私と鉄道模型の60 年 (3) — 松本謙一 私の愛する中・小型蒸機


■私の愛する中・小型蒸機―――松本謙一(日本鉄道模型リサーチ‐A.B.C.)





その1 ――Tenshodo GN F-8 2-8-0とC-1 0-8-0




FABの店頭にはこのところ続々と中・小型の米国型蒸機が集まってきています。私も現物をはじめて見る珍品もあり、自分のお気に入りで、いつ見てもしみじみ惹きつけられる製品もあり、で、ついそれからご主人との会話が弾んでしまいます。



そんな楽しい模型談義の中で、私の好みの中・小型機はどんな製品か、というお尋ねを受けました。私の場合、「好み」というのは「好き」という程度を通り越して、「愛する」といってはばからないほどの気に入り具合なのですが、その想いのたけを数回にわたって皆さんにも聴いていただくことにいたしましょう。





■天賞堂お家芸のGN蒸機



TenshodoといえばGN、と頭に浮かぶほど、天賞堂の米国型蒸機の製造暦にはグレート・ノーザン鉄道のものをプロトタイプにした製品が圧倒的な数を占めています。これは、同社の製品の米国総代理店で事実上の注文主だったPacific Fast Mail社がワシントン州シアトルの北郊外でGN本線のすぐ線路脇にあったことで、創業者はじめ企画ブレインがGNファン揃いであったことに加えて、天賞堂模型部の創立者である新本秀雄氏が昭和30年代の初頭、ライアン氏の招きで訪米した際、まだわずかに生き残っていたGN蒸機の実物に接してたいへん感銘を受けたことが大きく作用していたようです。





■いま一番買い得な貴重品



ここに紹介するC-1、F-8は共に、ベルペアー火室、段つきドーム、大型キャブという、1900-1910年代のGN蒸機の標準デザイン3点を備えた、やや古典的なプロトタイプを模型化したもので、角のきりっとしたベルペアー火室の仕上がり、リベットは打ち出し、ボイラー・バンドは帯材の手巻き‥と、非常にメリハリの効いた、しかも、天賞堂が直営工場を事実上閉鎖してしまって久しい今日ではもはや造れない貴重な歴史的モデルです。ちなみに天賞堂直営工場製品のリベット打ち出しは通常のプレス加工ではなく、特製の鋭いピンを並べた打刻機で打っていたそうで、それゆえに裾がキリッと立ったリベットを実現していたのです。



天賞堂のF-8は5回にわたって製造が繰り返され,トータルの生産数も多いせいか、米国でも日本でも中古市場でわりあい入手しやすい製品となっています。価格も実に手ごろ、というか、私から見れば、その手作り性の極めて高い造りに対してまったく無理解、といいたいほどの安さ―――近年の中国製のプラスティック製やダイキャスト製蒸機と同等かそれ以下―――です。



C-1の方は4回生産されていますが、総生産台数がF-8に対して2/3弱のせいか、中古市場への登場もやや少ないようですが、出てきても価格は大体はF-8と同等です。米国は「個性の確立した国」という割には時代の流行に弱いところがあり、いまはあちらの鉄道模型市場は「DCCでなければ鉄道模型ではない」という風潮に流されていますから、棒型モーター時代のブラス・モデルは一般のモデラーに見向きもされず(彼らにはモーター換装などのスキルが無いので)、目下の円高も手伝って、まさに買い時でしょう。




☆天賞堂製F-8 最初(1966年製)の黒塗り仕様をGN傍系のスポケーン、ポートランド・アンド・シアトル鉄道(SP&S)への譲渡機にレタリング替えしたモデル.筆者の鉄道にすでに43年在籍している古株だが、近年モーターをドイツ、ファールハーベル社1724SRに乗せ替えて素晴らしい走りを見せている.



■製品の歴史



天賞堂の一般の蒸機製品で軸箱可動が標準仕様となったのは、カツミの輸出用製品や16番シュパーブライン製品より数年遅く、1963(昭和38)年発売のC&O C-16/N&W S-1 0-8-0からです。それまではUPの「ビッグ・ボーイ」、「チャレンジャー」、それにGNのS-2クラスという高級路線だけが軸箱可動で、これらは天賞堂製品の中でも格付けがちょっと違っていました。ちなみに同じGNの4-8-4でも軸箱可動のS-2は、グレーシャー・パーク塗装でヴァルヴ・ギヤーの表現がやや細かい、という違いはありましたが、殆ど部品が共通しているにもかかわらず、軸箱を用いていないGN S-1の1.7倍ほどの値段でした。これで動輪がジョイントやポイントを渡る際の当りが大いに柔かくなったわけですが、続いて1965年にGNのC-1、1966年にF-8が軸箱可動で発売となりました。



C-1が新発売になったとき、早速欲しかったのですが、C&O C-16/N&W S-1の発売からさほど時が経っておらず軍資金が貯めようとしているうちに売切れてしまい、がっかりしているところにF-8が発売になりまして、これは逃してなるものか、と「小動輪で従台車が無くヴァルヴ・ギヤーがゴチャゴチャしている罐が好き」という父親をたぶらかしてクリスマス・プレゼントにせしめました。



