鈴木惣一朗(WORLD STANDARD)と直枝政広(カーネーション)によるSoggy Cheeriosが4年ぶりのアルバム『Ⅲ』を完成させた。お互い1959年生まれ。同じ時代の音楽地図、同じ心象風景を共有した2人によって生み出された歌には、活動30年を超える両者の重厚なキャリアとルーツが刻まれてきた。しかし3作目となる本作では、まるでロックにのめりこみはじめた青春時代の再来のごとく、音楽に対して屈託なく楽しんでいる空気感が印象的だ。またこれまで詞曲は共作で行い、ほぼ全ての楽器演奏を2人が行っていたのに対し、本作ではそれぞれが楽曲を持ちより、また中森泰弘(ヒックスヴィル)、平泉光司(COUCH)、谷口雄、優河、かもめ児童合唱団など多彩なゲストが参加。大きくアプローチを変えている点にも目を惹かれる。
2013年から動き出したSoggy Cheeriosはもはやスペシャル・コラボ・ユニットではない。ライフワークになりうるネクスト・フェーズへと歩みだした2人による、軽妙洒脱なやりとりで溢れたインタビューをお楽しみください。
2人で話すことといえば、トンカツやポール・マッカートニー
――4年ぶりのアルバム・リリースとなりますが、ライブ活動も2016年の〈ROKKO SUN MUSIC〉以降、今年に入るまで行っていませんでした。それぞれがご多忙ななか、Soggy Cheeriosが再始動するきっかけは何だったのでしょうか?
鈴木惣一朗「〈ROKKO SUN〉の後も、『レコード・コレクターズ』誌でビートルズについて対談をしたり、普通にご飯を食べたり、たまには会っていたんですよね。具体的な話はしていないけど、3枚目を作る機会はうかがっていた」
直枝政広「以前から惣一朗くんは〈3枚作るまではSoggy Cheeriosを続けよう〉と言っていた。俺としては〈なぜ3枚で終えるの?〉と思っていたけど」
鈴木「キリがよく3部作を作ったら落ち着くかなと」
直枝「でもお互いバタバタしていたし、今年ようやく時間を作れた。6月くらいから打ち合わせをして、レコーディングが決まったのが8月くらいです」
――打ち合わせでは、スケジュールや作品のコンセプトや内容をすり合わせる話を?
鈴木「もっと重要なことですね(笑)。とんかつはヒレかロースか、今のポール・マッカートニーは大丈夫なのかとか……(笑)。そんな話もしながら、2人で3曲ずつ作って6曲入りの作品なら作れるんじゃないかと」
直枝「スケジュールやいろんな条件も含めて考えたときに、まずはミニ・アルバムに向かってスタートしました」
鈴木「今回は分業制でお互いに作った曲を持ち寄ったんですけど、作りはじめたらお互い3曲ずつパパっと出来た。そしたら直枝くんが〈せっかくだからもう1曲ずつ書こうよ〉と言いだしたんです。8曲だともうフル・アルバムじゃん!」
直枝「それで結局10曲までたどり着きました」
――過去2枚のアルバムの詞曲のクレジットはSoggy Cheeriosで、完全に共作でしたよね。今回分業制にしたのはどういう意図でしょうか?
直枝「ファーストの『1959』(2013年)とセカンドの『EELS & PEANUTS』(2015年)の2作は、最初にどちらかが詞のテーマやアイデアを投げて、受け取った方が曲としてまとめていくというやり方でした。今回分業制にしたのは、惣一朗くんがいまシンガー・ソングライターとして伸び盛りなので、のびのびやってもらったほうがいいかなと。歌いはじめてから、まだキャリアが間もないでしょ」
鈴木「Soggy Cheeriosを始めてからだから、6年くらいだねぇ、新人だ!」
直枝「だから曲作りにおいてもプレッシャーをかけずに、自由に羽ばたかせたほうがいいんじゃないかと思った。そしたらトントン作りはじめちゃって。最初に彼が“最果て”を持ってきたんですけど、いきなり〈今度のトークショーで歌う!〉って」
鈴木「牧村憲一さんのトークショーで、その時は(安宅)浩司くんと一緒に演奏したんだけど、お客さんもウケてくれた。そしたら次に直枝くんが“短い小説”を書いてきて、どんどん曲が揃っていった」
2人の声が合わさると10ccになっちゃう
――それぞれ曲作りに入る前にこういうテーマにしようという話はされましたか?
