マリッジブルーにまつわるどうでもいい話

👼🏻𝓶𝓸𝓮𝓬𝓱𝓲🍼
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2019-08-25 04:09:09

蘭丸くんの夢小説/現パロ/織田が闇金事務所の時空/説明不足/エッセイと夢小説の狭間

 私がマリッジブルーに悶々と悩んでいる頃、彼氏はベッドに腰掛けてハーゲンダッツのクッキー&クリームのパイントを食べていた。銀色のスプーンで冷たい塊をすくい、口に運ぶという作業を冷房のガンガンにきいた部屋で繰り返す美少年は、GRLで買ったシナモロール(サンリオキャラである)の顔がフードにくっついた部屋着に身を包み、生足を惜しげもなく丸出しにしていた。

 ウエディングドレスを着たくない。

 蘭丸くんの「結婚式やりたいです!」という発言を受けてからここ3日ほど私が悩み続けているテーマである。

 蘭丸くんというのは、この目の前でハーゲンダッツを美味しそうに食べている、眉目秀麗な美少年のことである。瞳は南国の海の上澄みをすくったような青で、髪はブルーグレーのさらさらした細い猫っ毛、肌は真っ白に透き通っていて、睫毛は長く、鼻筋もすっと通っている。唇は薄くて水分量が多そうで、とにかく、綺麗な男の子だ。

 発端を話そう。蘭丸くんに一週間前にプロポーズされた。







 近所に東欧出身の夫婦が経営している風流な小料理屋がある。

 私はAnMILLEのワンピースを着て韓国通販で買ったスポーツサンダルをつっかけ「お腹すいたー」と言いながら完全な丸腰で小料理屋に連れていかれた。蘭丸くんが「今日は外食にしましょう!」と言うので夕暮れの中マンションを出たのだが何せ暑い。横からモーター音がしたのではっと目線をやると蘭丸くんはハンディファンで顔に涼風を当てに当てまくっていた。恨めしや~。という視線で見ていたのが3秒でバレたようで「はい」と言いながら風を当てられる。

「あ~暑い、本当に暑い」

「ほら頑張って歩きますよー。歩けてえらいですね~」

 褒める点が人類としての何かを下回っているのではという気がしてならない。

 小料理屋はそこそこ空いていた。座席と座席の間に、オリエンタルな模様の刺繍が施された謎の暖簾のような何かが設置されているので人目を気にしなくて良い。良い店。髪ボサボサでも来られるという理由でよく蘭丸くんと私はここに来ていた。怠惰。

「羊肉にします? それともサバ?」

「いんやーどっちでもいいかな」

「どっちの気分ですか?」

「……羊?」

 私は瓶のトルコビールを注文した。蘭丸くんはメロンソーダと言った。

 この男の子は尋常でない甘党だ。

 そしてこの店はなぜか異常に飲み物の提供スピードが早い。目にも留まらぬ速さで瓶ビールとメロンソーダが運ばれてくる。飲み物の提供スピードが早い店は最高というのが私の持論である。お通しとして出された謎の和え物に手を付けようとした時、蘭丸くんが「ちょっと待ってください!」と言った。

「え、何。どしたの」

「あの。そろそろ僕たち、付き合ってから1年になるじゃないですか」

「そうだねぇ。出会ったの去年の夏だし」

 出会ったきっかけは事務のアルバイトだと思って応募した会社が闇金だったことで蘭丸くんは闇金の社長秘書をしているのだがその話はまた後でしよう。

 とにかく我々は付き合ってから1年強が経過していた。

「僕と結婚してもらえませんか?」

「け」

 私は硬直した。

「それは私と?」

 そして意味不明な質問をした。

「もう~~、それ以外に誰がいるんですかっ」

「あ、あぁごめんね……」

 蘭丸くんはあからさまに少し怒ったので私は思わず返事より先に謝罪をしてしまった。

「結婚……わ、私は全然大丈夫だけど……蘭丸くんはいいの? 私なんかで」

 なんせ私は料理も満足にできない引きこもりである。

「もう! 何なんですかっ! 僕は貴方じゃなきゃダメなのにっ」

「あ、あの、蘭丸くんのことは好きだし、結婚はしたいけど、蘭丸くんにはもっといい相手がいるんじゃないかなっていうかその、親心? 親じゃないけど」

「貴方はいつもそうやって言ってばっかり、僕の気持ちのことなんて本当は考えてないんだ……せっかく勇気を出して言ったのにっ」

 蘭丸くんは可愛い顔で頬を膨らませる。この顔を見ると私はどんな無茶でも許してあげたくなってしまうから不思議だ。はぁ好き……と妄想世界に没入しそうになる自分を自分で慌てて引き戻す。

