このブログでは原則的に海外文学しか扱ってないが、実は日本文学やノンフィクションも陰でそこそこ読んでおり、それらを読書メーターに登録している。 今回、2019年に読んだすべての本から、最高点(星5)を付けた本をピックアップすることにした。読書の参考にしてもらえれば幸いである。
評価の目安は以下の通り。
- ★★★★★---超面白い
- ★★★★---面白い
- ★★★---普通
- ★★---厳しい
- ★---超厳しい
19世紀は小説の黄金時代だったが、その精華と言えるのが本作だろう。19世紀大衆小説の頂点である。内容は復讐もので、謀略によって監獄に収監された青年が14年後に脱獄、財宝を手に入れて大金持ちになり、モンテ・クリスト伯を名乗って自分を陥れた者たちに復讐する。本作は文庫本7冊にわたる大長編だが、やたらと構築的なところが特徴で、終盤の復讐劇に向けて着々と段取りを整えている。そして、終盤で解放される面白さときたら筆舌に尽くしがたいほどだ。手の込んだドラマの数々に、元婚約者との運命の再会。物語に大きなうねりがあって、小説を読む快楽が味わえる。
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なお、映画『オールド・ボーイ』【Amazon】は本作に捻りを加えたプロットでとても面白い。本作が気に入ったら観ることをお勧めする。
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鬱病について様々な観点から掘り下げた本で、全米図書賞のノンフィクション部門を受賞している。これは受賞するのも納得の力作だった。まず著者自身が鬱病なのだが、その個人的な体験を起点に、専門家の知見やフィールドワーク、膨大な資料の調査を行っており、基本的な情報から代替療法まで、さらには依存症と自殺の問題から、西洋における鬱病の歴史まで、鬱病に関するトピックを網羅している。鬱病についての本ならまずこれを読めという感じだ。よくこんなに広くて深い内容の本を書けたものだと感心する。鬱病について、これ以上の本は未だに出版されていないのではなかろうか?
実は以下の記事を書くために読んだ本だったが、結果的には思わぬ拾い物だった。
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本作は戦争文学でもあり風刺文学でもあり、その他様々な要素がごった煮的に混じった怪物的小説だった。全5巻の大長編である。特徴的なのが論理的細部への徹底した拘りで、主人公の東堂二等兵は軍隊の不条理な命令に対し、幾度となく軍規を参照してその誤りを明らかにしている。とにかく理屈っぽいところが本作の読みどころだろう。論理的細部を追求する姿勢はもはや執念と言っていい。また、軍隊の慣習から日本の文化まで、インテリならではの考察が目白押しで圧倒される。本作は日本文学の枠組みに収まらない、世界水準の小説を読みたい人にお勧め。
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- 作者: ヘンリー・A.キッシンジャー,塚越敏彦,松下文男,横山司,岩瀬彰,中川潔
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2012/03/29
- メディア: 単行本
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本書についてはTwitterで以下のようにつぶやいた。
今読んでいるのは米中関係について当事者が書いた本なんだけど、これを読んで「日本は東アジアの安全保障におけるプレイヤーではないのだな」と痛感した。日本は経済大国ではあっても大国ではなくて、結局は米中に翻弄されるポジション
米中の外交に深く関わったキッシンジャーの回想録で、米中関係40年の歴史を知るうえでの重要な資料である。一読して驚くのが、著者が中国の歴史や文化を恐ろしいほど正確に理解しているところだ。本書の前半部分は中国の歴史の講義みたいになっていて、学生時代に世界史を選択した人が隣国の歴史を復習するのにちょうどいい。まるで学者が書いたかのような博識ぶりである。後半は毛沢東から胡錦濤に至るまでの交渉史、あるいは関係史になっていて、この部分も外交当事者が書いただけあって読み応えがある。
