最前線で活躍する世界中のモーションデザイナーが集結する「Motion Plus Design」。モーションデザインの芸術性を伝えるためのこのイベントは毎年、パリ、東京、ロサンゼルスなど世界各地で開催され、東京での開催は今回で3回目となる。11月30日(土)に渋谷ヒカリエホールで行われた「Motion Plus Design TOKYO 2019」に登壇したデザイナーは8名。ここでは全デザイナーのスピーチ内容を紹介する。
TEXT&PHOTO_石坂アツシ / Atsushi Ishizaka
EDIT_小村仁美 / Hitomi Komura(CGWORLD)、山田桃子 / Momoko Yamada
「Motion Plus Design TOKYO 2019」会場の様子
Speaker 01:KARIN FONG/カリン・フォング
KARIN FONG/カリン・フォング
デザイナー兼ディレクター。ロサンゼルスのデザインスタジオImaginary Forcesの設立メンバーで、2つのエミー賞を獲得している。クライアントには、レクサス、LEGO、Netflix、HBOといった大手会社が名を連ね、映画関係では『D.N.A./ドクター・モローの島』(1996)、『ミミック』(1997)、『チャーリーズ・エンジェル』(2000)、『デアデビル』(2003)、『ヘルボーイ』(2004)、『ターミネーター4』(2009)などのタイトルシーケンスに携わっている
www.imaginaryforces.com/directors/karin-fong
「こんにちはー!」というカリン・フォング氏(以下、フォング氏)の明るい声と笑顔で「Motion Plus Design TOKYO 2019」ゲスト・スピーカーの幕は開いた。フォング氏のスピーチでは、自身で用意した質問に自身で答えるという形式で彼女のクリエイティブやデザインに対する考え方が紹介された。
クリエイティブの制作方法については、デジタルとアナログとのミックスを好むといい、具体例としてインクのシミをスキャンしてCGと組み合わせた作品が上映された。単に素材としてアナログ画を合成しているわけではなく、彼女のイメージする世界観に必要な材料として溶け込ませているため、スキャンした画像を最初に見ていなければそこにアナログなインクのシミが使われているとは気づかないかもしれない。
また、クリエイティブワークの中ではコンセプトを決めるのが1番好きと語り、そのコンセプトには「音」も含まれるという。フォング氏がオープニングシーケンスを手がけた番組の中にも「音」が重要なポイントとなる作品があり、まずサウンドデザイナーと打ち合わせをしてサウンドエフェクトを作成し、それをもとに映像をつくり上げたそうだ。完成した作品が上映されたが、音と映像がマッチしているだけでなく、両者の魅力が相互作用を生み出して素晴らしいながれでクライマックスへと繋がっていた。この作品のみならず、アンサーに使われた全ての作品がハイクオリティであり説得力は抜群だ。
最後の質問コーナーでは「若いクリエイターへのアドバイスは?」という問いに対し、「ありきたりかもしれないけど」と苦笑しながら「とにかくつくり続けて」と声援を送り締めくくられた。
フォング氏が手がけた主な作品
Target - Christina Aguilera
www.imaginaryforces.com/work/target-christina-aguilera
LEGO Star Wars Millennium Falcon
www.imaginaryforces.com/work/lego-star-wars-millennium-falcon
Speaker 02&03:TONY ZAGORAIOS & THANOS KAGKALOS/トニー・ザゴライヨス&タノス・カグカロス
TONY ZAGORAIOS/トニー・ザゴライヨス(右)&THANOS KAGKALOS/タノス・カグカロス(左)
クリエイティブ・デュオ。ギリシャのアテネに拠点に置くスタジオ「YETI(イエティ)」のモーションデザイナー/ディレクターで、映画、予告編、ビデオ、CMなど幅広い制作を行なっている
yetimotion.com
「これから"スーパーヒーロー"の話をします」という言葉からはじまったトニー・ザゴライヨス氏(以下、ザゴライヨス氏)とタノス・カグカロス氏(以下、カグカロス氏)のスピーチ。小さい頃からスーパーヒーローに憧れた2人は「クリエイティブ」という形でスーパーヒーローを目指した。最初は個人での創作活動を続け、やがてクライアントが付くようになる。すると、ある日、自分が『ジキルとハイド』のハイドになっているような気分になったという。仕事をこなしているのは自分であることに間違いないが、クライアントの要望により本当の自分、目指しているヒーロー像とはかけ離れたキャラクターに変貌している気分に陥ったのだ。
この苦悩から抜け出す方法として彼らはチームをつくった。スーパーヒーローからスーパーチームへ。これにより理想とするクリエイティブを常に意識し合えるようになった。やがて大手のクライアントからも仕事の依頼が来るようになった。が、次にスーパーヒーローの前に立ち塞がったのは「リアリティ」という問題だった。
彼らの作品を見たクライアントが「あの(作品のような)感じでつくってくれ」と依頼してくる。その作品のコンセプトとクライアントの商品のイメージがあっていない場合もある。「クライアント・スタンダードと我々のスタンダードとの板ばさみだよ」と彼らは語る。そしてここで何と、彼らは自分たちのつくった作品の中から「悪い例」を上映し始めた。「クライアントの要望を飲んだために自分たちのクリエイティビティを挿入できなかった。これは過去につくった良作の悪いクローンだよ」と、彼らは振り返る。