「ごめん、ごめんって、じゃあ、逆に、……私と結婚してくれるの?」

 すると私の手を握った蘭丸くんはとびっきりの笑顔で答えた。

「もちろんです!」







 春に誕生日を迎えた蘭丸くんは確かに18歳になっていたので結婚ができる……のだけどこんな急展開は予想していなかった。しかし考えてみれば蘭丸くんは浮気もしないし夜遊びもしないし仕事は……闇金の社長秘書だが一応秘書ではあるし社長にも大変気に入られているし、それに彼には両親がいない。ということはプラスに考えれば姑もいないということ。なかなかの好物件ではないか。

 束縛が激しいのが玉に瑕かもしれない。でも結婚したらちょっとはマシになったり……しないかな……希望的観測……。

 ちょうど織田金融の社宅に引っ越す話が持ち上がっていたので、タイミングは良いのかもしれなかった。蘭丸くんはプロポーズ翌日に社長の信長さんに報告して、「それは目出度いことだな」というコメントを頂いたと……それはもう目をキラキラさせながら話してくれたので良かったなと私は思った。

 闇金の社宅というものが果たして本当に「社宅」なのかは謎だが、織田金融にはちゃんと表の顔であるペーパーカンパニーが存在し、その名義で取得したマンションとのことなので、社宅は社宅なのだろう。

 4日前、新居の見学に行った。

 北新宿にある2DKである。なかなかに綺麗だった。

「僕は気に入りました!」

 タピオカミルクティー片手に内見をした蘭丸くんは満足そうにしていた。

「ここなら事務所まで歩いて通えるので、もっと朝一緒にいられますねっ」

「う、うん、そうだね?」

 蘭丸くんの口説き能力……? の高さには毎度のことながら感服してしまう。いつもいつも蘭丸くんのペースに流されてしまう……。

「勝家さんと長秀さんを呼び出して家具や小物を見に行きましょう! 入居はまだ先でも良いんですけど、もうここにいろいろ置いても大丈夫みたいなので」

「あの二人をそんなことに呼び出していいの?」

「いいんです、どうせ暇してますし!」







「は? お前ら結婚すんのかよ!」

 平日の午後三時。陽光が射し込むライトバンの車内で、ハンドルを握る赤髪の男が驚いて声を上げた。彼は柴田勝家。織田金融に雇われているドライバーである。蘭丸くん曰く「心の変なとこが優しすぎる」から取り立て役に向かなくてドライバーになったらしい。何度か蘭丸くんを交えて食事に行ったことがあるけど、お肉が好きな、良い人。という印象しかない。あとピアスいっぱいあいてる。とか?

 勝家さんは川崎の元暴走族リーダー。暴走族といっても単に(勝家さん曰く「めちゃくちゃカッケー」)改造バイクで公道を暴走していただけで、それ以外の法に触れたりしていたわけではないらしい。見た目がバリバリの元ヤンっぽいので最初は警戒したが、話してみると確かに窃盗も傷害もしたことが無さそうだ。ていうか窃盗とか傷害とかできるメンタリティなら優しすぎてドライバーにならないような気も……。

「俺も結婚してーなー」

 助手席で器用にアイコスを吸いながら携帯ゲームに興じている銀髪の男は丹羽長秀。彼は織田金融で主に取り立てを担当しているらしい。蘭丸くん評は「すぐ仕事サボるしすぐ寝るけど数字だけは出すから文句言われてないんですよね」……とのこと。

「お前は彼女いるじゃねえかよ」

「ん? ああ……あいつはすげー結婚を期待してる感じはするな」

「じゃあ結婚しろよ!」

「タイミングってもんがあるだろ」

 彼は元歌舞伎町のホストで、ホスト時代を支えてくれていたエースと同棲しヒモ生活を1年ほど送っていたところに飲み仲間である勝家さんの誘いがあって織田金融で働き始めた……らしい。

「お前彼女と同棲して何年になるんだよ」

「2年くらいだな。……そもそも俺あいつに付き合おうって言ったことあるのか?」

「意味わかんねえ!ホストこえーよ!」

「不誠実ですよそういうの、良くないですよ長秀さん」

 蘭丸くんが口を挟むとすかさず長秀さんは舌打ちをした。

「小姑か」

 ときどき勝家さんと長秀さんと、蘭丸くんと私の4人や、そこに光秀さん――織田金融の経理の人――も混ぜて食事に行くことがあるけど、大体いつもこんな調子だ。端的に言うと、愉快、なんだろうか。

