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第81報 文民統制により軍事は政治の支配下に置く

   ”過ちは繰り返さないために”

 筆者は核武装を力説しているがウルトラナショナリストでもなければ、過激な軍国主義者でもない。日支事変が軍部が独走して統帥権を楯に、内閣の干与を排して天皇の意向にも背いて遂行されたのは、軍が国内政治の指導権を掌握する事を目的に企てたものであって、断じて承認することは出来なかったものである。

 それにしても統帥権で内閣からの独立を軍が画策した時、児玉源太郎大将は軍は政府の下にあるべきだとし、これに反対したのであるが、不幸にして日露戦争後ほどなくして亡くなってしまった。(児玉大将は日露戦争時の日本派遣軍の総参謀長であり在任中も台湾総督も兼任した方であった)

 日本国をおかしくしたのはこの、統帥権の独立問題、これが内閣の意向に反し、天皇の名をかり軍が独走する事を許した。

 第二は広田弘毅内閣の時の陸海軍大臣の現役制の復活である。このため宇垣一成大将は、大命降下したにも拘らず陸軍の反対で組閣断念に追い込まれている。明治維新を成し遂げ、日清、日露の戦争を戦い抜いた将軍の中には人物がいたが、次の世代が日本国をダメにしたのである。

 軍閥創設者の元祖といわれ、最高指導者ともいわれた山縣有朋元帥でも、英米相手に戦争をしてはいけないと説いていたし、陸奥宗光氏のけんけん録にある。外交において致命的失敗は、近衛文麿内閣における日独伊三国同盟条約である。(松岡洋右外務大臣が強引に独走した)

 これらの過去の反省の上で文民統制内閣総理大臣のリーダーシップで軍事外交が進められなければならない。

 日露戦争後満州の権益を日本国が握った時、満州鉄道の経営と満州の開発についてアメリカから共同でやろうという申し出があった。あの時日本国がこれを受け入れていれば日米戦争はなかったと思う。

 又、ユダヤに満州の一部を与えてユダヤ人の国を創っておけば、今日のイスラエルとパレスチナの紛争もなかったであろう。明治維新の大業は成就したがそれまでで、日本国にはそれだけの国際的視野を持ち、歴史的に広く将来を見透せる大政治家がいなかったという事だ。

 それにしても今の日本国の指導者の質の悪さ、スケールの矮小さを見ると本当に絶望的にならざるを得ない。

                                        山 路 信 義


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