第五話「宵闇の妖怪」
今回の東方悠幽抄では、幻想郷の人食い妖怪こと、ルーミアが登場します。私が初めてプレイしたのは風神録ですが、一面ボスで一番印象に残っているのがルーミアですね(ちなみに一番好きなのはレティさん)。
それでは、ルーミアとの戦いを描いた第五話です。どんな些細なことでもかまいませんので、コメント等ありましたら、よろしくお願いします。
――――ええと。その妖怪は頭にリボンを付けていて、少女のような外見……
「って、ここの少女は化物しかいないのかい!」
私、藤見悠子は誰もいない夜の森へと盛大にツッコミをいれた。
私と幽々子は
こんな真っ暗闇、地元の山だと下手したら熊が出てくるわよ……。
しかし、これも子供一人の命を救うため、そう気合いを入れて森に入ったはいいが、私自身まだ妖怪と戦う覚悟が足りていなかった。
――そんな私の不安など露も知らない幽々子は、面白そうに言った。
(化物と思えば化物、少女と思えば少女、それは捉え方しだいよ)
そんな幽々子にムッとした私は、少々意地悪な質問をした。
(私の体の中にいるあなたは、少女? それとも、化け物?)
(私にとっては、体に亡霊を宿しているあなたも十分化け物よ)
(ひどいわね。私の弟を殺そうとして勝手に体に入ってきたくせに)
(あら失礼ね。私はただ、あなたの『かわいい弟くん』のお願いを叶えたかっただけの、健気な少女なのに……しくしく)
幽々子は私の意地悪などどこ吹く風で、泣き真似なんかをはじめた。
そんな幽々子に呆れつつ、さっきの『弟の願いを叶えたかった』という幽々子の発言が引っ掛かっていた。
私と幽々子が初めて会った日の会話を思い出した。
『私があなたの弟くんを死に誘おうとしたのは事実よ』
私は初めて会ったとき以降、未だ詳細に聞いていなかった『幽々子が弟を狙った理由』について問いかけた。
(あなたと初めて会ったとき、弟は無事と言うからそれ以上は追及しなかったけど―― 幽々子、あなたは妖怪だから私の弟の命を狙ったの?)
私の疑問に対し、幽々子は『呆れたわ』といわんばかりの口調で言った。
(さっき言ったじゃない、私はあなたの弟くんのお願いを聞いただけよ)
(それって――)
私はハッとして、言いかけた言葉を飲み込んだ。
そんな私に幽々子はクスクスと笑いながら続けた。
(ふふふ、『真実は斬って知るもの』って『妖夢師匠』に教わったんでしょ?)
(自分を斬れと……? あなたと私は今、本当に一心同体なんだから無理よ!)
――まさか、ね。
嫌な想像をした私は、そんな冗談めかした幽々子に今は救われた気がした。
――確かに弟も心配だが、今は危機にさらされている男の子のことが心配だ。
それに、今は人食い妖怪がどこに隠れているかわからない。
私は先ほどの会話を意識の外に置き、気を引き締めた。
――とその矢先に、幽々子が気の抜けた声をあげた。
(ゆうこぉー。お腹すいたわー)
(緊張感ないわね。また私に何か食べさせてほしいの?)
(私、『人間』が食べてみたいわ)
幽々子の舌舐めずりが聞こえた気がした私は慌てて答えた。
「私を食べるのだけは勘弁ね」
「私も勘弁よ。若い方がおいしいもの」
「――!?」
突然、何もない暗闇から幼い声が聞こえてきた。
私はすぐさま小太刀の刀身を真っ暗な森の奥へと向けた。
すると、暗闇にぼんやりと少女の輪郭が浮かんだ。
女の子? ――あれ、攫われたのって男の子のはずじゃ……?
「もうそろそろお食事の時間なのよ。あなたもどう?」
闇から現れた黒服を着た金髪の少女は、頭に赤いリボンを身につけていた。
『食事』という言葉を聞き、少女が男の子を攫った妖怪であると確信した。
私はその妖怪少女に向かって叫んだ。
「あなたが人食い妖怪ね! 男の子を返しなさい!」
妖怪少女は私の追及に対して不思議そうな顔をした。
何を言ってるの? ――とでも言いたそうだ。
そして突然、ニコニコと笑いはじめた。
「鳥目の紅白に言われたのよ。『夜に活動する人類』はとって食べていいってね!」
そういい、妖怪少女は袖からカードを取り出し、大きく手を広げた。
(来るわよ、悠子!)
