いだてん

IDATEN倶楽部

2019年1215

「自信を持ってお届けできる最終回になりました」

「いだてん」のチーフ演出・井上 剛が、撮影エピソードや裏話とともに盛りだくさんの最終回を振り返ります。最終回にまつわる制作エピソードを時系列でお届けしますので、ぜひお楽しみください。

最終回を迎えて

最初に台本を読んだときは「これだけの内容を60分に詰め込めるかな」と思うような宮藤官九郎さんの迫力を感じました。しかも制作陣全員の思いがあふれているので、台本に書かれていること以上に行間を拾っていかないといけないしと意気込みました(笑)。「初回からつながっている!と感じてもらえるためにどう見せるか」を意識しながら、撮影だけでなく編集や音楽も大車輪の活躍で、凝縮したドラマを何とか60分で描くことができたと思います。

最終回といえばいつもそうですが、終盤のスタッフの疲弊度や差し迫るスケジュールにも頭を悩ませながら(笑)、 それでも“ワンチーム”となって全員が力を出し切ったことで、自信を持ってお届けできる最終回になったと思っています。

1年間「いだてん」を応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

《Episode1》東 龍太郎が羽田に

東京オリンピック開会式当日、不参加が決定したインドネシア選手団を見送るため、東京都知事の東 龍太郎が羽田空港を訪れていたのは本当のお話です。ふつうに考えたら、開会式が始まる数時間前に東京都知事が会場にいないなんて考えられないですよね。それなのに見送りを優先した東さん、実直な人柄が表れているエピソードだと思います。

《Episode2》インドネシアの旗

インドネシアの不参加が決定し、掲揚していた旗を降ろさざるを得なくなり悔し涙を流した国旗担当の吹浦忠正。そういう彼の性格なら、開会式で参加国の全国旗が掲揚される瞬間に、単純にそれだけを喜べるとは思えませんでした。ですから、不参加となった2つの国の旗をセットの中に置いて「自分だったらどうする?」と演じる須藤 蓮くんにお芝居を託しました。吹浦は世界中の国旗にこだわりを持つ一風変わった青年として描かれており、初登場の際にも田畑政治から「友達いないだろ」なんて言葉をかけられたりする、ややマイナーなキャラクターです。でもそんなキャラクターだからこそ感動させられる芝居があるだろうと考え、ここ一番の場面で須藤くんには、愛情を注いで作った旗を使って参加できなかった国々への思いを目いっぱい演じてもらいました。

《Episode3》スタンドに豪華メンバー

観客席に大日本体育協会のメンバーや、ロサンゼルスオリンピックの競泳チームが顔をそろえていたのも、実際にあったエピソードです。当時の名簿が残っており、そこに名前のある人びとを登場させたのですが、可児 徳さんが観客席にいたことを知ったときは、スタッフみんなで盛り上がりました。嘉納治五郎さんとともに日本のスポーツの歴史を見てきた人が、90歳を前に悲願の東京オリンピックを目にすることができたという。そういう感慨を込めて、可児さんに嘉納さんの遺影を持ってもらいました。

ちなみに、懐かしい顔ぶれのなかに神出鬼没の美川秀信の姿を探した方もいらっしゃるかもしれませんが、ここにはいません(笑)。どこかに居るだろうと思ってもらえてもそれはいいかもしれませんね。宮藤さんにも「最終回、美川は出ませんけどいいですかね?」って聞いたら、「いや、いいです」ってキッパリ(笑)。ちなみに美川は、総集編で意外な出方をしていてきっと楽しめます!

《Episode4》たった2人のコンゴの選手

登場したコンゴの2人の選手。これも史実に残るエピソードで、はじめてオリンピックに参加した金栗・三島2人へのオマージュになるような、too far な国から少人数で参加した選手がいなかったかと、脚本作りの際に調べたんですよ。1人とか3人はありそうですが、コンゴがぴったり2人で参加していた。これはちょっと奇跡かもしれないですね。しかも陸上競技の選手だったので、驚きました。

《Episode5》マリーの占い

「晴れたでしょ。占い、わざと反対を言ったの」
そうマリーが言っているということは、自分の占いはことごとく当たらないことを自覚しているということでしょうね。きっと最初は気づいていなくて、田畑と出会ってから、いつも反対を言っていたことに気づいたんだと思います。実はこのシーンのタロットカードはマリーのほうから見ると雨を表していて、田畑側から見ると晴れを意味しているそうです。マリーは翌日の晴れを願ってあえて「雨、大雨」と言った。それを聞いた田畑たちは「ということは、晴れじゃん明日!」と思い込み、信じて朝を待ったわけです。

