嫌韓本、嫌中本に続くのはインセルよちよち本

中国が国力を増してから嫌中本が減っている。嫌韓本は相変わらず見かけるけれど勢いが弱い。嫌中韓本が出始めたころ、こうした話題は一種の特ダネ扱い、つまり「多くの国民が騙されている隠された真実が暴露された」として(政治と歴史に疎く現状に不満を抱いていた層から)歓迎された。

 

恥ずかしながらわたしも父がゴーマニズム宣言SAPIOと正論を買うようになったときは一時期日本すごい病に罹患し、「嫌」ではなかったが「なぜ韓国国民は正史を知らず被害者意識にまみれてしまっているのだろう」などと考える「憐中韓思想」に染まって、痛いニュースをせっせと読んで麻生太郎に欣喜雀躍するふんわり自民党支持者になっていた。

 

現在はヘイトスピーチ規制法も施行され、嫌・嫌中韓本派も増えてきた。自民党を中心とした日本すごい勢の整合性の取れない言い分を検証し、歴史と照らし合わせてわかりやすく説明しているサイトも数多くある。個人的にはアイヌ差別を知ってから不満のはけ口として少数民族や社会的弱者を利用する世の中の仕組みにやっと気づかされ、多数派として呑気に生きてきた人生を大いに反省した。

 

そんな時代の流れのなかで、まったく衰えを知らぬどころか日々数を増して盛り上がり続けているのがインセルです。インセルとは性的な意味で伴侶を求めながらそれが叶わない原因を相手のせいにする男性のことである。この「原因を相手(異性愛者の場合女性)に求める」ことこそインセルの証であり、単に伴侶がいないだけではインセルになれない。

 

客が大勢いるところでは商売が成り立つので、これからインセルは出版界、トークイベント、ブログ飯、アフィリエイト勢をにぎわせるんじゃなかろうか。金の匂いがプンプンする。

 

かつて雑誌「ガロ」により多くのすぐれた作家を輩出した青林堂が紆余曲折をへて売らんかなの嫌中韓本総本山に身を落とし、本を通して広い世界へいざなってくれた紀伊国屋書店国粋主義御用書店と変わり果てた。アカデミックの衣装を着せた弱者叩きは手っ取り早く稼ぐのにとても効率がいいのである。売れるとわかればこぞってインセルよちよち本を量産する出版社が出てくるだろう。

 

インセル本を出すのは難しくない。嫌中韓本のセオリー通りに歴史っぽいもの、データっぽいもの、心理学、社会学統計学など裏付けっぽいものを引用して結論は「俺たちを選ばない女が悪い」にしておけばいいのだ*1*2。そして「女が悪い」がテーマなら何千文字、何万文字でも書けそうなアカウントは狭い観測範囲の中でも一人や二人ではない。

 

問題はいかに賢そうに、冷静で理知的な考察風に見せるかということだ。かつてのオタク本のように自虐ネタで強者男性の顔色を窺いながら冗談半分に非モテぶりを語るようではいけない。「これはけして実体験にもとづく個人的な意見ではありません」という体で書き手の立場はなるべく明かさず、情報商材販売セミナーのようにそれっぽいグラフや引用をちりばめながら問題提起風にやらなくてはならない。日本総人口の0.003%しかいない在日朝鮮人が「国の中枢を牛耳っている」とネトウヨに信じ込ませたのと同じやり方で、149カ国中110位というジェンダーギャップ指数のこの国で女性が世の中を動かしている(ゆえにすべての問題の責任は女性にある)という結論をまことしやかに語る。

 

表紙は吊り広告に耐えうるデザイン、ビジネス書や自己啓発書風がいいだろう。購買層に合わせてサブカル風、ノンフィクション風もいい。また書き手には杉田水脈三原順子稲田朋美を代表とする与党女性議員の型を踏襲した名誉男性を加えることを忘れてはならない。著者近影は明るい暖色の「フェミニン」な装いで女子アナ風に。若いアルファ名誉男性フェミニスト代表の時代の騎手として取り上げるのもいいだろう。「私、女だけど」から語られる「だから女が悪い」論にインセルは大いに溜飲を下げる。

 

わたしが望むのはこうした女叩きブームが起こらないことではなく、こうした女叩きをする面々の想像力のなさ、浅はかさ、醜悪さ、そしてけして強者男性には盾突かないという度胸のなさが徹底的に周知されることだ。

 

昨今嫌中韓の狂犬番付に名を連ねる人々は知名度を上げ続けているが、彼らに負けず劣らずの狂犬ぶりを示す元議員小野寺まさるのアイヌ叩きなどいつまで経ってもなかなか中央に出てこない。これはアイヌにとってはたまったものではない。

 

同様に昼夜を問わず「俺たちを選ばない女」を糾弾するインセルアカウント、そしてインセルよちよち勢たちの多くは国粋主義議員ほどの知名度はない。彼ら、彼女らは伊藤詩織さん、石川優美さん、グレタ・トゥーンベリさんなど世界の世論に訴える女性の登場によってようやく日の目を見始めた。映画「主戦場」の公開によって杉田水脈、はすみとしこら名誉男性が「枕営業大失敗」と狂気の笑顔でサバトさながらに伊藤詩織さんを罵り、はしゃぐ姿が全世界に公開されたのがいい例だ。規模は比較にならないほど小さいが石川優美さんにがなり散らした青識の討論会もインセル晴れ舞台のひとつといえる。

 

場当たり的に弱者を叩いて憂さ晴らしをするこうした連中の悪行はどんどん公開されたらいいと思う。どんどん表に出てきてほしい。そしてかつてわたしが「ネトウヨというのは戯画化され誇張されたネットキャラなんだろうな」と思っていたように「女性を批判しただけでインセルとか名誉男性とか呼ぶのはやりすぎ」と思っているみなさんにその衝撃的な実態を知っていただき、その社会的影響を考える機会をもってほしい。

 

蛇足ながらこうした話題で必ず吹き上がる「インセル=弱者男性」という勘違いも正されてほしい。インセルという言葉に非モテ、童貞、コミュ障、貧乏人、オタク、その他あらゆる不名誉な要素を闇鍋のごとく詰め込んで解釈し、「よくもそんなことを言ったわね!」と泣き叫ぶのはやめてほしい。「俺らがモテないのはどう考えても女が悪い」と呪詛を吐く人、そして周りを感染させていく人、こういう人だけぜひ滅んでください。強者男性が作ったピラミッドをぶっ壊すと思っている方とはぜひお近づきになりたい。ご飯とか食べに行きましょう。本日は以上です。