~ トウカイコモウセンゴケ( Drosera tokaiensis )の起源について考える ~
トウカイコモウセンゴケ( D. tokaiensis )は、近年(1991)分類し直された日本産のモウセンゴケ類(ドロセラ)です。
それ以前はコモウセンゴケ(関西型)と呼ばれ、コモウセンゴケ( D. spatulata )のバリエーションで、通常のコモウセンゴケ(関東型)が4倍体であるのに対し、コモウセンゴケ(関西型)は6倍体のものであると考えられていました。
現在では研究が進み、モウセンゴケ( D.rotundifolia )とコモウセンゴケ( D.spatulata )が遠い昔に交雑して倍数体になったものが
旧コモウセンゴケ(関西型)、つまりトウカイコモウセンゴケ( D.tokaiensis )
であるとされています。
生物学をきちんとやった人はこの文章だけで充分理解できるのですが、門外漢には何のこっちゃわかりません。そこで生物学を生囓っただけの拙者が解説してみたいと思います。
きちんと生物学を修めた方が御覧になると「そりゃ違うぞ」と言われるかも知れませんが、多少の学問的誤りは無視してイメージ重視で書いてますので、より的確な表現がございましたら御指導下さい。
なお、 D. tokaiensis の学名標記に関して D. ×tokaiensis として交雑起源であることを明確にする方が正しいとする意見もあります。
しかし、当HPの管理人は「種子繁殖をして形質がほぼ安定的に遺伝する種は原種である」というスタンスです。従って一代交雑種と人工交雑種以外には × 記号は併記しません。
◇ 第1章 種の生い立ち ◇
生物はその細胞内に染色体と呼ばれる遺伝情報が詰まったものを持っています。
通常、染色体は対になっており、例えばモウセンゴケ( D. rotundifolia )は10対20本の染色体を有しており、これをn=20と表現します。
生殖細胞(動物で言えば精子と卵子、植物では花粉等)が作られる際に染色体は対ごとに半分に分かれ、半数体の生殖細胞が作られます。これを減数分裂といいます。
またまたモウセンゴケ( D. rotundifolia )を例にすると、ひとつの細胞から染色体が10本づつの2ヶの生殖細胞が作られます。
雄から1ヶ、雌から1ヶの生殖細胞が提供され、受精すると元の10対20本の染色体をもつ種子になるわけです。なおモウセンゴケ類には雄株・雌株の区別はありませんが、わかりやすい表現として雄雌と表現しています。
◇ 第2章 交雑と不稔 ◇
モウセンゴケとナガバノモウセンゴケの交雑種、サジバノモウセンゴケ( D. ×obovada )の場合どうなるでしょう?
ナガバノモウセンゴケは20対40本の染色体を持っていますので、生殖細胞の染色体数は20本となります。
モウセンゴケと交配するとモウセンゴケ起源の染色体を10本、ナガバノモウセンゴケ起源の染色体を20本の計30本の染色体を持つ交雑種:サジバノモウセンゴケとなります。
しかし、細胞内の染色体は対になっていません。
この為に第1章で書いた減数分裂が出来ず、生殖細胞が巧く形成されないので種子が出来ない、不稔となるわけです。
◇ 第3章 倍数体 ◇
さて倍数体です。
簡単に言うと減数分裂のミスで対ごとの半数になるはずの生殖細胞に全部の染色体が来てしまった為に起こる現象です。
再びモウセンゴケで説明しましょう。
本来は染色体数10本づつの2ヶの生殖細胞が作られる筈が、減数分裂のミスで染色体数20本の1ヶの生殖細胞が作られます。
この生殖細胞同士が受精すると通常の染色体数の倍の数、染色体数40本(n=40)の個体が出来ます。
これを「倍数体」と呼びます。
サジバノモウセンゴケのような不稔の交雑種を人為的に倍数体にすると稔性を取り戻す場合があり、育種技法の一つとして用いられています。
ちなみに4倍体とか6倍体とかは、基本となる生殖細胞の何倍の染色体数かを表しています。
人為的に倍数化を起こさせる薬品は「コルチヒン」。
イヌサフランの種子や球根に含まれるアルカロイドを化学合成したものが販売されています。
◇ トウカイコモウセンゴケの起源 ◇
遠い昔にモウセンゴとコモウセンゴが交配して交雑種:"トウカイモウセンゴケ( D. tokaiensis )の前駆体"が生まれました。
当然、不稔です。
しかしながら生物の常のとしての生殖細胞の分化を試みる内に減数分裂のミスが起こり、倍数体が形成され稔性を取り戻した個体が誕生しました。
これが、トウカイコモウセンゴケの起源と考えられています。
近年(2004)、このトウカイコモウセンゴケの前駆体に該当するトウカイコモウセンゴケとコモウセンゴケの自然雑種が宮崎で見つかり発表されました。
ヒュウガコモウセンゴケ( D. tokaiensis ssp ×hyugaensis )と名付けられましたが、形態上トウカイモウセンゴケとの差はほとんどなく、他の地域にあっても見分けることはまず無理でしょう。
◇ 第5章 仮説は拡がる ◇
ナガバノモウセンゴケもモウセンゴケとD.リネアリス( D. linearis )が同様の過程を経て形成されたする仮説があります。
しかし、分布域の重なるトウカイコモウセンゴケ・モウセンゴケ・コモウセンゴケとは違い、D.リネアリスは北アメリカの一部にしか分布していません。
一方、ナガバノモウセンゴケの方は北半球に点在分布しています。
遠い昔、北半球に分布していたD.リネアリスがナガバノモウセンゴケ後継者を残し滅んで、北アメリカに残存しているという考え方のようです。
ほんとかいな?