【御田寺 圭】「負の性欲」はなぜバズったのか? そのヤバすぎる「本当の意味」 男女の「生殖戦略」の違いが示すこと

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「キモい」人は「加害者」なのか?

2019年11月28日──ツイッターのトレンドに、突如として「負の性欲」なる禍々しいオーラを放つ4文字のワードが登場し、その日ずっとトレンド欄から消えることはなかった。もうツイッターは、いや、インターネットは終わりなのかもしれない。

筆者のTwitterホーム画面に表示された11月28日当時のトレンド

もともと「負の性欲」とは、「リョーマ」と名乗る(アンチ・フェミニスト系の)アカウントが2019年7月に考案したワードである。「女性による、よりよい子孫を残すための男性に対する選別と、そうした選別によって『アウト』と判定した相手に対して(自己防御的に)発露する生理的嫌悪感」を指し示す語だった。

すでに削除されたリョーマ氏のアカウントによる初出のツイート(掲載承諾済)

「リョーマ」氏のアカウントはツイッター規約に違反しているとされて凍結された。「負の性欲」が爆発的な流行を見せ、ミームとして急成長したのは、発案者がツイッターを去った後のことであった。

女性から男性に対する「キモい」ということばは、しばしば「『キモい』という感情を抱かされた私は被害者だ(そして加害者は、キモいアイツである)」といったニュアンスを帯びる。「キモい」「生理的に無理」といった拒否反応を、他人に向けることの加害性に無自覚な人びとに対する批判的説明として、「負の性欲」ということばには、大きな説得力があったのだろう。

そして、その生理的嫌悪感が、多くの女性にとっては実社会で関わり合いになる機会も少ないような人びと(とりわけ、いわゆる「キモ・オタク」とか「非モテ」などと侮蔑的に呼ばれるような人びと)に向けて頻繁に言明されることに対する、「カウンター」としての文脈をも強く帯びていた。

「キモい」ということばを向けられる男性は、「侮辱や差別を受けた被害者」ではなく、むしろ「女性に不快感を与えた加害者」とされる。そうした状況に違和感を抱く人びとのなかで鬱積していた思いを、「負の性欲」ということばが当意即妙に代弁し、巨大なバズ・ワードとして猛烈な速度で成長したのだ。

男女の「生殖戦略」の違い

「負の性欲」なるワーディングには新奇性があるようにも見えるが、説明されていること自体は、生物のあいだにおおよそ広くみられるものである。しかしながら、広大なネットの海を漂っているうちにことばの定義や意味が発散してしまうこともままあるため、ひとまず、その原義を把握しておこう。

一般に、生物のオスは自らの遺伝子をより多くのメスに播種しようとする。いわば、自分の遺伝子を「拡散」させることに強いインセンティブがある。理論的には、オスは同時に複数のメスに自分の遺伝子を抱えさせることができるためだ。

一方のメスは、同時に複数のオスからの遺伝子を受け入れられるわけではない。周囲に100のオスがいたとしても、一度の妊娠では単一のオスの遺伝子を受け継ぐほかない。したがって、より優れた子孫を残すためには、オスのなかでもより優れたものを「厳選」することに強いインセンティブがある。実際に人間においても、男性はより多くの相手との短期的な配偶機会を求める傾向があり、女性はより少ない相手との長期的な配偶関係を求める傾向があることが示されている。*1

言い換えれば、オスの性欲は「交渉権の行使」であるのに対して、メスの性欲は「拒否権の行使」であるともいえる。

積極的・能動的にパートナーを探し、あわよくば複数のメスとたくさんの子孫を残そうとするオスと、受動的・消極的にパートナーを選ぶことで子孫の生存確率を高めようとするメス──前者の行動を「正」の性欲に基づく行動とするならば、後者の行動はまさしく「負」の性欲に基づく行動といえる。ここでいう正/負はあくまで行動様式の方向性を指し示すものであり、「正」がGOOD(善)で、「負」がBAD(悪)という意味ではない。

「負の性欲」が一気に拡散した理由には、「負」という語に「悪い」というニュアンスを読み取った人びとからの拒否反応や怒りもあっただろうが、それは誤解である。皮肉なことに、そうした人びとからの「拒否反応」こそが、まさに「負の性欲」が指摘する内容そのものであった。

自分にとって到底受け入れがたい男性のことを遠ざけたい、ましてやそうした男性が性欲を自分に向けることなど言語道断、断固として拒絶したいと感じることを「それは(負の)性欲だよ」などと言われて腹が立つのはわからないでもない。

しかし、そうした「怒り」や「軽蔑」の表明こそがまさに「よりよい子孫を残すための拒否権の行使」の一環であることを、「負の性欲」ということばは説明しているのだ(つまり、「キモい奴にキモいと言うことの何が悪い」と言って「負の性欲」を否定することは、かえって「負の性欲」ということばが指し示すものを肯定的に補強してしまう)。

