二つ目の神社と私
平和になった幻想郷での三日目の生活が始まった。みんなはもう起きていて、お布団を押入れに片付けている最中だった。ノーマが一番早起きだったらしく、もう布団も何もかも片付け終わっていて、部屋の隅っこでじっとみんなを見ていた。
昨日は寝る瞬間までみんなと話し込んでしまった。
お泊り会をするのなんて初めてだったし、友達とあんなに話したのも初めてだった。
お昼寝してた時間はもったいなく思うくらい、楽しい時間だった。
「おはよう、みんな」
起きて布団の片付けを始めているみんなは、手を止めて私の方を見る。
「おはよう。片付け、自分でできる?」
アリスお姉ちゃんの言葉に頷く。
「……澪、昨日の夜は楽しかったね」
恐る恐る、まるで試すかのようにアリスお姉ちゃんは聞いてきた。
「うん。あんなに楽しいおしゃべりをしたのなんて初めて。ものすごく楽しかった」
美沙お姉ちゃんは私の答えを聞いて、そう、と相槌をうった。
「楽しかったのなら、なによりよ」
「美沙お姉ちゃん、また昨日みたいに話そうね」
「……ええ」
美沙お姉ちゃんはそう返事してくれたけど、顔は明るくなかった。どうしたのだろう。
「澪、今日はどこか行きたいところはあるかしら」
私はカグヤにそう言われて、少し悩む。行きたいところ、か。どこがあるだろう。
「すぐに思いつかないんだったら、神社に行きましょ?」
「レイムのところ?」
カグヤは首を振った。え?
「いいえ。東風谷の方よ」
「……コチヤ?」
「そう。守矢神社の巫女さんよ。解放団の殲滅も手伝ってくれたし、お礼も兼ねてね。神様に会えるかもよ?」
神様。神様に……会える? 本当に? 会っていいの? ……私が?
疑問ばかりの私のそばに、片付けを終えたアリスお姉ちゃんがやってきた。
「危険はないんだし、行ってみない? 友達も増えるかもしれないし」
友達……か。増えるだろうか。増やせるだろうか。
でも、アリスお姉ちゃんが言っているのだ、断るわけにはいかない。
「わかった。いく」
「そう。じゃ、行きましょうか」
頷いて、私は布団を片付け始める。アリスからもらった大事な人形は一体わきに置いて、布団をたたみ始める。
「ご飯は?」
美沙お姉ちゃんが戸惑ったように聞いた。
「いるの?」
「いらないわけないでしょうが」
美沙お姉ちゃんの言葉に、カグヤはため息をついた。
「そういえば、あなた人間だったわね。エイリンに用意させるから、ノーマと一緒にここで留守番しといて」
「え、なんで?」
あのね、とカグヤは言った。彼女は布団を片づけ終わると美沙お姉ちゃんのそばまで歩いて、ノーマを指差した。
「あなたを連れて行ったら、ノーマだけ一人にできないでしょ? そうしたら、三人も戦えない人間を連れて歩くことになるわね。私たち二人じゃ重いわ」
カグヤの言い分に、美沙お姉ちゃんは渋々ながら頷いた。
「わかったわ。でも、明日連れてってね」
はいはい、とカグヤは軽く返事をして部屋の扉を開けた。私は慌てて布団を片付ける。
「さ、行きましょうか」
アリスが私の手をとった。
「うん。行ってきます、美沙お姉ちゃん」
いってきます。生まれて初めて、家族に言えた。嬉しくて嬉しくて、つい涙ぐんでしまう。私、こんなに涙脆かっただろうか。
「どうしたの? ……何か、思い出してしまった?」
「ううん、違うの。嬉しくて」
アリスはキョトンとした顔をしたあと、柔らかく微笑んだ。
「それはよかったわね」
「うん。行こう?」
アリスは頷いて、私たちは一緒に歩き始めた。
永遠亭の廊下を歩いていると、前のカグヤがこちらに振り返った。
「そういえば、これから山登るけれど……大丈夫かしら?」
「うん、大丈夫だよ」
私は即答していた。私は戦うことこそできないけれど、吸血鬼なのだ。体力はある。と、思う。
「ふふふ、それはよかった。じゃ、行きましょうか」
永遠亭を出て、私たちは竹林を進む。長い間歩いて、竹林を抜けた。そうすると今度は、木々が立ち並ぶ山道。通った道は土が踏み固められていて楽だったけど、日が天辺にのぼるくらいは時間がかかった。
そして、私は長い山道を越え、その神社にたどり着いた。
レイムの神社とは違い、小綺麗で新しい印象で、祠もあって、人の姿もいくつかある。人里の人かな。
「お疲れ、澪。ここが守矢神社よ」
カグヤが軽く息を切らしながら言った。私は普段通り。さすが吸血鬼の体。ものすごく丈夫。
「あら、輝夜さんじゃないですか。アリスさんも。それに、あなたは……」
レイムのような、脇から二の腕にかけてを露出した不思議な巫女装束に身を包んだ巫女さんが神社の奥から出てきた。レイムは赤と白の色合いだけど、この人は青と白が主な色だ。緑色の髪をしていて、長い前髪を蛇と蛙の髪留めで耳の方へと留めていた。
「はじめまして、私はミオ・マーガトロイド」
「あなたが、あの……」
あの? あの、なんだろう。私、噂になるようなことでもしたのかな。
「いえ、なんでもないです。私は東風谷早苗。ここの神社の風祝で巫女です」
コチヤ、サナエ。……カゼハフリ? 何の名前だろう。
「それで、今日は皆さんお参りですか?」
「ん? いいえ、お願いしたいことがあってきたのよ」
「お願い、ですか?」
カグヤがそうよ、と答えた。
「ちょっと諏訪子と神奈子に会わせて欲しいのと、この子にちょっとした奇跡をね」
奇跡?
「どういうこと、カグヤ?」
「この巫女さんはね、奇跡を起こせるのよ。でもあなたの場合一度きり、だけど。それでもいいなら、どう?」
奇跡。私に、奇跡? どんな?
「どんなの?」
「起こって見ないと、わからないわ。あなたのためになるといいな、と思っただけよ。どうする?」
奇跡、か。見てみたい。私はサナエに向き直った。
「お願いしてもいいですか?」
「……まあ、澪ちゃんだしいいよ。じゃ、いきまーす」
そんな軽い口調と共に、風が吹いた。私は思わず目を閉じた。そして、次の瞬間には、奇跡が起こっていた。