 ことの発端は、後部座席に二人座った私たちが何気なく「婚姻届っていつ出す?」と話し始めたことだった。蘭丸くんは「そういえば勝家さんたちには報告してませんでしたね」と何でもないように言う。

「証人欄は誰に書いてもらうんだよ」

「もちろん、ひとりは信長様です! ね、いいですよね?」

「うん、いいんじゃない? 蘭丸くんの後見人みたいな方だし」

「みたいな、というか事実上そうですしね。もうひとりはどうしましょう?」

「うーん、私のお母さんかなぁ……」

「おい! 俺じゃないのか!?」

 なぜか勝家さんがバックミラー越しに驚いたような表情を見せた。

「何でこっち側の証人が2人になるんだよ。変だろ」

 長秀さんが冷静に突っ込む。いつ会っても思うが、この二人のやりとりはコントのようだ。なんというか面白い。

 私が笑いを必死に堪えていると、蘭丸くんが呆れたような表情で私に小声で言った。

「ほんと面白いですよね、この先輩たち」

 そうこうしているうちに車は北欧系大型家具店の立体駐車場に滑り込み、社用のワゴン車から降りた私たちはフロアに足を踏み入れた。

「広っっっっっっっっ」

「心の声漏れてるぞ」

 長秀さんはどうやら、比較的親しくなるとツッコミを入れてくれるタイプの人らしい。

「なあ、そもそもどういう部屋にしたいんだ? それ決めてから回らないと大変だぞ、蘭丸」

「んん、勝家さんにしては真っ当なこと言いますね」

「何だよそれ!」

「そうですね、白を基調にした、丸みを帯びたデザインのものを多めにして、小物は可愛く……パステルカラーで……」

 蘭丸くんらしく、きっちりとプランを立てた上で先輩をパシっているらしい。

「ベッドとかも全部買い換えるの?」

「そうですね、ていうか今のベッド狭くないですか? 僕、何回か落っこちました」

「あはは、ごめんって。シングルだからさ」

 部屋に蘭丸くんが転がり込んできた当初は蘭丸くん用の布団を用意していたのに、一緒に寝たいと言って蘭丸くんがきかないので、狭いベッドでくっついて寝ているのが現状である。

「僕としては存分にくっつけるので別に今のベッドでも良いっちゃ良いんですけど、最近肩凝るってよく言ってるじゃないですか。やっぱり健康に良くないのかなって……」

「なっ……ちょ、ちょっと恥ずかしいこと言うじゃん……」

 くふふ、といたずらっ子のように微笑んだ蘭丸くんは悔しいが超超かわいい。

 蘭丸くんは顔が良い上に笑うと可愛いし言うことも乙女キラーだし乙女皆殺しみたいなことを普通に言うしスペック高すぎるし本当になんで私なんかと結婚しようとしているのか謎なのである。詐欺? 結婚詐欺? そう私はずっとこの可能性について考え続けていた。勝家さんにメモをあれこれ取らせ、自分も気に入ったらしい家具の写真をぱしゃぱしゃと撮ったりサイズを確認したりしている蘭丸くんを眺めながらも考え続けていた。

「どうした。具合でも悪いのか」

「あ、いえ。ちょっと考え事してて……」

「蘭丸のことか?」

「はぁ、まあ……」

 徹頭徹尾何もしていない、荷物持ちのために呼び出されたであろう存在に他ならない長秀さんが、よほど暇なのか私に話しかけてきた。私は特にインテリアに拘りがなく、蘭丸くんに何か訊かれても「いいんじゃない?」しか言っていないのでやることがなく、同じく暇であった。