《Episode6》国立競技場をVFXで再現

「いだてん」の制作にはVFXが欠かせませんでした。1年を通して放送するウィークリーのドラマで、ここまでVFXを駆使したのは、革命的なことなんです。「いだてん」の前と後では、ドラマ作りにおけるVFXの役割は大きく変わるのではないでしょうか。
最終回ですごかったのは、何といっても国立競技場。特にスタジアムの中に関しては、VFXを施す前の状態を知っているだけに完成した映像に目を見張りました。

ロケ地は神戸のスタジアムで、国立競技場に似た造りではあるのですが、エキストラも演技に映り込む部分しか入れていませんでしたから、あらゆる場面でVFXに頼らざるを得ませんでした。最終聖火ランナーの坂井義則くんが国立競技場に入ってきた瞬間のVFX映像はほんとに秀逸で、あのワンカットがなかったらその先のもっと感動してもらわなきゃいけない場面なども成立しえないわけです。聖火台に上っていくところで、坂井くんの背景のグラウンドに一瞬映る各国の選手たちが並んでいるカットも、何気ないけどものすごく効いていると思います。
また、外観も見事でした。すでに以前の国立競技場はありませんから、金栗さんが水明亭に向かう場面でバックに映る国立競技場などがVFXで再現されているのですが、あの背景があるだけで水明亭との位置関係も非常に分かりやすく見せられる、というだけでなく、実はスタジアムで起きている興奮がその外の場面にも途切れずにつながっている効果があり、物語の質を俄然がぜん高めてくれています。聖火リレーなどはドローンでダイナミックショットを撮っているので、周囲のビルを全部消してもらったり、沿道のお客さんが足されていたりと、VFXが担ってくれた演出箇所は数えきれません。

《Episode7》坂井を見守る四三と田畑

最終回には全部思い入れがあるので、“ここ”とは言いづらいですが、日本選手団入場の晴れがましいところや、聖火台に向かって走る坂井くんを四三と田畑が見守っているシーンが印象的ですね。ドラマ全体を通してもそうですが、特に最終回はふたり一緒に、ひとつのことをなし遂げた集大成のような気がしています。

《Episode8》ブルーインパルスが描いた五輪の輪

開会式の日、航空自衛隊の曲技飛行チーム「ブルーインパルス」が青空に描いた五輪の輪はいまも当時を知る人びとの記憶に残るものです。スタジアムで開会式をていた人はもちろんですが、東京中の人びとがいっせいに空を見上げ、気持ちをひとつにした瞬間なのではないでしょうか。

ブルーインパルスの隊員たちは、一度も成功しないまま本番を迎えたらしいのですが、実は成功させてしまうと当日の演出がバレてしまうので、あえて成功させていなかったという説があるようです。ですから、失敗は考えていなかったみたいですよ。あるところまで練習でやって、成功の感覚はつかんでいたのではないでしょうか。そう思うと彼らの技術力、すごいですよね。

《Episode9》吹越 満さん登場!

聖火リレーの係員役で吹越 満さんにご登場いただきました。五りんが前を向く重要なシーンに関わる役なので、存在感を出し過ぎないように、でも存在感あってほしいというか(笑)。そういう役者さんがいいと思ったんです。筆頭に吹越さんのお名前があがり、ちょうどスケジュールが合ったことから、二つ返事でお引き受けいただけました。「あんまり目立たない感じで出てるといいな」とおっしゃっていたので、「あれ、吹越さん?」と二度見するぐらいの感じをご本人も目指していたと思います。

《Episode10》志ん生が高座に

日本中の人がオリンピックのことしか考えていなさそうな開会式の日に、古今亭志ん生が名人会に出演していたのは本当の話。しかも実際に『富久』を高座にかけていて、この日、寄席は満席だったそうです。

この史実を4年前に見つけて「物語になるんじゃないか」と。宮藤さんと『富久』と「聖火リレー」を重ねられませんかね?と話し合ったのが、思えば「いだてん」構想の最初のころでしたね。久蔵が走るコースと聖火リレーのコースが違うから、なかなか『富久』をドラマのなかでフューチャーするのも難しかったんですが、そのうち、志ん生の落語は、久蔵の行き先を日本橋までではなく、芝まで伸ばしたということが分かり、それを宮藤さんが若き志ん生や、金栗、その弟子の小松 勝に走らせ、さらには五りんにまで引き継がせるという壮大なお話を作った。いわば、『富久』がドラマ全体の核となったわけです。

《Episode11》五りんの話

「みんなのオリンピック」というのが宮藤官九郎さんの最終回のテーマでした。ですから「じゃあ五りんはどういうふうにオリンピックに関わったのかな」と改めて考えてみたのですが、「オリンピックに出てほしい」という父・勝の願いをかなえることはできなくても、聖火リレーの走者であればなれると思ったのかなと。

