●第三の手引き/「不可解な言葉」
年の暮れもいよいよ押し迫りました。帰省するした人、年越しの準備に忙しい人、大晦日だ正月だのと言ってられない人など色々な事情を抱えてらっしゃると思いますが、みなさんそれぞれ良いお年を迎えられますように。
さてこの「手引き」はまだ第三回目。先はまだ長いですが、お時間に余裕のある方はおつきあいのほどよろしくお願いします。
今回も2回に分載。まずは「その1」です。
●その1
「絢爛たる紙吹雪は鳥居をくぐり周波数を同じくするポストと冷蔵庫は先鋒を司れ!賞味期限を気にする無頼の輩は花電車の進む道にさながらシミとなってはばかることはない!」
真面目な会議の席上で知人がこんなことを口走ったら私は結構怖いです。
しかもその人は何か確信に満ちている。
でも聞いている方は彼が何を言っているのかさっぱり分からない。
ここにコミュニケーションの断絶の基本的な怖さがあるんじゃないかと思います。
冒頭のセリフはDCミニによって悪夢に侵略された所長の島が口にするセリフですが、映画のお客さんがこのセリフに最初に遭遇するとき、彼が何を言っているのかさっぱり分からないことになっています。でも単語の一つ一つの意味は分かる。少しは分かるだけに却って気持ちが悪いんじゃないでしょうかね。
たとえば、
「そねもさにきはとけのわむしらきことおもげによ」
とか言われても、あまり怖くないと思うんですよ。全然意味がないから。
単語の意味は分かるんだけど、全体としては何を言っているのかさっぱり分からない。あるいは逆に全体としてはなんとなく分かるんだけど、個々の言葉の意味はよく分からない。
映画『パプリカ』の「不可解な言葉」にはこれら二つのパターンがあるように思います。
映画でまず最初に登場する「不可解な言葉」は先に紹介した所長の島のセリフ。
「蛙たちの笛や太鼓に合わせて回収中の不燃ゴミも後から後から吹き出してくるさまは圧巻だし」とか「絢爛たる紙吹雪は鳥居をくぐり周波数を同じくするポストと冷蔵庫は先鋒を司れ」といった訳の分からない言葉も、その直後のシーンに出てくる夢のパレードによって、「どうやらこのことを言っていたらしい」ということが分かる仕組みになっております。
仮にもしこの順序を逆にしてみたらどうでしょう。
先にパレードを見せてから島のセリフを聞いたら、きっと全然怖くないはずです。何しろ人間は言葉そのものよりもむしろ文脈によって言葉を判断するように出来ているわけですから、伏線があると奇妙な言葉さえ納得してしまう。
このシーンの場合だと「頭のイカれた人が訳の分からない言葉を口にしている」と納得されても監督は困るわけで、直前までコミュニケーションが取れていた島が「訳の分からない言葉を話し始めた」という不気味さ(と同時に滑稽さ)を表したいシーンです。
島がイカれるシーンが怖いように見えたか、単に滑稽とか変に映ったかはともかく、なにがしかの気味の悪さは伝わったのではないかと思います。
文脈を欠如させる、というのは怖さとか奇妙さを演出するパターンの一つです。
こうした怖さについて私は少しだけ実感があります。
祖母が晩年認知症になりまして、以前はきちんとコミュニケーションを取れていた祖母から意味不明の言葉を聞いたときにはたいへんショックを受けたものです。
しかし、本人の親族とか友人といった近しい関係者にはショックであっても、というか近しい人にとってのショックが大きいほど関係のない人間には笑い事にもなりやすい。世の常です。
実際、そうした認知症の方々の発言を集めた本もあるんです。
ご存じの方もおられるかもしれませんが、私が『パプリカ』の制作が終わってから出会った本で『痴呆系-素晴らしき痴呆老人の世界』(早田工二&直崎人士/データハウス)という、かなりイカした内容の本です。私なんぞはあまりに面白くてアッという間に読み終えてしまったほどです。
帯にはこうあります。
「EQも脳内革命も痴呆老人(やつら)にはかなわない!!!
