「ルッツ」って知っていますか?数年に1度、大しけの翌日に浜へ打ち上げられる、幻の海の幸です。一般的にこの食材を食べる習慣はほとんどありませんが、石狩市浜益(はまます)区の方々には希少なご馳走として食べられています。
大しけの後にだけ採れる「ルッツ」
2014年11月のある日。浜益の海辺は地元の方々が集まり大賑わいだったそうです。
▲2014年11月、ある日の浜益の海岸風景(写真:石狩市在住のH.Nさん提供)
皆さん何をしているかというと…。
ルッツ拾いです。
ただ、いつでも拾えるというわけではありません。これより前にルッツを拾えた時は、2012年の12月のある日1日だけ。その前に採れた日はさらに3年遡るそうです。
晩秋から初冬にかけて、西南西の猛烈な強風が吹き荒れて海が大しけとなった翌日に揚がることがあるという、出会うことがかなり難しいシロモノです。ルッツは普段海の底に穴を掘って生息していますが、大しけの時に海底がかき回されて揚がってくると言われています。
▲海辺でルッツ拾いをしている浜益の方々(写真:石狩市在住のH.Nさん提供)
めったに採れないルッツ。浜益の方々は、ルッツが浜に揚がったとわかると地域内の知人友人親戚一同、一気に連絡が回り、仕事そっちのけで海辺へ集まってくるほどだそうです。
浜益の方々をそれほど魅了するルッツ。北海道広しといえども、隣町はおろか他の地域で見かけることのない光景です。というより、ルッツを食するという地域が、浜益以外ではまずないようです。
さて、その肝心のルッツとは…、コチラです!
▲打ち上げられた昆布などの間にのぞく、オレンジ色をしたものがルッツです(写真:石狩市在住のH.Nさん提供)
オレンジ色をした、長さ約10~15センチ程度の円柱状の物体でブヨッとした印象です。率直に、見た目はあまり食べたいとは感じません…。
ルッツの正確な名前は「ユムシ」といいます。釣りをする方ならエッ、と感じたかもしれません。そう、釣り餌として販売されている、あのユムシです。
さらに言うと、ユムシは生物学的にはゴカイやミミズの仲間。
「マジか、これ食べるの…!?」と一気にドンビキしてしまった方もいるかもしれませんね。
でも、これが食べてみるとかなり美味!そんな先入観は吹っ飛んでしまいます。浜益の方々が必死に拾い集める気持ちがわかります。
ちなみに、お隣の国韓国では、かなりポピュラーな食材として料理に使われているそうです。
▲滅多に採れないルッツ。浜益の方々はここぞとばかりに大量に拾い自宅へ持ち帰ります(写真:石狩市在住のH.Nさん提供)
なかなかお目にかかれないルッツ。浜の母さんにお願いをして、ルッツを食べさせてもらいました。
浜益の浜の母さんが作る、幻の珍味「ルッツ」料理
今回お世話になったのは、浜益の国道沿いにある海産物直売所を経営している「植村漁業部」の奥さま。通常はタコを中心に海産物の販売をしていますが、ルッツは数量が限られてしまうのでほとんど取扱いをしていません。その中、今回は時別に北海道Likersの読者のためにとご協力頂きました。
▲気さくに応対して下さった奥さま
ルッツはなかなか採れないものなので、浜益のどの家庭でも冷凍保存しているそうです。ただ、そのまま冷凍すると生臭くなるので、採ったばかりのルッツの両端を切って内臓を取り出し、綺麗に洗ってから冷凍します。都度使う分だけ解凍をして調理します。
▲解凍したルッツ。こうして見ると、浜辺にいたブヨッとした物体だとは言われなければわかりませんネ…
ルッツの食べ方は家庭によりさまざま。刺身で食べたり、炒めたり。茹でるという方もいるようです。その中でも、代表的な食べ方を3パターン実践して頂きました。
まずはスライスします。
▲1センチ弱程度の太さに切っていきます
まず1品目。
切ったルッツを皿に盛り、醤油をまわして一味を軽く振ったら出来上がり!
「ルッツ 刺し」です。
▲ルッツ刺し。スライスした生のルッツを醤油と一味で、頂きます
ひと口食べると、コリっとした食感が印象的。噛めば噛むほど、ほんのりとした柔らかい磯の風味が口の中に広がっていきます。じわじわっとくる旨味、ご飯にかけて食べても美味しそうですが、ビールや日本酒のつまみにもピッタリ合いそうな味わいです。
醤油に一味をかけて食べましたが、浜益の方々の中には一味ではなく生姜で、という家庭もあるのだとか。でも、ワサビという家庭はほとんど聞かないそうです。ルッツ刺しには一味か生姜、が一般的なようです。
では、2品目へ。
こちらは刺しと同じく皿に盛り、三升漬をかけたもの。三升漬とは、青南蛮・麹・醤油を各一升ずつの分量で漬け込んだ保存食で、北海道や東北地方周辺の郷土料理です。
▲ルッツ三升漬。しばらく一緒に漬け込むと三升漬の味がじっくり浸みこみ、より美味しさが増すそうです
一味醤油とは全く違う味わい。刺しが磯の風味をじんわり楽しめるのと比べ、三升漬は磯の風味は薄くなりつつもガツンとパンチがきいた強い口あたりです。食感はイカの塩辛よりコリコリ感を2割増しにした感じ!?
ご飯にももちろん合いそうですが、これは間違いなくお酒!ビールはもちろん、日本酒や焼酎を何杯でも飲めてしまいそうです。
最後、3品目です。
こちらは生ではなく、火を通します。
▲フライパンに火をかけると、ルッツはクルクルッっと丸まってしまいました。味付けは塩とコショウで
軽くフライパンで炒めると出来上がり。
味わいは焼肉のホルモンの肉臭さをなくして少しだけ磯の風味をブレンドしたような印象。生だとコリコリっとしていた食感も炒めると柔らかくなり、焼肉のホルモンほど噛み切れにくくなく、でも適度な噛みごたえがある食感です。これは夕ご飯のおかずに欲しいです!
炒めは塩とコショウで味付けするほか、焼肉のタレやジンギスカンのタレでという家庭もあるそうです。そのほか、しゃぶしゃぶにして食べる家庭もあるのだとか。
▲塩コショウ炒め、一味しょうゆ刺し、三升漬の、ルッツ三大料理
浜益の方々が食べるルッツ三大料理を頂き、ルッツの見た目とは裏腹なその美味しさを実感。ルッツの虜となり夢中に浜辺で拾う方々の気持ちがわかりました。
物心ついた頃から家庭では食べていた、と口ぐちに語る浜益の方々。こんな美味しいもの、なぜ他の地域では食べないのでしょうね、とも。
ただ、なぜ浜益の方々だけがルッツを食べるのか、いつ頃から食べられるようになったのか、ということは、地元の方々もよくわからないそうです。昆布やウニが採れる海によって味も質も異なるように、浜益のルッツは味も質も最高級品だからかも!?
数年に1度しか採れない貴重なルッツ。飲食店や直売所でも見かけることは残念ながらほぼありません。数量も少ないうえ、今年採れるかどうかすら、誰にもわからないからです。
浜益の方とその友人知人と親戚一同のみが知る、究極のご当地グルメです。
取材・文・写真/北海道Likersフォトライター nobuカワシマ
※一部写真は石狩市在住のH.Nさんより拝借
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