少し冷たい乾いた風が雲を払い
見渡す限り青い空が広がる
霜月も間もなく終わりを迎える頃
小さな集落にある、その神社では
朝から地域に住む氏子総代の人々が
神様への豊作御礼祭の準備をしていた
「射的」や「お面売り」、「わたがし」に「焼きそば」
などの露店も,ところ狭しと並び、開店の準備をしている
アセチレンランプが灯される頃になると
神社の境内は、子どもたちでにぎわいを増した
神社には、地域を守る産土(うぶすな)神や
地域の家々に祀られている
たくさんの氏(うじ)神も集まって来て
人間には見えない彼らは、彼らの場所で宴を楽しんでいる
北風小娘の「あんず」と
一番弟子の、カラス天狗の子ども「市(いち)」は
神社に火伏として植えられている大イチョウの
太い枝に並んで座り、足下の祭りを眺めていた
「市」は、先日の過ちで「あんず」に叱られたが
「焼きガラス」にされ食べられはしなかった
「市」は「あんず」から「許された」と思い
恩義を感じ「やさしい方だ」とも思った
でも「あんず」は
「どうせ食べるのなら丸々太らせてからの方が美味い」と
考えていただけのことであった
誰にでも「自分に都合よく解釈してしまう」ことは
長い人生の中では多々あることだ
時々、やさしく柔らかでヒンヤリした冬風に乗り
アセチレンガスの独特の匂いや
「焼きイカ」や「わたが」しの香ばしい匂いが
大イチョウの枝にまで流れてくる
人間には「あんず」や「市」の姿は見えない
でもごく稀に、「見える体質」の人間がいる
「あんず」は、さらさらヘアーの
肩に子豚の様な生き物を乗せた少年と目が合った
その子豚の様な生き物は仮の姿で
本当は強い妖力を持つ「妖(あやかし)」だと
「あんず」はすぐに気が付いた
少年はニコッと笑い、「あんず」に手を振った
「あんず」は、何故か顔が火照り、恥ずかしくなった
すると、「ヒュー」っと強い風が一瞬吹き
冬の神様が「あんず」の前に突然現れた
冬の神様は、今日からこの子と仲良くしてやってくれ
そう「あんず」に云い、神様の後ろに隠れていた「子」を紹介し
「フッ」と消えた
「あんず」が自分の名前を名乗り
「君の名は?」と聞くと
その子は、恥ずかし気にウツムキながら
「『かりん』です」と、か細い声で答えた
「市」は「かりん」を一目見て「可愛い」と思い
手にしている錫杖(しゃくじょう)で
「かりんちゃん」さん
「あっしの名はこう書きます」と云いながら
大イチョウの枝へ『東陽市』と記した
「あずま よういち???人間みたいな名前?」と
「かりん」が聞くと
「いいえ、ちがうでゴザル」
「『とうよう いち』と読むでゴザル」と
「市」は教えた
「市」は「かりん」に
「どうしたらそのように可愛くなれるか教えて欲しい」
「自分も♀なので、可愛くなりたい」
ついては「弟子入りさせて欲しい」と頼み始めた
「あんず」は
「どこかで似たようなセリフを聞いたが、あの時はたしか
必殺技を教えて欲しいから弟子入りしたい」だった
「今回は、可愛くなりたい・・・」だと、と
「市」に刺すような視線を向けているが
「市」は「かりん」に夢中で気付かない
「市」よ、「また、やっちまったな」