INTERVIEW:もし音楽が神かクスリなら、FINAL SPANK HAPPY(最終スパンクハッピー)は「遊んでいる神さま、楽しいクスリ」

<菊地成孔と小田朋美という才人同士が→自らは参加せず→顔がそっくりなアヴァターにやらせるも→メディアもマーケットも、そうは見ていない→という誤解を知っての上で→実際に他人であるふたりが活動する4人4役>という前代未聞な活動形態。レーベルサイトのみでのCD販売(2019年12月1日よりサブスクリプション解禁。渋谷パルコ内「GAN-BAN」のみが全国で唯一の店舗売り)。菊地成孔が(偶然にも)小田朋美を巻き込んで、なおかつ実働しない。という余りにも先鋭的なシステムのポップユニットFINAL SPANK HAPPYは、CD不況の時代、あるいはSNSに覆われた現代社会(さらに加えるなら自分たちのパブリックイメージ)に対する秀逸なるカウンターだ。ファーストアルバム『mint exorcist』をリリースしたBOSS THE NK(菊地のアヴァター)、OD(小田のアヴァター)に、いまの思いを訊く。


 
最初に、SPANK HAPPYについて簡単に説明をしておきたいと思う。

SPANK HAPPYは、菊地成孔(サックス)、ハラミドリ(ヴォーカル)、河野伸(キーボード)の3名をオリジナルメンバーとするポップユニットで、1994年にメジャーデビュー。その後、97年に河野が脱退、さらに98年には、菊地が「壊死性リンパ結節炎」という日本では極めて症例が少ない病に倒れ、活動休止。その間にハラが脱退したことでいったん幕を閉じる(ここまでが第1期)。結成当初はリーダー、プロデューサーを掲げないフラットなユニットだったが、ことのなりゆきにより、菊地が名実ともに全体を引き継ぐかたちになった。

99年、新たに岩澤瞳(ヴォーカル)を迎えた菊地は、「カラオケトラックと岩澤&菊地のヴォーカル」というスタイルに切り替え、活動を再開(その後「録音音源とリップシンク<いわゆる口パク>」へと進化)。いくたびかのヴォーカル交代の末、2006年に活動を終了する(ここまでが第2期)。

そして2018年、菊地は自らのアヴァターである“BOSS THE NK”と、卓越したピアノ演奏力と作曲・編曲能力をもつ才女・小田朋美と相貌も声も瓜ふたつな、完全な天才である新人“OD”によって実に12年ぶりに活動を再開。三越伊勢丹2018グローバル・グリーンキャンペーン オリジナルキャンペーンソング「夏の天才」がリリースされ、それに伴い、正式名称をFINAL SPANK HAPPYに改称した(活動再開前後の顛末は「BOSSの回想録」と題されたこちらのシリーズに詳しい)。

それからおよそ1年半。待望のファーストアルバム『mint exorcist』をリリースし、12月には全国6都市ツアーが控えるBOSSとODに、アルバム製作の舞台裏を訊いた。

ラグーナビーチ&ラグナシア遊園地にて開催された『森、道、市場 2019』出演時のパフォーマンスヴィデオ。8月に公開されるや話題を呼び、11月20日現在で31万回再生を記録。

──FINAL SPANK HAPPYとしてのファーストアルバムとなる『mint exorcist』で「達成したかったこと」は何だったのでしょうか?

BOSS THE NK(以下BOSS)まだODとも出会っていない立ち上げ時に、バンドのトーンとマナーは菊地くんと綿密に打ち合わせ、共有しましたが、「アルバムのテーマ」みたいなものはなかったよな。

OD (食パンを食べながら)そんな難しいモン無いじゃないスか(笑)。

BOSS ただただ、マナーに沿ってどんどん曲をつくっていった感じですね。

OD 最初のライヴ(18年5月30、菊地のレーベル「TABOO 」主催の「GREAT HOLIDAY」に20分のショーケースでライヴデビュー)からフジロックの1回目(同年7月26日にGAN-BAN SQAREにて)までの間に、BOSSといっぱい曲をつくったデス。アルバムはこの時期につくったのと、後でつくったのと半々じゃないスか。

──それはちなみに?

OD 「夏の天才」と〜、「ヌードモデル」と〜、「エイリアンセックスフレンド」と〜、あと「ヒコーキ」は、先につくったデス。

BOSS バンドのトーンを基に、やはりODと出会い、こいつのスキルやタイプ、何より勢いですね、それでパーッとできちゃったのがこの4曲です。「mint exorcist」は「一気につくった」のでも「少しずつつくった」のでもなく、18年作と19年作にはっきりと分かれてます。この4曲プラス、セルフカヴァーの「アンニュイエレクトリーク」とけものさんのカヴァーの「tO→kio」(菊地がプロデュースした、けもののアルバム『めたもるシティ』に収録)で、あとは昔の「B面」みたいな感じで、残りの曲をつくり足しました。

OD 「NICE CUT」「Devils Haircut」「雨降りテクノ」「共食い」「太陽」「mint exorcist」は年が明けてからつくったじゃないスか。

BOSS このあたりの曲は滑り込みというか、締め切りギリギリにできました。バンドができるときってやっぱり楽しいので、どんどんつくっていった18年版の曲と、アルバムをいよいよ出しましょうとなって、練り上げながらも切羽詰まった感じでつくったのが19年版の曲、という感じです。詰将棋みたいな感じで、「前半はこんな感じだから、後半はこんな感じで……」といったふうに。

──「アンニュイエレクトリーク」を汀線として、その前後で動(躁的)と静(鬱的)という印象もありましたが、そう単純でもないわけですね。ちなみに、Beckの「Devils Haircut」のカヴァーはどちらのアイデアでしょうか?

BOSS ふたりしかいないので、本当に合議制なんです。「なにか1曲カヴァーを入れよう」という話はしていて、じゃあどの曲にしようかとなったときに……。

OD 片っ端からYouTubeを見たじゃないスか〜。

BOSS ODはそもそもポップスの洋楽をあんま知らないんで、先入観なく選べるなと思い、とにかくふたりで次々に聴いて決めました。ODは勿論、BECK初めて聴くくらいの感じだったよね?