個人的に興味深かったのが、毛沢東・キッシンジャーの両名が、日米安保条約を「中国が危惧する日本軍国主義の復活を阻止する役割も果たす」と認識していたところだ。米中が接近したのは、主にソ連をめぐる利害が一致したからだが、日本に関してもそういう妥協点があったのは意外だった。
- 作者: マリオ・バルガス=リョサ,八重樫克彦,八重樫由貴子
- 出版社/メーカー: 作品社
- 発売日: 2011/12/23
- メディア: 単行本
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40年にわたる大恋愛を、その時々のペルーの政情や、ヨーロッパ文化の変遷を背景に描いている。とにかく通俗性が高くて面白い。主人公の惚れた女がとんでもない悪女で、長年にわたって彼女に翻弄される様はなかなかの見ものである。一流の作家が俗っぽい恋愛小説を書くとこんなに面白くなるのかという感じ。「ノーベル賞作家の小説って何だか堅苦しそう」と思っている人はぜひ読んでみるべき。そのとっつきやすさに驚くだろう。
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「タレント」の時代 世界で勝ち続ける企業の人材戦略論 (講談社現代新書)
- 作者: 酒井崇男
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2015/02/19
- メディア: 新書
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ビジネス書。ここで言うタレントとはスティーブ・ジョブズみたいな創造的知識労働をする人のことで、企業はそういう地頭のいい人材を集めて活用すべきと説いている。商品価値は設計情報にあるとし、アップルやトヨタみたいな企業を理想としている。書籍としての完成度は低いものの、面白い知見がちらほらあるので読んで損はしない。一般企業に就職を希望する学生におすすめ。社会人は今更読んでも手遅れだろう。
学生にとって特に重要なのが定型労働と非定型労働のくだりで、あなたが年収1000万円プレイヤーになれない理由がはっきり書かれている。商売の基本は、売れるモノを売れる時に売れる数だけ生産すること、というのは肝に銘じておきたい。
社会学者として聞き取り調査をしている著者が、そのなかで出会った「分析も解釈もできない断片」を集めて言葉にしている。学術書というよりはエッセイ集みたいな趣。とにかく著者の感性が繊細で、まるで哲学者が書いているような独特の世界観がある。壇上で戦争体験の話をしている老人が、学生の無粋な行動によって話を中断されたエピソードはどこかもの悲しいし、また「普通であることへの意志」と題された章では、ある異性装者のブログから「普通」というものを考察し、そのブログが何を目指しているのかを大胆に結論づけていて、まるで一流の文芸解釈のようである。本書は人間に対する眼差し、マイノリティに対する眼差しがやさしいところがいい。こういうタイプのエッセイは初めて読んだので衝撃的だった。
アイデア大全――創造力とブレイクスルーを生み出す42のツール
- 作者: 読書猿
- 出版社/メーカー: フォレスト出版
- 発売日: 2017/01/22
- メディア: 単行本
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本書はアイデア発想の百科全書だ。古今東西の発想法を収集し、平易な文章で語り直している。その数がとんでもなく多くて、著者の博識ぶりには脱帽するしかない。ただ、人文書としての価値は間違いなく高いと言えるものの、実用書としての価値は保証できない。というのも、こればかりは読む人次第だと思うので。たとえば、僕は既に自分なりの発想法を確立しているため、本書は新しい商品のカタログを眺めるような感覚だった。こういう商品もあるんだなあという感じ。ともあれ、百科全書が好きな人は読んで損はしないだろう。豊富な薀蓄が楽しめる。
野沢雅子から高木渉まで、ベテラン声優50人にインタビューしている。アニメファンならだいたいは知っている顔ぶれなので、Wikipediaでは分からない生の情報を知りたい人にお勧めだ。また、これから声優を目指そうという人へのアドバイスもあるので、声優志望の中高生あたりも読んたほうがいいだろう。
