海外のPCゲームをプレイする際にお世話になる方も多い有志日本語化。どのように行われているのか詳しく知りたいと思ったことはありませんか?
日本語化とは海外のゲームを日本語で遊べるようにすることです。その中でも、デベロッパーやパブリッシャーによる公式の日本語化ではない、ユーザーによる非公式な日本語化を有志日本語化(有志翻訳)と呼びます。一般的にボランティアで行われ、成果物は無償で配布されます。
有志日本語化には、デベロッパーやパブリッシャーが許可する範囲内で行われるものと、無許可のものがあります。許可されているものには、Mod(ユーザーによる改造)が公式に認められている場合や、直接許可を得ている場合などがあり、最近はインディーゲームを中心に有志日本語化が公式日本語版として採用される例も出てきています。
「有志日本語化の現場から」では、日本語非対応の海外PCゲームを独自に翻訳している有志日本語化チームの声をお届けします。なお、本企画で取り上げる個人および団体は「メーカーの許可範囲内」もしくは「メーカー公認」のもとに活動しています。
連載第4回は『911 Operator』『Surviving Mars』『Rise of Industry』『Unity of Command II』の日本語化を手掛けるPoge氏に話を訊きました。
全般
こんなに面白いのになんで誰もやらないんだ
――有志日本語化に携わるようになったきっかけを教えてください。
Poge氏最初はゲームそのものの日本語化ではなく、プレイ中に読みきれない英文を後で読むために訳していました。単にスクリーンショットを撮って日本語に直して自分で読んで終わりです。こうした活動をしている方は他にもいて、Webで公開された『StarCraft』の全テキストの訳を読んだ方も多いのではないでしょうか。
――なぜボランティアで活動しているのですか?
Poge氏自分の好きなゲームを布教するためです。やはり日本語があるのとないのとでは実際にプレイしてくれる人の数がかなり違ってきますから。日本語化Modのおかげでプレイできたという反応があると嬉しいですね。
――自分の好きなゲームを他の人にプレイしてもらえると嬉しいのはなぜですか?
Poge氏私の場合はマイナーなゲームを推すことが多いのですが、こんなに面白いのになんで誰もやらないんだという考えがあって、それをなんとかしたいという気持ちがあるのかもしれません。マイナーといっても日本ではというだけで、海の向こうではきちんとファンコミュニティもあるんですけどね。
――開発者の許可はどのように取っていますか?
Poge氏開発者に連絡を取ること自体あまりしてきませんでした。Modを作って開発者に報告するということも、以前は一般的な考え方ではなかったと思います。今でもその傾向は強いのではないでしょうか。しかし、私も別に深い理由があって避けていたわけではなく、『Unity of Command II』の日本語化については気まぐれで連絡を取ってみたら良い方向に転がったので、あまり難しく考えず気軽に報告してみた方がいいのかなと思いました。案ずるより産むが易しですね。
日本語化作品
予想以上の出来だったので特に力が入りました
■ 911 Operator
『911 Operator』作品紹介
通信指令室のオペレーターとして緊急通報に的確な指示を出すストラテジー。911はアメリカにおける緊急通報用の電話番号で、日本の110番と119番に相当する。
『911 Operator』有志日本語化Mod
(Steamワークショップ)
――『911 Operator』日本語化の経緯を教えてください。
Poge氏私は新しいゲームを買ったらフォルダを覗いて簡単に日本語化ができないかチェックしています。このゲームの場合はテキストファイルを編集するだけで良かったのと、ゲーム自体が会話文を読みながら適切な指示を出していくタイプで、日本語の有無が大きく影響しそうだったのでやってみることにしました。
――本作品は公式に日本語対応していますが、日本語化Modはそれとは別の物ですか?
