日本の研究レベルは、1980年頃には、世界のトップレベルにあったのだ。

 大学の給与で見ても、80年代から90年代にかけては、日本の大学の給与のほうが、アメリカより高かった。

 アメリカ人の学者が、「日本に来たいが、生活費が高くて来られない」と言っていた。そして、日本の学者は、アメリカの大学から招聘されても、給与が大幅に下がるので、行きたがらなかった。

 ノーベル賞に表れているのは、この頃の事情なのだ。

 ところが、給与の状況は、現在ではまったく逆転している。

 日本経済新聞(2018年12月23日付)によれば、東京大学教授の平均給与は2017年度で約1200万円だ。

 ところが、カリフォルニア大学バークレー校の経済学部教授の平均給与は約35万ドル(約3900万円)で、東大の3倍超だ。中には58万ドルを得た准教授もいる。

 アジアでも、香港の給与は日本の約2倍であり、シンガポールはさらに高いと言われる。

 これでは、学者が日本に集まるはずはない。優秀な人材は海外に行く。

 ノーベル賞は過去を表し、1人当たりGDPは現在を、そして大学の状況が未来を表しているのである。

日本の給与水準では、
高度専門家を集められず悪循環に

 日本の給与が低いという問題は、大学に限られたものではない。

 2年前のことだが、グーグルは、自動運転車を開発しているあるエンジニアに対して、1億2000万ドル(133億円)ものボーナスを与えた。

 これは極端な例としても、自動運転などの最先端分野の専門家は、極めて高い報酬を得ている。

 世界がこうした状態では、日本国内では有能な専門家や研究者を集められない。トヨタが自動運転の研究所トヨタ・リサーチ・インスティテュートをアメリカ西海岸のシリコンバレーに作ったのは当然のことだ。

 最近では、中国の最先端企業が、高度IT人材を高い給与で雇っている。

 中国の通信機器メーカーのファーウェイは、博士号を持つ新卒者に対し、最大約200万元(約3100万円)の年俸を提示した(日本経済新聞、7月25日付)。

 朝日新聞(2019年11月30日付)によると、今年、ロシアの学生を年1500万ルーブル(約2600万円)で採用した。

 CIO(最高情報責任者)の年収は、日本が1700万~2500万円であるのに対して、中国では2330万~4660万円となっている。

 日本の経済力が落ちるから、専門家を集められず開発力が落ちる、そして、開発力が落ちるから経済力が落ちる。このような悪循環に陥ってしまっている。

 これは、科学技術政策や学術政策に限定された問題ではない。日本経済全体の問題である。

 この状態に、一刻も早く歯止めをかけなければならない。

(早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問 野口悠紀雄)