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東方幻想入り 作者:コノハ

世界の脅威

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ゆうぎと私

 こうして逃げる以外の目的で走ったのは、いつ以来だったっけ。

 無言で走っていると、そんなことを考える。さっき東野との戦いで少し走ったけれど、こんな風に長距離を走ったのはいつぶりだろう。

「大丈夫か、澪?」

「大丈夫。まだまだいける」

「そうか、辛くなったらいつでも言うんだぞ」

「うん」

 時々心配してくれるゆうぎにそう答えながら、私は走る。黒っぽい土を踏みしめながら、私達は進む。

 ああ、そうだ、思い出した。全力で走ったのは、学校での長距離走以来だ。

 だから、一年くらい前?

 そんなブランクがあるというのに、私の体はいくら走っても疲れないし、息切れもしない。強い体だ。弱い、私の心とは比べ物にならないくらいに。

「そろそろだ。こっからバトル続きになるけど安心しろ。お前は勇儀が守ってやる」

 自身に満ち溢れたその言葉が頼もしく思えた。武人。そんな言葉が彼女にはぴったりのように思えた。

 さらに走ると、大きな街が見えた。私達が行く道を中心に、街道沿いに街が出来ている。街というよりは、まるで映画のセットか観光地のような場所だった。

「いた。やつらか」

 街の入口を守るように、武装した男女がいた。

 男の方は皺の多い顔で年齢は四十代くらい、道着を着ている。黒い長髪を後ろで一つにまとめていた。彼は一本の日本刀を両手で持っていた。正眼に構えていて、まるで剣道みたい。

 女の方は、白いキャミソールで、割りと綺麗な顔をしていた。何十本というナイフが彼女の周りをひゅんひゅんと飛んでいた。遠隔操作できる上に宙を浮くナイフ。強そう。

「二人……か」

 ゆうぎは足を止めて二人を観察している。すると、私たちに気づいた女の方がこちらの方に歩いてきた。

「鬼の四天王、怪力乱神の星熊勇儀はあなたね?

 目私達の目的は、そこのお嬢ちゃんだけなの。今すぐどいてくれない?」

 ひゅん、と彼女の周りを取り囲むようにして浮いていたナイフが私の方へと移動してきて、私の周りを囲った。

「どいてくれないと、この子が痛い目を見ることになるわよ?」

 ゆうぎはじっと、女を見た。けど、何もしないところを見ると少しはためらっているのだろう。

「お姉さん、脅しのつもり?」

 私は挑発するように聞いた。

「は?」

「ナイフ、何十本もあるね。

 それが、私に利くと思った?」

 言ったけど、全部はったり。私は手を高くかかげ、手のひらに力を集中させる。

 異常な速度で手の平に血が集まり、あっというまに私の身の丈ほどもある大きな槌ができた。

「!」

 女が指先を僅かに動かした。すると、私の周りを囲っていたナイフが私の元へと殺到する。

 私は手にした槌を振るう。その軌跡と重なったナイフは叩き落とされた。けど、まだまだナイフは残っている。私は体から余計な力を抜いて目を閉じ、痛みを待つ。

「……澪。知らなかった」

 私は、その声を聞いて目を開けた。私の前には、厳かな顔をしているゆうぎがいて、その手は横に広げられていた。

 ナイフはどこに?

 私がそう思っていると、ゆうぎは手の先を私に見せた。

「お前が……こんなすぐに覚悟できるなんて」

 彼女の指先の間には、何十本というナイフが纏めて掴まれていた。

「……すごい」

「強いやつが強い奴にしかできないことをするのは、当たり前だ」

 ゆうぎはそのナイフを滑らかな動作で手のひらに移動させ、握りしめた。しばらくそうすると、ぱきりと音がして、そのナイフが全て砕けた。ひらひらと手を振ると、かけらがパラパラと落ちた。その手のひらは、無傷だった。

「弱い奴が強い奴の真似をするのが、すごいんだ。よく、ナイフの痛みを覚悟できたな」

 だから、と言ってゆうぎは私の頭に手を乗せた。

「だから、お前は見ていろ。強い奴の戦い方を」

 そう言うと、ゆうぎは走り出し、女には目もくれず男の方へと一気に向かった。

「勇儀は鬼の四天王が一人、星熊勇儀。故あって、汝らには死んでもらう」

 一気に、彼女は男に肉薄した。

「え?……こ、小手っ」

 男は即座に反応して刀を振り上げたけど、遅すぎる。刀はゆうぎが振り上げた拳にそらされた。男のガラ空きになったお腹に目掛けて、全力の拳が……。

「がうっ!?」

 私は目を閉じて、その瞬間を見ることを避けた。ビチャビチャと水の音と、何かが落ちる音。人が倒れた音? それとも、臓物が落ちた音? どっち? 知りたくなかった。でも、この匂いは間違いなく、血と臓物の匂いだった。

