本に揺さぶられ他者の痛みを知る 少年院で物語と向き合う取り組み
少年院で専門家の力を借りて、物語と向き合う試みが始まっている。ブックトーク。非行に走った少年たちは、読み聞かせやお話会で本と出会い、何を感じるのか。AERA 2019年12月16日号では、その現場を取材した。
* * *
「ハリネズミは ぬくぬくと ゆめをみる……」
柔らかな声に、絵本のページをめくるかすかな音が混じる。少年はじっと言葉に耳を澄ませ、絵に見入っている。きちんと両手を膝の上に置き、少し身を乗り出すようにして。
11月19日、茨城県牛久市にある少年院「茨城農芸学院」の面接室。盛岡大学の非常勤講師で学校図書館司書の町田りんさん(63)が昨年度から始めた読み聞かせの光景だ。現在は篤志面接委員として、月1回約40分ずつ、一対一で少年に向き合っている。
町田さんが選ぶのは、主にロングセラーの絵本と昔話で、若干の新刊書も加える。毎回10冊以上の本を持参して机に並べ、少年自身に選んでもらう。
冒頭の少年に子どもの頃、読み聞かせをしてもらったことがあるか尋ねると、言葉に詰まった。母親、5人の姉妹、そして「いつのまにかいたお父さん」と暮らしていたが、中学2年より前のことは思い出せないという。実の父親はまったく記憶にない。彼は15歳のとき、末の妹に自分で絵本を買って読み聞かせをしてあげたことがあるそうだ。でも、読んでもらうほうが好きだという。
「人に読んでもらうと、気持ちが楽になる」「読んでもらうと、いろいろ想像できる」「相手が工夫して読んでくれてる気持ちが伝わる」
訥々(とつとつ)と話し、「ここを出たらまた妹に読み聞かせをしてあげたい」と笑顔を見せた。
茨城農芸学院の在院生は約80人。窃盗や傷害など非行に走った10代後半の少年たちで、多くは11カ月間ここで過ごす。発達上の問題を抱えている上、虐待や育児放棄といった厳しい家庭環境で育ち、情緒の発達が未熟な子が多いという。
こうした背景を持つ子どもが皆、道を踏み外すわけではないが、他者を再び傷つけないためにも本人のケアが欠かせない。現在、3人の少年を対象にした絵本の読み聞かせは、読書教育ではなく、情操教育という位置づけだ。