OD BECKサンはお名前だけ聞いたことがあったじゃないスか(笑)。曲は、「ふ〜むふむコレは……どっかで聴いたこともあるかも知れないかもじゃないスか〜」と思ったデス(笑)。

BOSS わたしは『オディレイ』は普通に愛聴盤ですんで、ODが食いついた時に「まさか、アルバムの名前が気に入ったとかじゃないだろうな(笑)」と思ったぐらいです(笑)。

OD なんでみんな超新鮮で、なかでも「コレはヤバい曲じゃないスか。やりたいデス!」と言ったデスね。

BOSS で、決まったところで、ふたりでアレンジに着手した、という感じです。

機械をいじるのは女の子

──今回のアルバムは、作詞・作曲・編曲すべて共同とのことですが、具体的にはどのような役割分担なのでしょうか。

BOSS ふたりのうちで、音楽に関して、「絶対にできないこと」っていうのは、わたしがDTMの技術がない。ことだけです。わたしは直接打ち込めないので、普段はマニュピレーターを立てて作業をしています。でも、ODはできるの。

OD 最初のデモ段階はBOSSと一緒につくって、打ち込み作業は自分がやって、という感じなんデスが、菊地さんのお弟子サンを自分たちの子分にして(笑)、曲によってはマニュピレーターさんに音色づくりをお任せしたじゃないスか。でも、シンセまわりは、わりと自分がやってるじゃないスか。


 

BOSS 鍵盤楽器系のプレイと初動段階のマニュピレート、それに「ああしようこうしよう」というのはふたりでやっているけれど、わたしは機械をいじれない、ODはバンバンできちゃいます。あとは、作詞作曲もアレンジも全部ふたりでやっています。セリフとかラップとかも。

──作詞の合作はどういった感じで行なうのでしょうか?

BOSS 一応企業秘密です(笑)。アメリカのヒップホップとか、1曲に対して10人くらいいたりしますよね。サビだけつくっているヤツとか、ビートだけつくっているヤツとか、元ネタだけ出したヤツとかいるわけですが、全員「ソングライター」としてクレジットされます。

OD コライティングとか言うらしいじゃないスか〜。

BOSS あれは、日本人もみんなやっている作業を合衆国的に、平等に詳細に書いているわけです。といってもぼくらの場合、ふたり以外は入ってこないけれど。「一方が8割ほど書いて、パンチラインだけもう一方が書いて」ということはあるし、まったく半々の曲もあったりします。まあ、ご想像にお任せします。という感じで(笑)。

OD 作曲も、曲によって割合が全然違うデス。

BOSS いずれにせよ、われわれの方針として、「これはどっちの色が強めの曲で」ということは聴いてのお楽しみということにしています。どちらかが完全につくっちゃって、もう一方はただ歌っているだけという曲はなくて、全部にふたりの手が入っています。

──ODさんは、SPANK HAPPYの1期や2期を聴いていたんですか?

OD ミトモさん(ODは小田朋美をこう呼ぶ)が『シャーマン狩り』というアルバムを出したときに「Angelic」をカヴァーしてるじゃないスか。だから、あのマキシシングル(「アンニュイエレクトリーク」も収録)は聴いてたじゃないスか。「不思議なバンドだな〜」という印象だったデスが、でもそれより前に自分はアーバンギャルドさんを知っていて、「すげー独特な人たちじゃないスか〜」と思っていたデス。で、アーバンさんたちが「SPANK HAPPYの影響を受けている」と言ってるのを後から聞いて、うおー、そうだったデスか、といったふうに、SPANK HAPPYの前のやつは、ぼやっと知ってたじゃないスか。後からBOSSに聴かせてもらったデス。

──ちなみに「アンニュイエレクトリーク」は、どういう意図でセルフカヴァーすることにしたのでしょうか?

BOSS ライヴでは2期の楽曲からセルフカヴァーを数曲やっています。「Physical」みたいにエンディングでプレイする曲すらあるわけですが、「Physical」とか「フロイドと夜桜」みたいにアップリフティングな曲も録音して、それがアルバムのピークみたいになっちゃうと意味がないので、ライヴでも1曲目にやっていて、イントロダクションとしてもぴったりな「アンニュイエレクトリーク」だけ収録することにしたんです。あと単純に、ビートのクオリティが高かったですし。

1時間で2,000枚売れると踏んでいた

──リリース後の手応えはいかがですか?

BOSS 売り上げと批評という意味では、一応ご高評頂いてるな、という感じですね。

OD 自分たち的には自信満々じゃないスか(笑)。9月にライヴをやったときに初めて爆音で聴いたデスが、結構手応えがあったというか。家で小さな音で聴くのも全然いいデスけど、やっぱりフロアでどかーんってかけると、いろいろな音が聴こえてきて興奮するじゃないスか〜。ビートメーカーの子分たち(「MAKNSY」:菊地の私塾、ペンギン音楽大学のビートメイキングクラスの同級生がつくった、日本で唯一のType Beat制作チーム)は、ヤバい奴らだし、今回担当してくださったふたりのエンジニアさんもすばらしい方々だったので、こりゃあ音も最高だなって感動したデス!

BOSSとODと並ぶ3名が、日本で唯一のType Beat制作チーム「MAKNSY」(マッキンゼー)の面々。

──ODさんにお訊きしたいんですけど、小田朋美さんは、非常にさまざまな活動をしてますよね。FINAL SPANK HAPPYしかやってない身からすると、どんな感じですか?

OD ミトモさんは多才でカッコいいじゃないスか。でも、自分は、ミトモさんだと全然着ないような服でも、可愛いと思ったらバンバン着ちゃうデスし、ミトモさんは口パクで踊ったりしないじゃないスか〜(笑)。最初は何もかも新鮮で驚いてたデスけど、いまはライヴをいっぱいやって、ダンスも口パクも慣れてきて、BOSSと自分の挑戦というデスかね。「これもやりたい」「あれもやりたい」といったことが、活動してる間にドンドン出てきてるじゃないスか(笑)。

──ふたりの関係性も、だいぶこなれてきた感じですか。

OD 自分とBOSSは喧嘩したり、仲直りしたりしながらも、お互いに尊敬しあってるじゃないスか〜。

BOSS ODがいなかったら、おそらく菊地くんも、スパンクスの再開はしなかったと思います。菊地くんには「完全な天才で、オレかオレ以上の才能がある新人を探してくれ」と言われて、かなり難航しましたが、こいつと出会えてよかったです。つくっているときから「今年のベストワンになるに決まっているし、向こう10年まで広げても、十分鑑賞に耐えうるものができる」と思っていました。ゲートが開いたときに何枚売れるかをODと賭けて、わたしは「1時間で2,000枚売れる」って言って、負けたんです(笑)。

