贈り物と私
「ごめん、言いすぎた」
「ごめんなさい、言いすぎたわ」
二人は正座させられ、お互いに謝っていた。
「いい、子供の前でみっともなく喧嘩するんじゃないわよ、全く」
「はい……」
二人はさっきの剣呑な雰囲気を完全に消失させ、ただただ縮こまっている。なんだか、子供みたい。
「お手玉が原因で喧嘩する大人初めて見たわ。もっとしゃんとしなさい」
「はい……」
二人は小さく頷いた。心の底から反省しているみたい。
「わかってくれればいいの。……にしてもお手玉、ねぇ。お人形遊びもしてみない?」
アリスは指を軽やかに動かし、私の方へ何も持っていない人形を浮遊させた。
私は目の前にある人形……まるで妖精のような羽と可愛らしくデフォルメされた顔をした人形を手にとった。
「これ……アリスの大切なものじゃないの?」
「あげるわ」
アリスは微笑んで言った。私は手の中にある人形をみつめる。アリスからの贈り物。初めて貰った家族からのプレゼント。私は慈しむように人形を抱きしめた。
「……ありがとう、アリスお姉ちゃん。大事にするね」
「ええ。その子も喜ぶわ」
アリスが優しい声でそう言ってくれた。お手玉を教えて貰ったり、人形を貰ったり、私の身にはあまりある幸せだ。
……幸せな、はずなのに。どうして私は罪悪感を感じているのだろう。心の底で引っかかるように、僅かな恐怖を感じる。なぜ?
「どうしたの、澪。暗いけど」
「え? 顔に出てた?」
私は驚いて聞き返した。
「いいえ。いつもと変わらないわ。けど、なんとなくそんな感じがしただけ」
そう。私はどうしようか悩む。話すべきだろうか。話してもいいんだろうか。
「澪。悩み事があるなら相談に乗るわよ」
うんうんと、美沙お姉ちゃんとカグヤも頷いた。
言っても、いいんだろうか。怖いけれど、信じてみよう。
「……みんな。私ね、今すっごく幸せ。だけど、幸せすぎて……なんだか、怖いの」
「幸せって……。お手玉教えて貰って、お人形貰っただけでしょ?」
美沙お姉ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「うん。それだけ。でも、私にとったら、その『だけ』も初めてで、すっごく楽しくて幸せなことなの」
「へぇ~」
美沙お姉ちゃんが感心したような声を漏らした。
「あのね美沙。あなたはそろそろ他者と自分が違う存在だということを学んだ方がいいわ」
呆れたように、カグヤがそう忠告じみたことを言った。
「む。……はいはい。わかりましたよ〜だ」
嫌らしい顔をカグヤに向けて美沙お姉ちゃんが言った。
「いい度胸してるわね。年上に敬意も払えないのかしら」
「友達に上も下もあるもんか。偉そうにしないでくれる?」
「親しき中にも礼儀あり……。あなた、このことわざの意味、知らないわけじゃないでしょうね?」
「バカにしてんの?」
「そう聞こえたかしら」
「あ?」
美沙お姉ちゃんが腕まくりをしてカグヤに向かっていく。そのまま二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。そんな光景でさえ、私には眩しかった。微笑ましくもあるこの光景を眺めていられるということが、幸せだった。
でも、同時に恐怖もある。
この幸せは誰かが用意したもので、その誰かの気まぐれで、今の幸せはガラガラと崩れてしまうのではないか。そんな不安がする。
「……まだ、幸せであることに慣れてないからそう思うのよ」
アリスが私のそばに来て、肩に手を置いた。私は顔を上げてアリスの顔を見る。
「大丈夫。これから少しづつ、幸せに慣れていけばいいのよ」
「幸せに……慣れる?」
ぎゅっと、アリスは私を抱きしめた。
愛情を感じる。本やテレビ、創作の中でしか見たことのなかった本当の愛を、全身で感じている。
「……ありがとう、アリスお姉ちゃん」
私はお姉ちゃんを抱きしめ返した。腕全体で、お姉ちゃんを感じる。ぬくもりをかき抱く。
「愛してる」
「愛してるわ、澪」
アリスの言葉は、本心だろう。でも、私の愛は本心なのだろうか。
ちらりと、そんなことを思った。
「……愛してる、アリスお姉ちゃん」
私の中の愛を固めるかのように、私は再びその言葉を口にした。
「私もよ。……さて、と」
再び、喧嘩をしている二人の頭上にハンマーが振り下ろされた。ピコリと可愛らしい音がしたが、二人は痛そうに頭を押さえた。
「喧嘩するなってんでしょうが」
「痛……。まあいいわ。あ、そうだ。アリスも澪も、今日は泊まっていきなさい」
カグヤが急にそんなことを言った。
「わかったわ。私は服とか取ってくる」
そう言って、アリスは足早に部屋を後にした。彼女に迷った様子はまるでなく、すでに決まりきっていたように錯覚した。
「え?」
私はそんな戸惑いの声しかあげれなかった。
「そんなに不安に思わなくていいのよ。二人のお姉ちゃんと一緒にお泊りするだけなんだから。ね?」
「で、でも」
「怖いことなんて何もないわ。ね?」
カグヤのお願いするような声に、私は頷く他になかった。
「ありがと。……ふあぁ」
カグヤは大きなあくびをした。
「眠いの?」
「ううん。大丈夫よ」
そうは言っているけど、とても眠そうだった。お姉ちゃんもそう。
「私も眠くなっちゃった。一緒にお昼寝しよ?」
こう言えば、きっとカグヤも素直に眠ってくれるだろう。無理はよくない。何事も。
「……。ま、まあ澪が言うんなら仕方ないわね。美沙、お昼寝しましょう」
「……ええ」
そう言えば、昨日もアリスお姉ちゃんとお昼寝したっけ。なんだかお昼寝の癖がついてしまいそう。
美沙お姉ちゃんとカグヤがお布団の準備をしている間、私はそんなことをぼうっと考えていた。意識が薄れてくる。
あ、私も眠かったんだ。そう思ったとたん急に眠くなってくる。
まぶたがくっつきそうになるような感じがする。
「澪、大丈夫?」
「大丈夫……てつだう……」
なんで、太陽が天辺にあるというのに眠くなるのだろう。
「……無理しちゃダメよ。おやすみ」
そんなことを思いながら、私は何度もまばたきをする。だんだん、目を閉じている時間の方が長くなってくる。抱き上げられ、柔らかい何処かに横たえられた。
ここは、布団かな。
「……あと何時間くらいだと思う? 記憶が戻るの」
「まだ眠ってないわ。そういう話は控えなさい」
眠い……。どうして?もっと遊びたいのに。もっとおしゃべりしたいのに。もっともっと、色んなことを教えて欲しいのに。
「……ここまで変わっちゃってるなんて、思わなかった」
「今するなと言ったのが、聞こえなかったかしら」
「ごめんなさい」
私はすやすやと眠りに就いた。