幽々子が叫ぶのと同時に、私は身構えた。
少女の手の中にあるカードが、光を放ち始めた!
「スペルカード、 夜符『ナイトバード』!!!」
そう叫んだ妖怪少女の周囲に、広範囲の光弾が展開された!
「なにこれ!?」
私は初めて見た現象に驚きを隠せなかった。
しかし、幽々子は落ち着いていた。
(これは『弾幕』よ。ちなみに当たったら一機失うわよ)
(私の命は一つしかないんですけど!?)
(私とあなた、残機二つではなくて?)
(コインいっこ、みたいに軽いノリで言わないでよ!)
幽々子とそんなやり取りをしながら、目の前に接近してきた中型の弾をすんでのところで避けた。
妖夢師匠との稽古のおかげで、刀を持っていても十分に動くことができた。
ありがとう、師匠! ――と心の中で感謝した。
少女の放つ弾幕の速度は、それほど速くはなかった。
しかし、始めてこんな場面に遭遇したので、避けるので精一杯だった。
私は地面を転がりながら、解決策を模索していた。
(弾数が多くて、なかなか接近できない! しかも、私めがけて飛んできてる!)
(ほらほら、頑張りなさい。斬りつけることができたら助けてあげるわ)
(自分は戦わないからって!)
幽々子に愚痴を言いながら弾幕を避けつつ、なんとか少女の背後に転がりこんだ。
妖怪少女は暗闇で私を見失ったらしく、周囲をキョロキョロ見回していた。
私は腰を落とした状態で、小太刀を突き出した。
「突きあり、いただいたわ!」
剣道では『突き』での有効は取りにくい。
しかし、防具をつけない真剣勝負においてはリーチ、威力共に申し分な く、刀を振り上げるわけではないので、その重量に振り回される心配はいらない。
小太刀は深々と少女の背中に突き刺さった!
(やったか!?)
――そんな私を嘲笑うかのように、妖怪少女の声が響いた。
「きゃはははは!」
私は嫌な予感がし、反射的に刀を引き抜き、距離をとった。
それと同時に、妖怪少女の腹部に周囲の闇が集まり、何事もなかったかのように傷口が消えてしまった。
私は唖然とし、その場に立ち止まってしまった。
焦って、幽々子に問いかけた。
(幽々子、どういうこと!? それに、どうして何もしてくれないの!)
(うーん…… 周囲が闇で包まれている限り、あの子は無敵みたいね。それに、私の力はあの子に届かないみたい)
(……どうすればいいの?)
(夜が明けるまで耐久してみたら?)
(朝になるまでって…… さすがに無理!)
今は夜中と言え、子の刻前(午後11時前)。
夜が明けるまで、時間が長すぎる……
幽々子との会話に気を取られ、棒立ちになっていた私に対し、少女は不思議そうな顔で問いかけてきた。
「あなた、食べられる人類じゃないの?」
「そっ、そうよ!」
反射的にそう答えた私に対して、妖怪少女は少し不満そうな顔をして、無邪気な一言を言い放った。
「じゃあ、死んで! 闇符『ディマーケイション』!」
かわいらしい笑みと共に、交差する弾幕が目の前に展開された!
私は少女から背後数メートルのところ立っていたので、ほぼ接射も同然であった。
避けられない! ――そう思った直後。
「 霊符『夢想封印』 」
――どこからか別の女の子の声が響き渡った!