Poge氏最初は日本語に対応していなくて、Modで日本語化できるようになってしばらくしてから公式に日本語が追加されました。日本語化Modの公式採用ではなく、テキストもまったくの別物でした。
■ Surviving Mars
『Surviving Mars』作品紹介
火星の地表を舞台に、60年代SF風のコロニーを建設、運営するシティビルダー。デベロッパーは『トロピコ』シリーズなどを手掛けたHaemimont Games。
『Surviving Mars』有志日本語化Mod
(Steamワークショップ)
――『Surviving Mars』日本語化の経緯を教えてください。
Poge氏最初から公式の翻訳用ツールが付属していて、簡単に日本語化できることがわかりました。元々この会社の経営ものは『Grand Ages: Rome』以降ずっとファンでした。まずシステム周りの単語やメッセージだけ訳したものを公開し、その後有志の方々の協力もいただいて、イベントやクエストもほぼすべて日本語でプレイできるようになりました。
■ Rise of Industry
『Rise of Industry』作品紹介
20世紀初頭の実業家として、工場の運用や物資の輸送路建設などを通じて都市の産業を発展させていく経営シミュレーション。
『Rise of Industry』有志日本語化Mod
(Steamワークショップ)
――『Rise of Industry』日本語化の経緯を教えてください。
Poge氏たしか最初は他言語への対応予定はなかったのですが、しばらくプレイしているうちに翻訳用のファイルが配布されたので、やってみようと思いました。しかし、この時点では日本語のフォントが入っていませんでした。Steamの掲示板で開発者の方に相談したところ、何回かのやりとりを経て追加してもらうことができたので、あとは編集用の環境を整えて訳すだけでした。
■ Unity of Command II
『Unity of Command II』作品紹介
第二次世界大戦中の連合軍を指揮して勝利を目指す作戦級のターン制ストラテジー。兵站や諜報といった後方支援も重要な要素となっている。
『Unity of Command II』有志日本語化Mod
(Steamワークショップ)
――『Unity of Command II』日本語化の経緯を教えてください。
Poge氏前作がなかなか面白かったのでベータテストの参加者募集に応募しました。当選したので触ってみたところ、これもテキストファイルを編集するだけで日本語化が可能なことがわかり、作業を開始しました。ゲーム自体も予想以上の出来だったので特に力が入りましたね。
――本作品の日本語化を開発者に報告した経緯を詳しく教えてください。
Poge氏そもそもこれまで開発者に伝えるという考えがなかったのですが、ベータテスター用のフォーラムに翻訳に関する問題を指摘するサブフォーラムがありまして、そこで気まぐれに日本語訳を入れてみたと報告したんですね。そうしたら想像以上に好意的な反応が返ってきました。
――こちらの記事では開発者からも日本語化が高く評価されていますね。
Poge氏タイミングが良かったですね。まだ開発者がModについてのアピールをする前に名乗りを上げたせいか注目されて、Modの作成の仕方やSteamワークショップでの公開の仕方など手取り足取り教えてもらうことができました。
――開発者は日本語訳の品質を理解していますか?
Poge氏どうでしょうね。たぶん向こうは日本語をほとんど理解できていないでしょうし。やはり最初のModだったというのが大きかったんじゃないでしょうか。『Unity of Command II』の翻訳については、他のゲームより特に充実していたとか頑張って作ったとかいうことはなくて、あくまでも最初からやりやすい環境が整っていたというのが大きいですね。ですから、お手柄なのは向こうの方だと思います。
――本作品ではマニュアルも翻訳していますが、そこまでした理由はなんでしょうか?
Poge氏ゲーム内で説明されていない部分が結構多くて、ゲーム内のテキストだけ訳しても不十分だと思いました。ゲーム自体の出来がすごく良かったので、そこまでしても苦にならないというのもありました。
翻訳について
地名はまだいいですが人名は手強いですよ
――特に翻訳が難しい表現はありますか?
Poge氏人名、地名の読みです。英語の地名だとだいたいわかりますし、わからなくても調べるのは容易ですが、東欧などはなかなか大変ですね。『Unity of Command II』はポーランドなどの地名が入っていて、それも訳さないといけないのですが、なんでこの文字でこの読みなんだという地名がたくさんありました。その時はGoogleマップとWikipediaが役に立ちました。地名はまだいいですが人名は手強いですよ。マイナーな名前は本当に英語しか出てきませんからね。
――複数の読み方がある場合はどうしていますか?
Poge氏そこはもう仕方ないので、こっちだろうと適当に判断して決めています。音声で聞ける場合は聞いたりもしますけど、それで迷いが晴れるわけでもないんですよね。その人の訛りや出身地域で違ったりもしますし。英語圏の人も読みがわからないことがあるのか、現地の人に読んでもらうサービスなんてのもあるみたいです。HowToPronounceというサイトでいくつか調べたことがあります。
――翻訳していて新しい知識が得られることはありますか?
Poge氏翻訳のための調査もさることながら、それがきっかけで原作や時代、地域について興味が芽生えて、いくらか詳しくなるということはありますね。例えば、『Unity of Command II』の翻訳では、以前他の第二次世界大戦ものを訳した時に得た戦場や戦闘、兵器や人物などの知識が役に立ちました。
――翻訳にまつわる苦労話を教えてください。
Poge氏ストーリー重視のゲームの翻訳には、作業とは別のやりづらさがありますね。『911 Operator』や『Surviving Mars』がそうなのですが、実際にゲームをプレイして目にするよりも先にイベントの内容やパターンを知ってしまうことになります。例えば、「ある日街を歩いていたら箱を見つけた。爆弾かもしれない。開ける/開けない」みたいなイベントです。普通にプレイしていたらどっちだろうと悩むところですが、翻訳していると開けた場合と開けなかった場合の結果がわかってしまいます。
――いわゆるネタバレですね。
Poge氏自分が翻訳したゲームの中にはありませんが、謎解きのゲームだとさらに深刻ですね。ゲーム内で落ちている書類を集めると背景の事情や全貌がつかめてくるようなゲームだと、一歩また一歩と真実に近づいて行くのが面白いのに、いきなりフルオープンですから。
――逆に、誰も気づかないイースターエッグを見つけることはありますか?
