はじめに
この記事はBBSakuraNetworksアドベントカレンダーの13日目です。
格安SIMという言葉の出現を皮切りに徐々にその略称が一般にも馴染んできたMVNO(Mobile Virtual Network Operator / 仮想移動体通信事業者)ですが、通信事業として収益を上げるのは一筋縄ではできません。今日はタイトルの通り、少し技術的にはなりますが日本で展開されているMVNOの奮闘ぶりついて触れる内容となります。もしかしたら光は無いかもしれません
なぜやるか
MVNOはあくまでも事業を展開するための一手段である場合と、MVNOになること自体が事業の価値である場合の2種類があるので、ここでは軽く触れるだけにします。
前者はさくらインターネットが展開しているIoT Platformである sakura.io などが該当し、専用のLTEモジュールでお客様のマイコンから入力された信号を閉域網経由でプラットフォームに届ける役割を果たすために利用されています。プラットフォームサービスを構成する一つの部品として機能しています。 後者ですとゼロレーティング(※)サービスを行い、現代人に不足しがちなギガを最大限にキープしつつ、通信サービスを届けるような事業が該当します。(ゼロレーティングサービスについての通信の秘密やネットワーク中立性の話は割愛します)
※自社SNSや特定のSNS/動画配信サービスのパケット通信量をカウントしないこと
影って何?
L2接続のタリフと網改造料が半端ないって
高校サッカーのネタも真っ青なハンパ無さです。MVNOは自身で携帯電話基地局を持たないため大手3社(docomo/KDDI/SoftBank)のうちどこかから回線を仕入れないといけない訳ですが、契約や接続形態によっては仕入れ側が圧倒的に不利な条件で契約を行うことになります。次項ではそれぞれ技術的な話を交えつつ解説します。
キャリアとの接続形態
- L3接続MVNO
MVNO自体もネットワークを持つ構成としては最も手軽に実現できる構成です。MNOとは相互に用意したルータで接続し、StaticRouteやBGPで相互の経路交換を行い、通信します。ルータ越しにネットワークを接続することからL3接続と呼ばれています。
■課金要素
ルータ間接続の月額通信回線費用
SIMカードの月額費用(7GB/3000円のようなアレです)
接続用の線はMNOが標準メニューとして接続プランのようなものが用意されており、1Gbpsで契約しても月額数百万円程度でさほど高額にはなりません。接続もインターネット的文化であり、普通のネットワークエンジニアであれば難なく対応できる内容です。MNO側で端末へのIPアドレス割当からデータ通信セッションの管理まで全て行ってくれるため、MVNO側に特別なモバイル網の知識は必要ありません。
しかしデメリットもあり、MNOから貸与を受けるSIMカードを利用したときに端末へ付与されるIPアドレスは固定できず動的である場合が大半で、MVNOが展開するサービスの仕様的にIPアドレスとSIMカードをユーザに紐付けて管理したい場合はかなり大変です。
L3接続MVNOの図 -
L2接続MVNO
本題の主役の一人です。L3接続とは違って、MVNOもモバイルネットワーク用の設備を保持します。4G/LTEの網ではPGW(Packet data network GateWay)と呼ばれるモバイルネットワークと通常のTCP/IPネットワークの境界ゲートウェイになる装置です。MNO側のSGW(Serving GateWay)とL2で接続します。
■課金要素
SGW / PGW間の帯域課金
SIM1枚毎の管理費(数十円)
格安SIMを展開するIIJのIIJ mioやOptage(旧ケイ・オプティコム)のmineoなどはL2接続のMVNOです。PGWは端末のデータ通信に関する処理を行う設備です。つまり、これを保持すると端末へ付与するIPアドレスや帯域制御、特定のSIMに対する開通・停止などの操作がMNOに依存せず自由にできるようになり、データ通信セッションをMVNO自身がコントロールできることを意味します。別の特徴としてL3接続MVNOに見られたSIMカード一枚あたりの通信量制限(MNOから課されたもの)は無く、基本的にMNOと契約した帯域をユーザで共有する方式になっています。
L2接続MVNOの図
接続料の実情
PGWを保持できるようになるなど通信の自由度は増した反面、この帯域課金が強敵です。実は各社MVNO向けに接続形態毎の接続料を公開しているので、今日現在のL2接続料金を見てみましょう。
驚きの価格です。最も単価が安いdocomoで仮に1Gbpsの帯域で契約すると、回線費用だけで月額5,240万円です。これが毎月の最低維持費となります。格安SIMを想像して1事業者あたりの契約人数を見たら、あとはお分かりですね? 2016年にJANOGで発表されたIIJの資料を見ると、当時の単価は現在の約2倍であることが伺えます。
これを見ると帯域が足りないから お薬増やしときましょうね~ みたいなノリで帯域は簡単に増やせないことは想像に難くないと思います。
追い打ちをかける設備導入費と網改造料
L2接続ではMVNOでPGWを導入することになり、この設備導入費も侮れません。PGWも仮想化タイプから専用アプライアンス装置までピンキリです。顧客数とトラフィック量が大規模なMVNOによく見られるのが、CiscoのASR5000シリーズです。ラインカードフル搭載で一台約3億円。ここ3~4年でオープンソースのEPC(OpenAirInterfaceやNextEPC)が現れはじめたため、自社利用など超スモールスタートではそれらに頼ることも可能で、規模と投資の見積もりが必要です。
SoftBankの資料には記載がありませんが、別途接続するにあたっては網改造料と呼ばれる費用が掛かります。費用は場合によりけりですが数千万円から数十億円まで様々です。衝撃的だったのはIIJがフルMVNOになる際にdocomoとの接続に係る網改造料と構築費用で45億かかったという内容です。
[IIJ報道資料]
MNO側ではL2接続するMVNO毎に設備を用意しているようで、その設備を打つ費用についてMVNOが負担する内容となります。その心は?
2 前項の総務省令で定める技術基準は、これにより次の事項が確保されるものとして定められなければならない。一 電気通信回線設備を損傷し、又はその機能に障害を与えないようにすること。二 電気通信回線設備を利用する他の利用者に迷惑を及ぼさないようにすること。
電気通信事業法第52条の抜粋です。これを忠実に守っているわけですね。
おわりに
自社のサービスをより一層伸ばすための光となるMVNOですが、影ではたくさんの敵(MNOとの交渉や、LTEの技術など)と戦わなければなりません。格安SIM事業者のように、特にユーザが多い上にインターネット向けのトラフィックが大量に発生する事業者は高額な帯域課金に泣かせられることになります。何度かLTE勉強会をやってきた中、技術の話以上に興味を持ってもらえるのがこの部分でしたので記事化してみました。
いつもの勉強会の締めの言葉で終わりたいと思います。お疲れさまでした。