鈴村健一「業界の底上げをしたい」 声優事務所を経営するトップランナーが語る現状と課題
声優業界のトップランナー・鈴村健一のキャリアに迫る当インタビュー。前編では鈴村が声優を目指したきっかけから、活動をマルチに展開していく過程を追った。後編では鈴村が2012年に声優事務所「インテンション」を設立した経緯や狙い、業界の未来についての展望を聞いた。
恐怖感もあった事務所からの独立
2012年、鈴村健一はそれまで所属していた事務所から独立し、自身が代表を務める事務所「インテンション」を設立した。当時は聖川真斗役で出演していたゲーム『うたの☆プリンスさまっ♪』がアニメ化されたり、『黒子のバスケ』で紫原敦役を演じたりと、鈴村の人気はうなぎ登りとなっていた時期だった。
「所属事務所との関係にはなんの不満もなかったのですが、声優の仕事が多様化していくなか、僕自身が、舞台や音楽活動など自分の名前でプロジェクトを動かすことが増え、このままでいいのかなと思ったんです。より踏み込んだ形で仕事がしたいけれど、一所属声優のまま活動を続けると、例外を生み出し、ほかの所属者にも迷惑がかかるかもしれない、と。もちろん、事務所は様々なサポートをしてくれていましたが、甘えてばかりでは踏み込みが甘くなる。最後まで自分で責任を取れる環境を作るために独立しました」
事務所間の移籍や独立は声優業界ではそれほどめずらしくはないが、独立について恐怖感はなかったのだろうか。
「もちろん、一タレントとしては怖い部分もありました。事務所から仕事をもらっていた部分は間違いなくありましたから。でも、それ以上に自分の力で新たなチャレンジができるというワクワク感のほうが大きかったです。声優は声優事務所から仕事を振り分けてもらうという“派遣業”に近い側面もありますが、最近は『誰々さんにお願いしたい』と声優の個性やクリエーティビティーを評価してオファーするビジネススタイルに近づいてきました。そういう部分でもっと勝負してみたいと思いました」
声優養成所のシステムを変えなければ……
事務所設立から約6年の間に、櫻井孝宏や東山奈央などの人気声優が鈴村の事務所に所属することになった。その一方で、鈴村は新人の発掘にも余念がない。多くの声優事務所は、傘下に声優養成所を持ち、声優を育てる方法を取っているが、鈴村は養成所を経営するというスタイルを取らず、少人数制のワークショップという形を取っている。
「養成所の経営は声優事務所のビジネスとして大きな屋台骨になっています。多くの人を集めて、そこから人材を探すことは理にかなっています。でも、全員が声優になれるわけではありません。どこかで区切りをつけたほうがいいのに、いくつもの養成所を渡り歩いたり、何年も養成所にしがみついたりする人もいます。養成所の講師が“もうやめたほうがいい”と言ってあげることも必要なのですが、ビジネス上なかなかそれもできなかった。
今でこそ在籍期間を制限する養成所も出てきましたし、ビジネスとして正しい方向へ進んでいるのですが、僕の周囲でも芽が出るまで続けるべきかどうか頭を悩ませていた友人がいたので、“とにかく門を開放しておく”というシステムとは別の仕組みが必要だと思いました。養成所をビジネスにするのではなく、素質のある人間を厳選し育成した上で、後に開花した才能をビジネスにつなげていきたいというのが僕の考えです」
専門学校や養成所で声優の勉強をしている人の数は年間約3万人、そのうち事務所に所属できる新人声優になれるのは約200人と言われている。志望者のわずか1%未満にすぎず、さらに仕事をめぐっては、その200人と、すでにプロになった先輩たちとが競争することになるのだ。
「僕が声優を目指した頃も志望者数は多かったと思いますが、今はさらに増えた印象です。しかも、今は声質など元々資質が整っている人たちも多い。ですが、それだけではプロにはなれません。声優が使える武器というのは、結局、自分の心と体しかありません。台本はあるけれど、それを表現するには自分の心と体に向き合うことが必要になります。つまり個性に向き合うということです。最近の声優志望者を見ていると、自分に向き合うことが苦手な人が多い印象を受けます」
どうして自分の心と体に向き合えていない人が多いのだろうか。
「あくまでも僕の感じた印象ですが、みんな“自分らしくある”ことに抵抗感があるのでしょうね。なかには『自分のことがよくわからない』という人も結構います。でも、若くして人気がある人たちは確実に個性的です。昔は外に気持ちを出すのが得意ではなかった僕ですら、人と違うことがやりたいとは思っていましたから」
「今はアニメや声優が広く文化として認知されてきたことで、志望者が声優という仕事を過度に美化するようになりました。悪目立ちしたくないとか、みんなと一緒がいいとか、どこか優等生的でもあります。それも仕方ないことだとは思います。今まで学校で『人と違うことをするな』と個性を抑圧されてきたのに、急に『個性を出せ』と言われるんですから。それでも、自分自身の武器を理解した役者になれなければ、結局代わりのきく人材にしかならないんです」
スター声優の登場が業界の底上げにつながる
裏方だった声優は、マルチに活躍する一人のタレントとして脚光を浴び、多くのファンに愛されるようになった。そのような状況の中で、声優事務所の一経営者として、鈴村はどんな戦略を立てているのだろうか。
「個性のある“スター声優”を生み出したいですね。それが声優業界の底上げにもつながると思うんです。この業界ではマルチに活躍する声優が増える一方で、いわゆる“男A”とか“女B“といったモブキャラをたくさん演じていて、あえて声優一本でやっていくという方もいます。その方たちの技術は本当にすごいもので、まだ若いのにおじいちゃんの役ができる方もいらっしゃる。樹木希林さんが30代前半の頃におばあちゃん役を演じて脚光を浴びたようなことが声優業界では当たり前に行われています。そういう方たちが声優業界の屋台骨を支えているのですが、よく言われる通り、マルチに活躍している声優とは収入の格差が大きいんです」
声優業界には日本俳優連合が定めたランク制があり、声優はランクに応じたギャランティーを得ることになっている。ランクは自己申告制であるが、30分のアニメであれば、主役であろうと脇役であろうと新人期間の“ジュニア”なら約1万5千円、大御所のベテラン声優でも約4万5千円が相場と言われている。
「もちろん1日2、3本やればそれなりに稼ぐことができますが、パイが限られている以上、あまり現実的ではありません。一方で、主役級の売れている声優には、アニメの出演に付随したテレビCM、ラジオ、イベント、歌唱など、出演料以上の副収入があります。声優がマルチな活動をすることに対しては業界内でも賛否ありますが、僕はもっとそういった活躍をする人が出てきて、スター声優がどんどん生まれてほしいと思っています。声優という仕事がビジネスにつながることがもっともっと認知されれば、業界全体の賃金が底上げされていくのではないでしょうか」
鈴村健一(すずむら・けんいち)
誕生日:9月12日
代表作:『銀魂』シリーズ・沖田総悟役、『おそ松さん』イヤミ、『うたの☆プリンスさまっ♪』シリーズ・聖川真斗、『宇宙戦艦ヤマト2202』島大介など。