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基本的に日記、生活の中の思いつきなど

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第41回文藝賞受賞作「人のセックスを笑うな」山崎ナオコーラ&「野ブタ。をプロデュース」白岩玄。
同賞から出発した綿矢りさが芥川賞を獲得してから、数ある文学賞の中でもこの文藝賞がひときわ激しくバーニングしている。2千を越える応募原稿から受賞をさらった上記2作品は、なるほど実力伯仲の本物だ。文学界や群像に比べて若年層へ受賞を与え続けているこの文藝賞だが、かといってその作品の質は決して低くない。文学が死んだ、などと誰にも言わせない。
二つの作品を並べて論じてみようかと思ったが、一回で纏められるほど簡単な作品ではないので、二回に分けたい。まず「人のセックスを笑うな」山崎ナオコーラ。
タイトル、筆名に衒いを感じて未読だったが、読んでみればそれも愛嬌、中身はどこまでも真っ直ぐで真摯な小説だった。作品によって「感想」を言いたくなるものと「批評」を論じてみたくなるものがあるが、これは絶対的に前者。

美術の専門学校に通う19歳だった〈オレ〉は、油絵の女性講師である〈ユリ〉に絵のモデルを頼まれ、やがて関係を持つようになる。〈ユリ〉はその時39歳、結婚しており、52歳の夫がいる。

小説の設定としては平凡なほうだろう。しかしそれは作品が平凡ということでは勿論ない。このことを取り違えてはいけない。ありふれた生活の中に、その人ならではの「発見」があり、それを報告して、ありふれた生活の別な一面を見せてくれるのが小説の役目である。地に足をつけ、自分なりに発見したことを書く素朴な貴重さ、知性がいっぱいに詰まっている。102枚のこの小説の中に、恐らく「借り物」の言葉は一文もないんじゃないだろうか。全て山崎ナオコーラの思考・感性・想像力を潜り抜けてから言葉として定着している。そして山崎ナオコーラという人は人一倍「考える」人であり、「繊細な」感受性を持った人であるようだ。そういう人が書いた日常が、どうして平凡になりうるだろうか。


ユリと、代々木公園を、手を繋いで散歩した。
自然は美しいことがあるけれど、美しさには向かっていない。
見上げると、枝が伸び、葉っぱが重なり、見たことのない模様を作っている。
美しいと感じるけれど、枝は美しさに向かって伸びていない。
枝は偶然に向かって伸びている。
たまたまそういう形になっている。
偶然を作り出そうとしている。
偶然を多発している。


恐らくこの小説も、そういう偶然の多発による美しさを目指したのではないだろうか。
結果として図式的な失恋に収まる年齢の懸け離れた「オレ」の恋愛は、「必然的な」宿命であり、その必然性の中に、一回性の「偶然」が多発している。つまり、ディテールの描写が秀逸ともいえる。
この小説は単純に言葉の表現として見てみても非常に「巧い」。この「巧さ」は、すでに完成された「文学的」な世界を揺るがせにする戦略的なベクトルではなく、すでに完成された「文学的」な世界をそっくりそのまま再現することで初めてそれを知ったときのような感動を与えてくれる。これはやはり平凡な技ではない。そしてまた、これも良識の一つだ。などと、結局批評的なことを言ってしまっている。

ぼくはこの小説が、すごく面白かった。楽しめた。……だから、褒め称えたいわけで。しかしそれでもこの小説が平凡であるとしたら、その理由もまた挙げることができるだろう。前言を撤回するようだが、実はその前言がそのまま批判としても通用するのだ。しかしぼくの態度としては、そういう片側の批判を切り落としても、充分な価値を持った小説だと言いたい。無論、文学そのものに興味がなければ、そういう味わい方でいいはずだ。
主人公の「オレ」が、二十歳年上のユリから必要とされなくなったとき、自分の部屋で泣く場面がある。


オレはウィスキーをペニスに塗ってみた。ペニスはヒリヒリした。縮み上がった。
何だか面白い快感を見つけてしまったように、オレは今度は丁寧に塗ってみた。
ばかばかしくなった。
(中略)
気持ちを整理するために日記を書いていると、涙がボタボタと落ちてくる。
涙は快か不快かで言うと、快だ。そしてまばたきで涙を落として文字をにじませる。にじませたい文字の上にアゴを持って行ったりもする。
目を強く押さえると、カミナリが見える。

もし神様がベッドを覗くことがあって、誰かがありきたりな動作で自分たちに酔っているのを見たとしても、きっと真剣にやっていることだろうから、笑わないでやってほしい。


この最後の笑わないでやってほしい、というのが表題に結びついているのかもしれない。そしてこの一文が作品の全体重を支えきったとき、この小説は平凡か非平凡かの境目をもうどうでもいいものとして静かに消し去る。
戦略的な立場から繰り出される言葉よりも、まっさらな正直さから生み出された、慈しむような言葉のほうがずっと貴重である。そう信じられる、美しい作品だと思う。

激しく腹が減っているせいか、自分でも何言ってんだか、ちょっと歯切れの悪い文章になってしまったが、次回は「野ブタ。をプロデュース」白岩玄。

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