これも菊地くんからのミッションですが、CDが売れないこのご時世に「どうしてもCDが欲しい」という気にさせるものができたという充実感はあります。

ODとの関係は、ぼく的にはさほど変わっていないというか、最初からとても親密でした。衝突も含めて。とはいえODが言ったように、ライヴをやったりしたことでだいぶ深まりましたね。

アタマにパンが乗っているワケ

──ところで、今回ジャケットのアートワークは祖父江慎さんが手掛けていらっしゃいますが、なんでも祖父江さんサイドからアプローチがあったとか……。

OD 祖父江さんはライヴによく来てくださっていて、大変失礼デスが「いつもブチ上がっているおじさんがいるな」と思ってたデスね(笑)。祖父江さんのお仕事はBOSSやミトモさんに見せてもらったりして、よく存じ上げていたので、「ええっ!? 祖父江さんスか??」ってなって、改めてご挨拶をしたら、「何でもやります〜」と言ってくださって、ならば是非是非〜とお願いしたじゃないスか〜。


 

BOSS 祖父江さんはFINAL SPANK HAPPY以外のライヴにも来てくださっていて、装丁家として有名ですが、いかんせん顔は存じ上げなかったので、本当に失礼ながら(笑)「あのはしゃいでいるおじさんは誰だ?」とずっと思っていたんです。FINAL SPANK HAPPYにも現れるようになって、というか比較的最初のころからいらっしゃって、めちゃめちゃ踊り狂っておられて(笑)。

OD 最前列で踊りまくりじゃないスか〜(笑)。

BOSS そうそう。そうしたら、こいつと一緒に「うわー!! 祖父江慎さんですか!」となりまして。

──ジャケットは祖父江さんのアイデアが大きいんですか?

BOSS ネタ出しでユーリズミックスの写真を見せたり、あとは揃いのスーツをつくるとか、という、普通にアーティストとアートディレクターの打ち合わせをさせていただきまして。

OD ほかにもアイデアがあったデスが、祖父江さんが「この方向に絞っていきたい」「これがいいです、絶対揃いのスーツがいいです」って、グイグイきたじゃないスか〜。

BOSS わたしの考えでは、アタマの上にふたりともパンを乗せる予定じゃなくて(笑)。ODはパン好きですから乗せるけど、わたしは乗せないだろうな、と思っていたら「ふたりでピッタリ揃えて、クラフトワークみたいにバチッと揃えるんだ」っていうふうに祖父江さんが、というか、アタマの上にパンを乗せることにものすごく執着されていて(笑)。天才の判断ですね(笑)。

OD そう。絶対乗せるんだって(笑)、パンを乗せる針金の道具とかまでご用意されてたデス。でも結局、普通に乗せたじゃないスか(笑)。祖父江さんはミリ単位で直しを入れまくったデス(笑)。

BOSS ふたりの表情や姿勢が緊張気味なのは、パンが頭から落ちないようにしてるからなんですね(笑)。

こんなに元ネタなしのアルバムは珍しい

──再びアルバムについてのお話しなのですが、いまの社会のムードであったりポップシーンをどう見立てて、それに対してどういう打ち込み方をされたのでしょうか。

BOSS ぼくはSNSを見ないので、誰がどう語っているのかは知らないのですが、あたり前というか、よくも悪くも、こちらが何を打ち出しても、最初は菊地くんがやっていた2期と比べられるとは思ってました。

メチャメチャ簡単にいうと、2期は「菊地くん本人がすべてやっていた」こともあって、フェティッシュで、エレガントで、まあ、病的だと。出した当時は早すぎて、時代は病的とかフェティッシュどころかさわやか渋谷系だったので、まったく蹴られちゃったのですが、いまは国民が病的でフェティッシュになってきたらか、「あれいいよね」みたいな感じにやっとなってきたというか。彼の仕事はいつでも早すぎますから。

でも、いまから改めてそんなことをする気は菊地くんにはなくて、もう鬱とかネガティヴとか、われわれも表現として飽き飽きなんで、おもしろくて調子いいんだっていう、泣けるときは普通に泣けるんだっていうような感じが、なんとなく最初の気分というかセッティングとして、特にODと出会ってからは明確に固まりましたね。

OD 自分はパン工場での鼻歌とかカラオケとかはやったことあるデスが、それだけだったんで、最初は何もかもびっくりしたじゃないスか! でもボスと色々つくってるうちに、やりたいことがどんどん湧いてきたデス! 第1期サンはバンドだから別だとしても、第2期サンは、やってること自体は似てるから、そりゃあ比べられるじゃないスか〜。でも、自分と岩澤さんは全然違うし、BOSSと菊地さんも全然違うし、一緒につくっているうちに、自分たちだからこそできる、いいものになりそうだなっていう気はしてたじゃないスか。だからもう、曲ごとにバンバンやりたいことをやった感じデス!

──ちなみに「参考音源」はどのあたりだったのでしょうか?

BOSS 曲をつくるに際して、というよりアレンジする際の参考音源だよね。

OD そうそう。曲というより、音色の使い方とか、部分的にこういうコードの使い方はすごく素敵だな〜とか。


 

BOSS よくあるネタ的な話で言うと、「エイリアンセックスフレンド」に関しては「Poomみたいな感じの曲があるといいね」という話はしました。とはいえ、こんなに元ネタなしでつくっているアルバムはあまりないです。12曲あったら、半分くらい「これはあの曲の影響を受けて」といったことがあるのがポップカルチャーで、わたしはそれも得意ですが、ODの才能のあり方が、広範なポップスの知識があって、そこから元ネタをひとつ選んで、「ちょちょいとこれに似たのをつくるじゃないスか」という感じじゃなくて、元ネタがあったとしても相当自分でいじってオリジナルまでもっていくし、あるいはゼロからつくっちゃうところがあるので、普通のポップスメーカーみたいに、「スティーリー・ダンをすごい聴き込んで……」みたいなことはなかったですね。「Poomみたいなものにしてみようか」といっても、雰囲気やある一部の和声進行は同じだけど、といった感じです。換骨奪胎というか。

OD あとはルビー・フランシスを聴いて「シンセのこういう感じかっこいいな〜」とかいって、「ヒコーキ」でAからのつなぎのところで意識したりしたじゃないスか〜。

──BOSSとしては、「こう解釈されたんだ」という驚きがあったのでしょうか?

