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アリさんは働かない 作者:アリアリア
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不自由から自由へ


 うん、もう自由とかかな、ご飯出るし……。もしゃもしゃといつもの蜂蜜を啜りながら思う。囚われの身になってから早十日、三食蜂蜜付きの生活を満喫中。


 脱走? 世の中諦めが肝心だと思うんだ、外の世界ってよく考えたら危ないじゃん? ご飯だっていつもあるわけじゃないし、カラスの野郎はなんか俺の上でゴロゴロしてくるし、リアルアリジゴクとか、生態系で言えば食料よりだよね、俺ら。いや、アリは強いよ、すごいよ? でもさ、それって集団故に強さであって、ワンアントで考えると弱いよね? 優れた偉大な種族だと思うよ、俺もアリだし。でもロンリーアントに自然界は厳しいよね? その点ここは天国だよ、さすが誰も脱走しない魔監獄だよ。ゼリーゼリー・オン・ハニーなのが難点だけど食い物には困らないし、外敵もいない。ちょくちょくやってくるホモサピエンス二匹もよく見れば、可愛い顔してるよほんと。複眼もねーし、触覚もないけど、よく見るとほら、愛嬌っていうのがあるよね。


 ワンアントそう思う、餌くれるし。いや~、しかし平和だね、なんか窓際にケース移してくれたし、日光浴もし放題、ちょっと初日にくれたゼリーがカピカピになっちゃうのを除けば、割と不満点ないよ、ホント。自由とか糞食らえ、働かないって素晴らしい。

 ん、なんだ? 小さい方のヒューマンがやってきたぞ、餌はさっきもらったはずだが……。はは~ん、俺を見に来たな、良いぜ見ろよ。スーパーアントたる俺の寝姿を。


「アリさんアリさん」


 おうおう、アリアリ~だよ。てか、こいつらアリ好きだよな。何が面白いんだ、こんな食っちゃ寝してるアリなんて。ここに入れられてから一回も穴掘ったことないぞ。まぁ、穴を掘るなんて雑用は雌アリの仕事よ。オスアリは食っちゃ寝するのが仕事みたいなもんだし、問題ないな。だが、あまりになにもないと、自然界という悪鬼の巣窟に戻されかねん、ここはちょっと可愛さアピールでもしとくか。ササッと近づく動作はホモサピエンスにとっては不快らしいのでほんの少しおぼつかない足取りで近づく。アクリルの壁に前足を乗せ、大顎を壁にコツンコツンと叩きつける。そう、まるで愛犬が主人を迎えるかのように!


僕は悪いアリじゃないよ、ご主人思いのプリティアントだよ! いや、どっちが上かって言うと一アントくらい俺の立場が上だよ? 餌という貢物持ってくるし。しかしね、そこで威張って感謝の心を忘れるのは実に良くない、偉大なるアントとして失格だ。下々の者の捧げ物に対して傲慢にならず真摯に、謙虚にいかなければ。


 ……決してそのうち飽きられて捨てられるんじゃねとか思ってるわけではないぞ? 他のアリならまだしも俺は自然界とか余裕だし。


「アリさんはどうしてアリさんなの?」


 ほう、随分と哲学的なことを尋ねるな、ホモ・サピエンス。何故アリかなんてそんなもん、卵の中のベビーだった時からアリだったとしか……、いや、待てよ? 一回俺は蛹を経験している、かつて潰れた蛹を見たことがあるが、その時の中身はドロッドロだった。あれを『俺』と形容しても良いのか? ちょっと舐めたけどあれは純然たるタンパク質の味だったぞ。


 一度あの状態(仮にドロドロと名付けよう)を経験した俺は、以前の俺と一緒なのだろうか。足すらなかった縮小した白いイモムシの如きあの俺と、今の俺は同じアントといえるのだろうか。何やら触れてはいけない領域に思考が拡大しているように感じる。アリとは、生命とは、世界とはどこから……。