事情や心情はどのようなものであれ、異性に「生理的嫌悪感」を内心で抱くぶんには自由である。しかしそこを踏み越えて「キモい」「消えろ」「ゴキブリ」「ウイルス」などと対象に言明することは侮辱・侮蔑であり、まぎれもなく加害性のともなう行為である。

しかしながら、こうした「生理的嫌悪感に基づく言明」の加害性は、長らくにわたって不問に付されてきた。それどころか、これらはむしろ「生理的嫌悪感を抱かせる存在(「キモい」男性)こそが害悪の源であり、女性は被害者なのだ」と擁護されてすらいたのだ。

長きにわたって免罪されてきた女性の「生理的嫌悪感」に基づく言明の加害性に光を当て、またこれを批判する試みとしての機能を持っていた点において、「負の性欲」という概念には画期性があったのだろう。

同時にこれは、これまで男性の言動の加害性だけが抽出されては「有害な男らしさを卒業しろ」「マンスプレイニング」「すべてのセックスはレイプである」などとフレーズ化され批判されてきた私たちの社会において、「男性に対する女性の加害性」を議論の俎上に載せようとする、事実上はじめての試みであるとも評価できるだろう。

「異性に対する加害性をもつのは男性だけではない」──とする、いわゆる「反転可能性テスト」のひとつである。

性淘汰と「一夫多妻」

ゴリラの社会では、もっとも強くたくましいオスが「アルファ」になってメスを独占し生殖を恣(ほしいまま)にするし、鈴虫の場合はもっとも高く太く安定した羽音を出すオスがメスに選ばれる。多くの動物で、オスはメスに「プレゼンテーション」し、自分がすぐれた子孫を残す能力をもった存在であることをアピールする。メスは群がるオスのなかから、もっともすぐれたオスを採用する。

そうした基本的な「性淘汰」の原則が、ホモ・サピエンスだけには例外的に当てはまらない、ということは特にない。それはたとえば、新石器時代の男性の多くが生殖できないまま生涯童貞に終わり、ごく一部の男性に生殖の権利が集中していたという事実からも観測できる。*2

こうした自然な営みを言語化した「負の性欲」について、「『性欲』などという(汚らわしい)ことばを使うな」という女性からの怒りの申し立ては、逆にいえば「私は性欲や本能などではなく、あくまで社会的正当性や理性に基づいて男性を評価している(望まない男から向けられる性欲は「加害」であり、これを退けるのは当然の権利だ。けっして性欲ではないし、負[BAD]ではない)」と主張するものだ。

こうした反応には「理性は善であり、欲望や感情(この場合は性欲)は悪である」という前提が強く内面化されていることがうかがえる。だが残念ながら、理性は感情と切り離せるものではなく、むしろしばしば瞬時に沸き起こった感情をあとから説明したり、その感情に正当性(「これは私憤ではなく公憤である」などと主張すること)を付与するために援用される。

「ハイスペ」を求める欲望

女性が劣った男性たちを遠ざけようとする「負の性欲」と、それによる一部のアルファ男性の独占状況に対して、人類はひたすら無為無策だったというわけではない。寡占的にアルファが生殖権を有する社会(強固な一夫多妻制のコミュニティ)は淘汰されてきた。そうしたコミュニティは中長期的には存続しえなかったのである。

というのも、強固な一夫多妻制を指向する集団においては、全てを勝ち取る「男の中の男」の座をめぐって争いが絶えず、また「男の中の男競争」に敗れた男たちにとっては、コミュニティの存続や安定化に協力するようなインセンティブに欠けるからだ。所属する男たちに、それなりに「うまみ」がある方(一夫一婦制に近い方)が社会は強固になり、一夫多妻的グループより優位に立ったのだった。

なるべく多くの人に平等に生殖の機会を与える別のコミュニティとの衝突において、「男の中の男」が支配するコミュニティは敗れ去ってきた。(いまもアフリカ諸国やイスラム教国の一部に一夫多妻を認める国はあるものの)人間社会は概ね、「ゆるやかな一夫一婦制」へと収斂していくこととなった。

お見合い結婚が一般的で、子どもの結婚相手が親たちによって選ばれ制限されていた時代──それは自由のない社会であるともいえるが、同時に「負の性欲」の発露の上限がある程度抑制され(結果的に社会の秩序を保つことに寄与し)ていた時代であったのかもしれない。

だがいま、お見合い結婚は激減し、人びとは「新自由主義的」なパートナーシップ市場で「よりよい相手」を巡って際限のないえり好みを続けている。厳選すれば厳選するほどに、よりよい相手と巡り合える可能性が高まるのだ。つまり「負の性欲」の効用が最大化される時代である。

