日本に研究目的のエボラウイルスが“上陸”、オリンピック前に5種の「危険な病原体」が輸入された理由

東京オリンピック・パラリンピックを控えた日本に、このほどエボラ出血熱に代表される危険な感染症のウイルス計5種が研究目的で“上陸”した。これらのウイルスが日本に意図的に持ち込まれるのは初めてのことになる。五輪開催時のアウトブレイク(集団感染)を見据えた研究には、さまざまな脅威に備える目的がありそうだ。

anti-terrorism drill

日本では2005年、公務員によるテロ対策訓練がさいたま市で実施された。JUNKO KIMURA/GETTY IMAGES

コンゴ民主共和国で発生中のエボラ出血熱のアウトブレイク(集団感染)が終息しない限り、他国にその流行が拡大する危険性は消えない。今回のアウトブレイクは、2018年8月に最初に宣言されて以来、ウガンダの少女1人を含む2,000人以上の死者を出している。

だが、この致死率の高い感染症に対する不安は、アフリカ大陸のはるか彼方にまで達している。2020年の東京オリンピック開催時に60万人の訪日客を見込む日本では、アウトブレイク発生の可能性を見据えた計画が進められているのだ。

東京都にある国立感染症研究所(NIID)は、診断の正確性や検出方法を向上させるために、エボラ出血熱とその他4種類の出血熱(マールブルグ病、ラッサ熱、クリミア・コンゴ出血熱、南米出血熱)の生きたウイルスを用いた検査を開始している。島国である日本に、これら5種類の病原体が意図的にもち込まれたのは今回が初めてのことだ。

感染性病原体の研究能力で日本は他国に後れ

現在確認されているなかで最も危険とされる病原体を輸入するうえで、日本は国内にある研究施設のバイオセーフティレヴェルを、最高の「BSL-4」に格上げする必要があった。BSL-4施設には、24時間体制で高度な安全性を確保できる建物であることや、施設内を陰圧に保つことによって空気が内部に向かってのみ流れ、外部に漏洩しないように管理することが求められる。さらに、宇宙飛行士が着るような大型で給気装置を備えた防護服や、薬液シャワー、高性能エアフィルターも整備していなければならない。

東京都西部の郊外にあるNIIDは、危険性の高いウイルスを取り扱うことを目的に1981年に建設された。だが、封じ込めのプロトコル(実施計画)がうまく機能しなかった場合にアウトブレイクが発生する可能性を地元住民が懸念したことから、2015年まではBSL-4施設を必要とする感染症の病原体をもち込むことが許可されていなかった。とはいえ、なぜ日本は2020年のオリンピック開催が1年足らずに迫るまで、世界で最も強力とされるこれらの感染症の対策に着手していなかったのだろうか?

感染性病原体の研究能力に関して言えば、日本は他国に後れをとってきた。米国、欧州、ロシア、オーストラリアを合わせると、最高度の安全性を備えた稼働中または建設中の実験施設は、およそ50に及ぶ。また中国も、少なくとも5施設を擁する独自ネットワークを構築中だ。

ボストン大学国立新興感染症研究所(NEIDL)に勤務する微生物学者のエルケ・ミュールベルガーは、日本が同じBSL-4施設を整備するためにこれほど長い時間を要したことに驚きを示す。「日本は研究や科学における大国ですから」とミュールベルガーは言う。NEIDLの場合、2018年に初めてエボラウイルスを用いたレヴェル4病原体の研究を開始したが、それまで10年以上にわたるリスク評価や公聴会、さらには人口のより少ない地域に研究所を建設すべきだったと主張する地域住民による訴訟を経てきた。

国際的な軍拡競争

オリンピックのように大人数が集まるイヴェントに先駆けて、感染症のアウトブレイクに備えることは賢明であるように思える。だが、ウイルス研究や病原体研究は長期的ミッションであることが多い。またエボラ出血熱の場合は空気感染せず、感染者の体液(血液、分泌物、吐物、排泄物)に直接接触することで感染するため、オリンピック期間中に大規模なアウトブレイクが発生する可能性は低い。

