総合評価 ★★★★★ (ミッドウェー作戦に参加した兵卒から将官まで幅広い人物に取材して作成された労作。戦闘の経過のみならず、当事者の証言を必要に応じて聞き取り時の状況などから海軍内部の人間関係などにも推論を広げている非常に丁寧な著作。事実に関する指摘事項にも見る点はいくつかあります) 内容について さて、本書は文庫本で約660ページ。30年以上前、昭和49年に単行本として出版されたものの文庫版ですが、文庫化に伴う加筆・訂正などは後書きを読む限り基本的に行われていないようです。 本書はそのタイトルのとおり、第二次世界大戦におけるターニングポイントと言われている有名な昭和17年6月のミッドウェー海戦を主題にした戦記です。 帝国海軍の大敗北となり、まあいずれ負けるとはうすうすわかっていたようなものの、日本側の制海権の喪失を著しく早めた海戦でもあり、またその経緯にもドラマチックな要素も多く、いろいろと取り上げられており知名度は高い海戦だと思います。 太平洋上で日米の空母機動部隊が戦って以来すでに60年以上を経ていますが、珊瑚海、ミッドウェー、第二次ソロモン、南太平洋、マリアナ沖くらいしか空母機動部隊同士の海戦というのは生起しておらず、その中でもマリアナ沖などは勝負になりませんから勢力が伯仲した空母戦の戦史上希少な実例と言う意味でも、またその結果があまりに一方的であったことからも今後も語り継がれていくことになる海戦だと思われます。 本書の特徴―その手法 そういうわけでこの海戦について書かれた書物は当然多々ある(若しくはあった)わけですが、本書がそうした類書の中で文庫として再版され余命を保っているのはその採用した手法が独特のものであったからであると思われます。 まず本書においては、かなり極端に公文書よりも生存者からの聞き取りに重点を置いています。しかも聞き取りの対象者は将官から兵卒まで(年齢の関係上、生存者が少ない為どうしても将官級はあまり出てこないで佐官以下が多いのですがこれはやむを得ないでしょう)幅広く、また相反する証言についてもその旨を説明した上で併記するという形をとっています。 これについては筆者自身が後書きで書いていますが、子母澤寛の『新撰組始末記』の手法にヒントを得たもので、この手法を司馬遼太郎は民俗学の採集方法を用いたものと評していると言っています。民俗学自体の正当性についてはいろいろ意見はあるでしょうが、ことこの題材については、執筆時点で当事者が多く生存しており、その階級や部署を検証でき、海軍自体が既に存在しておらず政治的な目的でどうこうという要因があまりない、ということから有益なアプローチではなかったかと評価しています。 また、本書は証言集としても価値があるでしょう。公文書としての権威はありませんが一旦公刊されそこで引用された実名での証言について否定や捏造とするような反論が記録にないということは一応信用できるものとして推定してよいように思います。 そして、なによりも適宜そうした証言を得た状況についても言及したうえで、当事者の言葉と態度から当時の海軍内部の人間関係や意見の対立などについての推論を何箇所かで行っており、こうした手法によらずしては独断的な断定になりがちな部分について著者なりの推論の根拠として示していることはこうした戦記ものでも珍しいことで評価されてしかるべきでしょう。また、相反する当事者の証言をあげて人物を描き出すことは、どちらかというと偏ったエピソードや証言をあげてステレオタイプ化を安易に行う戦記物にありがちな傾向よりは好ましいものであると思います。 ただ、後に書かれた『ガダルカナル戦記』に比べて時系列に従った整理という点では手際が悪くて冗長な部分が多く見られます。まあ、こうした手法による作品として最初のものだそうなのでこれは仕方のないことかもしれません。 内容について 戦史に詳しい方ならご存知のことかと思いますが、本書ではいくつかの点で一般に流布している説明の間違いを指摘しています。しかも結構重要な点だったりします。なかでも大きなものは次の3つです。 1.ミッドウェー攻略作戦は東京初空襲以前に連合艦隊で実施の意思を固めていた。空襲があったから慌てて実施したわけでもない。 2.利根4号機が予定通りに飛んでいたら…というが予定通りに飛んでいたら敵を発見できていない可能性が高い。ついでに言うと遅れて発進した上に航路も間違っていたがたまたまそこに敵がいた…。 3.艦載機搭乗員の死亡はそんなに多くない。ソロモンでの消耗戦が熟練搭乗員減少の原因。 まあ、海軍は陸軍とちがって仲良しサークルだから(それは人数10分の1で予算が倍もあれば仲たがいなんかする必要もないわけで…)口裏合わせている可能性もあることはあるのですが、立場上の対立というのは官僚である以上やはりあるものなので意見の対立というのはある程度あったのですね
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