総合評価 ★★☆☆☆ (東洋史の大家による随筆集なのですが、テーマ別に7章に大別しているとはいえ他の本の序文として書いたものなどを集めたもので、最初から随筆集として書いたものではない為、いくつか非常に興味深い内容の物も含まれているのですがやはり寄せ集めというか、雑然とした感じであることは否定できません。) 内容について 著者についての説明は以前に読んだ他の本のところに書いているので省略しますが、この本は1971年、著者が丁度70歳のときに朝日新聞社から出版された随筆集です。その後1981年に中公文庫から再版されており今回私が読んだのはその第3版(1983年)です。 随筆集といっても書下ろしではなく、他の本の序文として書いた文章や公演録と思しき文章なども含まれており、それを大まかなテーマで7章に分けているのですが形式もテーマにも一貫性がなくお世辞にも読み物として面白いとはいえませんし読み応えもあまりありません。 私自身が読んで特に印象に残った部分は最後の7章くらいのもので、あとは正直言って短い文章ばかりで物足りなかったように思います。ただ、他の本のどれよりも宮崎市定氏自身の経験や考え方などが前面に出ており、そうした事がよくわかるという意味で他の本を読んで宮崎市定氏に興味を持った方がその人となりや考え方を知る為に読む本としてはそれなりに価値はあると思います。 さて、本書の7章には「師友を偲ぶ」と題して著者の師、友人、交流のあった海外の研究者などについての随筆が並んでいますが、その中でも著者の師にあたる内藤湖南、桑原隲蔵、矢野仁一という3名の京都大学の中国学者についての随筆がその学説や功績、研究手法について非常によくまとまっており一番面白かったと思います。特に内藤湖南についてのものは「加上の法則」についての簡潔でわかりやすい説明を含んでいます。 意外だったのは「文化大革命の歴史的意義」と題する文章でどうやら文革に対してやや肯定的な評価をしている点です。これは当時の限定的な情報からそうなったのかもしれませんが意外でした。一方で日本における学生運動に対しては極めて否定的な評価をしていますので紅衛兵が実際にどういうことをしていたのかその実態を知らなかったのだろうと考えるべきでしょう。しかし文革が毛沢東一派による劉少奇らに対する権力奪取の為の政治的な闘争であるという面についてこの時点できちんと把握しているのは当時の一般的な理解よりは抜きん出ており流石だと思います(いまだにそれが理解できてない現職の大学教授も結構いるわけですから…)。劉少奇らに対する評価が厳しいのは当時のマスコミの毛沢東神格化のための偏向報道と中国国民党時代の腐敗に対する過去の否定的評価を引きずっているのが原因であるように思います。 雑感など
初版本の編者が文庫版の後書を書いているのですが、その中に当時の中国の政治情勢に配慮して汪兆銘に関するものとチベット国境問題に関する2本の随筆を編集者が要請して収録を見送ってもらった(後に別の本に収録)とあります。新聞社に勤務する人間として恥ずかしくないのかと編者の見識を疑いますが(まあ朝日新聞ですから社内では当たり前のことでしょうが・・・)自白しているだけまだ多少は救いがあるといってよいものかどうか…。多分自分が恥ずべき行いをしたとは思っていないんだろうなぁ~。 この箇所を読んだとき元朝日新聞の記者稲垣武氏が『悪魔祓いの昭和史』で書いていた社内中ソ紛争の話はやはり本当なのだろうなとあらためて実感しました。 しかし、このような変節漢に編集を委ねその意見に従ったたというのは著者として決してほめられたものではないと思うのですがどうでしょうか。個人的には当時の朝日の人間がどのような口実でどの程度の要請をしたのか興味があるところですね。 |
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