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特集

アヘン撲滅作戦

FEBRUARY 2011

文=ロバート・ドレイパー 写真=デビッド・グーテンフェルダー

フガニスタンは麻薬の一種アヘンの生産量が世界一。原料のケシを違法に育てる農家が後を絶たず、政府は撲滅作戦を展開している。

男の右手には、中指がなかった。

その手の持ち主は、アフガニスタン北東部バダフシャーン州の警察長官、アカ・ヌール・キントゥズ准将だ。4年前に現職に指名され、麻薬の一種アヘンの原料となるケシの畑を一掃する任務を託された。「最初の撲滅作戦のときでした。あるケシ畑をつぶし終えた後、乗っていた車が遠隔操作式の爆弾で吹き飛ばされたのです」

 そう言うと、キントゥズはワイシャツの右腕をまくり上げた。ずたずたに切り刻まれたかのような傷跡が前腕に残っている。その後もずっと、殺害の脅しは数え切れないほど受けてきた。部下はケシ栽培農家の女性や子供に石を投げつけられ、ケシ畑をつぶすのに使うトラクターには火が放たれた。だが、キントゥズは麻薬密売人など怖くはないということを示すかのように、自分の右手を堂々と見せる。

 人口の85%が農業に従事するアフガニスタン。この国の経済は、反政府武装勢力タリバンとの断絶を願う欧米諸国からの援助と、タリバンが後ろ盾になっているアヘン密売ビジネスに大きく依存している。タリバンは麻薬を売って得た資金を使って欧米の派遣部隊を攻撃する。相反する二つの収入源に頼っていることが、この国のつらい現実だ。

 外国からの援助を今後も受けたければ、国の経済が「麻薬依存症」にかかっている現状に終止符を打ち、ケシ畑を一掃しなくてはならない。政府は最近になって、ようやくこの事実を認識したようだ。だが、敬虔(けいけん)なイスラム国家が一夜にして世界的なアヘン供給基地になったわけではないのと同様に、この国をケシ栽培への依存から脱却させる試みも一筋縄では行かないはずだ。

 バダフシャーン州では、ケシ畑撲滅作戦が一定の成果を上げているようだ。5年前、同州のアヘン生産量は、タリバンの支配下にあるヘルマンド州に次いでアフガニスタンで2番目に多かった。キントゥズが警察長官になった2007年の時点で、州内には約3650ヘクタールのケシ畑があったが、2年後には600ヘクタール以下に減っている。

撲滅作戦が始まると、ケシ栽培農家はへき地へ追いやられることになった。

ケシ畑は人目につかないように工夫されているため、見つけるのはなかなか難しい。まず、崩れかけた寂しい山道を何時間も車で走る。地元をよく知るガイドも必須だ。誰かに尋問されたら、決して怪しい者ではないと相手を説き伏せてもらう。次に、道端から遠くを眺め、起伏に富んだ未開の地にじっと目を凝らす。岩だらけの単調な景色を入念に調べて、けばけばしい色をした一画が目に留まったら、それがケシ畑だと考えてまず間違いない。

 畑に近づくと、一人の農夫がケシの花に背を向けてしゃがみ込み、隣の畑の雑草を抜いていた。茶色い上着とターバンを身につけたその男性は、ためらいがちにほほ笑みを浮かべた。この国境地帯に特有のモンゴロイドの容貌(ようぼう)をしている。年齢は37歳で、モハンメド・ハリドと名乗り、ケシ畑は自分のものだと認めた。

 「ケシの育て方は10年前に父から教わった。今年までに、自分の畑でアヘンを合計30キロ近く収穫できたよ」。ハリドはしゃがんだまま、耕した畑を指先でいじりながら、作業の手順を説明してくれた。麻薬密売人から前もって金を借りてケシを植え、雑草を取り除き、間引きし、丸い果実を傷つけて、ペースト状の褐色の乳液を集める。畑仕事は6人の家族と一緒にやっているそうだ。

 4カ月がかりの単調な作業だが、収入を考えれば嫌ではないという。乳液を乾燥させて成形した生アヘン(麻薬の原料)の塊は、ビニールで包んで市場へ持っていく。そうして得た金で食料を買って家族を養っている。「生活はこいつに頼り切っている」とハリドは言う。

 ケシ畑撲滅作戦に対抗するため、ハリドはある戦略を思いついた。外からよく見える畑には、今後は小麦とメロンを植えて、道路からほとんど見えない細長い一角だけをケシの栽培用に残しておくというのだ。「この小さな土地から1キロ近い生アヘンがとれる。価格は80ドルぐらい(7000円弱)になると思う」

 ハリドには、アフガニスタンの将来と米国の安全保障が自分のような農家の行動にかかっているという意識はほとんどない。「なぜケシ畑がつぶされるのか、わからない」とまゆをひそめる。「私はただの貧しい農民だ。どうやって家族を食べさせるか。そのことしか考えていないのに」

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