|
第130報 小和田恒氏は何をしたか(その2)
③
小和田恒氏は東宮職に外務省の役人を任命させ、雅子妃の我が儘放題を許し、守り、皇太子を囲い込み、宮内庁の中で正に独立部隊をつくり、悉く今上天皇にたてついて来たのである。
小和田家の私兵となっている外務官僚を東宮職から叩き出さなければ今上天皇の宸襟を悩ませている根本原因は除去出来ないのである。
④
小和田氏は、外務次官を退任した後駐米大使となるローテーションを拒み、自ら我を通して国連大使になり、その後オランダハーグの国際司法裁判所の裁判官に自らがなるため、当時日本国に割り当てられていた国連安保理の非常任理事国のイスを辞退させ、それと引替えに国際司法裁判所の裁判官になったのであるがこれも、この特殊資金を自らが掌握しようという野心から出たものである。
従って自分の娘を皇太子に近づけまんまと皇太子妃にさせたのも、元々この特殊資金に対する異常な執念から出たものと言われている。
小和田氏は福田赳夫氏の外相、首相時代に福田赳夫氏の秘書を勤めているとき、福田氏の片腕となって福田赳夫氏の特殊資金掠め取りおよび隠蔽の手助けをして、この特殊資金を知り、その時以来抱いていた異常な野望を達成するための空恐ろしい企てだったのである。
今、小和田恒氏はもっともっと恐ろしい更なる野心を燃やしている。日本国の天皇家を簒奪する野望である。
小和田氏の野心に気付いた今上天皇は、恐れ多くも一日として心休まる日がない。御病気の玉体を携え、俗っぽい言葉で恐れ多いが「死んでも死にきれない」御心境であろうと拝察するのである。
山 路 信 義
|