だがミュールベルガーは、こういったウイルスが全般的に流行しやすくなっており、より本格的な取り組みを行うには、なおいっそうの研究が必要なのだと語る。「日本は、これらのウイルスへの対処法とワクチンを発見するための競争に加わるべきです。これまで日本がこういったウイルスを用いた研究を実施できなかったのは、非常に残念なことです」

ニュージャージー州にあるラトガース大学の微生物学者で生物兵器防衛の評論家でもあるリチャード・エブライトは、日本が公衆衛生のためだけに行動しているという見方には懐疑的だ。「BSL-4施設を巡っては、国際的な軍拡競争のようなものが起きているのです」と説明したうえで、死や疾患を引き起こす病原体のうち最高度の封じ込めを必要とするものは、現在の日本には存在しないと指摘する。

「2001年9月11日に起きた米国同時多発テロと、同年の炭疽菌事件に反射的に反応した米国が、過去15年間でBSL-4施設を飛躍的に増加させたことが競争の発端となっています」と、エブライトは語る。同時多発テロ発生から1週間後、米国政府の生物兵器防衛研究者が、極めて有害な炭疽菌入りの匿名の手紙をジャーナリストや政治家に宛てて送り付けた。これより、郵便局員2人を含む5人が死亡し、さらに17人が感染したのだ。

1943年に開始した米国生物兵器プログラムは、1960年代終わりに生物兵器防衛プログラムに置き換えられた。そして米国政府は2001年同時多発テロ直後に、バイオテロ攻撃の早期検知を目的としたBioWatch(バイオウォッチ)プログラムを立ち上げている。

施設におけるリスクは皆無ではない

これに他国が追随し、競争の様相を呈するようになったのは、極めて有害な生物剤に対する防御法を開発するための施設なら、生物兵器の開発にも使用可能であるという想定によるものとも考えられる。中国は2018年、湖北省武漢市に初のBSL-4施設を開設している。すなわち、日本が自国の施設をBSL-4に格上げしたのは、この領域における中国の展開によってもたらされる地域的な脅威を認識しての対応という可能性もある。

日本のNIIDへの『WIRED』UK版によるコメントの要請に対して回答は得られていないが、同研究所ウイルス第1部部長の西條政幸は、科学誌『Nature』に対し、同研究所が公衆衛生の研究のみを目的として運営されていると語っている。

BSL-4施設は、最も厳格な安全性基準に則って運営されるものの、リスクは皆無ではない。エブライトによると、ウイルスへの不慮の曝露は稀ではなく、不満を抱く施設内職員による故意の漏出(2001年の炭疽菌事件の場合もそうだった)のリスクもあるという。また2019年9月には、エボラ出血熱から天然痘までさまざまなウイルスを保管していたロシアの研究施設で、ガス爆発を原因とした火災も起きている。

ボストンのNEIDLのチームは厳格なプロトコルを整備している。だがミュールベルガーが説明する通り、最悪のシナリオは人為的ミスが起きることだ。例えば、職員が実験中に誤って針で自分を刺してしまったにもかかわらず、本人がそれに気づかなかったり、あるいは自己の過失を恥じるあまりそれを認めなかったりすれば、事故が報告されない可能性もある。

「もしわたしの研究所の職員が2日連続で出勤しなければ、それを労働衛生担当者に報告することが義務づけられています。そして労働衛生担当者が該当する職員の追跡調査を実施します」と、ミュールベルガーは言う。さらに同研究所で取り扱うウイルスの生物剤は極めて微量であり、また火災時の熱に耐えることはできないと付け加えている。

既知のウイルスだけではない

エブライトは、エボラウイルスの継続的な研究が必要であることには同意しながらも、検知・診断システムがすでに日本国外に存在していることを強調し、「検知や診断の新たな手法を開発するにはリードタイムがあまりに短すぎます」と話す。一方、ミュールベルガーは、日本がBSL-4施設を整備した理由が何であれ、ウイルス性感染症との闘いにおける究極の目標は、対処法やワクチンを開発し、検査を実施することにあると話す。