鈴木「3作目となると2人で積み上げてきたものがある。だからこんなテーマでやろう、こんなサウンドめざそうとか、そんなものはいらなかった。ビートルズの〈ホワイト・アルバム〉(68年)はジョンとポールとジョージがそれぞれバラバラで作業していますよね。でもトータルとして、通奏低音というか共通して流れている空気感がある。それが〈ホワイト・アルバム〉の情け深いところ。それと感覚的には似たようなものがありました」
直枝「これまでの2枚を作っていた頃はまだ探り合いだったからね。作り方やテーマも綿密にすり合わせてやったけど、今回は放し飼いの状態からのスタート」
――資料には直枝さんが「2019年の夏の気持ちを、そのまま、曲にすればいいんだよ」と仰ったとありました。
直枝「いつも通りの感じでいいんじゃないか、というくらいのニュアンスだったんですけどね」
鈴木「言語化すると些細でシンプルだけど、僕にとってはこの直枝くんの言葉が大きく響いて、曲を作る十分なモチベーションになった。今年の夏は雨がいっぱい降ったり、あるところでは暴動が起きたり。そういうことをモノローグ的ではなく、宇宙的に捉えて曲にしていくことにしました」
――宇宙的というのはどういうイメージでしょう?
鈴木「僕らは〈私も年をとりました、枯葉を見たら人生の機微を感じるんです〉という歌は作らない。ビートルズから学んだことかもしれないけど、Soggy Cheeriosはもっとユニバーサルで大きな進展を描くグループなんです」
直枝「でも近くで見ていて、惣一朗くんの考えていることはストレートに入っていると思います。“海鳴り”には惣一朗くんの子どものときのトラウマみたいなものも垣間見える」
鈴木「直枝くんが書いた“繭”、“短い小説”、“シャッター”とかも物語ではないんですよね。行間から響いてくるものがある。だから僕はこのアルバムがこれまでの3枚のなかでいちばん好きなんです。音も空間も歌もすごくのびやか。自由になれた喜びがあります」
直枝「本当に惣一朗くんはどんどん歌えるようになっているんですよ。シンガーとしてもかなりいいところにある」
鈴木「1人でやっていたら自分が歌うことに積極的になれなかっただろうけど、こうやって相方がいるとね」
直枝「すぐ隣で〈最高だよ!〉 と言ってくれる人がいるのはバンドの醍醐味ですね」
――Soggy Cheeriosはお2人ともヴォーカルをとることの面白さがあると思います。
直枝「今回の作品は分業制をとった一方で、交互に歌ったり、1曲の中で2人の歌が絡み合ったりするような箇所をたくさん入れたんです。これをやっている人は周りを見渡しても意外といない」
鈴木「声質が合うんですよね。僕は高い声で、直枝くんはミッドローの渋い声。ハモったりユニゾンで一緒に歌うといい響きになる」
直枝「“海鳴り”では、白玉(全音符)のコーラスを入れているけど、2人の声が合わさると10ccになっちゃうんですよ」
鈴木「だからコーラス入れの作業がいちばん楽しい。早くコーラス入れたいなと思いながらオケを作っていましたね」
楽しくてしょうがなかったスタジオ作業
――お2人の様子からすごく和気あいあいとスムーズにレコーディングが進んだことが伺えます。
直枝「アレンジ作業がおもしろくて仕方ないの。スタジオに通うのが楽しくて、〈今日はあの曲がどうなるんだろな〉とワクワクして、これはやめたくないなという感覚が生まれてくる」
鈴木「まったく苦労しなかったですね。じゃあこれまでのアルバムは苦労したのかというと語弊があるんだけど。前作は吉祥寺のスタジオ、Gok Soundでアナログ録音をしたんです。アナログは久々だったというのと、演奏が修正できないこともあり全力投球だった。今回はPro Toolsで行いましたが、バンドが前回の制作を乗り越えて次のフェーズに行っているので、録音方法が変わってもSoggy Cheerios の音になるなと感じていた」
直枝「エンジニアの原(真人)くんとのタッグもすごくうまくいったし」
鈴木「スタジオは本当に笑っている合間に録音していたという感じ。早く自分の録音は終わってそっちで喋っている話題に参加したい(笑)。ハッピーなレコーディングでしたよ」
――これまで数多くの作品を作られてきて、いろんなレコーディングがあったとは思いますが、今回はなんでそんなハッピーになれたんだと思いますか?