姥捨山からのラブコール
あなたの老人像を完膚なきまでに粉砕!色欲、妄想なんでもござれ。
明日なき老人たちのパンキッシュな生きざま。」
老人介護の仕事をしていた著者が綴る、汗と糞尿にまみれた現場レポートです。良識の御旗を掲げる紳士淑女は眉をひそめること受け合いでしょうし、確かにあまり正面切って目を向けたい場面ではありません。だけど大笑いできます。
現場の話も大笑いなんですが、この本の「第3章 痴呆老人の言葉」がとりわけ破壊力が高い。痴呆老人たちの生の発言がコレクションされておりまして、どのくらいイカしているかちょっと引用してみます。
「土手からするするお経がおでまし人になる」
「人生八王子」
「力士が!力士が、何故どこまで力士がやってくる」
「算数の噂になるような文句が問題ない」
「あの夏の狸の尻尾がつかめなくって」
「すいません、熱出した石灯籠がお金払ってくださいね」
「ねぇ鼓笛隊…けじめは根元でつけてよ」
「ポスト大吉」
「オムツのなかが犯罪でいっぱいだ」
「あんた、ちょっと来てごらん。
あんな娘のアゲハ蝶が飛びながら
ドンドン燃えてるじゃないか…」
もっと読みたい方は是非お買いあげの上お楽しみ下さい。
とにかく、すごいですよね。『パプリカ』の制作以前に出会いたかった本です。
こういう生の迫力を目にすると、『パプリカ』の不可解な言葉なんて破壊力で大きく見劣りしてしまいますが、とはいえ深遠な無意識に私ごときの想像力では大海に耳掻きを入れてすくい上げるのが関の山です。
『パプリカ』完成後、原作の筒井康隆先生に「(『パプリカ』に出てくる訳の分からないセリフは)ぼくに書かせて欲しかったなぁ」というありがたいお言葉をいただきましたが、確かにその方が破壊力の高いセリフになったでしょうし、私も呻吟する負担がさぞや軽減したことでしょう。
とにかく不可解な言葉を考えるのには苦労しましたが、結局、理性で考える以上、ついつい理屈の拍子が合ってしまうんですよね。まあ、映画のストーリーの繋がり上、あまりに脈絡のない言葉も使えない、という制約もあったのですが。
制約があったから苦労した、というより、制約があったから考えるのがまだ楽だったといった方が適切ではあります。
不可解な言葉を書くにあたってはおおむね次のような制約を自分で課していました。
・なるべく「矛盾」を含むように
・発語したときに快感を伴う
・本人たちが確信していることが分かる程度に意味が取れる
これらの制約がもっとも顕著に現れているのは「二人パレード」のシーンでしょうか。研究所の所員の男女二人(津村と信枝)が廊下を行進するシーンと、後に二人が事故現場から担架で運ばれて行くシーンの二カ所。これらのセリフはコンテ執筆時に私が書き起こしたもので、やや破壊力に欠けるかもしれませんが、声優のお二人の息も絶妙な演技にも助けられてたいへん良いシーンになったと思っています。
まず先のシーンのセリフを引用します。
津村「速報!屋根瓦が誘う木陰で昨日を占う未亡人!応答は晴れ!」
信枝「信号も吉!扇風機の伝令は解放への枕詞!」
津村「縁の下に眠る乙女に動脈あり!」
信枝「まさに活路!展望の秘密は十年ローンの活き作り!」
津村「漂白剤の恩寵に凱旋門は鬨の声!」
信枝「ああ!新築の井戸から現像される黄色いワンピース!」
津村「ランダムな香りは強行突破のセレナーデ!」
絵コンテ時、私はたったこれだけのセリフを作るのに一日中唸ってました。情けない。
絵の方は何をどう描くのか、芝居内容もカットの尺もだいたい決まっているのにセリフが決まらない。セリフがあんまり長いとカットのテンポが変わってしまうので、想定している尺に収まらないといけない、といった制約まで生まれしまい、苦労させられました。
先に掲げた制約がどのように機能しているか、ちょっと紹介してみますと、矛盾を頼りに作っているのは以下のような言葉。
「昨日を占う」 昨日なんか占うものではありません、普通。
「十年ローンの活き作り」 活き作りを十年の月賦じゃノロウィルスどころの騒ぎじゃありません。
「強行突破のセレナーデ」 小夜曲がBGMでは強行突破の勢いも生まれますまい。
また発語の快感としては韻を踏む、口にして響きのいい単語を選ぶ、といった配慮の他に、ここでは二人の応答の形を取ってセリフのラストとそれを受けるセリフの頭で威勢のいい感じを出そうとしています。
何しろ、画面上に見えるのはこの二人だけであっても、「彼ら主観」ではパレードの中にあって行進しているのであり、周りには色々な有象無象が見えていて、彼らとも「交信」しているわけです。その証拠に信枝の方は靴を電話機替わりにしている(笑)