「複数の企業がウイルスへの対処法やワクチンを開発していますが、ある時点で動物モデルを用いてそれを検査する必要があります。ワクチンの場合、それ以外の方法はないのです」と、ミュールベルガーは言う。また、現在稼働中のBSL-4施設には、そのすべての検査を引き受けられるだけの能力はないと説明している。

さらにアジアの場合、人間への影響は確認されておらずとも、高度な封じ込め施設で取り扱われる危険性の高い病原体と密接に関連するとみられる新興病原体が存在するリスクを、ミュールベルガーは指摘する。「ウイルスの種類は膨大にあることが次第にわかってきていますが、人間が把握しているウイルスは、そのうちのごくわずかでしかありません」とミュールベルガーは言う。

稼働中のBSL-4施設があれば、科学者たちは施設外に感染の危険性をもたらすことなく、新たなウイルスを用いた実験を行うことが可能になる。この2年で研究者たちによってエボラやインフルエンザに関連する多数のウイルスが動物の体内から発見されてきた。なかには中国に生息するコウモリや東シナ海の魚なども含まれる。「日本にかなり近い地域に存在しているのです」と、ミュールベルガーは語る。

※『WIRED』によるエボラ出血熱の関連記事はこちら

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魚の幼生はマイクロプラスティックを餌と間違える。それを人間が食物連鎖を通じて摂取する:研究結果

さまざまな洋生物の食物源である、孵化したばかりの微小な仔魚。海水の表面に生じるスリックと呼ばれる膜のような部分に集まるが、このスリックはマイクロプラスティックの密度が高く、仔魚が餌と間違えて食べてしまうことが研究結果から明らかになった。海の食物連鎖の末端にいる生物が積極的にマイクロプラスティックを蓄積しているということは、つまり最終的には人間が摂取するなど、生態系に大きな影響を及ぼしている可能性がある。

TEXT BY MATT SIMON
TRANSLATION BY MAYUMI HIRAI/GALILEO

WIRED(US)

the North Shore Oahu

MATT PORTEOUS/GETTY IMAGES

ハワイのあちこちにある有名なビーチの沖は、複雑な生態系によって結ばれた生物たちで満ち溢れている。サメやウミガメ、鳥などの生物は、孵化したばかりの微小な仔魚(しぎょ、魚の幼生)を餌にしている。これらの生物は、膨大な数の仔魚たちによって支えられているのだ。

孵化してから数週間、仔魚たちはまだ自力で泳ぎ回る力がない。このため海流に身を任せ、最終的には海水の表面に生じるスリックと呼ばれる膜のような部分に数百万匹という単位で集まることになる。ところが、複数の海流が合流して形成される帯状や斑紋状のスリックでは、仔魚たちがマイクロプラスティックという有害な敵に取り囲まれ、それを餌と間違える現象が増えている。

『Proceedings of the National Academy of Sciences』に11月11日付で発表された論文によると、こうしたスリックでは近くの海面付近の水と比較してマイクロプラスティックの密度が126倍で、太平洋ごみベルトと比べても8倍であることが示されている。

仔魚と食物連鎖の関係

スリックに含まれるマイクロプラスティック片と仔魚の数は、7対1でマイクロプラスティックのほうが多い。仔魚を解剖したところ、その多くの胃の中にマイクロプラスティックが存在することが明らかになった。この結果は、これらの生物種だけでなく、食物連鎖網の全体にとっても懸念すべきものだ。

論文の共同筆頭執筆者で米海洋大気庁(NOAA)の海洋学者ジャミソン・ゴーヴは、「海鳥たちは仔魚を餌にしていますし、成魚も仔魚を餌にしています。仔魚は主要な食物源なのです」と語る。「つまり、この研究結果はプラスティックがどのように環境にばら撒かれ、どれだけ早く食物連鎖の上位に到達する可能性があるのかを明確に示唆しています」

