初めは80年代末か90年代の始め。『ウルトラマン研究序説』や『不滅のヒーローウルトラマン白書』などが出版されていて、ガッパからレッドマン、そしてウルトラマンにデザインが変遷している設定が何かの本に書いてあって、父に「こういうの知ってる」と聞きました。父はウルトラマンや怪獣に元々(続)
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興味が無く、「あー、確かにこんなんだったな」という感じでした。 そこに書かれたウルトラマンにカラータイマーが無いので、それも聞きましたが、「そうだったっけな?」と記憶には無いようでした。 その更に数年後、他の本に「成田亨がカラータイマーを嫌っていた事」「誰がカラータイマーを(続)
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デザインしたか解っていない事」が書いてあったので、誰がデザインしたか知っているかを聞きました。その時の答えは「あー、だったら俺だな」でした。 理由を聞くと、「ウルトラマンが始まる前や初期なら、機械関係のデザインをしていたのは自分か成田さんしかいない」(続)
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「成田さんが嫌がっているのに、成田さんのデザインに何か付け足すなんて、俺くらいしかやらないだろう」との事でした。 一回り以上年が離れていて、経歴も段違いなのに、父は「円谷時代はとにかく成田さんと合わなくて、顔を合わせるとぶつかってばかりだった」とよく言っていました。(続)
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私にとって成田亨さんは巨匠であり、父の言葉には「何言ってんだ」とずっと思っていました。 ただ、最近当時の事を、父と一緒に円谷プロで働いていた母に聞くと、美術部の事務所の端と端にお互いの机があり、二人が同時に居る時の空気の悪さを感じていた事、(続)
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白石雅彦さんの『「怪奇大作戦」の挑戦』のP.41に、成田さんとの衝突が円谷英二氏の日記に残っているのが収録されていて、まあ事実だったのだろうと。 なので、「成田さんが嫌がる事を、俺以外に頼める人もいないし、恐らく金ちゃんあたりに頼まれて書いたんじゃないか」というのも、(続)
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まあまあ信憑性のある話かなと。 父は、メインメカ以外の一回くらいしか使われないものばかりを、とにかく枚数を書いたので、どれが自分で書いたかは殆ど覚えていないとの事でした。 (続)
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まあ、もし何か証拠が出てきても、一部にだけ著作権や意匠権が発生するわけでもないので、まあ今回シン・ウルトラマンでカラータイマーが無くなったのも、元々の成田さんの意向に沿うという意味では、良い選択だったのでは。当人も亡くなっているし、特に深田家からの異論はございません(笑)。 (続)
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天国で、父と成田さんの喧嘩の種が一つでも減ったという事になっていれば幸いです。 若い頃は、円谷時代の事はあまり語りたがらなかったですが、晩年には「自分が係った作品が、こうやって受け継がれているのは不思議な感じだな」と言っていました。 (続)
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父はシン・ウルトラマンには間に合いませんでしたが、ウルトラマンはまだまだ長生きしそうだよと報告しておきます。 「俺が書いた」という確かな記憶を元にした話ではないので、皆さん話半分で聞いといてくださいね。 (終)
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