「結婚しよって言われて、いいよって返事しちゃったんですけど。蘭丸くんには私なんかよりも、もっと良い子がいると思うんですよね」

「そうか。別に、俺はそんなことねえと思うけど」

「料理できないし、朝も起きれないし、蘭丸くんがいなきゃ私ってなーんにもできないんですよね」

「蘭丸見てりゃ解るけど、あいつはそういう相手に世話を焼くのが好きなんだろ。それに何でもできる女って逆にとっつきにくいぞ」

「うーん、そうなんですか?」

「俺の彼女とかな」

「へえー……いいじゃないですか、何でもできる彼女さん」

「何でもできるってことは、裏を返せば俺は何もしてないってことで……ふあーあ、俺みたいなタイプはそれで楽だけど、蘭丸には絶対合わねえだろうな」

 長秀さんはベッドのディスプレイを眺め、欠伸を混ぜながらそう言った。

「そっか……。私がもっと可愛かったら、こうやって悩んだりしないんでしょうね」

「女ってずっとそれ、悩み続けるよな。俺にはさっぱり解らねえけど。お前も別に可愛いと思うぞ。変な意味じゃなく」

「それは、ありがとうございます。……なんか、幸せになるのが怖いんですよね。自分が幸せになるべきではない感覚、っていうか。結婚する私がしっくりこないんです」

「あー。お前らって似たもの同士なんだな」

「そうですか?」

「多分な」

 そう言い残すと長秀さんは「煙草吸ってくる」と、どこかに消えていった。

 似たもの同士なんだろうか。

 私は全然考えたことがなかった。

 その後蘭丸くんはてきぱきと新居に置くベッドやダイニングテーブル、私のデスクまで勝手に決めていて、しかしそこはさすが蘭丸くんというか全体的にセンスが良い。配送手続きも勝家さんを忠犬のように走らせて済ませ(ふと思ったけど、蘭丸くんって何でこんなにナチュラルに先輩のことをこき使えるんだ? 先輩だけど社内での立場が微妙に上だから?)、蘭丸くんは満足げな顔でフードコートの椅子に座り、ソフトクリームを頬張っていた。

 長秀さんはというと、カーテンやバスマットの入った紙袋を持たされていた。なるほどこれが先輩の使い方かと思った。勝家さんはどっかからか買ってきた肉を食べていた。なんだかんだ皆楽しそうなので、脳内で織田金融って平和な会社なんだな、という結論に達した。

 帰りの車の中で蘭丸くんは唐突にこう言った。

「結婚式やるので、お二人とも来てくださいね! お肉もお米も用意するので」

「おー、楽しみにしてるぜ!」

「じゃあ俺は飯食いに行くか」

「えっ、私たちって結婚式するの?」

 私は驚愕した。そういえば結婚には結婚式というイベントが付随するのか。今の今まで忘れていた。

「僕は結婚式やりたいです! それに貴方のドレス姿も見たいですし……ダメですか?」

 蘭丸くんは世界で一番可愛い上目遣いでこっちを見てきたが、しかし、私はそこで「ドレスはちょっと私はあの、無理かもしれない」……という勇気が出ず、とりあえず事態を先送りにするためにこう言ったのであった。

「あ、まあ、ダメじゃないけど、あはは」

 いやはっきり無理って言っとけばよかった……。







 なんと蘭丸くんは引っ越しも先輩二人をパシって済ませるらしく(鬼か?)、日取りは織田金融が暇な、ちょうど3日後に設定されることになった。あらかたの荷造りを済ませた蘭丸くんは、いまベッドの上で悠々とハーゲンダッツを食べて幸せそうにしている。私はそれをボーっと眺めている。

 そういうわけで一週間前にプロポーズされた私はマリッジブルーというかマリッジ前ブルーのような何かに陥っていた。

 私に結婚式などという壮大なイベントをこなせる能力があるとはとても思えなくなってきた……。そもそも蘭丸くんはなぜ私に結婚しようと言ってくれたんだろうか。

 なんにもできない私となんでもできる蘭丸くん。

 蘭丸くんが私に告白してきたときもそう思っていた。不思議、というか、何かの間違いなんじゃないかとすら思っていた。蘭丸くんには私のことを好きになる理由がないから。でも蘭丸くんは私の部屋に突然上がり込んで、あれこれ日常の世話を焼いてくれるようになった。荒れ果てていた食生活を見かねて料理を作ってくれるようになって、仕事の打ち合わせがある日は朝から起こしてくれるし、寝付けない夜はずっとそばにいてくれる。気づけば私は蘭丸くんがいないと生きていけないようになっていた。

 ただでさえなんにもできないのに、蘭丸くんが結婚式やりたいって言ってくれてもそれをこなせる自信がないとか……ゴミかな……。

 それに私にウエディングドレスは似合わない。

 馬子にも衣装というがあれは嘘だ。人間には限界がある。とにかく無理なもんは無理なのだ。それを蘭丸くんにきちんと説明しなくてはいけない。

「あのね、蘭丸くん」

「何ですかー?」

「結婚式なんだけど。やっぱりちょっと私は、無理かなって……」

「ええっ……どうしてですか?」

 瞬時に蘭丸くんが悲しそうな顔になった。

 ああ私はこの子の悲しそうな顔を見ると居た堪れなくなってどんな無茶を言われてもなんでも許してしまうんだ。今までずっとそうだった。「ディズニーランドに行きたい」とか「自慢したいから先輩とのご飯についてきてほしい」とか今まで際限なく無茶を言われてきた。でもなぜか許してしまってたんだ、今まで……。だって、可愛いから。

