RAスタッフが今年の選りすぐりのフルレングスを紹介する。
これらのアルバムは、エレクトロニック・ミュージック史の中でも特に興味深い瞬間を捉えている。デトロイト、ベルリン、ロンドン、ニューヨークといったエレクトロニック・ミュージックにとっては馴染み深い街のプロデューサーたちと並び、上海、モントリオール、リスボン、モスクワといった土地のアーティストもいる。政治的混乱や、気候の危機といった問題が背景にある音楽もあれば、ただ聴く者を踊らせることだけを目的とした音楽もある。これらの作品をここにまとめることで、2019年のエレクトロニック・ミュージックを鮮明に捉えたスナップショットになってもらえれば嬉しい。
『For You And I』は、カバーアートに写し出されたタワーマンションの窓から外を見つめる、1人の女の子の白昼夢から生まれた作品だ。Loraine Jamesは最近受けたPitchforkのインタビューで、自身のHyperdubデビュー作は極めてパーソナルなアルバムだと答えた。力、善意、そして悪意を探求した、ロンドンでクィア黒人女性としての彼女の存在を形成する作品だと。耳障りだけどスムーズ、不安げだけどロマンティック、グリッチ、アンビエント、そしてグライムの間を勢いよく走り抜ける本作は、ロンドン拠点の同レーベルから過去数年にリリースされてきた作品同様、フレッシュで中毒性がある。
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『Cartas Na Manga』では、Rogério BrandãoがPríncipeとWarpからリリースしてきた開拓的なレコードに存在するワイルドなエナジーが、よりダークで気怠い何かへと注がれている。"Água Morna"のようなトラックは、Brandãoのトレードマークであるバティーダにインスパイアされたリズムのスロー・バージョンといった感じであり、一方"Sub Zero”と”Nhama”では、このアンゴラ出身リスボン拠点のアーティストによる非凡なパーカッション・ツールキットに、より深く浸かっている。ロサンゼルスからカンパラまで、世界各地のクラブやフェスティバルをアフロディアスポリックなサウンドが揺らす現在、今作『Cartas Na Manga』は、Brandãoがこのグローバルなコミュニティをリードする人物であることを際立たせている。
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『New Atlantis』でEfdeminは、彼がPhillip Sollmannとして作るレコードの実験的なインパルスを、彼が自身の名を築き上げてきた崇高なメロディック・テクノと融合させるという、捉えがたい目標を達成した。“歌うドラム”のような幻想的なインストゥルメンタルが舞い込んでは消えていき、アルバムのインスピレーションとなった17世紀の未完のユートピア小説に相応しい、異世界のようなフィーリングを与えている。『New Atlantis』はEfdeminがOstgut Tonから発表する初のアルバムとなったが、Berghain関連レーベルの素晴らしい1年において重要な役割を果たした。
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イギリス人グループCoilはエレクトロニック・ミュージックにおけるオカルト実験でよく知られるが、Musique Pour La Danseからリリースされたこの素晴らしい再発盤は、彼らが90年代初頭にダンスミュージックに手を出していたという、あまり知られていない一面をキャプチャーしている。元々は1992年にゲイセックスに関する教育映像のサウンドトラックとして制作された本作は、2019年の思いもよらないヒット作品の一つとなった。それもそのはず、ニュー・エイジの輝きや、バレアリックなテンポ、トリッピーなヴォーカル・フックが、収録曲の一つ一つを魅力的なものにしている。エレクトロニック・ミュージックにおける最重要バンドの、心地よいイントロダクション的作品。
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Coil - The Gay Man's Guide To Safer Sex
RAのAndrew Ryceは、10月に公開したポッドキャスト番組Critics Roundtableの中で、Coilの『The Gay Man's Guide To Safer Sex』の歴史について語った。
『7 Directions』は、古風にもフューチャリスティックにも感じる作品だ。Nkisiのリズムはコンゴのパーカッション・ミュージックにみられる無限ビートを取り入れているが、その美的なプレゼンテーションは超近代的。またレトロフューチャリズムも感じられ、彼女のパッドは時にデトロイト・テクノの空想的ドラマ感を彷彿させる一方で、ハードコアの手に汗握る激しさが表面下に満ちている。さまざまな年代や土地の音を取り入れているにも関わらず、その出来栄えは非常にシンプル。無駄がないが深みのある、世界を築き上げるような体験を表現したアルバムとなった。