「本人たちの確信」という点では、後のシーンのセリフが分かりやすいかもしれません。
津村「福袋で時を待つ高気圧、その配置は乳牛に相似形」
信枝「密林から繁華街へは女豹の曼陀羅を24ビットで解析。面舵一杯」
これはパレードの行進のために必要な「天気予報」と「地図」について喋っているんでしょうね、多分(笑)
一番意味のある言葉としては「密林から繁華街へ」でしょうか。
二人が事故現場から運び出されるシーンのだいぶ前に「密林を行進するパレード」が出て来ているので、次には「繁華街へ」行くことが暗示されている……といっても誰にも分からなかったかもしれませんが(笑)、ともかくパレードの中にあって彼らはこれから繁華街に向かっていることは分かっている、らしい。実際、次にパレードが出てくるのは「密林からの橋」を渡るところで、その次が氷室の「バーチャルな街」ですから、「街」つまりは「繁華街」と。
一応、信枝(映画内では彼女の名前は分かりませんが)は研究所の所員ですから、科学に携わるものということで「24ビットで解析」なんて言葉を入れてみました。
おそらく「密林から繁華街へ」の道筋は「女豹」の「曼陀羅」のような柄を「24ビットで解析」すると浮かび上がる……のでしょう。その結果、パレード全体は「面舵一杯」、つまりは右に舵を取れ、と。
「密林からの橋」を渡るシーンで、遠景に都市のシルエットが見えるのですが、これはパレードの進行方向に対してちょうど右手になるわけです。
訳の分からない言葉とはいえ、ところどころ意味はあって辻褄も合っていたりもします。
セリフを引用しようとコンテキャプションのテキストを見返していたら、修正前のセリフが残っていました。先に引用したのは完成した映画で聞けるセリフですが、以下が修正前のそれ。
津村「福袋の暗闇で晴れ舞台を待つ高気圧はホルスタインに相似形、確立は風任せとの報告!」
信枝「密林から繁華街へは女豹の曼陀羅を24ビットで解析。面舵一杯、ヨーソロ!」
津村のセリフが長すぎて尺に収まらないから切ったものと思われます。「確立は風任せ」という言葉は気に入ってたのですが。
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コメント(4)
1回目の時は、話すスピードはそう変わらないのに所長が何言ってるか突然分からなくなり(読解できないもんですね)、やがて訳分からん事言ってるんだと気づき、さらに彼に何が起きてるかも後々知りました。まんまと監督の演出にはまったわけです。2回目でもやはり聞き取ることは容易ではなかったですが(「冷蔵庫」と「確立は風任せ!」は覚えとります)、リズムのある言葉だなと思いながら聞いてました。セリフだけでなく、映像に音楽が溶け込んでるような感覚もあったので、映画全体にリズムを感じていたようにも思います。
2006/12/30(土) 午後 10:25 [ ムー ]
コノ傑作が7回まで続くと思うと、ドキドキします。読み応えがありすぎてほんと、ありがたいです!情報量が半端なくて、読んでも知覚できるかはむつかしいですが;;お年玉のつもりでじっくり読ませていただきますw
2006/12/31(日) 午前 3:54 [ mao ]
Why is there no english (or french? Dreaming is possible... hope is necessary^^) translation ? It's so sad... I would have more informations about Paprika I have watched tonight in France... incredible movie... But communication is impossible... And for other french people (a lot of French people love Jap-Culture, I personnally listen Japanese singers in my car)... Bonne et heureuse ann? tous ! (happy new year in french)
2007/1/1(月) 午前 0:26 [ Fabrice ]
そうか、わかったよ。
2015/3/2(月) 午前 6:01 [ , ]