「いろいろ考えてみたけど、私にはドレスは似合わないし、蘭丸くんと並んだら見劣りしちゃうよ。……ごめんね?」

「何でそんなこと言うんですかぁ……」

 蘭丸くんは両目に涙を溜めて今にも泣きそうにしていた。

 そういえば長秀さんは私たちのことを似た者同士だと言ったけど、案外それも間違っていないのかもしれない。

 自己肯定感が低くて、幸せになることを恐れる私。可愛い外見を武器にして世渡りしてきたけど、孤独で愛情に飢えている蘭丸くん。

 足りないものを補い合ってやっと人並みになれているのかもしれない。

「代わりに、会社の人も呼んで、食事会とかするのはどうかなって……」

「嫌です! 僕はウエディングドレス姿が見たいんですっ!」

 間髪入れずに蘭丸くんはそう言った。

 何がショックなのかわからないがショックだった。私は気づくとぼろぼろと泣いていた。

「うゔ、っ蘭丸くんひどいよお、私は蘭丸くんみたいに自分に自信とか無いから怖いのに、ひっぐ……結婚もするの怖いし、自分が幸せになることに居心地の、悪さがあって……もう嫌だあ、結婚しない、うゔ……」

「大丈夫です。幸せになれます、ほら、よしよし」

 私はただ嗚咽しながら抱きしめられて頭を撫でられていた。

「蘭丸くんには、もっと似合う女の子がいるし」

「僕が好きなのはあなたなのに」

「それは間違ってる」

「じゃあ間違っててもいいです」

 そういえば私も蘭丸くんも、お互いにこうして不意にパニックを起こして泣きわめくことがあった。その度にどちらかがどちらかを落ち着くまで慰めて、大丈夫だよと抱きしめて、その繰り返し。私に「他の男の人を好きにならないで」と泣いて縋る蘭丸くんのことをずっと抱きしめていたら朝になっていたこともあったし、蘭丸くんはよく、私がある日突然いなくなってしまいそうだと不安がって私のことを束縛して、子供みたいに号泣して、甘えてきた。

 結局のところ似た者同士なんだった。

 そう思い出した。

「僕のお嫁さんは、ひとりしかいないですよ」

「いやだよお……、」

「わがまま言わないでください。僕のこと嫌いなんですか?」

「……嫌いじゃない」

「ほら、深呼吸してください」

 いつになったら私は幸せになることを怖いと思わなくなるんだろう。自分が幸せな恋愛をすることを不自然だと思わなくなるんだろう。

「蘭丸くんのことを困らせてばっかりで、ダメだね、わたし」

「いいんです。そんなところも、僕は好きですよ」







 結局、私は蘭丸くんに丸め込まれてドレスを着た。しかもなぜか前撮りまでした。ウエディングフォトを撮りたいと蘭丸くんが駄々をこねた為、消極的ながらも私は良いよと返事をした。インスタグラムで検索してみるとなるほど蘭丸くんが好きそうな、可愛くて綺麗な写真がずらりと並んでいる。

「顔面無加工はキツい。スタジオで撮って顔をPhotoshopでゴリゴリ加工してくれるプランとか無いの?」

「そう言うと思ったので調べておきましたが、あります!」

「あるんだ……」

「ふふん。僕が乙女心をわからないとでも思いましたか?」

 やはり皆考えることは一緒なのか。需要あるところに供給あり。新居のベッドでごろごろしていた時、蘭丸くんからAirDropで送られてきたサイトを見ながら「和装もあるじゃん」「このサンプル写真毛穴消えてない?」「このスタジオかわいい」などと調子よく言ってしまったが、そこで私は気づいたのである。

 ご機嫌取りされてるのでは……?

 かくして丸め込まれた経緯はこういう感じであった。一般的にこういうムーブは彼女→彼氏でやるものだと思うが、なぜ我が家では彼氏→彼女で行われているのか。謎である。

 とにもかくにも蘭丸くんは器用なので私が逆らうなんていうのは夢のまた夢なのであった。

 完成したウエディングフォト(プロの加工で私の顔の輪郭や二の腕がゴリゴリに削られている匠の逸品)を見ながら蘭丸くんは満足そうだったので、私はやっぱり、ああ可愛いなあ、と思ってしまって、その横顔を眺めるのだった。(あと勝家さんがアルバムを見たら、「これお前の顔めちゃくちゃ変わってないか?」と言っていて、蘭丸くんに思いっきり膝蹴りを喰らわされていた)


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