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東方幻想入り 作者:コノハ

忘却の彼方と昼夜の分離

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お遊びと私

 永遠亭の前には、エイリンが立っていた。弓矢を背負って、腕を組んで周囲を見回している。

「おはよう、エイリン」

「おはよう澪。調子はどうだ?」

「全然問題ないよ。元気いっぱい」

 それは重畳、と彼女は言った。

「遊びに来たのか?」

「うん。入っていい?」

「もちろんだ。みんな喜ぶだろう」

 エイリンはすっと横に移動して、玄関を開けてくれた。なんだかものすごく親切だ。

「見張り? ご苦労様」

「……澪の様子は?」

 お姉ちゃんとエイリンが、しかめっ面でそんな話を始めた。

「何も問題はないわ。彼女が言うようにね。美沙は?」

 エイリンは質問に答えなかった。私の顔を一瞬だけ見た。

「何も、問題ないさ。さあ、入ってくれ。ああ、澪。地下室にだけは入らないでくれ」

 私はうなずいてから永遠亭に上がる。アリスお姉ちゃんもついてきた。普通に上がってカグヤのところに行こうとして、やめる。

 そういえば、故郷……外の世界にいたときにやってみたいことがあった。友達がいないからできなかったけど、今は大丈夫。

「かぐやー遊びにきたよー」

 自分が出せる精一杯の大声を出してカグヤを呼んだ。遊びに来たと、友達の玄関先で言う。学校にいたクラスメイトが時々やっていたことだ。些細なことだが、私のしたいことの一つだった。

「はーい。澪ー! 遊びに来てくれたんだ、ありがとー!」

「澪……」

 カグヤがキラキラとした笑顔と一緒に迎えにきてくれた。その隣には、暗い顔の美沙お姉ちゃんとにこにこと嬉しそうなノーマがいた。

「あ、そうだ! 美沙お姉ちゃん、紹介するね、この人がアリスお姉ちゃん!」

「え、ええ。えっと、は、はじめまして。星空美沙といいます」

 美沙お姉ちゃんはアリスにぺこりと頭を下げた。

「アリス・マーガトロイドよ。……よろしく」

 そっけなく、アリスお姉ちゃんは返事をした。

「それじゃ、カグヤ、上がっていい?」

「いいわよ。遊びましょ」

 私は靴を脱いで上がる。でも、アリスお姉ちゃんは上がってこない。どういうことだろうと、彼女の方を見る。

「私はいいわ。ここで美沙と話しとく」

「そっか。じゃあね」

 私は軽くうなずくと、歩き始めたカグヤの隣を歩く。美沙お姉ちゃんは、不安そうな顔をしてアリスお姉ちゃんのところへとむかった。なんだろう、妙に仲が良さそう。

「何がいいかしら。私、遊びっていうと古いのしか知らないのよ」

「私はなんにも知らない。教えて?」

 小さい頃は一人遊びくらいしかしたことがない。小学生になっても、友達ができなかったから遊んだ記憶は全くない。

「そっか。わかったわ。今日はそうねぇ。お手玉を教えてあげましょうか?私が知ってる新しいものといえばこれくらいしかなくて。ごめんなさいね」

 カグヤは部屋に入ると、押入れを開けて何かをゴソゴソと探す。

「ねえ、座っていい?」

「ええ、好きにくつろいでて」

 言われたとおり、テーブルのそばに座布団が敷かれてあったので、そこにすわる。着物姿のカグヤが、必死に何かを探す後ろ姿は、妙な可愛らしさを感じた。

「あったわ」

 振り返って私の方を見たカグヤの手の中には、小さな布袋がいくつもあった。

「それなあに?」

「これがお手玉。これを、歌と一緒に投げるのよ」

 歌と一緒に? なげる?

「ふふふ、まあ見てなさい」

 そう言って、いくつもあるうち三つを残してあとはテーブルに置いた。ひゅっと、一つを頭上に投げた。瞬く間に一つ二つ三つと上がって、次から次へと投げていって、いつしかまるで円を描くように……。

「すごい! どうやったの?」

 不思議な手品でも見たかのような錯覚に囚われた。その錯覚が心地よかった。

「え? ど、どうと言われても……」

「教えて?」

「ま、まあ待ちなさい。お手玉歌の幻想郷アレンジよ。

 一番はじめは博麗神社

 二は湖、紅魔館

 三はマヨイガ冥界

 四は竹林永遠亭

 五つ天下の裁判所

 六つ高速天狗山

 七つ東風谷の神奈子様

 八つ地底の地霊殿

 九つ空中宝船

 十は優しい外来人

 これだけの場所人いるならば

 たとえ死なずの不死であれ

 楽しむことはできるだろう」

 私はカグヤの透き通るような歌声に心奪われていた。美しい指先は歌っている最中も止まることはなく、三つのお手玉はふわふわとまるで浮くように宙を舞う。

「……ま、こんなもんよ。本当は病気の息子のために十の神社、神様のところへ願掛けに行く歌なんだけどね。幻想郷にはそんなにいっぱい神社ないから。神様はわりといるけど」

 カグヤはお手玉を投げることをやめた。カグヤの手には始めるとときと同じ、三つのお手玉があった。

 カグヤのうんちくを聞きながらも、私の視線は彼女の手にある布袋に釘付けになっていた。

「……やってみる? まずは二つね」

 ポン、とお手玉がテーブルの上に置かれる。私はたくさんあるうちの一つを手に取ると触る。引っ張ったり縮めようとしたり、ひねったり、とにかく気の向くままいじる。しゃら。ちゃら。そんな、落ち着く音がいじる度に聞こえる。なんだろう、すごく落ち着く。重さもちょうどいい。重すぎず、軽すぎず。