面白いのは、「演じるとは何か?」についてそれぞれアプローチが違うところだ。野沢雅子は役作りをせずに収録に臨んでいるし、古谷徹は事前に情報収集をしているし、戸田恵子は活きたセリフには体を動かすことが必要と説いている(三ツ矢雄二も似たようなことを言っている)。多くの人が口を揃えて言っているのが、読書やコミュニケーション能力の大切さで、これらは必要不可欠らしい。本書には自分と違った人生が詰まっていて面白かった。
以下、本書でインタビューされた声優たち。
野沢雅子、古川登志夫、堀川りょう、草尾毅、古谷徹、池田秀一、戸田恵子、潘恵子、銀河万丈、堀内賢雄、藤原啓治、吉野裕行、高橋広樹、鈴村健一、緒方恵美、山寺宏一、三石琴乃、大山のぶ代、大原めぐみ、よこざわけい子、水田わさび、関智一、松本保典、増岡弘、冨永みーな、若本規夫、榎本温子、三ツ矢雄二、日髙のり子、井上喜久子、國府田マリ子、平野文、田中真弓、山口勝平、柴田秀勝、竹内順子、井上和彦、松本梨香、大谷育江、島本須美、池田昌子、羽佐間道夫、キートン山田、緑川光、置鮎龍太郎、朴璐美、岩田光央、折笠富美子、緒方賢一、高木渉。
- 作者: イサベルアジェンデ,Isabel Allende,木村栄一,窪田典子
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 1995/07
- メディア: 単行本
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生粋のストーリーテラーによる珠玉の短編集。全23編。ラテンアメリカ版千夜一夜物語といった趣向になっていて、豊富な愛の物語が楽しめる。特に欧米の小説に飽きた人は絶対に読むべき。独特の辺境感が堪らない。
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ヨーロッパをモデルにした架空の国の社交界に焦点を当てている。面白いのが捻じくれた自意識による嘲笑的な叙述で、この文体は芸術的と言っていいと思う。他の作家だとナボコフに似ているかもしれない。皮肉な人間観察を土台に、登場人物の滑稽な言動を炙り出している。愛だろうが憎しみだろうが、人間の行いすべてを愚行と割り切るさめた視線がたまらない。
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書物の破壊の世界史――シュメールの粘土板からデジタル時代まで
- 作者: フェルナンド・バエス,八重樫克彦,八重樫由貴子
- 出版社/メーカー: 紀伊國屋書店
- 発売日: 2019/02/28
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世界史における書物の破壊の事例を多数紹介している。個人的にはこういう百科全書的な本が好みなので、満足度が高かった。642頁もボリュームがあって読み応えがある。本書では故意による破壊と事故による破壊が紹介されているが、前者の事例が圧倒的に多い。
そして、故意による書物の破壊は、アイデンティティの破壊に繋がっている。
記憶のないアイデンティティは存在しない。自分が何者かを思い出すことなしに、自分を認識はできない。何世紀にもわたってわれわれは、ある集団や国家が他の集団や国家を隷属させる際、最初にするのが、相手のアイデンティティを形成してきた記憶の痕跡を消すことだという事実を見せつけられてきた。(p.32)
古代から現代まで、戦争や弾圧によってアイデンティティの破壊が平然と行われていることに戦慄する。
ちなみに、焚書が描かれた最初の小説は『ドン・キホーテ』【Amazon】らしい。文学ネタだと、トマス・ピンチョンの祖先が焚書の被害者として登場したり、ウラジミール・ナボコフが600人以上の学生を前に『ドン・キホーテ』を燃やすよう求めたり、面白い小ネタがちらほらある。
なお、アンデシュ・リデル『ナチ 本の略奪』【Amazon】は、ナチによる本の略奪をテーマにしている。敵を絶滅するには、言葉を所有しそれを支配することが重要だというロジックが興味深い。副読本として勧めておく。