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Fabio and Grooveriderによる4部作コンピレーション『30 Years Of Rage』には、ジャングル確立のストーリーが描かれている。このロンドンのクラブ・ナイトの音楽ポリシーは、“ハードコアの連続体”の流れとはかけ離れていた。同コンピレーションにはイギリスのポスト・アシッドハウス・レコードの数々のほか、Plus 8のアンセムやFrankie Bonesのブレイクビーツ、そしてJoe Muggsが言うところの“最高”のサンライズ・ハウスが含まれている。このセットは、ジャングル台頭当時の豊作な状況だけでなく、Fabio and Grooveriderの独創的なDJがジャングルを生み出したということを証明している。
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もしAnthony Naplesの前作が控えめなアフターパーティーのために作られたものだったとしたら、『Fog FM』は賑わうダンスフロアに巻き戻す(あるいは早送りする)作品だ。それは真っ暗で、誰かがスモークマシンを炊きすぎているようなフロア。チューンはディテールが細かく、歪んでいて、奇妙なメロディやキビキビとしたリズム、激しいベースラインで満載。頭が混乱しながらも、気持ちは安らぐ。夜が深まると、音楽はハウスへと落ち着いていく。アンビエントさえもある。オープンからクローズまで、完全に音楽に没頭するのだ。
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『Devil’s Dance』は今年のベスト・ダブ・テクノ作品だ。だが、そのフォームはというと、Basic Channel一派からの急進的な脱却だった。Ossiaのファースト・アルバムは、ベルリンよりもブリストルに根差した作品としてのスタイルを本質的に再考した。また、『Jacob's Ladder』や『Enter The Void』のような映画と比較できる孤立した非現実感からくる、その超自然的な気質もこのアルバムを際立たせている。"Hell Dub”のようなヘヴィー級の振動や、”Rubble"の鏡の迷宮のようなサックス、あるいは"Vertigo"の23分間の漂流によって、『Devil's Dance』は体外離脱体験のような何かを引き起こしてくれる。
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毎回Maya Bouldry-Morrisonのアルバムには、トランス女性としての彼女の旅路が、極めてパーソナルな形で映し出されている。初期作品がムーディーで内省的だったのに対し、サードLPの『Resonant Body』では、エンパワーメントという新たな感覚が見出されている。彼女が今年、パートナーのEris Drewと共に立ち上げたレーベルT4T LUV NRGからリリースされた『Resonant Body』は、ヴィンテージ・ブレイクスと楽しげなハウス・ジャムが、愛を伝道するヴォーカルによって更に活気づけられた1枚。あるインタビューでこう答えている。「このレコードは私の他の作品とは違う。その大きな理由はただ、今が一番幸せだから。」
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才能あるミュージシャンたちを1カ所に集め、すごいことが起きるのを期待しても、大体は失望につながることが多い。Liftedによるセカンド・アルバム『2』の成功は、それがもっとずっと謙虚な願望であるからだろう。軽くECMスタイルのジャズにインスパイアされたこの音楽は、友人たちがビールを片手にソファで交わす、とりとめのない会話のように流れ、楽器の音色が会話のようなリズムと相互作用している。Max D、Jordan GCZ、Motion Graphicsをはじめとするプレイヤーたちは、レフトフィールド・ハウスのスーパーグループといったような顔ぶれ。だが、これほど楽しくなることはなかなかないはずだ。
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テクノ、ガバ、ノイズ、ブレイクコア、そしてたまにスローインされるメタルの金切り声—『My World My Way』が正確には何であったとしても、ヨーロッパのナイトクラブというよりもDIYな地下ショーを思い浮かべる。実際、このアルバムの後では多くのクラブ・ミュージックが痛ましいほど安全なものに聴こえてしまい、テクノの異端児、Vargが共同主宰するレーベルNorthern Electronicsから今作がリリースされたのも納得だ。そのパワーとカオスが畏怖を誘発する『My World My Way』は、エレクトロニック・ミュージックにおいてもっと一般的であってほしいとあなたが願うかもしれないアティテュードを持っている。
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E-Saggila