同時に、凄まじい音と共に光輝く弾幕が降り注ぎ、目の前の交差弾幕は消失した。
突然の出来事に唖然としていた私の頭上から、気だるそうな声が聞こえた。
「紅霧の夜に言ったでしょ。『夜にしか活動しない人』だけをとって食べていいって」
声の主は紅白の巫女装束をまとった少女だった。
その巫女服の少女はゆっくりと空から降りてきた。
妖怪少女は驚いた風もなく、問いかけた。
「こんな夜中に現れた目の前の人は、とって食べていい人類じゃないの?」
「はぁ…… 妖怪に人の真意はなかなか通じないものね――」
言葉を言い終わると同時に、御札をかまえた巫女服の少女は突然私の視界から消えた。
えっ? ――私は驚き、少女が消えた空間を凝視した。
しかし、そこには何もなかった。
「 亜空穴 」
巫女服の少女の声が、妖怪少女の方から聞こえた。
私が振り向いた時には、すでに妖怪少女の背後に回り込んでいた。
巫女服の少女は至近距離で回し蹴りを放ち、妖怪少女は地面に叩きつけられた。
そして、いつの間にか手に握っていたカードを高々と掲げ、宣言した。
「夢符『封魔陣』!」
「□□□□□□??!!」
――妖怪少女は言葉にならない叫び声をあげた。
光輝く御札が妖怪少女を取り囲み、光の柱が縛りつけていた。
光は周囲の闇をかき消すほど強く、すさまじい威力、美しさだった。
(悠子、今よ)
弾幕に見入っていた私の頭に、幽々子の声が響いた。
そうだ、ここで妖怪を退治しないと、男の子は助からない。
私は刀を構えなおした。
「行くわよ、幽々子!」
今なら、巫女服の少女の弾幕の光で、周囲の闇がはらわれている。
私は刀身を低く構え、動きを封じられた妖怪少女に再び刀を向けた。
――妖夢師匠との稽古から唯一学んだこの技で、人食い妖怪を倒す!
私は地面を蹴り、妖怪少女に突進した。
そして、その低い体勢から、一気に剣を振りぬいた!
「『現世斬』!!!」
現世を斬り裂く一閃が、妖怪少女の体を貫いた!
『時を斬るには200年かかる』と妖夢師匠は言った――
しかし、『時』すなわち『未来永劫』は無理であっても、目の前にある『現実』であれば私でも斬り裂くことができる。
私は見事、妖夢師匠の技を再現することに成功したのだ。
妖怪少女を斬り裂くと同時、幽々子の無慈悲な声が響いた。
(哀れな闇を操る妖怪、死になさい――)
その瞬間、人間の私でも感じ取れるような膨大な妖力が、刀身を伝わり妖怪少女に叩きつけられた。
今度こそ、幽々子の能力が発動したのだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。
先ほどとは逆、私に向かいさらに大きな妖気が逆流してきた!
(えっ?!)
私が妖力の逆流に驚いた時には、すでに体は動かなくなっていた。
私の意識は一瞬で闇に沈み込み、斬り裂いた勢いのまま、地面に叩きつけられてしまった――
◇
――――膨大な妖力の流れに耐えられなかったのね。
そう呟きながら、地面に叩きつけられたはずの悠子は、何事もなかったかのようにふらりと立ち上がった。
しかし、その意識は悠子のものではなく、幽々子に切り替わっていた。
悠子は妖力の流れに飲み込まれ、気絶してしまった。
おそらく、逆流してきた妖気に直接さらされたせいで、悠子の精神は飽和し、すぐさま意識を手放してしまったのだろう。
そう幽々子は考えた。
(まぁ、そのおかげで、また体の自由を手に入れられたけどね)
幽々子は気絶した悠子に代わり、刀を下ろした。
振り向いた先には、悠子の現世斬と幽々子の能力を浴び、消えかかっている常闇の妖怪がいた。
幽々子はそんな妖怪に向かい、無慈悲な言葉を言い放った。
「闇を操る妖怪。あなたは自分の領分を越えた行動はしなかった――」
「……?」
「――だけどね、目を付けられた相手が悪かったのよ」
「そう……なの……かー……?」
擦れた声を残して、妖怪少女は周囲の闇へと霧散した。
幽々子は妖怪少女が消えた場所を見つめながら、胸に手を当てて言った。
「ほら、私だってちゃんとあなたの願いを叶えられるわ」
そういい幽々子は手で口もとを隠しながら微笑んだ。
そして、心の中で悠子に語りかけた。
(言ったでしょ悠子。私はただ、人の願いを叶えてあげるだけの健気な少女だって)