BOSS わたしが単体でやったら、比較的そのままっていうことが多いんです。微妙な話ですが、ポップスの拡大再生産というか、そのままやっちゃうことのほうがポップミュージックの歴史という意味においては正統という側面もあります。(山下)達郎さんだって小西(康晴)さんだって、桑田佳祐さんですら、元ネタの引き方は大胆ですよね。でも今回は、「ここらへんはこうなっているからいいよね」とか「こういうふうに転調しているからいいよね」ということで、構造が一回エッセンシャルに抽象化されています。ルビー・フランシスやPoomは好きで聴いていて、「こんなふうなのいいね」ということにはなったのですが、「ここからここまでマルっといただき」みたいなことはしていないですね。っていうか、ODにはそれができないんで。

──「あ、きっとココはアレなんだな」みたいな謎解き的な聴かれ方は、おふたりとしては望むところなのでしょうか?

OD それができるほどカチッとわかりやすくはなっていないというか、本当にマーブル状になっているので、相当わかりにくいと思いマス。お互いの意見にしても、ゾルゲル状じゃないけれど、「どこまでがどこだったっけ」みたいなところがあるし、参考にしているものもすごい微妙なことだったりするので、ハッキリと「ココがこうです!」って分けられるものでもなかったりするじゃないスか。BOSSの言ったとおり、もうちょっと抽象的なことだったりするので。

BOSS 先程も言ったポップスの健全なあり方というか、「これはアレの影響を受けているよね」といったサインというのは、それはそれでポピュラーミュージックのユーザーは嬉しいわけです。一種の暗号解読であり、チャームですよね。それに、ポップカルチャーで「まったく聴いたことがないオリジナル」なんて、単純に可愛くないんですよ。嬉しくないというか。だから「Devils Haircut」に関しては、「あ、これはきっとYMOの『体操』だな」っていう聴かれ方をされるだろうな、というのはあって、実際「体操」なんだけれど、「体操」の擬態というか、ちょっと「体操」の感じが入っているだけで、大元になっているのは多調性といって、一曲のなかにキーが複数入っている。というのがターゲットです。それに、「体操」以外のネタも入ってる。ネタを重層的に構えてますね。マッシュダウンとか言いますが。

OD 無調に近いじゃないスか!!

BOSS そう。ポップスマニアが喜ぶツボというか、「これって元ネタあれだよね」というのは、カヴァーということもあって「Devils Haircut」くらいで、あとはネタ探しをする気も起きないという感じになっているんじゃないかと思います。

──YMOつながりで言うと、1曲目の「NICE CUT」のBOSSのコーラス、ちょっと細野さんを感じました。

BOSS それは連想ですよきっと(笑)。イメージだけの関係妄想というか。細野さんとはレンジとか声質が全然違いますからね。でもあのコーラスは、ある程度ふざけて大げさにおもしろく入れたんだけど、ミックスしてみたら普通になっていて、世いの中って結構ゆがめて歌っているんだなって思いましたね。

OD そう、録ったときはすごかったというか、聴いたら笑うぐらいだったデスね(笑)。

──でも、1曲目からキャラが回収されていていいですね(お気づきの通り、ODは「◯◯じゃないスか!」が口癖)。

BOSS 口癖の英語化ですよね(笑)。

OD 「NICE CUT」「Devils Haircut」とカットが続いちゃったのは偶然デスけど。

BOSS そうね(笑)。「社会を斬っていく」みたいなことではもちろんなくて、「◯◯じゃないスか!」って言ったときに「ナイスカット」しかないんで(笑)。だったらなにかを切っていく話にするしかない……っていう程度です。この曲はいちばんふざけてるというか、気楽な感じですね。ドンドン切ってゆくだけ。ハサミと日本刀で(笑)。


 

OD ふざけているといえば、「雨降りテクノ」もそうデスね。別に笑える曲というわけではないデスけど、「雨降り小僧」という歌詞のところで、ライヴではふたりで歌舞伎の弁天小僧の格好をするじゃないスか(笑)。

BOSS 傘を持って弁天小僧とか助六とか(笑)。ミュージカルなのに(笑)。

OD 間奏じゃスローモーションの卓球じゃないスか(笑)。

BOSS あれはどっちがどっちとは言いませんが、サビと平歌を別々につくっていて、それが侵食しあっているんです。大雑把にいうと、別々につくってガチャッとコンバインした感じなので、セリフで言っているとおり、テクノっぽい感じとミュージカルっぽい感じが混じっているんです。

OD 最初はもっとふざけてたデスね。BOSSのナレーションが話してる途中で自分が遮って切れちゃうみたいな。面白すぎたんでやめたじゃないスか(笑)。

BOSS 根底にあるアティテュードとして、深刻なことを歌うとか、人生に疲れている人を励ますのだっていうことを、能動的にはしないのだと。よくギャグで言うんですが、「あなたが背中押してくれた」って、飛び降り自殺する人のことだな(笑)、とか(笑)。

ポップスの基本だと思いますが、おもしろい曲があって、切なくてちょっと泣ける曲があって、痛快な曲があって、ドープでエロティックな曲もあって……というふうにしておけば十分だと思っています。令和というのは、平成と違ってSNSとかで人がどんよりしちゃって、鬱病の患者がすごく増えちゃって、ということに比べると、涼しく小気味よい感じで、いい感じでいきましょう。って言うのが、ずっと言ってる、われわれのトーンとマナーですね。トーンとマナーなんて古いけど(笑)。

「mint exorcist」ではセリフで言っちゃってますけど、要するにわれわれは新人だし、音楽に対して基本的には無教養なわけです。これが「菊地成孔と小田朋美のアルバム」ってことになると、とんでもなくハイクオリティでアカデミックなアルバムというふうにタレントイメージで捉えられてしまうわけです。実際のところ、凝るところは凝っていますが、そんなことはリスナーには関係ない。

ぐるっと回って話が円環しちゃうのですが、いまでも「菊地・小田」って言いたがる人が多いんです。それはこっちの責任もあって、顔が似ているから仕方がないんだけど(笑)、そんなもんわれわれには関係ないので(笑)。ODなんて全部我流の天才なんですが、祖父江さんのおかげで、ハイクオリティにふざけたジャケットに仕上がったこともあって、上手く出せたと思っています。

──ちなみにヴァイナルは切らないんですか?

BOSS いまのところ予定ないですね。OD、ヴァイナル切りたい? 