スマートフォンを起動し、マッチングアプリ、デーティングアプリを眺めて、より高い収入と学歴と身長をもつ、よりイケメンでより「ハイスぺ」なパートナーとの将来を望みながら、ツイッター上では「キモい男」の性欲を叩く──それらの行動はすべて、連続したひとつの物語の上にある。

問題は、負の性欲の「暴走」

留意しておかなければならないが、男性の性欲が概して「交渉権の行使」であるからといって、男性が「拒否権の行使」をしないというわけではない。反対にも同じことがいえる。女性の性欲が概して「拒否権の行使」であることは、「交渉権の行使」をしないことを含意しない。

雑誌の「抱かれたい男ランキング」などにズラリとならぶ男性俳優やアイドルに、女性たちが黄色い声を上げるのはまさに「交渉権の行使」と言えるし、「35歳過ぎた女は無理だわw」などという男の言動は、まさに「拒否権の行使」そのものであろう。

実際にアプローチをかけてきた男性や、仕事や日々の生活で相対する男性に対し、女性が拒否の意思を示すこと自体はもちろん批判されるべきものではない。

「負の性欲」が特に女性に対する批判として扱われるのは、(1)自分の「生理的嫌悪感」にすぎないものを、社会的にもっともらしいワード(「性加害」「ハラスメント」など)によって根拠づけたり、(2)見ず知らずの男性の私的領域にまで踏み込んで「キモい(あなたの言動でキモいと感じさせられた私は被害者で、お前は加害者だ)!」と言い募ったりするような場合においてである。

「自分に接近し、性的にアプローチしてきた男性を拒否(厳選)する」という枠を超えて、特にSNS上では「自分に向けられているわけでもない、無関係な他人の性欲を発見したさいに、まるで自分のことのように被害者意識を持ち、これを断罪しようとする過剰反応」が頻繁に起きている。それこそが、「負の性欲」が問題化される局面である。

先日SNSユーザーたちが、ネットの片隅で「10代20代と結婚したい」と望み活動する40代男性に対して、「キモい」「加害者」という非難のニュアンスを多分に含んだコメントスクラムを炸裂させたことは、自他の境界を見失わせる「負の性欲」の暴走を如実に示す実例だったといえるだろう。*3

タガが外れた世界で

人類社会においては概ね、「負の性欲」とこれに起因する一夫多妻制(そして、それがもたらす強烈な性淘汰)は、コミュニティの安定的な存続のためにある程度抑制されていた。

しかし、現代の「新自由主義的」な社会は、「負の性欲」の使用制限を撤廃し、またその効用を最大化する筋道を開いた。

現代社会はふたたび「一夫多妻制」への道を歩もうとしているのかもしれない。「キモい」存在は排除してもよいという「先進的な倫理観」に基礎付けられた、新たな一夫多妻制──すなわち、一生のあいだに多数の女性と性的関係をもつ男性たちと、一生生殖の機会が得られない男性たちに分かれる「非同期型一夫多妻制」の実現へと。*4

社会は激しい動揺を見せるだろう。そのような社会に協力しない、異性獲得競争から降りたMGTOWと呼ばれる男たちや、女性の人権を擁護する一方で弱者男性の淘汰を是認する社会への反撃を企てるINCELと呼ばれる男たちは、動揺の端緒なのかもしれない。

人類の歴史という「攻略本」をひも解けば、そこには「敗れた男」を多く抱える社会は存続できなかった、と記されている。「勝者総取り」の社会においては、社会を維持するための協力を敗者から引き出すことがきわめて困難になるばかりか、彼らには社会を破壊するインセンティブさえ生まれてしまうからだ。

私たちは、過去においては多くの場合失敗に終わった「一夫多妻制」へじわじわと接近していく社会を、どのように舵取りすべきだろうか。「負の性欲」というワードは、このままひとつのネット・スラングとして泡と消えるのかもしれないし、人類史において消えていった、無数のコミュニティと同じ轍を踏むことを避ける「道標」となるのかもしれない。

〈参考〉
*1:長谷川寿一「ヒトのセクシャリティの生物学的由来」心理学ワールド79号、日本心理学会、2017年10月 https://psych.or.jp/publication/world079/pw03
*2:「新石器時代に生殖できた男性は『極度に少なかった』」WIRED、2015年11月10日 https://wired.jp/2015/11/10/neolithic-culture-men/
*3:「『10代、20代と結婚したい』とある41歳婚活男性のブログがヤバすぎると話題に」togetter、2019年10月21日 https://togetter.com/li/1419916
*4:「ノルウェーの高出生率の裏側~男の二極化」Think outside the box、2014年5月17日 http://totb.hatenablog.com/entry/2014/05/17/204346