ゴーヴのチームが数百匹の仔魚を解剖したところ、海面に浮かぶ滑らかなリボンのように見えるスリックから採取した標本の8.6パーセントに、マイクロプラスティックが含まれていることがわかった。これは近くにあるスリックではない海面付近の水にいる仔魚の2倍以上である。10パーセント未満という数字は多いと思えないかもしれないが、スリックの中に小さな仔魚が膨大にいることを考えると、この割合でも汚染された生物の数は相当なものになる。

larval flying fish (top) and triggerfish (bottom)

トビウオの仔魚(上)とモンガラカワハギの仔魚(下)。それぞれが摂取したプラスティックを拡大して示している。PHOTOGRAPH BY JONATHAN WHITNEY/NOAA FISHERIES

これらの仔魚では、摂取したマイクロプラスティックに対処するための体の仕組みがまだ十分に発達していない。マイクロプラスティックの砕片が海を浮遊する間に細菌などの病原体を吸着することが知られているため、これは特に懸念される問題だ。

論文の共同筆頭執筆者でNOAAの海洋生態学者のジョナサン・ホイットニーは、「ひとつの可能性ですが、仔魚でいる間は非常に脆弱であるため、1片のプラスティックを飲み込んだだけで死んでしまうかもしれません」と説明する。つまり、科学者たちが把握している数をはるかに上回る仔魚たちが、マイクロプラスティックを食べて死亡し、海底に沈んでいる可能性があるということだ。

食物連鎖に入り込むマイクロプラスティック

仔魚たちは通常は海流に乗って浮遊するプランクトンを食べているが、浮遊するプラスティックを食べ物と間違える可能性がある。摂取されたプラスティック片の多くは透明か青色で、仔魚が餌にするプランクトン(例えばカイアシ類と呼ばれる微小な甲殻類の節足動物)と同じ色だ。

仔魚に摂取されていたマイクロプラスティックは、ほぼすべてが繊維だった。プラスティック製の漁網などから抜け落ちる繊維は、カイアシ類の触覚によく似ている。

さらに仔魚の種類によって、プラスティックの摂取率が異なることもわかった。「これは非常に興味深いことです」と、ゴーヴは言う。「なぜなら、このことは目が大きいなどの適応方法によって、ほかの魚よりうまくプラスティックと餌を見分けられる場合があること、あるいは食物源が違う場合があることを示していると思われるからです」

いずれにしても、マイクロプラスティックはハワイ海域の食物連鎖に大きく入り込んできている。今回の調査では、マヒマヒ(シイラ)やメカジキなどの種が、仔魚として成長する過程でマイクロプラスティックを積極的に摂取していることがわかった。このことが、これらの種の生存状況に影響を与えるとしたら、その種を食べる種にとっても悪いニュースとなる。

文明の「プラスティック中毒」は制御不能に

汚染された仔魚を食べた捕食者は、自身の体内にもマイクロプラスティックを蓄積することになる。そして、結果的にまだ知られていない影響が出る可能性がある。さらに、その食物連鎖の最後にいるのがわれわれ人間であるということも、忘れてはならない。

今回の調査には参加していないが、カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリップス海洋研究所でマイクロプラスティックの研究を続けている海洋学者ジェニファー・ブランドンは、「この論文はプラスティックとプランクトンと仔魚が、海流のなかでどれも同じような動きをすることを示した点で、素晴らしい成果を上げたと思います」と語る。そして、プラスティックとプランクトンと仔魚が「すべて同じ場所に集中している」ことから、これらのプラスティックを一掃しようとしても、そこにいる生物たちを一緒に捕獲せざるをえないことになる。

文明の「プラスティック中毒」は制御不能に陥っており、その報いがやってきている。いまの課題は、広大な海の生態系をわれわれがどの程度までひどく壊してしまったのかを明らかにすることだ。

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