OD ヴァイナル……よくわからないじゃないスか。

BOSS あはは(笑)。

OD ヴァイナルがあるとDJサンがクラブとかでかけてくれる? そういうことデスか?

BOSS DJがかけてくれるし、でっかい盤をコレクションする人たちが買うんだ。あと、CDプレイヤーがない人(笑)。

OD 確かに見た目的に大きいといいじゃないスか。

BOSS いまはプロダクツの乗りこなしが難しい時代なので、サブスクとCDプロダクツをどういうふうにするのか、ということそれ自体がミュージシャンのタクティクスのひとつになってますよね。星野源さんが『POP VIRUS』を出してすぐにサブスクを解禁して、それでも盤は売れるという自信とか、ああいう振る舞いまでもが音楽家に問われるようになってきちゃっていて、高年齢の新人としては難しいなぁとは思っているんです。

ただとにかく、「CDはもう売れないんだ」っていうひとつの鬱的な諦観、そうした諦めている感じとか、鬱病傾向の人の自己防御で「期待すると後で落ちるから、悪く考えておけば大丈夫なんだ」という考え方が、われわれも菊地くんもいちばん嫌いなんです。あとからグズグズに失敗してもいいから、「これは最高だ」って考えて、常に最高で楽しいし、バッチリで世界一だっていうバカみたいな、ヤンキーみたいな感じで考えて(笑)、それで動くというのが原動力になってます。

CD不況の時代に、しかも流通もさせない(ライヴ会場と自社サイトのみで販売。12月1日よりサブスク解禁。店頭販売は、渋谷パルコ内の「GAN-BAN」のみ)ので、『mint exorcist』はちょっと買いづらいわけです。普通にタワーにポロッと並んでそうな態で、並んでいないっていう(笑)。

OD 自分は並んでいないほうがワクワクするじゃないスか。「いま、ここでしか買えないもの」とか、このご時世あまりないデスよね。いまはどこでも手に入るものばかりだから、ここでしか買えないことに文句を言う人もいるかもしれないデスが、会場しか体験できないライヴも、ここでしか買えないぞって形の買い物も楽しいし、イマジネーションが湧くじゃないスか。

BOSS CD不況の時代に、比較的買いづらくはあるけれど、それでも「買わずにはいられない」っていうものにしたいなというのは、菊地くん的にも悲願に近いミッションでしたが、実際そうなっていると思います。全関係者のなかで、わたしだけが4万枚くらい売れると思っているので(笑)、「バカじゃないの?」みたいな感じになっているのですが、バカでも構わないってところですね。

お客さんの情報格差が開いている

──次に向けての創作意欲というのは……。

OD むちゃくちゃつくりたいデス!! 新しい曲をライヴでやりたいじゃないスか〜。

BOSS さっき言ったように、1年に半分ずつつくっているから、つくり疲れがないんです。いま、12曲を一気にワンシーズンでつくるってなると、別に誰が彼がじゃなくて、大変だと思います。比較的似たような曲が12曲入っているタイプの人とか、ギターの弾き語りプラスαという人はラクかもしれませんが、うちらみたいにつくり込んだ曲を12曲というのは大変なんです。

いまは1曲できるとすぐに配信で出しちゃうのが流行りですが、ウチらはそうしないつもりです。というのも、最終的には12曲分くらいのイマジネーションやモチヴィションがふたりのなかにあるので。まあ、1曲つくったら配信しそうだけど(笑)。年寄りの粘りを見せたいですね(笑)。

──いまさら基本的な確認なのですが、伊勢丹三越からは、SPANK HAPPYに依頼があったのですか? それとも菊地さんに?

BOSS 伊勢丹と菊地くんは昔からwin-winなんで、最初は勿論、菊地くんにオーダーがあって、それでプレゼンしたんですよ。SPANK HAPPYで行くのはどうかって。したらもう、「そんなの願ったり叶ったりですよ!」みたいになって。ちなみにMVも伊勢丹三越さん全面協力で撮りました。菊地くんが伊勢丹と懇意にしてきたっていう流れがあって、その恩恵に預かったという。そのときには、ODとやることになっていて、「ヒコーキ」のデモを聴いてもらったら「完璧です!」ってことで、ぜひSPANK HAPPYで、ということになりました。

伊勢丹の人たちが1期や2期のSPANK HAPPYを知っていたこともあり、「十数年ぶりに復活するんですよね? それってヤバいじゃないですか」って。それでぜひ、という感じになったのが18年の5月のことでした。

──BOSSとODでSPANK HAPPYをやろうってことになったのは、いつのことだったのでしょうか?

OD BOSSに出会ったのは2017年の暮れじゃないスか。

BOSS 菊地くんがラジオで再開を宣言して、すぐにわたしに「相方を探してくれ。天才的な能力をもった、いままででいちばんいいパートナーを探してこい」ってことで、大げさじゃなく、世界中を回りました。菊地くんでさえ、2期の岩澤さん脱退後は、上海まで行きましたからね。それでも見つからなくて、わたしの寝床がある川崎のパン工場に行ったらODがいて(笑)、「こいつはすごい」ってことになりまして。「回想録」にそこら辺のことは全部書いてあります。

菊地くんと小田さんは共演関係が多いですし(菊地が主宰するDC/PRGに14年から加入。生演奏のエクストリームなジャズにラッパーが入った「SONG-XX」にも小田は参加。菊地と小田だけの「花と水クラシックス」は北京ブルーノートまでツアーに。連名での映画音楽も2作ある)、もっと言うと、TABOOで小田さんのソロアルバムを出しましょうとなったのがそもそもだったのかもしれないです。「『シャーマン狩り』の次なのでどんなの出しましょうかね」となったものの、やや迷走して、スカッと「こういうのをやりましょう」とはならなかったのですが、小田さんは才能あるので、出したら名盤になるので丁寧にやりましょうかと言っている間に、菊地くんも疲れてきて、SPANK HAPPYの再開を始めちゃった。そしたら本当に、偶然にも小田さんとこいつがそっくりだったんで、「周りはみんな菊地と小田のバンドだって言うでしょ。メディアも」と、菊地くんは楽しんでました。