My World My Wayの制作について
「どうしてもプロパーなテクノのアルバムに感じない作品にしたかった。アンダーグラウンドなパンクやノイズだけを聴いているわけではなく、メインストリームなポップや、ダンスホール、レゲトンだって聴く。テクノトラックを作るのに、同じ基礎ばかりを取り入れるのではなくて、少し違うことをしようというインスピレーションになるから。どうやって変えていくか、もっと広いスペクトラムを通して見ることができる。」
「I’m a loser baby, so why don’t you kill me?(僕は負け犬だよベイビー、僕を殺さないの?)」これはBeckによる1994年のヒット曲“Loser”から拝借した一節だが、不安げで自虐的、ファニーでバンギンに同等に聴こえるOli XLのデビュー・アルバムの中でも、しっくりと聴こえる。UKガラージのスキップと、モダン・ヒップホップのオートチューンをかけた声を組み合わせたユニークなサウンドに的を絞り、このスウェーデン人アーティストは、たまらなくファンキーなベッドルーム・ポップを完成させた。
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彼女のキャリアにおいて最も印象的なアルバムで、Camae Ayewaは奴隷の物語と、エクスペリメンタル・ジャズ、黒人のスピリチュアルなサンプルを取り入れ、心に残ると同等に力づけるような結末を作り上げた。直線状の時間の概念を打ち消すようなストーリーを展開していくにつれ、彼女の詩学とストーリーテリングの才覚が輝き、激情や、現代の政治情勢への不安を密に伝えている。『Analog Fluids Of Sonic Black Holes』でAyewaは、この激しい怒りを、結集への燃え上がるような呼びかけへと変え、それを援護する鳴りわめくモジュラー・サウンドは、時空の狭間を運んでくれるように感じる。
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ルールを破るのがかつてないほど簡単な時代になった。だが、クリエイティブな反逆を試みるアクトは、時にフォーカスが定まらなかったり、あるいは未熟にさえ聴こえることがある。ロシア人デュオPTUによる『Am I Who I Am』は、最初はそうした類のLPに聴こえるかもしれないが、そこにはこの狂ったレコードを支配する自由なフィロソフィーが存在する。PTUは"テクノの奇妙なセクター”に属する—今作の強度は、この説明を控えめな表現にすら感じさせる。だが、LPの奇妙なインパルスはあれど(アルバムはジョージ・オーウェルのSF小説『1984』の世界観で幕を開ける)、他に類を見ないほどおかしなPTUの世界で最も際立っているのは、図々しいチェシャ猫のようなカリスマ性なのだ。
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『Pale Bloom』で、Sarah Davachiは自身の音楽を、クラシック・ソロ・ピアノという最小限のエッセンスまで削減した。その後1つずつ、彼女のディスコグラフィに見られる異世界のようなドローン・ミュージックの特徴を慎重に加えていった。LPは、渦巻くオルガンやストリングのハミング、震えるヴォーカルなどで徐々に展開していき、何もないところから始まり、入り組んだ複雑な何かへと成長する。最も静かで柔らかな音が最もよく鳴り響く、そんな音楽を作るアーティストによる、最も難解で、張り詰めた、だが満足感の得られるアルバムだ。
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Sam Shepherdは、過去10年間のUKダンスミュージック・シーンから出現した最も頭の切れるコンポーザーだ。だが『Crush』は、ほんの少しの生のエネルギーを加え、彼の慎重な衝動を爆発させることによって成功した。たった数週間で完成させたという『Crush』は、Shepherdが自身の衝動を信じてることを示している。彼ならではの洗練されたハーモニーは健在だが、乱雑なドラム・ワークと並ぶと、より豊かに感じる。また、彼のデビュー・アルバム『Elaenia』とは異なり、正真正銘のFlo Poフロア・フィラーで我々を楽しませてくれた。
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Floating Pointsが最新アルバム『Crush』の収録曲"Requiem For CS70 And Strings"を作るにあたって、どのようにYamaha CS70を使ったのかを確かめよう。
Bogdan Raczynskiの狂ったパーソナリティは、彼の音楽をバカバカしさの下に覆い隠している。だが、フーリガン的虚飾の下で、『Rave 'Till You Cry』は拍子抜けするほど胸が熱くなる、日記的作品でもある。こうしたクオリティが、いわゆるブレインダンスに伴うことは少なく、故にRaczynskiの複雑かつ向こう見ずな音楽は妙に私的に感じるのだ。現代のプロフェッショナル化されたダンスミュージック情勢では、Raczynskiのようないかれた世捨て人は、信頼性の遺物のような存在となる。『Rave 'Till You Cry』は、スポットライトを回避しながらも、Rephlexのカタログを発見する新たなリスナーたちからの注目に値するアーティストにとって、待望のお守りのような作品なのだ。