五りんが聖火リレーの走者として走る場面では、これまでの五りんと志ん生の断片をいくつか編集で入れました。

五りんはもちろん、志ん生にとっても、五りんの父・勝の存在は大きいはずで、そうしたところを思い返してほしくて、編集の大庭くんと考えまして。聖火台に立った火を見て志ん生を思い出すという流れはなんかいいですよね。師匠がオリンピックの開会式の日に『富久』をやることを知ったときに、彼の心の中で師匠と親父がつながったんでしょう。「親父はどんな気持ちで『志ん生の富久は絶品』って言えるような落語を聞いてたんだっけ」って。このドラマの第1回に立ち返ったかのように「じゃ、聞いてみようか」という感じで走っていく。そこには壮大な物語があります。五りんだけみても『人に歴史あり』と感慨深くなるような味わいにしたかったのが、最終回中盤の志ん生と五りんのくだりです。五りんみたいな弱くてダメな子を見捨てない、それが宮藤さんの本質という気がします。

《Episode12》北ローデシアがザンビア共和国に

1964年頃は「アフリカの年」と言われるほど、アフリカの国の独立が相次ぎました。田畑ならそうした新しい国々にも、参加を呼びかけたかもしれないなと思いました。調べてみたら、本当にそんなエピソードがあり、驚きました。北ローデシアがザンビアになるという、しかも閉会式の日に! コンゴの2人もそうですが、日本から見れば too far なアフリカから東京オリンピックに参加したザンビア共和国の人びとは、かつて「オリンピックに参加してみよう」と決意し単身海外に渡った嘉納治五郎と同じですよね。嘉納さんがオリンピックを視察し、日本にスポーツの文化を持ち帰ったように、のちに日本の大学や実業団にアフリカ人のマラソン選手がやってきたのは、もしかしたら彼らが何かを持ち帰って根付かせた結果なのではと思ったりしています。

《Episode13》田畑政治と嘉納治五郎

オリンピックの閉会式を終えた田畑が、嘉納さんと話すシーンは、阿部サダヲさんの表情がすばらしかったですね。阿部さんには“録音した役所広司さんの声”とお芝居をしていただきました。一緒にいるように見える嘉納さんの姿は、実は第37回の映像をVFX処理して入れたもの。声は新たに録音していただいたものですが、撮影現場に嘉納さんの姿はないので「居ると思って芝居をしてください」と阿部さんにお願いしました。実際にそこに姿がなかったから余計に泣けたのか、阿部さんの心情は分かりませんが、すごくいい涙でしたよね。すべての始まりは嘉納治五郎だったことを思い出させてくれるシーンになりました。

《Episode14》田畑を見守った菊枝さん

オリンピックの開会式直前と閉会式直後に登場した菊枝さん。この日、田畑はオリンピックで外に出ていますから、菊枝さんを登場させるのはなかなか難しかったんですが。それでも最終回に菊枝さんがいてほしいと思いました。最後まで田畑を見てきて、あんな田畑を見守っている人がひとりでいいから居たらいいなという気持ちも湧いてきたので。実は田畑って、ある回からみんなに「ありがとう」ばっかり言ってるんですよ。だから、誰か一人くらい「ご苦労さまでした」と声をかけてあげてもいいんじゃないかなと思ったんです。

《Episode15》宮藤さんの謎かけ

四三がストックホルムでゴールテープを切る寸前、久しぶりにチビ四三が登場しました。宮藤さんって、こういうシーンでは台本にあまり多くを書かないんですよね。箇条書きとは言わないけど、ヒントだけのことがある(笑)。不思議な書き方なんですよ。このシーンでは「暗がりに少年」とだけ書かれていて「誰だっけ?」となりました。「あいつですか」って聞いたら「あいつですね」と宮藤さん。じゃあ、少年・四三って書いておいてくれたらよかったのに(笑)。そんな謎かけが多いです。でもその書き方のおかげで、ストックホルムの回を思い返し、少年から青年四三への時の移りの描写を思いついたり、いろいろ想像させられたゆえに出来たエピローグではあります。

《Episode16》55年かかったゴール

「主人公を金栗四三さんにしよう」と思ったのは、まさにこの最終回のラストシーン、東京オリンピックから3年後の1967年に、金栗さんがストックホルムオリンピック(1912年)のゴールテープを切ったというエピソードがあったからです。「日本で最初にオリンピックに出たマラソン選手の記録? 答えは家に帰ってから誰かに聞いてください」って第1回で志ん生が言ってるのですが、あの答えがまさにここにつながっています。答えは「55年かけて走っていた」のですが、実は、1964年の東京オリンピックが終わってから来年、2020年の東京オリンピックまでは、それと同じくらいのスパンなんですよね。それで55年の歴史を振り返ってみたいなと思ったのがきっかけでもあります。そこから始まって、ひもといていくと、すごい激動の時代だったことがよく分かりました。

