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【社会】

山谷が愛した、癒やし犬 まりや食堂の「甲斐」 絵本に

絵本「まりや食堂の『甲斐』-山谷に生きて-」について話す菊地さん=東京都台東区で

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 簡易宿泊所が集まる東京・山谷地区(台東、荒川区)で格安弁当を販売する「まりや食堂」に、労働者たちを癒やし、愛された犬がいた。全身真っ黒な甲斐(かい)犬の「甲斐」。強くあれという名付けとは違って病弱で、二〇〇一年に急死した。「山谷の人々を支えた甲斐の記憶を残したい」。食堂を営む牧師菊地譲さん(78)の思いは死後二十年近くを経て、絵本「まりや食堂の『甲斐』-山谷に生きて-」(燦葉(さんよう)出版社)となり、十一月末に出版された。 (天田優里)

 真っ黒な甲斐のイラストが表紙の絵本は、食堂に集う労働者やボランティアらにかわいがられ、病に弱って天に召されるまでの甲斐の一生を、実話に沿って描いた。引き受けてくれる出版社がようやく見つかり、文章は菊地さんが、絵はイラストレーターの清水美和さんが担当した。

 甲斐が菊地さんの元に来たのは一九九二年。その五年前に食堂を開いたが、店内で暴れる客も少なくなく、防犯対策として犬を飼うことにした。知り合いから甲斐犬の子犬を譲ってもらい、甲斐犬らしく強くなるよう「甲斐」と名付けた。

 人懐っこい甲斐は「番犬には全然向かなかったね」と、菊地さん。山谷の日雇い労働者には「甲斐ちゃん」と親しまれ、よく頭をなでてもらった。「彼らは負けず嫌いで強く生きているけれど、内心寂しさもある。甲斐は『癒やし犬』として愛された」

 だが、甲斐は病弱だった。胃腸障害があり、成犬になってからは前立腺や耳にも病を抱え、手術を繰り返した。五度目の手術後の〇一年四月、回復途上だったが、菊地さんと散歩中に突然倒れて死んだ。九歳だった。菊地さんは、絵本の中に思いを記している。

 私の手をすり抜け甲斐の命がこぼれて行った

 思い出しては尽きることのない私の宝

 どうしておまえはそう死に急いだのか

 あれほど心をくだいたのに私を楽しませる甲斐はもういない  (一部抜粋)

 悲しみの中で火葬したが、「駄目な結果になったとしても諦めずに尽くす愛を、甲斐から教えてもらった」と菊地さん。甲斐の死後、路上で暮らすアルコール依存症の男性を支援するときにも、甲斐のことを思い出して踏ん張った。

 絵本は甲斐が天国で穏やかに眠る様子で締めくくられている。菊地さんは「幅広い世代の方に読んでもらい、励ましになれば。タフな愛情や命の大切さも考えてほしい」と話す。

 A5変型判のオールカラー三十六ページ、千二百円(税別)。問い合わせは、燦葉出版社=電03(3241)0049=へ。

生前の甲斐=菊地譲さん提供

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