「……ありさん、また動かなくなったね~」


 ハッ、そうだ、そうだった。私は今、このホモサピエンスの……ヒューマンが形容するところの『第二次性徴期以前の未だ二足歩行に適合する全段階である特徴を残す生命体』(幼女)と会話……と言って良いのか、ただ俺が聞いてるだけなんだが、とにかくそれをしているんだった。己の存在理由と世界のありようについて思いを馳せるのは別の機会にしよう。さあ、話すのだ、ヒューマンの幼女よ、俺は喋れんが聞くぐらいはできるぞ。動いて欲しいなら反復横跳びくらいはしてやろう、ほうらほうら、節足をもつ肉体構造的に限界を超えた機動だぞう。……あ、やっべ、関節がビシッつった。いかんいかん、足先がとれる。衣服から無理やり剥がされたカブトムシのように。


「あはは、アリさん飛び跳ねてる~!」


 お、笑ったな、ははは、アリさん頑張っちゃうぞォ。だから今日のご飯はコオロギな。お腹のお肉派が多いけど俺みたいなロンリーアントは通だから、頭のちょっと硬い部分と複眼が大好物です。しかし何だ、このヒューマン。俺になんか用でもあるのか? 念のため脱走の準備を進めてるなんてそんなことは絶対ないぞ、ホントのホントのホントにないぞ? 多分きっとおそらくな!


「ねぇ、アリさん聞いてくれる?」


 おう、聞く聞く~。食っちゃ寝って暇なんだよね、なんか女王アリのところにいた頃を思い出すし。いやぁ、あの時の堕落っぷりはやばかったね。ほんとに食って寝て、自由という概念は置き去りにされてたよ。脱走して自由になって、まさかホモサピエンスの愛玩昆虫になるとは思わなかった。しかし、『愛玩昆虫』ってなんか響きがいいね、字面は嫌いだけど。で、早く喋れや、ヒューマンよ。もじもじしてる時間がもったいない、せっかく偉大なりアントであるアリさんが話を聞いてあげようというのに。まぁ、残念ながら何も返せはしないがな。精々、両前足を上に掲げてあ~、う~、と恭しく『アンツ』に祈りを捧げてあげるくらいだよ。


「あのね、『みーこ』ね、バラ組さんなの!」


 ばら、バラ……。ああ、薔薇ね、アント賢いからよく分かるよ、食べるとおいしいよね、薔薇。正直、巣から出るまでは舐めてたよ、あんなコジャレたもん食うアントはろくなもんじゃないって。でもあれほんと美味しいよ、なんて言うの、香り高い? 芳醇なフレーバーっていいよね。アリさんのフェロモンを感じ取れる部位がメロメロだよ。まぁ、アリさんは花びらが一番好きだな。やっぱり蜜って歯ごたえがないから、ガッツリ食べてる気がしない。しっかり噛み締められる果肉が、アント的にはベストだよね。一番はやっぱりコオロギだけど。ところでグミってなんだろう、アントよく分からない。


「でね~、同じバラ組さんにめぐみちゃんって子がいるの……」


 めぐみ、恵ね、うん、恵みはいいよね。雨が降った後とか、沢山の昆虫性タンパク質がまるで溺れたかのように、そこら中に転がっててさ。あの時は天の恵みを感じたね。巣穴から脱走し、餌をうまく見つけられなかった時期で、危うく餓死するところだったけど、あれのおかげでお弁当までゲットして、何とかアント生活を維持できたんだ。まぁ、結局アクリルの牢獄に入れられて、こうしてヒューマンの話を聞いてるんだけど。しかしあれだね、ヒューマンの話って要領を得ないね。もっとさ、アリを見習ってさ、単純にするべきなんだよ。


 発声器官はないけれど、アントの会話は効率的だぞう。10割単語で完結するからな! でも、通で粋なロンリーアントの視点で見ると、それってやっぱり寂しいよね。なのでアリさん、こう思う。いつか26個のフェロモン区分けを作成して、共通アント語を生み出すと! 恐れ慄け、ホモサピエンス、世界はアントが支配する!