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気候変動—もう最悪な状況ですよね?PessimistとLoop FactionによるプロジェクトBoreal Massifは、間違いなくそう考えている。いや、違うだろうか?冷たいシンセ、鈍いトリップホップのビート、そして"The Brink Of Extinction(絶滅の危機)”のようなトラック・タイトルから想起させる不安感が、彼らの傑作デビュー・アルバム『We All Have An Impact』の上で重く漂っている。だが、陰々鬱々しているだけではない。LPの中の最高な瞬間のいくつか、例えば"Angel Of Dub”の擦り切れたギターなんかは、優しくて繊細だ。ほんのわずかな望みを表しているのかも。
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Leyland KirbyがThe Caretakerのプロジェクトの終結をアナウンスした時、その終わりがどれほど痛ましいものになるのか想像できた人間は数少ないだろう。『Everywhere At The End Of Time (Stage 6)』は、精神機能が完全に崩壊した、認知症の最終段階を連想させる作品だ。収録されている音楽は、あなたが生涯聞く中で最も絶望的であろうドローンのいくつかであり、Kirbyのボールルームの旋律が、ゾッとするような空虚に覆い隠されている。彼はこれを「聞きやすいカオス」と呼ぶが、それはあなたがリアルタイムで、精神の崩壊をいかに聞きやすいと感じるかによるだろう。
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Lafawndahがシーンに登場してからというもの、彼女の作品はエクスペリメンタル・クラブミュージックの広大な世界へと踏み込んでいっている。デビューアルバム『Ancestor Boy』は、彼女のキャリア至上、もっとも心を揺さぶる内容で、ソフトな語り口にもかかわらず、地理、アイデンティティ、親密さに関する感情が大胆に表現されている。クラブ、中東のリズム、ムーンバートン、官能的なR&Bのヴォーカルを伴うポップさを融合させ、そのものの非凡な魅力を損なうことなく、世界各地からの影響を取り入れたアルバムだ。
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2019年のベストテクノアルバムを決めるにあたり、私たちは11月まで待たなくてはならなかった。BlawanとPariahによる重要な2枚組が発表されるのを。金字塔となったKarenn名義のデビュー作から8年後に届けられた『Grapefruit Regret』は、彼らの剥き出しでエネルギッシュなサウンドのマジックとは何たるかをキャプチャーしており、おろらく"Crush The Mushrooms"で、それが最もが浮き彫りになっている。2人はアルバムに収録した8曲を“激しい”スタジオセッションの中で録音したという。彼らの大掛かりなモジュラー・セットアップを生かし、爆発的なテクノレコードを作り上げた。
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Sacred Bonesからリリースされたこの印象的なLPで、ノルウェーのミュージシャンであり小説家のJenny Hvalは、愛に関する不変的な概念を解体し、人間としての経験で不可欠な、歴史的、性心理的、政治的側面から掘り下げた。彼女の選んだサウンドは、トランスが持ちうる陶酔感に向かうような開放的なダンスポップ。それらのエレメントの融合は見事なもので、愛に内在するコンサバティズムのありそうにない反転が、アーティスティックでパーソナルな自由へと向かっていった。
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Sam BarkerのデビューLP『Utility』にはキックが一つもなかった。にもかかわらず、このアルバムはディープリスニングにもクラブにもフィットする。Leisure Systemの共同設立者である彼は、10年以上の実験の末、この独特のバランスを成し得たのだ。型にはまらないリズムとサウンドデザインを用い、Barkerはトランスの高揚感とテクノのムーブメント、アンビエントの雄大さとIDMの細部を融合させた。その結果として、確立されたダンスフロアの方程式に対する、素晴らしい挑戦となる作品が完成した。