それにしても、ゴールしたあとの実際の金栗さんがインタビューで感想を求められて答えた「走ってる間に6人の子と10人の孫が生まれました」というコメントを聞くと、「いだてん」で描いてきた四三さんとキャラクターがそっくりだなあと感じます。もちろん、実在の金栗さんが役の下敷きですから、半分くらい金栗さんの血が通っているようなものですが、バシッときまらない感じが、そのまんまだなと(笑)。

《Episode17》ストップウォッチ

最終回で四三がゴールするときに、田畑がストップウォッチを止める仕掛けについては、治五郎さんが田畑に渡すくだりから始まっています。もっと言うと、羽田の予選会やストックホルムオリンピックからつながっている。嘉納さんはストップウォッチをずっと持っていたのですが、宮藤さんが第37回を描くにあたって「それを田畑に渡すのはどうですかね?」と言ったのがはじまりで、田畑のラストシーンの決め手になりました。田畑にはそれまでずっと回転させながらストップウォッチを止めさせていたので「最後もそれだ」と思い、若いときのように振りかぶって回転する姿と、若いときの格好で走る四三をシンクロさせています。ストップウォッチに関しては、これ以前にも何度か振りかぶって止めているように見えますが、実は一度も止めていません。フェイントみたいな感じですね(笑)。

《Episode18》たけしさんとおしまい

「志ん生のシーンで終わるのがキレイ」だという宮藤さんの提案でオーラスのシーンは決まりました。最後のカットで志ん生が決めるポーズはたけしさんのアドリブ。ちなみに幕に書かれた「おしまい」の文字は、志ん生の長女・美濃部美津子さんが書かれた『おしまいの噺』という本のタイトルからなんとなく連想したものです。

《Episode19》サブタイトル

最終回のサブタイトルは悩んだんですよ。最初は『富久』というタイトルで、それが悪いわけではなかったのですが、何となく「時」が入るサブタイがあればいいなって思っていて。「時間よ止まれ」が浮かんでからは、どうしようかなと迷いました。だって、頭の中にYAZAWAの曲が流れるでしょう。それがいいのか、悪いのか。流れないでほしい…いや、流れてもいいですけど(笑)。

《Episode20》奇跡のロケ

チーフ演出として最終回で印象的だったことのひとつがロケ日の天候でした。実際の開会式当日が「世界中の秋晴れを全部東京に持ってきてしまったようなすばらしい秋日和」と表現されるほどのお天気。ですから、ロケ当日の天気が悪いと成立しないと戦々恐々でした。撮影も終盤でこの日を逃すとロケが難しいと追い詰められた状況のなか、千葉と神戸で行われたロケでは雨模様がありつつも、奇跡的に晴れ間がのぞき、何とか思うようなシーンを撮りきることができました。もちろん、技術チームが青く青くしたり、光を取り込んでより爽快な青空を表現してくれたりと、工夫はしていますが、限度がありますから。青空じゃなかったら終われなかったなあと、本当にほっとしました。この晴れ間を呼べたのは、本当にスタッフの執念だと思います。

1年間ご視聴ありがとうございました

スポーツ選手の努力は多くの人が知るところですが、オリンピックを開催するために、これほどの多くの人が力を尽くしていたことはほとんど知られていません。「いだてん」では、知られざる先人たちのオリンピックにかける情熱を描きました。ご覧になった方には「何があったら人はあんなに一生懸命になれるんだろう」と、悲願を成し遂げた人びとの執念を感じていただけていたらと思います。僕自身、「いだてん」のキャラクターには、現代の我々が持っていない何かとてつもないエネルギーがあることを感じました。初めてのことを成し遂げるというのは、いつの時代も大変なことですから。

僕自身、1964年の東京オリンピックは経験していません。ですが、「いだてん」を通して当時のさまざまなことを知り、田畑までいかないまでも、国民の多くが「日本をなんとか世界に見せたい」と思っていたのだなと感じました。そんな人びとの熱量を、当時を覚えていらっしゃる方には幼いころの、あるいは若かりしころのご自身の経験として、周囲の人に話してほしいですね。また当時を知らない世代には「いだてん」を見て感じたことをできるだけ多くの人に伝えていただけたらと思います。そしてぜひ、番組がどんなふうに皆さんに響いたのか、感想をお寄せいただけたらと思います。

これほど身近に感じられる大河ドラマはこれまでなかったと思います。まさに現代を生きる私たちと地続きの物語。それを掲げてドラマを紡いできたので、視聴者の皆さんにとっても過去とのつながりを実感できるドラマであればいいなと思っています。

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