ODであれ小田さんであれ、同じ話ですからね。才能がある人を見つけてプロデュースしたり、パートナーになってもらうという意味では。

2期の岩澤さんは本当にお人形で、なんの意味もわからず、なんにも知らずに、まあそこはコンセプチュアルなところだから強みでもあるわけですが、なんだかわからず現場に来て、ただ言われたとおりに書いてある歌詞をその場で歌うっていうだけの人でした。踊りもできないし、ただ口パクで舞台に立っていただけなので、1ミリも音楽に関与してなかったですね、あの人は(笑)。そこがすごいといえばすごいのですが、だからその反動で天然のスーパーガールみたいな人がいて、全部やっちゃうんだ、打ち込みもやっちゃうんだっていうコントラストがすごくよかったんです。計画的にはできませんよ。こんなこと。

それに、フェミニズムの時代にあって、機械をいじっているのが実は女の子のほうっていうのもね。2期はプレフェミニズムのカリカチュアですからね、女の子はお人形で、男が全部考えてつくっているっているのだっていう。

OD 菊地さんはヤバいじゃないスか(笑)。BOSSとは全然違うデス。顔も似てない。

BOSS お客様の情報速度が、個々人で昔より開いてしまっています。いまみたいに情報が多すぎたり、あと、「情報はいつでも取れる」とたかをくくると、情報貧者になってしまうという。昔は情報に飢えていたし情報が少なかったから、マーケットがせーので発信すれば認識が一緒だったんです。でもいまは、「菊地と小田の新バンド」とか「菊地がスパンクスの次のヴォーカルに小田朋美を指名」とか(笑)、「ODって新しいキャラがいて、すばらしいし、2期とは全然違うんだ」っていう人もいるし、「SPANK HAPPYまだやってるのね」ってまだ言っている人もいたり(笑)、でもいちばんありがたいのは──お客様はどなたもありがたいですが──菊地も小田も知らず、「この、エイリアンセックスフレンドっていい曲だね」という人々です。

1回ライヴに来たりInstagramを見たりすれば、根本のムードからして全然違うんだっていうか、実際やっている作業が違うんだっていうことはわかると思います。ODが打ち込んでいて、わたしがヨコで見ている絵がいっぱいInstagramに上っているわけなので、まあまあ、いろいろなことがわかるのですが、そういうものをまったく目にしない人もいるし。

Twitter Instagram、あとは作品を通じてFINAL SPANK HAPPYがどういうものなのかを、2期との比較でもなんでもいいんだけど、とにかく明確に違うんだっていうことが定着すればいいなと思っていますし、するとは思っています。「mint exorcist」聴けばわかるでしょ。いつだって音楽自体が最強の情報なんですよ。

OD 再開したことすら知らない人もまだいるじゃないスか。でも自分は「再開って、何がデスか?」って言ってたから(笑)。

BOSS 菊地くんはいまだに「菊地秀行さんの弟さんなんですね、びっくりしました」と言われますからね。何十年言わせるんだよって。遅い人はめちゃくちゃ遅い。マラソンの最後尾を見ていたらキリがないですね。でも、皮肉ではなく癒されますけど。遅い人見るのは。菊地くんもわたしも早い方なんで。

アルゴリズムの神に愛されて30万回再生

──最後に改めて、ファーストアルバム『mint exorcist』について思うところを聞かせてください。

OD とにかく楽しく1曲1曲つくっていたら、いつの間にか盤になった、みたいな感覚デス。最後のほうはさすがに完成に向けて締め切りが〜〜。てなったけど、基本的には追い立てられずに、「この曲はこれでやるんだ、わー!」ってやっていたら、いつの間にか1枚のアルバムになっていた、くらいの体感なので、ひたすら楽しいデス。いろいろな服を着て、はやく次のライヴをしたいじゃないスか。レコーディングもライヴも大好きデス。

BOSS どちらかというとこれは菊地くんの属性だから、わたしと液状化しちゃうのですが、さっきも言ったように菊地くんもわたしも4万枚売れてしかるべきと思っていて(笑)、4万枚売るということは、(マネージャーの)長沼家が4万枚梱包しなきゃいけないから(笑)、大変な労働がまっているぞっていうことになっちゃうんだけど。

そうすね、これも菊地くんの属性で、音楽に関しては自信家で躁病だから、このアルバムはあんまりうまくいかなかった……と思ったことは、あんなにアルバムを出している人にも関わらず、1回か2回しかないと思います。あとは、最高傑作ができたと思いながらつくっているから、今回は菊地くんを嫉妬させたいですね(笑)。彼にはこんなに頼もしいパートナーはいないわけで。

ダンスにしても、ODは踊ったことがなかったけれど、やらせると天才なんでなんでもできちゃうわけです。いろいろな服を着て、振り付けもパッと覚えて、Instagramの管理もできるし(笑)。頼もしいうえに能力開発というか、どんどんものを覚えていくという。

ODは今年いっぱいでがっつり浸透するといいなと思っています。小田さんの芸名だと思ってる人は遅れた人になる(笑)。二極化が進むでしょうね(笑)。わたしも菊地くんと別個の、独立した人物であると思われ始めている頃合いでしょう。

OD もういるじゃないスか!! Buffaro Daughterのライヴ映像に菊地さんが出ているのを見て、「これは『エイリアンセックスフレンド』のおじさんだ」って書いてあるTwitterを見かけたデス! うわーそういう人もいるんだなって。一瞬、なんだかわからなくなったデスが(笑)。自分とボスが菊地さんもミトモさんもブッ飛ばすじゃないスか(笑)。

BOSS 何度も言いましたが、いちばん幸福で楽な人は、菊地くんも小田さんも知らない人です。別に「体操」から引っ張るわけじゃないけど、YMOのいちばん幸福な観客は、ミカバンドもはっぴいえんども知らずに、いきなりYMOを見た人ですよ。われわれはディグっても過去履歴ないですけどね(笑)。

OD 「エイリアンセックスフレンド」のライヴ映像は、菊地サンとかミトモさんとか、SPANK HAPPYということでもなくて、リコメンドというアルゴリズムの神に愛されて(笑)、なにかの拍子にYou Tubeのオススメになって全然知らない人たちがわーって来てくれたから、幸せな人が多いデスね(笑)。

BOSS スパンクハッピーを25年間聴いててくださった方はもちろんありがたいし、菊地くんと小田さんのファンの方が、われわれを彼らだと思って愛好してくださるのはもちろんありがたいに決まっているんだけど、だからむしろ海外にだって行きたいですよ。まったく予備知識ない人たちにフレッシュなインパクトを与えられますからね。その意味では、まだ日本でも動画が30万回再生されれば可能性があるわけですよね。