意識を失っている悠子からの返事はなかった。
幽々子は悠子の返事がないことを全く気にかけずに、背後に目を向けた。
そして、驚き、立ちすくむ『博麗の巫女』へと相対した。
◇
――――博麗の巫女、博麗霊夢は動揺していた。
自分としてはこの『勘違いした常闇の妖怪』を捕まえて、懲らしめてやろうと思っていただけだった。
しかし、襲われていたはずの里の人間が妖怪を『退治』してしまった。
周囲には先ほどの妖力がまったく感じられなかった。
(『博麗の巫女』である私であるならいざ知らず、特別な力を感じさせない里の人間が妖怪を退治するなんて……)
霊夢には到底信じられなかった。
目の前の少女に目を向け、霊夢は呟くように言った。
「どうして――」
「ふふっ、何がかしら」
先ほどの鋭い斬撃を繰り出した凛々しい顔の少女は、人が変わったように妖艶な笑みを浮かべていた。
霊夢は、再び少女に問いかけた。
「どうして、さっきの妖怪を退治したの?」
「妖怪は、退治するものではなくって?」
私は当たり前のことをしただけよ ――とでも言いたそうな口ぶりだった。
霊夢が一言いってやろうと口を開きかけた瞬間、少女は霊夢の背後を指差した。
「わたしはただ、そこで泣いている男の子を助けたかっただけですわ」
先ほどまで闇に覆われていた茂みから、男の子のすすり泣く声が聞えてきた。
霊夢は直感的に理解した。
(あのバカ妖怪。まさか本当に人を食べようとしていたなんて……)
霊夢はため息をついた。
とりあえず状況を整理しないといけない――
そう思った霊夢は、少女に問いかけた。
「あなた普通の人間のようだけど、その能力どこで手に入れたの?」
「私が普通に見えますの? それはうれしいわね」
「質問に答えなさい!」
「ふふふ」
少女は微笑むだけで、一向に質問に答える様子はなかった。
また変なのに出くわしてしまった――
霊夢は最近の異変で出会った吸血鬼のことを思い浮かべ、苦笑した。
「――はぁ、まあいいわ。だけどね、一つ忠告しておくわ」
霊夢は袖から、スッ、とカードを取り出した。
「ここでの妖怪退治は『スペルカードルール』が絶対よ。もしそれに従わないのなら――」
「従わないのなら?」
「――博麗の巫女として、あなたを『退治』させてもらうわ」
「ふふっ、それは楽しそうね」
――こいつ反省していない。
不敵な笑みを浮かべる少女に対し、霊夢はまたため息をついた。
「私はもう帰りたいの。さっき言ったこと、忘れるんじゃないわよ」
「ふふ、わかったわ」
――本当にわかっているのか?
霊夢は釈然としないまま、その場から離れようとしたが、言い忘れていたことを思い出した。
「それと、あの男の子を家に連れて帰ってくれないかしら?」
「それも、わかっていますわ」
今度こそ本当に霊夢は、満月の空に向かって飛び去った。
◆
――――いったた……
私は体中に痛みを感じ、目を覚ました。
地面に叩きつけられたのだろう、体中が擦り剝けているようだった。
私が目を覚ましたことに気付いた幽々子が声をかけてきた。
(あら、お目覚めかしら?)
(幽々子……? 私、気を失って――そうだ!)
私は跳ね起きてすぐさま幽々子に確認した。
「男の子は? 妖怪少女は? それに、巫女服の少女は?」
焦る私に対して、幽々子は落ち着いた口調で言った。
(一度にそんなに質問されても困るわ。妖怪少女はあの一撃で退治できたし、博霊の巫女はさっさと帰ってしまったわ。それにほら、男の子ならあの茂みのところよ)
すぐ先の茂みの中に、泣きじゃくった子供がしゃがんでいた。
暗闇の中一人で心細かったのだろう。
私はできる限りの笑顔を浮かべ、声をかけた。
「もう大丈夫よ。お家に帰りましょうね」
「グズッ ――ありがとう、お姉ちゃん」
私たちは男の子を背負って、先ほどの家へと戻っていった。
◆
――――本当にありがとうね!
男の子を先ほどの家に連れ帰ってきた私たちは、男の子の母親から盛大に感謝されていた。
私は感謝されたことにむず痒さ感じながら、妖怪を退治した経緯を説明した。
「いや、私だけじゃないです。巫女服の少女のおかげですよ」
「巫女服の……? ああっ、博麗の巫女様のことね」
『博麗の巫女』ってさっきの巫女服の少女のこと?