F-8最初の発売は黒塗りでした。それから2年後、グレーシャー・パーク塗りが発売となりまして、これも軍資金の都合で見送らざるを得ず、またしても悔しい思いをしたのですが、3度目の発売で手に入れました。この当時の米国型というのは、たしかに高価でしたが、そのかわり待っていれば何年かあとにおなじものが再生産される可能性が高く、その点では気楽な面もありました。韓国製主流の時代になってからは、機種数は格段に増えましたが、それこそ一期一会になってしまい、永年憧れの機種の次々発売されるのに追いついていく財布の苦労は並大抵ではありません。



初期の天賞堂F-8はアルコール転写ディカールでテンダーのGNヘラルドの直径が小さいものでしたが、1975年と1977年に生産のものは水貼りディカールで直径が大きいものに替わりました。しかし水貼りになった最初のものは作業に慣れなかったのでしょう、空気が入ってしまって浮き気味のものがあり、針先で空気を追い出しつつソルバセット(ウォルサー社のディカール軟化剤)で再処理してやる必要があります。しかし車体そのものには生産の新旧で出来、ディテールに全く変化はなく、どの年代の製品でも佳い味わいを見せています。



C-1の方は生産のほとんどが1965年から1971年に3年置き3回に集中し、この分はアルコール貼りディカールでテンダーのヘラルドの直径が小さく、ずっと後年の1985年製のみがヘラルドの水貼りディカールでヘラルドの直系も大きくなっていますが、いずれも黒塗りで、ファクトリー・ペイントではグレーシャー・パーク塗りは出ていません。私は何度か天賞堂幹部にC-1のグレーシャー・パーク塗りを発売するよう勧めましたが、「小型機は大型機とほとんど変わらない手間が掛かるわりに値段が取れない」と採用されませんでした。(PFMが米国で塗ったのがごく少量あるようにも聞きますが、私は実見していません)



天賞堂の小型機はいずれも同社の持ち味が凝縮された、素晴らしいモデルと、これは父の意見に私もまったく同感なのですが、後年にはほとんど再生産されなかったのは、この「小型機は大型機とほとんど同じ手間が掛かっても値段が取れない」という理由によるものです。ですから、現在のこれらに対する中古価格(簡単なスタイルの電車1台よりも安い)は、まったくもって「お買い得」なのです。しかも、F-8もC-1も土台がしっかりしたモデルですから、古い生産分でも塗り替えてディカールもくっきりしたものに貼り直してやれば、さらに見栄えのするモデルに生まれ変わります。C-1では煙室をエナメルやアクリル塗料でシルバーやグラファイト(黒銀)に筆塗りするだけでも見栄えがさらに向上します。「GNから譲渡された」という設定でプライヴェート・ロードネームにするのも楽しいでしょう。




☆天賞堂製C-1 モデルキングダムによってファクトリーペイントでは得られなかったグレーシャー・パーク塗装に塗り替えられたモデル。ベースの黒を活かせるのでグレーシャー・パーク塗りに挑戦してみる練習台には最適。



■天賞堂製GN C-1 / F-8の見どころ



天賞堂のGN C-1、F-8の見所は、何といってもロッド、ヴァルヴ・ギヤーの精度、仕上がりの美しさです。同じ天賞堂製といっても16番の日本型蒸機は初期の9600、C53、C55、C57を除いては直営工場製(芝浦にありました)ではありませんから、この味わいはありませんが、直営工場で生産された米国型蒸機はメイン・ロッド、サイド・ロッドの肉厚感といいドロップ・フォージング加工のエッジの立ち方といい、これは他社製品には無い力強さです。ヴァルヴ・ギヤーの小ロッド類も肉厚が十分でプレスに丸まりやめくれの見られない仕上がりの素敵さはもう二度と得られない技術力でしょう。



直径の小さい動輪のコンパクトな空間で、それが摺り合わさるように動いていく走りぶりはいつ眺めても飽きることが無く、父が「天賞堂はスイッチャー(小型機のこと)が最高」と評していたのは半世紀を経た今も全面的に頷けます。ことにF-8ではワルシャート式弁装置の前部、クロスヘッドからの連動が通常と逆の取り回しになっていてその分だけ長くなった弁棒の前後運動が再現されているところが見所です。



天賞堂製C-1、F-8のもう一つの見所はプロトタイプの選定の好さです。両形式はいずれもGNにおいて同じ軸配置の中で大勢力を持った形式で、GN蒸機の最後まで働いていた形式でしたが、それだけにヴァルヴ・ギヤーやテンダーの様式にいくつかのヴァリエーションが見られました。両形式とも後年、C-1はチャレンジャー・インポーツ、F-8はキー・インポーツとW&Rが韓国メーカーを使って模型化しているのですが、一番バランスのよい、そしてF-8ではもっとも見ごたえのあるヴァルヴ・ギヤー様式を選んでいるのが天賞堂製なのです。後進のインポーターたちはPFM-Tenshodoが一番魅力的な組み合わせを先取りして大量に販売してしまったために、二番手、三番手の組み合わせを選ばざるを得なくなったのかもしれません。