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リイシューが巷に溢れる中でも『Fingertracks Vol. 1』はパーソナルで、ある特定の場所(南カリフォルニア)と時代(00年代の中頃から後期にかけて、Andrew Hoggeがlovefingers.orgで1000本を超えるdeep cutsをシェアしていた頃)に飛ばされる。Lovefingersによるこれらのリストは、「セレクター」ムーヴメントの先駆けとも言えるが、つまるところ、音楽への愛、故に作られたものだ。イタリアン・ミニマリズムから自主制作盤のサイケまで、Fingertracksを聴いているとまるで音楽オタクの友達のリビングルームでのレコード試聴会に訪れた気分になる。
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Lovefingers
Nuno Canavarroの『Blu Terra』,『Fingertracks: Vol 1』より
「このミックスはESP Instituteを始めた頃に作った。当時はGolden Ageという名前で、ほぼメディテーションといった、とてもチルアウトなものだった。そのミックスを作った主な動機は、“Blu Terra”を中心に据えたミックスを作りたかったからで、前後の曲達はなんとなくこの1つのトラックに通じるものばかりだ。この曲は、プロダクションにおいて僕が好きなものを全部含んでいる。メロディックで、ステレオのスペクトラムを満遍なく使っている。どの音も短いリバーブがかかっており、マリンバがちょっとデジタルな音色だ。とんでもなく良い。」
大きな予算で大きな事をやろうとすると、大概はやっかいな事になる。輝かしいリリースの数々から、フライングロータスは既成の枠組みからはみ出る定評を獲得してきた。『Flamagra』はそんなFlying Lotusのコアを体現した作品だ。ファンキーなベース・ワーク、ジグザグの様に振れるビート、そして押し流れる様なストリングスが健在だ。そして豪華ゲストにSolange、George ClintonとDavid Lynchを迎えて、サイケデリックなハイから地上に落ちてきた際に感じるだろう明瞭さと、落胆に苛まれた瞬間を捉えるかの様な音楽を探求する。このビートメイカーによるアルバムの中でも、最も多様で挑戦的なアルバムに仕上がっている。
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「取り扱い注意。イケてるから。」と2枚目のリリースを紹介するMoMA Ready。熟練のサンプリングにより、First Choiceの "Let No Man Put Asunder"やJeremy Sylvesterの"Not a Perfect Love"といった往年のクラシックスを盛り上がり必須のパーティー・チューンに仕上げた『The NYC Dance Project』。タイトルに恥じない、ニューヨークのクラブシーンの真髄を捉えるハウス・クラシックに迫る内容だ。
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ハウスとパンクが出逢う機会はそう滅多にない。Marc KinchenとJoan Jettを組み合わせてみたら、などと考える人はそういない。これらは、『Movimiento Para Cambio』で実現された意外な組み合わせのほんの一例だ。インストロメンタルだけだったとしても、素晴らしい仕上がりのアルバムとなっている。デンボウ(ラテンのリズムの一種)、ブレイクビーツ、エキスペリメンタル・ポップや90年代ハウスを巧みに取り入れたTobias Rochmanによるトラックが心地いい。だがこれにChris Vargasのボーカルが組み合わさることによって、このアルバムは傑作となっている。歌わせても、ラップさせても、ただ吠えているだけでも、とにかくバッド・アスでかっこいい。
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「悪魔崇拝的」と言われ、カトリック教会でのパフォーマンスを禁止されたアーティストが、いったいこのリストの中に何人いるだろうか? このアイロニーは称賛すべきだ。Caterina Barbieriによると、彼女の舞い上がるようなシンセミュージックは、実際のところ教会で一番よく聴こえるという。イタリア人アーティストである彼女の4枚目のアルバム『Ecstatic Computation』のプレビューイベントをキャンセルしたポルトガルの神父は、悲しくもこの事実を見過ごしていた。圧倒されるほどキラキラと輝く––幸福に満ちたメロディとトランス状態を誘発するアルペジオが押し寄せてくる。
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Caterina Barbieri
「私が今やってる音楽は、基本的にはギターミュージックだけど、シンセサイザーを使っています... 一つのヴォイスから何かおもしろいものを作りたかった。ギターの典型的な高速アルペジオを弾くことは、おおむねハーモニックコードのエフェクトと似ています。そこで私はシンセサイザーで、ハーモニーの存在と似ている高速アルペジオのスタイルを発展させていくことになりました。」