「いつも一人で積み木しててね、だからね、みーこ、お友達になりたいの! どうしたらいいかなぁ?」


 ふむ、地元(巣)からさえ逃げ出した、アリさんに友達つくりの相談とな。とりあえず一人で積み木をしてるなら、二人で積み木をしたらいいんじゃないかとそう思う。アントの浅知恵悪くない。しかし、幼女よ、幼子よ。アリに相談するのは間違ってない? おれ、ただのアリなんだよ? いや、すごいアリなのは認めるよ、賢いアリなのも認めるよ、結構多芸なのも自負しているよ。でもアント、ヒューマンのおもてなしとか察する文化とか詳しくないからちょっと困る……。


「……」


 だからそんな期待を込めた視線を向けられても無理だって、だって俺、アリさんだもん、アントだもん、その上ロンリーなんだもん。仲間づくりなんてコオロギあげるくらいしか思いつかないよ。だからお菓子でもあげたらいいんじゃないかなぁ? あ、ちゃんとお菓子にしたのには意味があるよ。アント知ってる、ジャパンヒューマンはほとんど虫を食べないって! でも、前にヒューマンの家に忍び込んで、砂糖をパチっていたら、ネッタイウリンとか言う所で、虫ばっかり喰ってるホモサピエンスが確かいたっけ? あれは芋虫だったけど。まぁ、アリじゃなければなんでもいいよ。アント食べられるの大キライ。弱肉強食くそくらえ!


「……やっぱりアリさん聞いてもダメだよね~。アリさん『小さい』もん」


 ……あ、今なんつった? 今小さいことを理由にしました、このヒューマン? 別に、友達作りに小さい大きい関係ないよね、心が大きければそれでいいよね。一寸の虫にも五分の魂って言葉を知らないのか! つまりアントもホモ・サピエンスも心のサイズは皆同じ! 象もアントも皆兄弟! ただし、兄はアントだけどな!

 だからそんな言葉が通じないとか、生態系が違うとか、『小さい』から無理だとかアント的に許せない! 蟻さんの触覚はビンビンにトサカに来てるよ、ビンビンに!


「じゃあね、アリさん。おはなし聞いてくれてありがとう~!」


 あ、ちょっと待って、待ちやがれ! そんなにこやかに手を振りながら離れていくな! アントのお話は終わってないよ! アクリルを両前足でガンガンガンガン叩きながら、ちびヒューマンに己の全存在をアピールするが、スタスタ歩き去って気にも留めない。おお、聞こえる、聞こえるぞ、俺の触覚を通じて聞こえるぞ! 「お母さん、おやつまだ~?」と、ついさっき、友達作りを忘却し、オヤツを求めるホモサピエンスの鳴き声がっ!


 許さん、許さんぞ、幼きヒューマンよ。俺を無力なアリだと侮ったな? 後悔するが良いホモ・サピエンス、偉大なるアントであるアリさんの力を持って……。


 貴様に新しい友だちを作ってやろう! アント舐めんな、こんにゃろー!!


 草木も眠る丑三つ時、アントが一匹複眼光る。ふふふ、ヒューマンどもめ、野生で生きられぬ、脆弱な危機察知能力でアントの侵攻にも気づけない! では第一回『アクリル登頂大作戦』を開始する! と言ってももうほとんど終わってるんだよね、事前準備で9割終わってる。昔の偉いホモサピエンスは言いました。戦いは始まる前に終わっていると。10日間無駄に食っちゃ寝していたと思うなよ。月明かりの中、こつこつと、頑張った成果が実を結ぶ!


 アクリルは前回と変わらずゴツゴツで、ここまではワンサイドゲームの様相だ。アリさんにとっては地面を歩くのと変わらない。アントすごいよ、誰かほめて! ペタペタソロリと駆け上がる、脱兎のごとく駆け上がる、自由を目指して駆け上がる! そしてついにたどり着く……。


 白色の悪魔、フルオンへ! 圧倒的なまでに低い摩擦係数が、ありとあらゆるアントの自由を奪い奈落の底へと叩き落とす。アント界に於いて邪悪極まる発明だ! しかし、しかしだ、アント負けない! ヒューマンごときが創りだしたものなんて、アントが壊せぬ訳もなし! 毎夜毎夜少しずつ、自慢の大顎で傷つけた、努力の証は裏切らない!


 アントらしからぬ、まるでホモ・サピエンスの猿の様に、溝に前足をかけて這って行く、けれどその姿は惨めにあらず、アリさんのゆく道にこそ栄光あれ!

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