この言葉は今回のイベントで最も衝撃的だった。上映されたCMの映像クオリティは素晴らしく、それだけを見れば何ら問題ないように思うだろう。しかし、彼らの作品に対する意識は表面に留まらず、コンセプトが伝わらなければ彼らにとっては「失敗」なのである。このようにトップクリエイターが失敗例を紹介するということは非常に珍しく、今後を担うクリエイターにとっても重要な情報であり擬似経験になるだろう。実際に映像作家でもある筆者もこの素晴らしいスピーチに居合わせたことに、胸が高鳴った。と同時に、この潔いアプローチに彼らの作品に対する誠意がストレートに伝わってきた。
ユーモアも交えながら貴重な体験談が紹介された
そういった経験の後、彼らは「自分達の価値」の再認識と再構築をはじめた。その結果、つくり上げたCMは実に軽やかで透明感のある空気をもち、見る者を心地良くさせるものだった。ちなみにその作品は、筆者がイベント前の調査でYETIの作品をひと通り見た際に感銘を受けブックマークしたCMだった。何の情報がなくても、それほどインパクトのある映像なのだ。今回のスピーチでそこに至るまでの経緯を聞いてなるほどと納得した。ザゴライヨス氏とカグカロス氏のストーリーは仕事として創作活動を行う者なら誰もが直面することであり、それゆえに彼らの出した答えとなった作品は、個性だけでなく見る者の気分を高揚させる爽快感があった。
YETIが「自分達の価値」を押し出してつくったという作品
『SKAI TV IDENTS』
『Pitatakia』
彼らは「自分達の価値」をさらに高めるため、実験プロジェクトも行なっている。『FRUITLESS』という作品がそれで、Webで見ることができる。さらにYETIではオンラインのティーチングプログラムも計画しており、CINEMA 4Dの使い方やコンポジットノウハウなどを教わることができる。興味のある方はYETIのサイトをぜひチェックしてほしい。
実験プログラム『FRUITLESS』
結びの言葉もやはり「自分達の価値」についてで、「自分のスタイルを貫いて、そこに集中してほしい」、「自分の価値観を守ることを忘れずに!」という言葉でスピーチの幕は降りた。
Speaker 04:CURRY TIAN/カリー・ティアン
CURRY TIAN/カリー・ティアン
フィルムメーカー。中国で生まれ育ち、現在はロサンゼルスを拠点に東洋と西洋の文化を融合させたビデオアートを創作している。フィルムメーカー、3Dデザイナー、コンセプト・デジタルアーティスト、イラストレーター、アニメーター、写真家など様々な顔をもつ
cargocollective.com/currytian
24歳のカリー・ティアン氏(以下、ティアン氏)はロサンゼルスで開催されたMotion Plus Design会場で主催者の1人であるデザイナーのクック・イウォ氏に自分の作品を見せ、それが気に入られて今回のステージに立ったという。デザイン作品がコミュニケーション道具となり世界に飛び出した素晴らしい逸話だ。
さて、そのティアン氏であるが、スピーチで語られた彼女のストーリーを聞くとなるほど納得の行動力と創作意欲だ。
北京で好きなイラストを描いたり写真を撮ったりしているうちに自分の強みがグラフィックデザインだということに気づいた彼女は、その強みを写真にも活かそうと考えた。自分の思い描くイメージは何らかのストーリーであり、そのストーリーを紡ぐために写真を撮り、CINEMA 4Dで3Dモデルをつくり、それらを自身のデザインセンスで組み合わせてシネマトグラフィをつくり上げていった。ところが、わずか1年で壁に突き当たる。何をつくったら良いのかわからなくなってしまったそうだ
そこで彼女は環境を変えることにする。北京から香港に移ってインディーズ・ミュージシャンのMVをつくりはじめた。そういった活動の中で次第に中国カルチャーの重要性に気づいていったという。ティアン氏による東洋と西洋の文化の融合を意識した作品づくりはこの頃からスタートした。やがて彼女は作品の中に人間性、陰と陽、仏教などもメタファーとして採り入れるようになる。それらの作品は彼女のWebサイトでじっくり見ることができる。
東洋と西洋の文化を融合させたアートが紹介された
スピーチの後半では仕事に関する話題になり、早い仕事をする技として「全体的なトーンとハイライトを決める」ことが重要だと語った。「ハイライト」とは物語のハイライトであり、まず重要なシーンをつくってそれから細部に手をつけるのが早く仕事を仕上げるコツであり、ハイライトシーンのつくり込みができていないうちに全体のカメラアングルやライティングを詰めても何もならないという。
最後にティアン氏は、「今は映画をつくりたい」と話しながらショートフィルムを上映した。グラフィックデザインが長所と言うだけあって、カットのカメラアングルやライティングのつくり込みが映像に重厚感を出している。これに彼女のもち味である東洋と西洋の文化の融合が入ってくるとどのような映像になるのか楽しみだ。
こういった才気あふれる若手デザイナーの言葉を聞き、現在チャレンジしている作品を見られるのも「Motion Plus Design」の魅力なのだと改めて感じさせられた。
ティアン氏が手がけた主な作品
『Curry Tian_2019 Showreel』
人間性と二元性を表現した作品『Samsara_Teaser』