最新のデジタル技術で、宇宙の「動画」撮影が可能になってきた。長時間露出の撮影が当たり前だった天文学の常識を覆し、刻一刻と変化する現象を次々ととらえている。知られざる宇宙の姿を解き明かす新しい天文学が芽生えている。
今年6月28日夜、へび座にある小さな星の光が、45秒間だけ消えた。
はるか遠くにある星の手前を、別の天体が横切る「掩蔽(えんぺい)」という現象だ。この日、日本で観測できるという予報があり、東京大の木曽観測所(長野県木曽町)にある口径105センチのシュミット望遠鏡が狙っていた。
手前を横切ったのは、海王星より遠くを回る天体「クワオアー」。直径は約1100キロと冥王星の半分近い。小惑星としては極めて大きく、大気があるかどうかが注目されていた。
クワオアーにもし大気があれば、隠される星の光は大気で屈折してゆっくり消え、ゆっくり戻るように見える。逆に大気がなければ、消えるときも戻るときも一瞬だ。さあ、どっちだ。研究者たちは、シュミット望遠鏡に搭載された高感度動画観測カメラ「Tomo―e(トモエ) Gozen(ゴゼン)」が撮影した映像に見入った。
光の変化は、一瞬だった。
米天文学会誌に今月掲載された論文は「クワオアーに大気はほぼない」と結論づけた。
このように1秒以下で変化する天文現象を詳しく観測できるようになったのは、暗い天体でも動画のような連続撮影ができるように技術が進んだからだ。
今回の観測を率いた京都大研究員の有松亘(こう)さん(31)は、2016年に動画観測で、海王星の向こうを回る大きさ1・3キロの天体を発見している。論文は今年1月、科学誌ネイチャーアストロノミーに掲載された。
このとき使ったのは、レンズの直径が28センチのアマチュア向け望遠鏡と、毎秒15コマの動画撮影ができる市販のカメラ。大気の乱れが少ない沖縄県の宮古島で天の川を計60時間撮影し、2千個の星の一つが0・2秒だけ掩蔽されるのを見つけた。
はやぶさ2が着陸した小惑星リュウグウは直径約900メートル。さほど変わらない大きさの天体が、太陽系の外縁部に実際に存在することが確かめられた初めてのケースだ。
有松さんは「小さすぎて巨大望遠鏡でも歯が立たなかった天体の姿が、動画観測によって明らかになってきた。さらに観測して、太陽系がどこまで広がっていて、その果てに何があるのかを確かめたい」と語る。
これまでの天文学では、暗い天体を撮影するには数十分や数時間といった長い露出をするのが当たり前だったが、その常識は崩れつつある。背景には、高感度でデータの読み出しが速い画像センサーが開発されたことがある。
天文学で主に使われてきた画像センサーは「電荷結合素子」(CCD)だった。ノイズが少なく、この発明には09年にノーベル物理学賞も贈られた。ただ、長時間露出の撮影は得意でもデータの読み出しが遅く、動画のような撮影は難しかった。
一方、市販のデジタルカメラでは近年、CCDに代わって「相補型金属酸化膜半導体」(CMOS)が主流になっている。高速の連写や動画撮影に強い。以前はノイズが多いのが欠点だったが、カメラメーカーが競って開発したことで、性能が飛躍的に向上した。
そんなCMOSを最も積極的に開発してきたメーカーの一つがキヤノンだ。プロ用のデジタル一眼レフにもいち早く投入し、天文学で使えるようにした
10年には、「月夜の半分ほどの明るさでも星空の動画を撮れる」という20センチ角の巨大な超高感度CMOSセンサーを試作。翌年に東大へ持ち込んだ。シュミット望遠鏡に取り付けて初めて星空を撮ったとき、東大助教の酒向(さこう)重行さん(43)は衝撃を受けた。
晴れた星空に雲が流れ、目では見えない暗い流星が飛び交っていた。「これまでの天文学とは本質的に違う。天体の爆発や明るさの変動といったダイナミックな変化を捉えられる」と感じた。
本格的な設計が始まり、完成したのがトモエゴゼンだ。市販のデジカメにも使われる35ミリフルサイズのCMOSセンサーを84枚並べ、高感度と広視野を両立させた。画素数は計1億9千万。大型のシュミット望遠鏡と組み合わせることで、17~18等級の暗い星でも0・5秒の露出で撮影できる世界にも例のないシステムができあがった。
本格観測が始まったのは今年10月だが、試験観測の段階からめざましい成果をあげた。クワオアーの掩蔽を観測したり、月の軌道の内側をかすめた小惑星を発見したりした。
人工衛星の壊れ具合を見極める決め手になったこともある。16年に鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた直後に通信が途絶したX線天文衛星「ひとみ」を撮影。軌道上で明るさが不自然に変化していることがわかり、回転の不規則さから完全に壊れている(全損している)と断定された。極めて小さな流れ星がどれくらい飛来しているのかを調べる研究も進む。
動画観測は、重力波の発生源を特定できるとも期待されている。
重力波は、ブラックホールや中性子星といった極めて重い天体が合体した際、衝撃でゆがんだ空間のひずみが光と同じ速さでさざ波のように伝わる現象。15年に初めて観測され、17年には観測チームの代表者にノーベル物理学賞が贈られた。今年度はすでに30回以上観測されているが、重力波望遠鏡はその性質上、宇宙のどこから重力波が来たのかを絞り込むのは不得意だ。
そこで、トモエゴゼンの広視野と高感度を生かし、夜空の広い範囲を一気に撮影して重力波の到来と同時に変化した天体がないか探そうとしている。発生源を特定できれば、ハワイのすばる望遠鏡やハッブル宇宙望遠鏡といったタイプの異なる望遠鏡と連携して、詳しく追跡観測できる。
トモエゴゼンは、夜空のほとんどの領域を2時間ほどで撮り尽くすことができ、さらに何度も繰り返し撮影する計画だ。データ量は一晩で映画1万本分にあたる約30テラバイトにもなる。膨大なデータから、わずかな変化を人工知能(AI)がリアルタイムで探し出す。記録容量に限りがあるため、自動抽出された以外のデータは捨ててしまう。こうした割り切りも、これまでの天文学からは常識外だ。
シュミット望遠鏡は1974年に完成した古い施設で、第一線から退く時期を迎えていたが、トモエゴゼンとAIに加え、自動化も進んで最新鋭のロボット望遠鏡に生まれ変わった。酒向さんは「世界の誰も探索したことがない未知の領域をトモエゴゼンで観測し、動画天文学という新しい分野を切り開いていきたい」と話す。
トモエゴゼンは、東大木曽観測所がある長野県木曽町ゆかりの女武者「巴(ともえ)御前」に由来する。巴御前は平安時代末期の武将・木曽義仲に従って各地を転戦し、しばしば戦功を上げたとされる。トモエゴゼンはそんな型破りのスピード感にあやかり、大きな科学成果を上げて欲しいという願いから名付けられた。
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