俳優の梅宮辰夫さんが12月12日の朝、亡くなった。享年81、慢性腎不全だった。
梅宮さんは、大学在学中の1958年に東映ニューフェイス(第5期)でデビュー。1960年代以降のヤクザ映画の全盛期を、菅原文太さん、高倉健さん、松方弘樹さんらとともに支えた名優だ。
梅宮さんが活躍したのはどんな「時代」だったのか、どのように撮影に臨み何を考えていたのか。かつて松方弘樹さん(2017年に逝去)との対談で、梅宮さんは当時のヤクザ映画業界の、おおらかで、大胆で、寛容な雰囲気をこんなふうに振り返っていた(以下、対談部分は「週刊現代」2015年4月25日号より引用)。
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松方 僕と辰兄ぃが数々の作品に出演した東映ヤクザ映画の黄金期は、1960年代前半から’80年代半ばでしたね。
梅宮 その中心にいたのが、昨年なくなった高倉健さんと文ちゃん(菅原文太)だった。健さんは任侠者、文ちゃんは実録路線で、それぞれヤクザ映画の人気を牽引した。
松方 健さんと文ちゃんだけでなく、鶴田(浩二)のおっさんや若山富三郎さんなど、当時の東映ヤクザ映画は本当にスター揃いだった。