『Lifetime』のリリースに当たって、まるで「誰かに日記を手渡す」かの様な体験であったと語るKlein。言葉はほぼ使われていないものの、電子音楽のプロダクション、特段サンプリングという手法がいかに表現に富む可能性を秘めているかを物語っている。『Lifetime』はKleinの内面に密かに迫る。サンプルの数々(合唱、ハーモニカ、喧嘩する人々の声など)は謎めいていて、時たま現れては霞の中に消えゆくビートを携えながら、次から次へと変遷しゆく。前作の『Tommy』の成功により期待値が高まるなか、このロンドンのビートメイカーの更なる奥行きが顕となった作品だ。
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J Majikが90年代にかけてリリースした数々のジャングル・レコードに引けず劣らず『Full Circle』は素晴らしい作品に仕上がっている。原点回帰を掲げるRuptureLDNクルーのためにDJしたのをきっかけに、あの頃の音楽に再度インスパイアされたJ Majikはこのアルバムに取り掛かった。近年における最高傑作のドラムンベース・アルバムといっていいだろう、汚れないシンセ、往年のサンプル溢れる、いとも簡単にブレイクビーツを操るジャングルの巨匠による名作だ。
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サイバースペースで変人達がレイヴを行ったらどうなるか?そんな筋書きが、Nathan Micayのデビューアルバムである『Blue Spring』を製作する原動力となった。まるで映画を見ているかの様に、細かなディテイルに耳が注目する。SF映画の様なシンセサイザーの音と、謎めいたボーカルのサンプル、これらにうっとりとするジャングル、キラキラとしたエレクトロ、トランス・アンセムの様なビートが重なる。エモーショナルでファンタジーの要素が溢れるアルバムながら、"The Party We Could Have"のような、『Blue Spring』の名を宇宙にまで馳せる様なアンセムがアルバムの中で一際光っている。
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昨年Movement Detroitに参加していた者なら、Moodymannがどうやら肉と10ドルのレコードをバーベキューしている、という噂を耳にしたかもしれない。どうやら本当だった様だ。Kenny Dixon, Jr.の裏庭で美味しそうに焼き上げられたのが、この『Sinner』だ。新旧織り交ぜた音楽で、Dixon, Jr.の待望の新作を待ちわびる(痺れを切らす)ファン達にとって、おやつ感覚のミニアルバムだ。これでもかとファンキーでソウルに富むこのアルバムでDixon, Jr.は存分にマイクを握って、デトロイトの異端者のスタイルを存分に体現するアルバムとなっている。
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「DIYは、しっかりと私の背後にあるの」と、Carla dal Fornoは今年のはじめに語った。その言葉は、彼女の新生レーベル、宅録へのこだわり、彼女の痩せ細ったシンセ色のポストパンク・サウンドを通して既に証明されている。そしてこのセカンドアルバムでは、全てがよりシャープに感じた。アンビエントの欠片が空中に漂い、"So Much Better" や "Took A Long Time"といった歌はまるで聖歌のようである。『Look Up Sharp feels』は、未来のカルトクラシックや、現代のインディー・ポップ実験主義のムーブメントにおけるスローガンのように感じる。
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Maayan Nidamは約10年にわたりミニマルハウスのリーダー的存在であり続けているが、『Sea Of Thee』では、彼女がいつも心に描いていたサウンドがさらけ出されている。長年のスタジオ研究の結果、質素だが挑発的な彼女のプロダクションに新たなパーソナリティが注がれ、この作品がなければPerlonのレコードを聴くことがなかったであろうリスナーにまで行き届いた。たくましいサウンドに、生きて呼吸をしているかのようなクオリティーが備わっているが、Nidamの機知に富むアイデアこそが、同レーベルからここ数年でリリースされたLPのどれよりも成熟した作品たらしめている。
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Maayan Nidam
彼女のスタジオ・セットアップについて
「マシーンとプロセッサーを一緒につなげて、いろんな方法を探るのが本当に好きなの。だから約半年毎に転換してる。組み合わせや私の使うパートのフローによって、機材や家具の配置を合うように変更させて。そのために何年か前に、シェルフとペダルボードを組み立てたの... 私たちが演奏している木製の部屋は、それ自体が一つの巨大なスピーカーみたいで、ペダルが音を空中へ旋回させていく経路によく感銘を受けてるわ。そこには実質的な物性と存在感があるの。」