幽々子もそう読んでたし、ここらでは有名な子なのかしら。
私は姉弟の母親に博麗の巫女について聞いてみることにした。
「やっぱり有名なんですか、博麗の巫女って?」
「知らないのかい?」
博麗の巫女を知らないという私に対して、母親はとても驚いた顔をした。
「いえ、訳あってここに来たばかりですので」
「巫女様は幻想郷の秩序を守っている方でね。昨年の夏に『紅い霧が幻想郷全体を覆った異変』もすぐさま解決してくれたのよ」
異変? ――それは私にとって聞きなれない響きだった。
母親はその異変について話を続けた。
「もしあのまま霧に覆われたままだったら、いくら豊穣の神様に願っても秋の収穫はなかったかもしれなかったからねぇ」
「そんなに大変な異変だったんですか…… 何が原因だったんですか?」
「あのときはどっかの妖怪が異変起こしたらしいけど、詳しいことはわからないねぇ」
そう言って、母親は肩をすくめた。
妖怪と人が共存している、か。
話を聞く限りだと、博麗の巫女以外の人間が一方的にやられているようにしか聞こえないが……。
今の私では、紫さんの言う『幻想郷での人と妖怪の共存』とは一体何のか、まだ理解できそうになかった。
すると、会話が終わったと思ったのか、私を見ていた女の子が話しかけてきた。
「弟を助けてくれてありがとう、お姉ちゃん!」
「無事に弟を助けたわよ、お姉ちゃん」
私はそう言って、満面の笑みを浮かべた女の子の頭を撫でた。
そんな私たちを見て、母親は再び口を開いた。
「何かお礼しなくっちゃねぇ」
「いえいえ、お礼なんて……それでは、夜分遅くに失礼しました」
私はお礼をしようとする母親を制して、扉を引き外に出ようとした。
しかし、外の暗闇を見た瞬間、気づいてしまった。
(今晩、泊る所がない……)
すると幽々子が、何言ってるのよ、とばかりに一言。
(そこらで寝ればいいじゃない)
(いやいや、仮にも女の子ですよ! 夜、ホントは怖いんですって!)
亡霊やって何年か知らないけど、さすがにヒドイ……。
そんなことを考え、扉の前に棒立ちになっている私に向かって、姉弟の母親が話しかけてきた。
「あの、もしよかったら泊っていくかい?」
「いいんですか!?」
「息子を連れて帰って来てくれたお礼、ってことでどうだい?」
母親はそういって微笑んだ。
悠子は嬉しくなって、勢いよく頭を下げた。
「ありがとうございます!」
今度は私がその家族に対して、深く感謝した。
◆
――――私は姉弟と同じ部屋で布団を敷き、寝る準備をしていた。
夜も遅く、二人の姉弟すでに寝入ってしまっていた。
布団を敷き終わり、中に入った私に幽々子が話しかけてきた。
(よかったじゃない。路頭に迷わなくて)
(でも、明日以降は路頭に迷うんだけどね)
(死ななければ私は何でもいいわ)
(幽々子、一応自分のことだって自覚あるの……?)
私が不満の一つでも言おうとしたら、それを幽々子が遮った。
(そうそう、あの博麗の巫女がとっても感謝していましたわ。今後もバシバシ妖怪を退治してね、って)
(感謝されたなんて嬉しいわね。気を失っていたのが残念だわ~)
そう答えた私は違和感を覚えた。
あれ、なんで幽々子は……
(って、なんで私が気を失っている間のこと知ってるの!?)
(あなたが気を失っているだけで、私が気を失っているわけではないからね。声くらい聞こえますわよ)
そういうものなのか?
