かつて、Microsoftは“ビジネスチャット”市場が盛り上がりを見せ始めたとき、「Slack」の買収を検討していたことが知られている。2016年当時の話だが、現CEOのサティア・ナデラ氏を含め、新旧幹部らが激論を交わす形でこの新しいトレンドにどう立ち向かうかの方向性が決められた。
社内は「Slack買収派」と「Skype for Businessを軸に自社製品を強化する派」の2派に分かれていたといわれるが、最終的に後者が勝利する形で「Microsoft Teams」誕生につながっている。
そのSkype for BusinessもMicrosoft 365 ProPlusでのデフォルトアプリケーションからは外され、2019年7月には2021年7月31日時点で「Skype for Business Online」の提供終了が発表された。サービス終了1年前の予告という形になるが、既存ユーザーをいかにTeamsへと誘導していくかという点で一致している。
MicrosoftがTeamsに注力し始めたエピソードの1つとして、企業顧客のMicrosoft製品利用促進と業務改善を支援するカスタマーサクセスチームの編成が2019年6月以降に変更され、Teamsの扱いが「Office 365の製品の1つ」から「Teamsを中心にアピールする」という形でミッション設定されたことが挙げられる。
Teamsが単なるツールの1つではなく、DynamicsやAzureといったアプリケーションやクラウド製品をつなぐ“ハブ”的な役割を担うようになり、ここを起点に業務プロセスやファイルにアクセスするという形になってきたためだ。
TeamsがMicrosoftの中核を成す戦略製品となった今、同社を取り巻く環境も大きな変化が起きつつある。従来まで我が道を行くという感じで、どちらかといえばそれぞれが周囲をあまり意識せずに市場での顧客獲得を進めていたものが、2019年後半に入ったあたりからライバル同士けん制し合う姿が頻繁に見られるようになり、自社製品のアピールにおいてもそれが顕著となっている。
Microsoftは7月11日(米国時間)にTeamsのDAU(Daily Active User)が1300万に達したことを報告したが、そのわずか4カ月後にあたる11月19日にはDAUが2000万に達したと報告している。成長市場なのでDAUが4カ月で56%も急増するのは別に不思議ではない気もするが、スタートから2年ちょっとの選手が過去数カ月だけ急激な伸びを見せたわけで、その是非を巡って議論が起きている。
この議論の急先鋒(せんぽう)は、言うまでもなくSlackだ。同社は2019年10月10日に「9月時点で1200万DAUを達成した」とBlogで報告しているが、7月時点で1300万DAUを報告しているTeamsの後じんを拝していることを意味しており、この公表されたDAUの数字を見るだけなら、既に勢いではTeamsが大きく追い越していることになる。
下記はSlackのDAUの推移を示したグラフだが、比較的正比例の関係で順調に顧客ベースを伸ばしていることがうかがえる。一方で、TeamsはDAUを公表するようになって以降、ロケットスタート的に増加カーブを段階的に増やしており、このまま増加が続くのであればライバルらを大きく引き離すことになるだろう。
おそらく、競合を巡るやりとりでSlackとTeamsを擁するMicrosoftが舌戦を繰り広げるようになったのは、このタイミングからだと考えている。先ほどの1200万DAUを報告するBlogの中でSlackは「DAUの“U”とは“Use”の意味だ。エンゲージメントこそが重要」だと、暗に「TeamsのDAUは実体を伴わないもの」と批判している。
ここで重要なのは、同じようなツールでいて、両者の属性が実は正反対という点を知っておく必要がある。Slackは無償版をベースに、ユーザーを有償のEnterprise版などへと誘導する「フリーミアム」に近いモデルを採用する一方、MicrosoftのTeamsは「Office 365」の有償サブスクリプションの一部として提供される製品であり、どちらかといえばOffice 365ユーザーの「Teams利活用」「(Skype for Businessなどの)既存製品からのコンバージョン」でDAUを増やしているという側面が強い。
これは今夏にMicrosoftの本社関係者にインタビューした際も「Teamsユーザーのほとんどは有償版」と回答していたことからも分かるように、アプローチの仕方が正反対だ。
その意味で、Microsoftがパートナーネットワークを駆使してユーザー獲得で本気を出せば、おそらくDAUの面でTeamsの方が有利な数字が出やすいのは確かだと筆者も考える。Slackもこのあたりの自覚はあり、おそらく「エンゲージメント」のようなキーワードを並べ始めたのだろう。
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