──この時代における最高の遊びですね。

BOSS あらゆる匿名化はどんどん進むでしょうし、そのうち中東の女性みたいに、外出するときには顔を隠したヴェールを被る女性が出てきてもおかしくない世の中です。でも、われわれは、本名があって、それを隠してるんじゃない。20世紀的な、キャラクターでも芸名でもない。とにかくみんな、いまは本当の意味で遊ぶ余裕がなくなっていますから。音楽がとにかく苦しい日々を救ってくれる神かクスリみたいに思っている人が多いので。

だからもし神さまなんだとしたら、遊んでる神さまだし、クスリなんだとしたら楽しいクスリという感じではいたいですね。そうそう、子ども番組とか出たいよね(笑)。

OD 出たい!「パンじゃないスか!」って。

BOSS 「みんなパンをたべるじゃないスか」って(笑)。

関連記事菊地成孔:少しだけ、先のことがわかる。「いまやられていない何か」をやる。

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子ども時代の自分に、地球と人間の関係性を教えるなら?:10人が選ぶ「いま10歳だったら読みたい本」

雑誌『WIRED』日版VOL.35の特集「地球のためのディープテック」に合わせて、地球と人間の未来を見つめている大人たち10人に1冊ずつお薦めの本を選んでもらった。テーマは「子ども時代の自分に、地球と人間の関係性を教えるなら?」。熊本を舞台に繰り広げられる冒険譚から、環境問題の金字塔的作品、電動トースターを原料からつくるノンフィクションまで、子どもが地球と自分とのかかわりを見つめ直すうえでぴったりな10冊を紹介する。(『WIRED』日本版VOL.35より転載)

PHOTOGRAPHS BY CHIHIRO KIYOTA
TEXT BY WIRED STAFF AND CONTRIBUTORS

PHOTOGRAPH BY JUNPEI KATO

地球をよくする技術やアイデアは、いつだって好奇心から生まれる。だったら、興味の種は小さいときからまいておいて損はないだろう。

いま、地球と人間の未来を見つめている大人たち10人に、自分が10歳だったときを振り返りながら、これから未来をつくる子どもたちに薦めたい1冊を選んでもらった。

選者:森田真生

『イオマンテ めぐるいのちの贈り物』
寮 美千子:著 小林敏也:イラスト〈ロクリン社〉

生命の起源までさかのぼると、「生命」と「生きている(=地質学的に活発な)地球」との区別は曖昧になるという。「生きた地球」のなかで、すべての生命はめぐり続けているのだ。食事をするたび、「おいしい」と感じるたび、ぼくたちはこの「めぐるいのち」を頂いている。その単純な事実の果てしないありがたさに気づき続けることは、簡単ではない。科学もその一助となるだろうが、10歳の子にはとびきりの物語をプレゼントしたい。アイヌの儀式を題材にした書は、先人の叡智が詰まった物語である。いつか、10歳になるすべての子どもたちに贈りたい。そんな思いにさせられるような、美しい佇まいの1冊である。

森田真生|MASAO MORITA
独立研究者。東京大学理学部数学科を卒業後、独立。現在は京都に拠点を構え、在野で執筆・研究活動を続ける傍ら、全国で数学に関するライヴ活動を実施。著書に『数学する身体』〈新潮社〉など。

選者:シトウレイ

『沈黙の春』
レイチェル・カーソン:著 青樹簗一:訳〈新潮社〉

10歳には早いかもしれないけれど、これはわたしが環境問題や地球について考える最初のきっかけとなった本です。学校の図書館で何気なく手に取ったら、ページをめくる手が止められなくなって。自分がいまいる場所が必ずしも安全・安泰ではないという現実と、その危険を生んだのが人間だという事実に、子どもながらにショックを受けました。自分を含め、人間はほかの動物や環境に負荷を与える存在であるという事実を受け止めることから、地球や環境、自分自身との関係は始まります。環境問題の金字塔とも言える本作を小さいときに読めば、地球や環境に対するスタンスを決めやすくなると思います。

シトウレイ|REI SHITO
日本を代表するストリートスタイルフォトグラファー、ジャーナリスト。被写体の魅力を写真と言葉で紡ぐスタイルに、ファンは多数。TVやラジオ、講演等、活動は多岐にわたる。instagram:@reishito

選者:亀井 潤

『奇跡のテクノロジーがいっぱい! すごい自然図鑑』
石田秀輝:監修〈PHP研究所〉

地球について考える最良の方法は、一緒に地球を共有している生物たちについて知ることだろう。身近な生き物たちの「すごい」ところがわかりやすく解説されている本書は、バイオミミクリーの入門書としておすすめしたい1冊だ。親子で読みながら、「この生物はこんなことができたんだ!」という驚きを共有できる。この本を読んだあとには、自然のなかを散歩したり、水族館に行ったりして、いままでとは違う目で生き物を見てみてほしい。

亀井 潤|JUN KAMEI
マテリアルサイエンティスト、バイオミミクリデザイナー。AMPHIBIO LTD創業者。「WIRED CREATIVE HACK AWARD 2018」グランプリ受賞、「フォーブス ジャパン 30アンダー30 2018」選出。

選者:辻井隆行

『じゅんびはいいかい? 名もなきこざるとエシカルな冒険』
末吉里花:著 中川 学:イラスト〈山川出版社〉

いま10歳の子が大人になったとき、幸せに生きるための条件は整っているだろうか。経済的な発展を最優先する現在の在り方が変わっていなければ、彼・彼女たちが生きる選択肢は著しく限定されているだろう。そのために変わるべきは、大人たちだ。しかし、子どもたちは自分の未来を引き寄せる力をもっている。だからこそ、子どもたちには、本書のわかりやすいストーリーと素晴らしいイラストを通じて、マスメディアがめったに報道しない「見えない世界のことだけど ほんとうのはなし きみたちとぼくが生きる地球のはなし」(本文より)に近づいて、真実について大人たちに問いかけてほしい。

辻井隆行|TAKAYUKI TSUJII
1999年、パートタイムスタッフとしてパタゴニアに勤務。2009年から19年9月末まで日本支社長。自然と親しむ生活を送りながら、「#いしきをかえよう」の共同発起人として、未来の在り方を問い直す活動を続ける。