まぁ、体を操られたりしてないんだったら何でもいいんだけど。
今は疲れているし、詳しいことは追々聞いていこうかな。
そんなことを考えつつ私は、疲労感からすぐに深く寝入ってしまった。
◇
――――妻は、夫である男が先ほどの娘と話しているとき、一言も発しないことに違和感を覚えていた。
「あんた、どうしたの? 浮かない顔して」
そう尋ねた妻に対し、男は震えた声で返答した。
「俺には見えたんだ……」
「見えたって……何がさ?」
「さっき家を出ていくとき、あの娘の背後に、少女の霊が浮いていたんだ……!」
「はぁ? 何バカなこと言ってんのさ」
妻はそんな男を鼻で笑った。
しかし、男は真剣だった。
「妖怪を退治するなんて、あいつは体の中に化け物を飼ってるに違いないぞ……!?」
「いやいや、妖怪退治したのは博麗の巫女様でしょう」
「そうかも知れんが…… 俺はあの娘が恐ろしい」
妻はそんな男に呆れて、そして強く言い返した。
「あんた、失礼だよ! 私たちとしてはあの子が助かっただけ満足でしょ!」
「それはそうだが――」
「それに、妖怪すべてが悪いわけじゃないんだから!」
妻にそう言われ男は考えこんでしまった。
――数分後、男は顔を上げ妻に言った。
「……そうだな、すまん。もしかしたら見間違いかもしれんしな」
「そうに決まってるわよ。それじゃ、おやすみ」
妻は、馬鹿なことを言う人ねぇ、という顔をした。
そして布団を敷き、妻は眠りに着いた。
――男はやはりあの娘のことが気になって寝付けなかった
男は意を決して、息子たちと一緒に寝ている悠子の様子を確認しに立ちあがった。
妻を起こさないようにゆっくりと襖を閉めたところで、男は後ろから声をかけられた。
「ふふふ、こんばんは」
「!?」
男は驚き、言葉を失った。
勢いよく振り向くと、そこにはあの娘が立っていた。
何故……? とは思ったが、男はつとめて冷静にここにいる理由を問いかけた。
「――どうしたんだ、こんな夜更けに?」
「あなたこそ、まさか私の部屋を覗こうなんてしてないでしょうね、変態! ――なんてね」
男はそんな冗談染みた言葉を聞き、違和感を覚えた。
――さっきまでの娘と雰囲気が違う。
男は意を決して尋ねてみた。
「あんた、誰なんだ?」
「藤見悠子っていう、馬鹿で無鉄砲な人間よ」
そう笑いながら悠子は口もとを隠した。
男はそのとき、この娘が家を出ていく前の光景を思い出し、はっとした。
「あんたまさか――」
「それ以上は、ダメよ」
その一言で男の言葉は遮られた。
そして、悠子という娘は一方的に話を続けた。
「それに、あなたにお願いがありまして」
急に殊勝な態度をとってきた娘に男は不信感を募らせた。
男は睨みをきかせながら、悠子という娘にに言い放った。
「あんたは息子の命の恩人だ。『俺の家族の命をよこせ』っての以外だったら構わないが――」
「ふふっ、白玉楼が賑やかになるのもいいけど、そうではないのよね」
悠子という娘はそう冗談めかして答えた後、胸に手を当てた。
男はその『白玉楼』という謎の言葉が何なのか分からず真意をつかみかねていた。
そんな男の様子など意にも介さず、悠子という娘は真剣な顔をして言った。
「私を見たこと――正確にはこの子の背後に霊が見えたことを、他言無用でお願いできるかしら?」
「なんでだ?」
男は『霊』という言葉に引っ掛かりながらも、反射的に理由を尋ねてしまった。
そんな男へ悠子という娘は微笑みながらこんな提案した。
「知りたい? それ相応の代償をいただきますが、よろしいかしら?」
「!? いや、言わねぇよ……」
「賢明ですわ」
男は本能的に命の危険を感じ取った。
妻にすでに言ってしまったから早く口止めしなければ、男はそんなことを考えた。
悠子という娘は、もう用はない、と言わんばかりに欠伸を噛み殺していた。
そして『おやすみなさい』といい、優雅に手を振りながら部屋へと戻っていった。
男は唖然として、その娘を見送るしかなかった。
こうして、この奇妙な夜は更けていった――
ルーミアを退治し、男の子を助ける事ができた悠子。しかし、その裏では幽々子が暗躍します。次の話では、悠子(と幽々子)が人里へと足を踏み入れます。そこでは、様々なキャラクター達との出会いが待っていますので、楽しみにしていてください。