魔法授業と私
歩き始めてから三時間ほどでアリスの家に着いた。
アリスの家は、なんだか久しぶりに入るような気がした。なんでだろう。毎日ここで暮らしてるはずなのに。
アリスの家はとってもシンプル。物凄く広い、普段暮らす部屋と、寝室、それからお風呂場しかない。けど、私たち二人が暮らすならこれくらいでも十分だ。
壁には、人形が山のようにおかれた棚がある。
「澪、ちょっといきなりで悪いんだけど、話があるの」
アリスは家に入ると、まず棚の上においてある一体のお人形を手に取り、私の方へと渡した。
「ねえ、澪。あなたが嫌じゃなければでいいんだけど、人形操術を覚えてみない?」
人形……そうじゅつ?
「あ、えっと、私みたいに人形を操ってみないか、ってことなんだけど」
私は頷いた。
「やりたい」
そう、とアリスは微笑んだ。
「わかったわ。じゃ、まずは魔力糸の精製から始めましょう」
「魔力ってなぁに?」
きょとんと、一瞬アリスは呆気にとられた。なんだか悪いことをしているような気分になった。
「……そうよね。あなたには、魔法の基礎から教えてあげるべきよね」
そう言って、アリスはテーブルについた。仲直りの証に作ったテーブル……だったと思う。
「ほら、隣においで」
「うん」
私はなんの警戒もせずにアリスの隣に座った。アリスはテーブルの上に指を置き、動かした。その軌跡が光り、円になった。綺麗な真円に見えた。
「魔法、っていうのはね、簡単に言えば道具と同じ。普通の道具と違うのは、使い方がいっぱいありすぎて、自分に合った使い方で使わないとまるで役に立たないってところ。そして、魔法を使うときに必要なエネルギー……それが、魔力よ」
「ふうん。お姉ちゃんはどんな魔法を使うの?」
魔法、については割と容易く理解できた。きっと、アリスの説明がわかりやすいからだ。
「割となんでもできるわ。夢を叶えるために、人形をよく使うようにはしてるけどね」
「……夢?」
そうよ、とアリスは頷いた。
「まだ、理論がしっかりできてないから完全に大言壮語のレベルだけどね」
なんだろう。気になる。けど、きっと教えてくれないのだろう。私だってお父さんを生き返らせるのが夢だ、なんてあまり言いたくない。バカにされそうで。
アリスもきっと、私と同じ理由だろう。
「そう。でも、きっと叶うよ、ここは幻想郷なんだから」
「……ふふふ、そうね。じゃ、続きよ。この円は、魔法の練習で一番簡単なやつなの。これで、魔力精製の練習をするのよ。最初は小さく、次第に大きく円を書いていくの」
私は頷いた。
「魔力ってどうやって作るの?」
これには、アリスは腕を組んでうなった。
「そうなのよね。それがなによりの問題よ。魔力の精製能力は、努力しだいでいくらでも伸びるけど、種が……そもそも作ることさえできなければ伸びないのよ。ゼロにはいくらかけてもゼロなように、僅かでも魔力が作れないと始点にすら立てないのよぇ」
私には、その才能があるのだろうか。少し不安になる。
「ま、無理に力入れなくてもいいわ。いい、こうするの」
アリスが魔力の精製方法を教えてくれる。私は実践に移したのだけれど、まるで成功しない。
「あ、あれ? お、おかしいな」
十回くらいやっても上手くいかなかった。もう一度試そうとしたところで、アリスが手を私の手に重ねた。
「もういいわ」
「でも」
「ま、誰にでも向き不向きがあるわ。気にしないで」
私は諦めきれなかった。アリスと心以外の繋がりを手に入れるチャンスをふいにするわけにはいかないのだ。
「……血だ」
「え?」
「魔力の精製方法、血を操るのによく似ている……気がする。もしかしたら、血なら……」
私はさっき魔力でやろうとしていたことを、血でやった。出来たのは、小さな円。けど、魔力でやろうとしたときとは比べほどにならないほど簡単に、うまくいった。血なんて初めて操ったのに、私、才能あるのかも。
「頑張ってくれたところ悪いんだけど……。私、魔法は使えても血は使えないわ。血で魔法を使えるのかもしれないけど、私は教えられない」
ま、それでもよくやったけどね、とアリスは私の頭を撫でてくれた。
「変に期待させて悪かったわね。……まだ血で魔法を使うつもりなら、一応、人形の操り方、教えておくから」
そう言って、アリスは私に人形の操り方を教えてくれた。理解は難しかったけど、とにかく文言だけは覚えた。力が強くなる夜、練習しよう。
「とまあ、こんな感じでやるのよ」
一通りの説明を終えたアリスは疲れたのか大きく伸びをした。
「もし血で操れたら、また教えてくれる?」
「いいわよ。でも、魔力代りに血を使うことで何か問題が起こるかもしれないことだけは、頭に留めといてね」
私は頷いた。アリスから何かを教えてもらうということが、とても嬉しかった。ああ、アリスみたいに微笑むことができたなら。
「……ねぇ、澪。疲れてない?」
「え? ……うん、ちょっと疲れたかも」
なぜだろうか、説明を聞いて、ほんの少し血を使っただけなのに、疲労を感じている。
「もう寝ましょう」
「でもまだお昼だよ?」
「いいじゃない。お昼寝くらい」
私は半ば無理矢理アリスに寝室まで引っ張られた。寝室に来てまで抵抗するのもなんだし、疲れていたし、私はアリスの好意に甘えることにした。
「アリスお姉ちゃん、寝るからちょっと手を離して?」
「ええ、ごめんなさい」
アリスはパッと、不必要なくらい急に手を離した。
少しだけ、その動作に傷つく。どうしたのだろうか。
じっとアリスの手を見ていると、アリスは私を抱き上げて、布団の上に寝かせた。
「ええっ? お姉ちゃん、どうしたの?」
「な、なんでもないのよ。ほら、お眠りなさい」
釈然としない何かを感じながら、私は目を閉じる。アリスが私の胸をあたりをトントンと優しく叩いてくれる。
アリスの言うとおり、私は疲れていたのだろう。それからすぐに睡魔は訪れた。