新しいメディアは、戦争の舞台を仮想世界にまで広げ、その戦争は現実世界の戦争と同じくらい"リアル"になった。大統領か兵士かテロリストかを問わず、新しいメディアの力を駆使する術に長けていなければ、たとえ半端な戦闘に勝ったとしても、二一世紀の戦争では、少なくともその重要な部分では勝てない。(p.22)
現代の戦争の本質について書いた本。戦車や大砲を使って戦う物理的な戦争よりも、ソーシャルメディアを使った情報戦――ナラティブを制するものが戦争を制すると主張している。つまり、民衆の感情に訴えかけたほうが勝利するというわけだ。
本書ではイスラエルによるパレスチナ攻撃、ロシアによるウクライナ東部の併合、ISの情報戦などの例を挙げている。
パレスチナの少女ファラは、Twitterでイスラエルによる破壊の実態を西洋諸国に知らしめ、国際社会の激しい非難を喚起することで、イスラエルの軍事行動を封じ込めようとした。ナラティブの力によって民衆の支持を受け、自分たちが被害者であることをアピールした。
その一方で、イスラエルの報道官は、理性の力で大衆の感情を抑えるべく対抗戦術をとる。Twitter上で自分たちに理があることを論理的に説いている。ソーシャメディアを使った情報戦を展開している。
国家は武装組織と戦い、正規軍兵士は民兵と戦う。そのあいだで市民が戦闘に巻き込まれる。このような現代の非対称戦争において勝利するにはどうすればいいのか。今はインターネットに接続していれば誰でも戦争の当事者になれる。一般市民でもナラティブの力で世論を操作することができる。その知見が得られて満足した。
なお、類書にP・W・シンガー、エマーソン・T・ブルッキング『「いいね!」戦争』【Amazon】がある。しかし、こちらは思ったほどいい本ではなかった。
欧米の古典ミステリについて、通常とは角度の違った路地裏的アプローチで迫っている。何より驚くのが著者の知識と記憶力で、マニアとはひとつのジャンルにここまで精通しているのかと思い知らされた。知識はともかくとして、なぜそんなに作品の細部を覚えているのだろう? 僕はミステリを読んでも3日で内容を忘れてしまうので、その記憶力が羨ましい。
また、随所にきらりと光る卓見が散りばめられている。たとえば、以下はジェームズ・ボンドについて語った文章。
ボンドと恋に落ちる女性たちには、暴力被害に起因する身体や心の欠落という共通点がある。(……)そうした特徴は、ボンドが彼女たちを〈解放〉するための根拠となる聖痕なのだろう。悪しき男根によって負わされた傷は、正しい男根であるボンドによって癒やされるというわけである。(p.79)
007がポルノグラフィーであることを鮮やかに指摘していて痛快だった。
本作はマニアが読んでも十分読み応えがあるし、これから古典ミステリを読もうという初心者も、手元に置いておくと視野が広がるだろう。『夜明けの睡魔』【Amazon】と肩を並べる名著ではなかろうか。
著者は『バッド・フェミニスト』【Amazon】で有名なフェミニスト。本書は21編を収録した短編集である。作風としては、傷を負った女性を題材にしたものが多く、レイモンド・カーヴァーの女性版という感じがする。フェミニストが書いた小説ではあるが、さほどフェミ臭はしない。万人向けの短編集と言える。また、『掃除婦のための手引き書』に感銘を受けた人は本書も気に入るだろう。両者は同じ流れのなかにある。
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2019年は例年よりも読んだ本が少なかったが、総じて面白い本に出会えた。これは運が良かったとしか言いようがない。また、海外文学については意識して新刊を多めに読んだ。古典よりも同時代の本を読むべきだと考えを改めたのだ。来年もこの調子で本を選んでいこうと思う。人生の残り時間を考えて、悔いのない読書生活を送りたい。
なお、今年のアニメで面白かったのは『からかい上手の高木さん2』【Amazon】と『まちカドまぞく』【Amazon】だった。両者は同率で1位である。どちらも原作はまだ続いているので、続編を期待したい。
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以下、年末特別記事の過去ログ。
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