直枝「こだわりを持たなかったからじゃないでしょうか」
鈴木「直枝くんはこだわり派で有名ですからね(笑)」
直枝「過去2作はジャッジでぶつかるところも少しはあったし、お互いの考え方がわからない部分もあった。でももはや3作目となるともう恐くないというか、どうなっても大丈夫だと思えるようになった」
鈴木「このプロジェクトで積み重ねてきた意味が出てきたというか、前作から4年間空いたのもよかった気がします。続けることを意識して2年おきに作品を作ると決めていたら、解散していたかもしれない。かといってまったく会ってなかったらお互いの探り合いもあったでしょうけど、ときどき会ってご飯食べていたことに強い意味がある」
直枝「お互いこの4年の間にもいっぱい作品は作ってきた。だからこそ、Soggy Cheeriosをまたやれるとなったらホッとするよね。ふとしたアイデアの一言に〈おお! それいい!〉と屈託なく言い合えるような」
鈴木「他のプロジェクトだと、なぜこういう音にするのかを言語化して説明し、周りを説得しなければいけないんですよ。でも本当はその時点でダメなんです。この2人に言葉が必要ないのは考えていないんじゃなくって、感覚的なものが直枝くんとは共有できているからなにも問題ない」
僕らがグラスパーを真似る必要はない
――お2人が共有している感覚とは?
鈴木「お互いにビートルズが好きで、ウィングスだったら『Wild Life』(71年)がいいよねという話を何十年に渡ってしている。その立ち位置はブレてない。もちろんフランク・オーシャンもロバート・グラスパーもいいよ。でも直枝くんとその音楽を真似る必要はない」
直枝「作る音楽には、いままで生きてきたなかで培った基準が入ってくるじゃないですか。そこに対して素直にいるということですね。この同い年の2人でやるならばその基準は73年頃のサウンドがベーシックになる」
鈴木「なぜ73年でなければいけないかは、自分にはよくわかる……」
直枝「というのといまの時代も意識したうえで、いちばん自分たちのコアな部分で勝負しないと、時代に太刀打ちできないという思いもある」
鈴木「このコアというのは、自分と直枝くんがデビューしてプロになった80年代以降に出会った音楽ではないんです。それまではただの1人の音楽ファンで、友達とビートルズのカヴァーを演奏したり、ただ浴びるようにレコードを聴くことが楽しかったあの頃に出会った音楽たち。〈Back To The Egg〉じゃないですが、自分たちの思春期に聴いていた音楽にこの年齢で自然と帰れるならば、これほど楽しいことはない。それだけなんですよ」
直枝「惣一朗くんは本来ロック・ドラムを叩ける人なんだけど、プロになってからはそこに対して逃げていたわけだ」
鈴木「プロの音楽家としては8ビートの否定から入っているからね。でも直枝くんにグルーヴィーなベースを弾かれたら、コンビネーションとしてキックを踏み込まないといけない。自問自答するし〈ドラムとして普通だな〉と思うけど、普通でいいじゃないか。俺は8ビートも叩けるじゃないかと」
直枝「(惣一朗くんは)どんどんロック・ドラマーとしての意識が出てきたと思いますよ。とにかくWORLD STANDARDのルーティンをSoggy Cheeriosでは外してほしかった。まだまだギターのスタイルには強く個性が出ているけど、3作目にしてようやくこだわりが抜けてきた。だからこそ僕は一緒に歌うし、惣一朗くんにいつもと違う刺激を与えないといけない」
鈴木「デビューして30年以上かけて、それこそ〈繭〉みたいに音楽性を紡いできたわけじゃない? だからこそ一回破ったらもう何でもやってみたくなる。戦争や平和について歌うなんてことは絶対避けてきたし、だからこそインストでやってきた。メッセージは感じ取ってくれればいいと思っていた。でもメッセージがあるならば、隠さずに繭をやぶって歌ってみると、すごく楽しいんですよね」