「……ば、化け物」

 男が、低く呻いた。

「そうだな。勇儀は鬼。化け物なのは間違いない。ならお前はどうだ? 自分が清廉潔白な人間だと本気で思っているのか?」

 男は何も答えなかった。

「……ふん」

 ずぼ、と何かを引き抜く音が聞こえた。

 私は恐る恐る、目を開けてゆうぎの方を見た。彼女のそばには、お腹の中に納まっていたものすべてをぶちまけて地面に倒れる男があった。

 右手を男の血で真っ赤に染めて、震える女に向ってゆっくりと歩くゆうぎ。彼女は私を釘付けにした。

 ゆうぎは血に染まった右手を胸の高さまで水平にあげて、女に少しづつ迫って行く。

「あ、あ……」

「あのおもちゃはあれきりか? いざという時の近接武器は持っているか? まさか素手か? 私と素手で渡り合う? 楽しみだ」

 ゆうぎは、戦いを楽しんでいる。

 女は、ひたすら怯えているだけだ。きっと、あの飛び回るナイフに絶対の自信があったのだろう。それがいともたやすく破られ、ゆうぎのことを恐れている。

「ゆうぎ」

 私はゆうぎを呼び止めた。ゆうぎはピタリと止まって、私の方へと顔を向ける。少し、苛立っている様子だった。

「なんだ、澪? 敵でもいたか?」

「……殺さないで」

 ふう、とゆうぎは息を吐いた。

「何を言うかと思えば。澪、敵に情けは無用だ。敵なんて生かしといてもロクなことにならない」

「で、でも、その人何もできないよ?」

 ひゅん、と一瞬だけゆうぎの手が目にも止まらぬ早さで動いた。それだけで女は遠く、遠くに吹き飛ばされ、灼熱の海へと落ちていった。私は呆然と、絶叫と共に落ちて行く彼女を見つめていた。

「……そうだな、もう何もできないな」

 にこりと笑って、ゆうぎは言った。その笑顔が、恐ろしかった。遥か遠くから、ぼじゅう、と嫌な音が聞こえた。

「そ、そうだよ、だったらなんで殺したの?」

「決まってるさ。敵だからだ」

 ゆうぎは私の方へと近づいてくる。私はそれに合わせて後ろに下がる。

「澪は戦ったことがないから、そんなことが言えるのさ」

「で、でも私だって何度か戦ったことが……」

 私の言葉を遮って、ゆうぎは口を開いた。

「だったら、どうしてわからないんだ? 相手を殺して、はじめて身の安全がはかれる。そんなの、わかりきったことだろう? 私ら鬼ならともかく、弱いお前なら」

「あ、あの人は殺さなくてもよかったはず!」

 私の言葉に、ゆうぎは頷いた。

「……さとりから、澪は吸血鬼だって聞いてた。元人間、だな」

「心は今でも、人のつもりだよ」

 そうか、とゆうぎは言った。

「優しいんだな、澪は」

 一瞬、ゆうぎはあきらめたような表情をした。すっと、意識の合間を縫ってゆうぎが私のそばにやってきた。思わず私は、頭を抱えてうずくまる。

「……先を急ごう、澪。お前は、何もしなくていい。『戦闘狂』の勇儀に任せて、私の背中に揺られていろ」

 私はひょいと持ち上げられて、荷物か何かのように背負われた。

「お、重くない?」

「お前が? はっ、面白い冗談だな。もっと太らないと、子供を産む時大変だぞ?」

「私、多分もう一生子供産めないから」

 もしこのまま変わらないのだとしたら、身体的に未成熟な私が子供なんて産めるわけがない。それに、授かるために必要なプロセスが、私にとっては恐怖なのだ。産むことができたとしても嫌だし無理だ。

「……そうか。悪いこと言ったな」

「いいよ」

 なんだか勘違いされたみたい。……でも、正直こんな話題は苦手だから、好都合かもしれない、

「澪、ちょっと聞いてほしい」

「え?」

 戸惑う私をよそに、ゆうぎは喋り始めた。


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