旭化成より特許が4年早かった三洋電機の謎を追う
リチウムイオン電池の黒鉛負極を開発したのにあまり知られていないのはなぜなのか
高橋真理子 朝日新聞 科学コーディネーター
正極にリチウムコバルト酸化物を使うと高電圧が得られるというのがグッドイナフさんらの発見だった。リチウムイオンは正極から出て、電解液の中を行ったり来たりする。しかし、良い負極が見つからなかった。
池田さんたちの特許は、黒鉛にリチウムを挿入させた「黒鉛層間化合物」を負極とし、正極には酸化バナジウムを使う。負極がリチウムイオンの供給源となるのである。安部教授は「負極に黒鉛のインターカレーション反応を利用することを記載した最初の特許」と位置づける。
一方、吉野さんたちの特許は、正極にグッドイナフさんのリチウムコバルト酸化物、負極に非晶質炭素(ノーベル財団はこれを「石油コークス」と説明した)を使う。これは、正極がリチウムイオンの供給源になる。
私は、「負極に炭素を使う点はどちらも同じではないか」と最初に考えたのだが、役割がまったく違っていたわけだ。そして、市場に出たのは正極がリチウム源となる旭化成タイプだった。だから、「旭化成が現在のリチウムイオン電池の基礎を確立した」ということになるわけである。
また、ノーベル財団の専門家向け発表資料を読むと、「黒鉛などの炭素材料にイオンがインターカレートされることはよく知られていた」という記述があり、根拠として1840年に発表されたドイツ語論文などを挙げている。けれども、黒鉛は電解液の作用で壊れてしまうためにうまくいかなかったのだという。
19世紀のドイツ語論文をおそらく日本の技術者たちは知らなかっただろう。だが、グローバルスタンダードでは、論文があればそれが先行研究ということになる。ノーベル賞委員会はだから三洋電機の特許を重視しなかったのか。だが、話はそれで終わらない。電解液を工夫することで、正極をリチウム源として負極に黒鉛を使うことも可能になったのである。三洋電機が商品化したのは、このタイプである。そして、このタイプが発売わずか3年にして世界トップシェアを取ったのだ。
さらに、安部教授の記事には「正極にリチウム含有遷移金属酸化物、負極に黒鉛の組み合わせは近年の大半のリチウムイオン電池に採用」されているとある。現在のリチウムイオン電池の多くが負極は黒鉛なのだ。旭化成の「非晶質炭素」ではない。池田さんが「いかにサンヨーの黒鉛が強いか」と力を込めたのもうなずける。池田さんによると、結晶がなければリチウムイオンは入っていけないのだそうだ。
なお、特許権は出願日から20年で消滅する。いずれの特許権もとっくに消滅し、公知の技術として人類の財産となっている。
最後に、当初の私の素朴な疑問に対し、たどり着いた答えを記そう――たぶん、ややこしすぎるから。