が高くなりすぎ、国の生産能力を超えてインフレが進みます。そうならないよう総需要を抑える必要があり、税金を取ることになりますが、集めたお金はそのままシュレッダーにかけても何ら問題はないんです。つまり、支出は支出で別途やればいいという話なんですね。自分たちでお金が作れるのだから、そこに制約があるわけではない。制約は何かと言えば、国の生産能力を超えること。今の例えで言えば、スーパーの商品がなくなってしまう時だけなんです。
金利を動かしても設備投資は動かない?
—マクロ経済学的には標準的な見方も多いというお話がありましたが、MMTの新しさはどこにあるのでしょうか。
MMTは反緊縮の経済理論の中でも、割と標準的な考え方を取り入れています。論争している本人がアピールする「違い」も、実は他の学派と比べて大して変わりはない。しかし、一番大きな違いは何かと言えば、MMT派は「金利を動かしても設備投資などの支出はあまり反応しない」と主張していることです。
標準的な考え方では、金利が低いとお金をたくさん借りられるので、沢山の設備投資が行われ、景気が良くなると言われています。逆に景気が加熱して、インフレが加速すると、金利を上げてお金を借りにくくなる。そうすると企業が設備投資をしなくなって、景気が抑えられて、インフレも落ち着いていくという話になっています。しかし、MMTは金利によって企業が設備投資を増やしたり減らしたりすることはあり得ない、むしろ逆に動くかもしれないと言っている。
これに関しては「金利を低くしても不況時には設備投資がなかなか増えないでしょう」というのはたしかに多くの人が納得できる話ではあります。ただ「将来的に物価が上がるとみんなに思わせましょう」という、いわゆるリフレ論を考えると、将来の物価が上がるとは、借金が目減りすること、学問的にいうと実質金利が低下することで、それで企業や家庭が支出を増やすことはあり得るだろうと思います。
—確かにそうですね。
物価や賃金が上がるなら、今借金をしても将来返すことは容易になる。企業にとっては製品の売値が上がります。借金自体は金額で決まっているので、売値が上がれば返すのも簡単になる。庶民にとっては名目賃金が上がれば借金を返すのが簡単になっていく。私の親も、私が小学1年の時に家を買ったのですが、ほどなく石油ショックと狂乱物価がやってきて、平社員でしたが、あっという間に返済することができた。当時は同じような人が多くいたと思います。こういうことが見込まれると「借金をして家を建てましょう」という人がたくさん出てくる。
企業にとっては将来的に売り値が上がり、一般の家庭にとっては名目賃金が上がるという予想がつく。こういう政策をすべきだという考え方が「リフレ論」になります。そのために何をするかというと「リフレ論=金融緩和」という単純化した図式が出回っていますが、金融緩和というだけではなく、もちろん金融緩和も重要な手段ではあるけど、その目的は物価上昇の予想をつけることだから、最低賃金を引き上げたり、財政支出を行ったりと様々な方法があります。
—金融緩和だけでなく、最低賃金引き上げや財政支出も、将来予想に影響する、と。
今の政府・日銀は、インフレ目標2%に向けて金融緩和を進めましょうと言ってますよね。そうでなくてこれを達成するのが「目的」とするより、この数値に至るまでは増税せずに政府支出できる「歯止め」と位置づければ、政府はどんどん政府支出するでしょう。企業や家庭も、政府が歯止めの上限の2%まで支出を続けるだろう、とインフレ予想がつく。つまり、政府支出そのものによって総需要が拡大するという効果もあるんですけど、加えて実質金利が下がることによって支出が増えるという効果もある、というのが私の主張なんです。しかし、MMTはこの考えを認めない。