Poge氏イースターエッグはあまりないですね。おやっと思ったデータがあっても単なる未使用データだったりすることもあります。
技術について
誰でもどこからでも編集できることを重視したい
――日本語化にはコンピューターに関する知識が必要ですか?
Poge氏フォントデータを自ら追加するなどの高度なことをするのでなければ、差分チェッカーのWinMergeや高機能テキストエディターのNotepad++など、便利なツールについて知っていれば役に立つ程度ではないでしょうか。あとはテキストデータを編集しやすい形に加工したり、バージョンアップ時に新旧ファイルの併合を行うのにPythonで作成したスクリプトを使うくらいですね。従来自作ツールでやっていたようなことはだいたいPythonだけ使えれば置き換え可能です。
――外部のサービスはどのように利用していますか?
Poge氏共同編集用のGoogleスプレッドシートくらいです。細かなバージョン管理や用語集を参照しながら編集を行いたいのであれば、他のツールやサービスも利用した方がいいことはわかっていますが、何よりも環境を問わず誰でもどこからでも編集できることを重視したいと思っています。また、スプレッドシートのスケジュール機能とスクリプトを使って、毎日決まった時間にスプレッドシートの内容を配布ファイルに反映するようにしています。
――デベロッパーが用意する翻訳用のファイルとはどのようなものですか?
Poge氏例えば、『Rise of Industry』の場合はこのページのHEREと書かれたリンクで配布されているテキストファイルです。IDと文字列がセットになっており、文字列のところに各言語のデータを入れて、その他の設定ファイルと一緒にModを作るとその文字列が反映される仕組みです。『Surviving Mars』も同様のファイルが最初から入っていました。作業する側としては生のデータをいじってしまうのが一番楽なんですけどね。
――生のデータとはどのようなものですか?
Poge氏ゲームが使用しているデータがそのままテキストファイルやXMLファイルで入っているパターンです。『Unity of Command II』がまさに生のデータをいじれる、しかもそのまま入っているパターンですね。抽出のためのツールもいりません。
共同作業について
議論して時間をかけるよりは一行でも多く翻訳を進めたい
――翻訳を統一するためにどのような工夫をしていますか?
Poge氏作業中は特に意識していません。いざとなれば最後にまとめて統一してもいいですし、極端なことを言えば別に元の単語が一緒でも複数の訳があっていいのではないかと思います。重要なキーワードについては統一されていた方がわかりやすいでしょうし、翻訳を進める上であった方が良いというのは理解しているのですが、そこで議論して時間をかけるよりは一行でも多く翻訳を進めたいと思っています。
――その考えに至った理由を教えてください。
Poge氏自分が参加している有志日本語化、ただ眺めている有志日本語化を見てきた結果です。用語を統一する議論が理性的なものであればいいのですが、感情的な言い争いになった結果、翻訳が停滞してしまうのにちょっとうんざりしたので、その辺を決めるのは後でもいいんじゃないかと思いました。
――重要なキーワードを統一しなくても大丈夫なのですか?
Poge氏仮置きとしておいて後でまとめて統一してもいいですからね。後でまとめてやる場合、オートフィルタで元の単語で絞り込んでまとめて変更すると簡単ですよ。あくまでも小規模で、これまで特に大きなトラブルもなかった経験からの暫定的な方針です。
未来の有志へ
英語がわからなくても支障のないものが結構あります
――これから有志日本語化を志す方に一言お願いします。
Poge氏最初は翻訳そのものに参加しなくても、日本語化されていない海外のゲームを触ってみるのがいいと思います。参加前の一番の障害は英語への抵抗感というか、英語というだけでもう手を出してみる気にもならないところかと。ジャンルにもよりますが英語がわからなくても支障のないものが結構ありますし、いくつか触れていくうちによく出てくるキーワードを覚えたり、何よりも抵抗感が薄れていくでしょう。
現場から
――有志日本語化の現場から伝えたいことがあればお聞かせください。
Poge氏海外のデベロッパーの皆さまには、公式の日本語サポートが無い場合でも、フォントだけは最初から入れておいていただけるとありがたいですね。そこが一番大きなハードルなので。最初から日本語が表示できる状態になっていれば、そのゲームをプレイした人の中から、頼まれずとも、対価はなくても日本語化したいという人が現れる可能性は高いと思います。Steamの開発者向けドキュメントには、特にアジア諸国において自言語の有無が売上に大きく影響すると書かれています。日本語を自前で用意するのは難しくても、日本語化しやすい環境を整えておくことは、そう分の悪い賭けではないと思います。
――本日は貴重なお時間を割いていただきありがとうございました。