選者:柞刈湯葉

『ゼロからトースターを作ってみた結果』
トーマス・トウェイツ:著 村井理子:訳〈新潮社〉

10歳の自分に読ませたい本といえば『Dr.STONE』だが、子ども時代にこの漫画があったら薦めるまでもなく読んでそうなので、こちらにする。本書は、電動トースターをゼロから、すなわち原料からつくるノンフィクションだ。都市生活を送るわれわれの視界に入るのは家電量販店から不燃ゴミ回収車までだが、この道はいったいどこから始まってどこへ続くのか。実際のところニッケルの章はルール違反としか思えないし、「結果」もいまいちスッキリしない。現実は漫画みたいにはいかない。そのあたりのリアリズムをぜひ味わってほしい。でも、まねしたら親に叱られそうなのでやはり薦めたくない。

柞刈湯葉|YUBA ISUKARI
SF作家。主な著書に『横浜駅SF』『横浜駅SF 全国版』〈ともにカドカワBOOKS〉、『重力アルケミック』〈星海社FICTIONS〉、『未来職安』〈双葉社〉、『オートマン』〈漫画原作 講談社〉など。

選者:坂野 晶

『正しい暮し方読本』
五味太郎〈福音館書店〉

環境問題について学ぶ機会は、学校でも、さまざまなメディアの報道でも、以前より増えているだろう。一方で、10歳の「わたし」が、地球規模の問題に対して具体的にいますぐできることを想像することは難しいように思う。こまめに電気を消そうとか、ごみを分別しようとか、教科書に載っているような「やるべきこと」は上滑りしていないだろうか。10歳は、大人が思う以上に本質を問う力がある。そんな、本当に意味があって「わたし」にもできることは?を問うてくれるのが本書である。正しい買い物の仕方や正しいごみの分け方を、「これは誰にとってなぜ正しいのだろう?」と自問自答するきっかけになる。

坂野 晶|AKIRA SAKANO
NPO法人ゼロ・ウェイストアカデミー理事長。10歳のときに絵本を通じて出合った絶滅危惧種の飛べないオウム「カカポ」がきっかけで環境問題に関心をもつ。大学で環境政策を専攻。2019年世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)共同議長。

選者:安居昭博

『Unexpected
30Years of Patagonia Catalog Photography』日本語版
ジェーン・シーバート、ジェニファー・リッジウェイ:編
〈Patagonia Books〉

東京、ニューヨーク、ロンドン。世界各国で、都市部への人口流入は止まらない。都市部は肥大化し、そこで生まれ育つ子どもたちにとって、いわゆる自然は地理的にも心理的にも遠いものになってしまっている。『Unexpected: 30 Years of Patagonia Catalog Photography』はその名の通り自然環境の予見の難しさ、だからこそかき立てられる知的好奇心や関心を余すところなく表現した写真集である。地球と人間のつながりを生き生きと伝え、自然への愛情が感じられるこの1冊は、子どもも大人ももう一度自然へ足を運び自分たちの眼で自然を観察したくなるような写真集だ。

安居昭博|AKIHIRO YASUI
サーキュラーエコノミー研究家。アムステルダム在住。2019年日経ビジネススクール×ETIC『SDGs時代の新規事業&起業力養成講座』講師。視察ツアーのコーディネイトや、コンサルティングなどを通じ、サーキュラーエコノミーを拡める。

選者:石山アンジュ

『世界がもし100人の村だったら』
池田香代子:著 C.ダグラス・ラミス:訳〈マガジンハウス〉

世界中を旅する親の元に生まれたわたしは「君は地球人として生まれたんだ」と言われて育った。肌の色も言葉も違う人たちが家族のように寄り添う暮らしが、わたしの日常だった。そんな10歳のころ手にした本が本書だ。人間は、生まれた場所は違えど同じ家族だと思っていたが、生まれた場所が理由で大きな格差が生まれることに絶望した。地球の未来を考えるとき、誰かがつくった境界線に縛られることなく、自分と「他者」の境界線を拡げていくことは大切な視点である。地球をひとつの村として、家族として捉え生きていくことができれば、どんなことも「自分ごと」として考えられるようになるだろう。

石山アンジュ|ANJU ISHIYAMA
シェアリングエコノミー活動家。シェアリングエコノミーの政策推進や普及に従事。PublicMeetsInnovation代表。著書に『シェアライフ 新しい社会の新しい生き方』〈クロスメディア・パブリッシング〉。

選者:北村みなみ

『火の鳥4 鳳凰編』
手塚治虫〈朝日新聞出版〉

人類文明の終わりを描いた「未来編」や、宗教の在り方をわかりやすく解説してくれる「太陽編」も捨て難いが、「火の鳥」シリーズでどれかひとつを選ぶならば、主人公・我王の輪廻転生を通してさまざまな生き物の生と死を追体験できる「鳳凰編」だ。地球環境の改善や世界平和に何よりも必要なのは、一人ひとりが他者の立場に立って考えられる想像力・共感力をもつことだとわたしは思う。そして、この漫画の根底に流れているのは、わたしたち人間も虫も微生物も区別なく同じ命だというメッセージだ。読んだあとは、自分以外の人間、さらには人間以外の生き物たちにも優しくなれる気がする1冊である。

北村みなみ|MINAMI KITAMURA
映像作家、イラストレーター。静岡県戸田村出身。多摩美術大学造形表現学部デザイン学科卒業後、フリーに。MVやタイトルバックアニメーション、『WIRED』をはじめとする雑誌や書籍など、さまざまな分野で活動中。

選者:藤原辰史

『あやとりの記』
石牟礼道子〈福音館書店〉

石牟礼道子さんが子どもに向けて描いたのは、有機水銀によって魚も、土も、猫も、人も深く傷つく前の不知火です。『あやとりの記』は、4歳の主人公・みっちんが、「八千万億那由他劫」の音を聴きながら、川や森であの世のものやもののけと交信する冒険譚。この惑星で暮らすことの根源的な野性と、その野性ゆえに強く感じられるこの上ない安らぎが、胸に迫ります。心も身体も子どもからの脱皮を始める10歳という年齢は、その野性と安らぎを忘れ始めるとき。そんな時期に『あやとりの記』の世界にどっぷりと浸れば、大人になっても、この惑星の八千万億の響きを聴く力を保てるのではないでしょうか。

藤原辰史|TATSUSHI FUJIHARA
京都大学人文科学研究所准教授。専門は食と農の歴史。著書に『[決定版]ナチスのキッチン』〈共和国 第1回河合隼雄学芸賞〉、『給食の歴史』〈岩波書店 第10回辻静雄食文化賞〉、『分解の哲学』〈青土社 第41回サントリー学芸賞〉。

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