Discogsユーザーのrmccは雄弁にこう言っている。「テクノは直線ときれいな切り口でできている。でもMadteoの場合、自分のインプレッションを汚いナプキンの上にマーカーペンで描いている。完全に無法者でしかない」。本作『Dropped Out Sunshine』はその好例だ。この見事なまでに一貫性のないアーティストによる最新LPは、ハウス、ヒップホップ、テクノ、ダウンテンポが切り刻まれ、押しつぶされて、彼以外には誰も作ることのできないであろう、奇異で汚れた一つのかたまりになっている。これは特異で素晴らしいタレントが全力疾走したサウンドだ。
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今年中国はエクスペリメンタル・クラブミュージックをどこの国よりも推し進めており、その中でも上海の33EMYBWは最も先進的かもしれない。彼女の音楽は這うような動きや硬い外骨格、節足動物の足––つまり蜘蛛や甲殻類の類からインスピレーションを得ている。『Arthropods』はそうした世界観を、驚くべきサンプル使いや見事なリズムで捉えている。クラブミュージックは今年、どんどん奇妙になっていったが、このレコードのように真に新しく聞こえる作品は数少ない。
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一年に4枚のアルバムをリリースするとしたら、最初の一枚は素晴らしい内容であるべきだ。『VORTEX』はまさにそうした一枚で、奇妙なバンガーの数々を収録した、情け容赦のないレコードである。クラブスタイルの視点でみると、ガバ、テクノ、ハウス、ブレイクビート、ジャングルを取り入れ、あらゆる手段が尽くされている。Paul Woolfordの素晴らしいサウンドデザインと、彼が苦労して得たダンスフロアを沸かせるための見識がなければ、全体がノイジーな混乱で終わっていたかもしれない。
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2019
Album of the year
FKA twigsの音楽について語るなら、彼女にまつわるそれ以外の全てのことも語らないといけない。このソーシャル・メディアとクリエイティブ・ディレクターに溢れる時代において、FKA twigsことTahliah Barnetが見せる多様な形態の表現は、ポップ・ミュージック界に類を見ないほどに一貫しており、型にはまらず、最上級にクールだ。『MAGDALENE』がその事実をより明確にしている。神聖と世俗の二面性をテーマにした同作は、ただの音楽作品を超えた壮大なパフォーマンスである。この作品をしっかり表現するために、Barnettはポールダンスと剣術を習得した。ツアーのステージではタップダンスを披露した。かつてないほどに宇宙的で異世界的なミュージック・ビデオを制作した。クラシックなアートに囲まれ、息を呑むほど素晴らしいアコースティック・ライブを映像に収めた。彼女のファッションさえも世界観とリンクしていた。リリースの何ヶ月も前から、バロック様式のドレスや、中世の道化師風のクチュールに身を包んだ彼女の姿が浮上していた。"Cellophane”のミュージック・ビデオでは、クリスタルのピンヒールを履く彼女が、床にナイフの刃をあてるかのような鋭い音を響かせていた。
踊りや衣装、そしてプロジェクトそのもののスケールの大きさはGagaやBeyoncéなどに匹敵する。だが、twigsのエクスペリメンタルな音楽性はKate BushやBjörkなどのほうが近い。そんな彼女のスター・パワーに惹かれたか、『MAGDALENE』ではエレクトロニック・ミュージック界の才人が何人も参加している。Nicolas Jaar、Skrillex、Daniel Lopatin (AKA Oneohtrix Point Never)が共同プロデューサーとして名を連ねており、ArcaとHudson Mohawkeの名前もクレジットされている。そういった才能が集結し、クラシックと電子音楽が融合したジャンルレスな秀作を生み出している。近年のリリース作のなかでも群を抜いてモダンで磨き上げられた仕上がりになっている。
そして、それらすべての核にあるのが、twigsの生々しく繊細なソプラノの歌声だ。作品の主題はひとつ、傷心。演出は壮大で演劇的だが、ポップ・ミュージックとしてのシンプルな味わいはそのテーマにある。『MAGDALENE』はとても芸術的に描かれた、誰もが共感できる失恋アルバムなのだ。優麗な旋律や静かに響く電子音に揺られながら、彼女は失われた恋を嘆き、溢れ出る問いを投げかける。それは、ポップスターであろうが一般人であろうが関係なく、失恋したら誰もが陥ってしまう状態だ。そしてかつての恋人が去ったあと、『MAGDALENE』は傷跡を隠そうとせず、美しくさらけ出す。大切に、そばに置いておきたい作品だ。
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2019年のベストアルバムからのハイライトを、SpotifyとBuy Music Clubで聴こう。