ハシナガチョウザメは、体長7メートル、体重500キロにまで成長すると言われる巨大魚だが、その1匹でさえ見つかる確率はますます低くなっている。揚子江に生息するハシナガチョウザメの成魚は2003年以降一度も捕獲されていない。さらに厄介なのは、幼魚が1995年からまったく確認されていないことだ。
「幼魚がいないということは、産卵が行われていない可能性がある」と、荊州(けいしゅう)の長江水産研究所で研究室を率いる危氏は話す。彼を含めた専門家が恐れているのは、たとえ揚子江でハシナガチョウザメの個体が見つかったとしても、繁殖していないのであれば種自体はそのまま絶滅していくこともあり得るということだ。
産卵場所
ハシナガチョウザメは、中国では「白鱘(白いチョウザメ)」や「剣吻鱘(「剣のようなクチバシのチョウザメ)」と呼ばれ、またその長い鼻先がゾウの鼻に似ていることから「象魚」と呼ばれることもある。肉食で、ほかの魚を中心に少量のカニやザリガニなども捕食する。ハシナガチョウザメの肉は味わいも栄養も豊かであることから珍重され、歴代王朝の皇帝へも献上されていたという。
1970年代の揚子江では、毎年数百匹のハシナガチョウザメが漁師によって捕獲されていたが、1980年代に個体数が激減した。その損失の犯人は、宜昌(ぎしょう)市街から船で20分ほど揚子江をさかのぼった先にそびえ立つ巨大な葛州覇(かっしゅうは)水力発電ダムだ。
1983年に完成したこのダムは揚子江を2つに分断し、ハシナガチョウザメの回遊ルートを遮断してしまった。「ハシナガチョウザメは、揚子江の中下流域(場合によっては沿岸水域まで)にあるエサ場から、上流の産卵場所まで長い距離を移動する。ダムはエサ場と産卵場所を切り離してしまったのだ」と危氏は話した。また、「ハシナガチョウザメのメスは7歳か8歳になるまで性的に成熟しないため、その産卵プロセスには特に影響が大きい」と彼は付け加えた。
危氏によると、葛州覇ダムの48キロ上流に位置している新しい三峡ダム(世界最大の水力発電ダム)が、ハシナガチョウザメの生息域をさらに狭めているという。そのうえ、揚子江の上流部にはさらに2つのダムの建設が計画下にある。
捕獲された最後のハシナガチョウザメ
漁業生物学者のゼブ・ホーガン氏は、危氏の船に同乗して揚子江をさかのぼった。ホーガン氏は、ナショナル ジオグラフィック協会の巨大魚保護プロジェクトのリーダーである。
ホーガン氏によると、ハシナガチョウザメの窮状は、その保護が喫緊の課題であることを示しているという。「ここにいるのはおそらく世界最大の淡水魚であり、それがいま絶滅しようとしている」。
危氏の指摘によると、2002年12月に体長3.3メートルのハシナガチョウザメが捕獲され、保護されてから29日後に死んでしまった。翌年1月には、揚子江上流の宜賓(ぎひん)で3.5メートルのハシナガチョウザメが捕獲された。漁業行政主管部局の担当官からすぐに危氏に連絡が入った。危氏は担当官にハシナガチョウザメの扱い方を指示し、同氏とそのチームが宜賓に着くまでの8時間ハシナガチョウザメを生き伸びさせた。
危氏は、そのハシナガチョウザメに追跡用の発信機を取り付けてから川へ戻した。信号はその後途絶えたが、この個体がまだ生きていると彼は信じている。「ハシナガチョウザメの寿命は50年はある。まだいるはずだ」と彼は言った。
水中洞
危氏とホーガン氏は、2008年にハシナガチョウザメを探す合同遠征調査に乗り出すことで合意した。
揚子江上流はハシナガチョウザメの最後の避難場所の可能性があり、十数匹程度の個体は生存している可能性があると危氏は信じている。「あの辺りには隠れ場所となる深い淵(ふち)や水中洞が多くある」。危氏はハシナガチョウザメを見つけるまで引退しないと誓っている。「まだ20年はある。簡単にはあきらめないよ」。
Photograph courtesy Wei Qiwei
■巨大魚保護プロジェクトとは
2007年に生態学者ゼブ・ホーガン氏がナショナル ジオグラフィック協会の支援のもと開始した巨大魚の生態調査プロジェクト。体長2メートル以上、または体重100キロ以上の巨大淡水魚を3年がかりで記録に残そうという世界初の試みである。