「ふふふ、気に入ってくれたみたいね」

「あ、うん」

 私はカグヤがやったみたいに、お手玉をひとつ放り上げる。思わず、落ちてきたお手玉を両手でキャッチしてしまう。

「あ……」

「ふふふ、ほら、こうするのよ」

 カグヤはテーブルの上にあるお手玉を二つ手に取ると、さっきと同じように放り上げた。そこで、私は気づく。放り投げたのと同じタイミングで、手に持っているお手玉を移動させているんだ。

 私はさっそくやってみる。放り投げてから、落ちる前に手のお手玉を……あっ。

 移動させるのを戸惑って、宙にあったお手玉をキャッチし損ねた。

「うーん、難しい」

「ま、練習しだいよ。これ貸してあげるから、家で練習してみて」

「うん」

 私はさっそく貸してもらったお手玉で練習する。放り投げて、落ちる前に移動させて、でも宙にあるお手玉にも気を払って……あっ。

 手元を見ていなかった。お手玉を移動させることもできたし、ちゃんとキャッチもできたけど、次に投げるのを忘れていた。

「……ねえ、澪」

「どうしたの?」

 私はいったんお手玉をテーブルに置いた。

「美沙はコンビニだの化粧だの携帯だのとうるさいけど、あなたは何も言わないのね」

「え?」

「別に、不満を言うことは悪くないのよ。もちろん、いきなり違う世界にきて、元の世界を懐かしむ気持ちも、元の世界と同じような生活ができないということはとても不安なことよ。美沙は何も悪くないわ。でも、私、あなたが文句を言うところ聞いたことがないわ」

 カグヤの言いたいことがわからなかった。文句を言うのが悪くないなんて言われたのも、言わない理由を聞かれるなんてことも初めてだったからだ。

「不満ないの?」

「ないよ。幸せ」

 私の言葉は心の底からのものだ。けれど、カグヤは納得してくれなかった。

「……もしかして、元いた世界、あんまり楽しくなかった?」

「楽しいもなにも、生きることで精一杯だった」

 なんというか、楽しいとかつまらないとかそういうことではなく、お父さんのために生きなければという思いで必死だった。

「……そう。変なこと聞いてごめんなさい」

「いいよ。別に、気にしてないし」

 大人が私に疑問を持つのは、当たり前のことだ。

「……そう。いい子ね」

 カグヤが私の頭を撫でようと手を伸ばしてきた。そのとき、ノックの音がした。

「輝夜、入っていい?」

 美沙お姉ちゃんの声だった。カグヤは小さくため息をついて、伸ばしていた手を戻した。

「いいわよ」

 からりと引き戸が開いて、美沙お姉ちゃんとアリスお姉ちゃんが入ってきた。美沙お姉ちゃんはテーブルの上においてあるお手玉を見るなり、キラキラした目をして駆け寄ってきた。

「うわ、これお手玉だ! 澪、これで遊んでたの?」

「うん」

 お手玉を触って、感嘆の声をもらすお姉ちゃん。まるで、子供のよう。

「でもさ、これだけで遊ぶのってつまんなくない?」

「あんたね、伝統バカにしてるのかしら」

 すかさず、カグヤが鋭い口調で言った。

「違うわよ。そりゃあんたにはこれが子供の遊びなんでしょうけど、今時の子供はこんなのしないわよ。ゲームとか、携帯とかね。私が見てるのも、昔はこれで遊んでたんだ〜っていう歴史を見る感じ?」

「む、むか……? ふん、ゲーム? 携帯? 電気がなければ出来ない遊びなんて」

「時代遅れの老人さんが、子供に変な教育しないでくれる? ゲームしたことないとか、学校で虐められるよ?」

「たかが遊びひとつ知らないくらいで虐めるの? あら怖い。電気の遊びってそんな排他的な子供を育てるのね」

「そうやってすぐに遊びのせいにするのが年寄りの悪いところよ」

「……いい度胸ね。さっきから聞いてたら。老人老人って、これでも私、容姿はかつてのままよ?」

「みてくれはね」

 ピクリと、カグヤの額にシワがよった。それは一瞬のことだったけど、彼女の秘めたる……秘めてないか。露わになっている怒りを体でも表していた。

「カグヤ、美沙お姉ちゃん、やめて」

「いいから、ちょっと黙ってて。

 美沙、口ばっかり働くのも考えものね。ちょっとしたことで崩れてしまう。泣き虫になっちゃうもの」

 あ? と、まるで不良が言うようなくちぶりで美沙お姉ちゃんが言った。

「二人とも、やめて。ケンカしないで」

「優しいのね、澪。輝夜もちょっとは見習ったら?」

「あなたこそ、この子の慎み深いところを学びなさい」

 二人は視線で火花を散らしあい、そして、あっという間に開戦。美沙お姉ちゃんが拳を握りながら前に出た。カグヤも立ち上がって、拳を握った。

「やめなさい、二人とも」

 アリスが二人の間に入った。小さなハンマーを持った人形が、ゴン、と二人の頭にハンマーを振り下ろした。二人はほとんど同じような格好で頭を押さえた。

「痛いわね! なにすんのよあんた!」

「痛いわね! 警告なしっていうのは酷いんじゃない!?」

 もう一度、アリスは人形を操作した。

「あいたぁっ!?」

 二人は頭を抱えてうずくまった。

 私はどうしようかと呆然としていた。

「喧嘩両成敗。つまらないことで喧嘩しないの」

 はあ、とアリスはため息をついた。

 なぜか私もため息をつきたくなった。

 ……カグヤ……。もっと冷静な人だと思ってた。

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