☆F-8 スライド弁と、やや変則的なワルシャート式ヴァルヴ・ギヤーの組み合わせが特徴.接近して眺めると、長く取った弁棒が前後するのが楽しめる.天賞堂の米国型蒸機はロッド類の仕上がりが美しいが、特に小型機にその美しさがよく判る。




■カブースとの組み合わせはもう一つの魅力



ところで、私の米国型蒸機のコレクションにおけるこだわりの一つに「貨物用機は必ずカブースとセットで」で、ということがあります。これは私がまとめたプレス・アイゼンバーン(この名前も最近では遠いものに感じるようになりました)刊『Rails Americana Vol.1』の記事に詳しく書きましたが、「どういうカブースが組み合わさるのか」というのも、米国型蒸機の大きな楽しみだと信じています。



この点でGN蒸機は大変に見栄えがします。GNのカブースといえば、真っ赤な車体に黒い屋根、側面には大きなロッキー・ゴート(カモシカ)のヘラルドが座り、その鮮やかさが目を引くことは全米一,二でしょう。C-1、F-8には木造カブースが似合いますが、ロングタイプの標準車はPFM、オーヴァーランド・モデルズ、ショート・タイプの標準車はランバート、ペコス・リヴァー、チャレンジャー・インポーツからブラス製品が発売されたことがあります。ヘラルドのゴートの向きや周囲のレタリングの内容、文字の色には細かい年代の違いがあるのですが、大雑把に言えば黄色レタリングが蒸機全盛時代、白レタリングが蒸機晩年時代、となります。



両形式ともボギー貨車の5~10輌にカブースをぶら下げた姿は最高に好ましく、C-1なら都会周辺の倉庫や側線を巡る小運転、F-8ならブランチ・ラインの牧歌的な眺めが演出できるでしょう。C-1はダルース付近で鉄鉱石桟橋の入換にも活躍しましたのでオア・カー編成も史実に忠実です。F-8はテンダーのオイル・タンクが裏側のビスで外れますから、石炭焚きにも簡単にコンバートできます。




☆C-1 1985年製モデル。この生産分だけヘラルドの直径が大きい.駅駅や側線で貨車を集配してまわる小運転の雰囲気を、キューポラの無い「トランスファー・カブース」との組み合わせで演出してみた。



■たった一つの不満と、その解決策



天賞堂C-1、F-8に関して、私のただ一つの不満。これは天賞堂動力車製品に共通する悲劇ですが「モーターに恵まれなかった」ことですね。これは同社の先代、新本秀雄社長みずから私に語ってくださったことでしたが、同じPFM系メーカーでもユナイテッド-アトラス工業が米国ピットマン製(これはトルク抜群ながら消費電流の大きさが半端でなかった)のあと、精度の高いタネダ製を採用して大成功したのに対し、低消費電流で静音性の高い棒型モーターを開発できなかったことでした。



罐モーターへの転換に当たっても、採用したコパル製は、トルクは悪くないがいきなり高回転に行ってしまうタイプでお世辞にも鉄道模型向きとはいえません。このあたりにかつての同社の重役が豪語していた「ウチの製品を走らせるような客はほとんど居ない」というトップ・ブランドの驕りが悪く作用しています。C-1の最後の製造分(1985年製/TPEイコライザーを採用しているのが特徴)が、このコパル製を使っていますが、入換機らしい低速運転はやはり苦手なラピッド・スターターになってしまっているのは惜しまれます。



しかし、組み立て自体は素晴らしいF-8、C-1ですから、ファウルハーベル社のコアレス・モーター1724SR(歴史的傑作です。FABに注文できます)に交換しますと、もう「スーパー!」と形容したくなるような走り振りを見せてくれます。モーター台には珊瑚模型店製の「9600用」(エコーモデルが入手に便利)を余分な所を切除の上、用いますと、棒型ではキャブの後ろに飛び出していたモーターの尻もキャブ前板付近で収まります。もともとウエイトはたっぷり載っていますから、低速から驚くような牽引力を発揮します。





■まさに「不朽の名作」



私のD&GRN鉄道には天賞堂製では3台のF-8と2台のC-1が在籍していますが、一番古いF-8は考えてみれば今年(2009年)で車齢すでに43年です。最新の米国型蒸機製品(ブラス・モデルであれダイキャストやプラスティック製であれ)に比べても、いまだにいささかも見劣りしない風格がある、こういうモデルこそ文字通り「不朽の名作」というのでしょう。




☆F-8 コンソリデーション(2-8-0)軸配置の罐には、このくらいの長さの貨物列車が良く似合う。グレーシャー・パーク塗装の罐と真紅のカブースの取り合わせはGNならではの華やかさである。