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東方幻想入り 作者:コノハ

世界の脅威

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人殺しの罪と私

 洞窟の光源は、溶岩だった。

 地獄は、海上都市のようだった。溶岩の海を基軸にした、巨大な都市。はるか遠くには大きな宮殿のような建物が、吹き上がる溶岩の柱に囲まれているようにして建っていた。いろんな建物が乱立していて、私は驚くばかりだった。私たちのいる入口から都市の入口までは、人二人分くらいの細い道がある。長さはかなりあって、ここを渡るのかと思うと、少しげんなりする。

 さらにその向こうはかげろうで空気が歪んでよく見えない。

「……あつい」

 目の前の光景よりなにより、暑いのが辛かった。

「ま、地獄だし。さ、行きましょ」

 すっ、と細い道に一歩進んだところで、私は前からきた何かに心臓を撃ち抜かれた。後ろに吹き飛ばされ、無様に仰向けになる。

「澪っ!? 大丈夫!?」

 血が溢れるように流れ、息ができなくなる。

「大丈夫」

 私が体を起こすと、レイムが幣を構えて戦闘態勢に入っていた。

 心臓に空いた穴が塞がってから立ち上がり、道の先にいる下手人を見る。

 包帯がまだとれきっていない東野がそこにいた。道の向こうに陣取っていて、渡ろうとすれば撃つつもりらしい。

「……ちっ」

 東野は低く呻いた。

 恐怖がこの体を支配しようとする。構うものか。

「レイム、あの人悪い人」

「言われなくてもわかる」

 レイムが幣を目の高さに上げた。すると、思わず耳を覆いたくなるくらい大きな音がした。レイムの周りの空間が歪んで、亜音速で飛来した何かを弾いた。私のそばに、石の破片がいくつも転がってきた。

「……澪、あいつ自分の手の平に収まる大きさの物を加速させて撃ち込んでくるわ」

「大丈夫、私がいく」

 私は意を決して走り出した。大丈夫、今は夜。私は強い。私は何でもできる。

 そう自分に言い聞かせて、遠くの東野を見る。右手を構えて、嫌な笑みを浮かべていた。

「しぃねぇっ!」

 わずかに、構えた右手を上げた。狙いはわかった。

「澪!」

 レイムの声が聞こえた。怖い声で、優しい声。どちらも私が感じた素直な感想だった。

 私はタイミングよく右手を振るい、頭に向かってやってきた何か……たぶん石ころだろうものを弾いた。右手首から先が吹き飛び、血と骨を撒き散らす。石は狙いをそれ、溶岩の海へと沈んでいった。

 私はさらに早く走る。道の半ばまで来たところで第二射。彼の右手はさっきよりもわずかにした。私は左手を振るった。

 ばきりと音がして、私の左手が弾けるように砕けた。私の心臓を貫くはずだった石の弾は、それて遥か遠く、天井に向かって飛んでいった。私は足を止めず、東野に近づく。

 東野の姿がだんだん陽炎に揺られないほどに近づいてきた。

 東野は二発とも弾かれ、どこを狙ったらいいかわからず、あたふたとしている。私も、彼がどこを狙っているのか判断しあぐねている。

 だから、横に跳んで、道から外れた。下から溶岩の熱気が私を襲った。熱い。

「なっ」

「澪っ!?」

 動揺したのは、二人。私は二人に構わず背中に意識を集中させ、翼を生やす。溶岩に落ちる寸前慌てて羽ばたき、空高く舞い上がる。一瞬たりとも止まらず、移動する。何度も何度も石の弾が向かってくるが、私にはかすりもしない。東野を中心に円を描くように飛び、だんだんと半径を狭めていく。どんどん東野と私との距離は詰まり、東野も、そして私も焦ってくる。彼の弾が、服にかすったり靴をかすめたりするのだ。けれど、私は撃ち落とされることなく東野のすぐ後ろに着地することができた。

 東野が手を構えたまま私の方を向いた瞬間を見計らい、私は彼の手首を掴んだ。

「……っ!」

「もう何もできないでしょ」

 まだ包帯は取れきってないし、近接戦闘は難しいはずだ。

「澪! なんで無茶したの!?」

 あとから、レイムが文字通り飛んでやってきた。そういえばレイム、飛べたんだった。

「……レイムを守りたかった」

「あ、あのね。私あなたに守って貰わなくても十分強いから、ね? 無茶だけはしないで」

 私は頷いた。

 今度は東野の方に顔を向ける。

 東野は私とレイムを交互に見て、絶望したような表情をしていた。

 いい気味だ、と思う私は最低……なのだろうか。

「東野。あの時私を撃ち落としたのは、あなた」

 私はいつ、とは具体的には言わなかった。でも、レイムも東野もそれで理解した。

「……だ、だったらどうした」

「許さない」

 私は東野の手首を掴む手に力を込めた。東野は顔を歪め、痛みに耐えている。

「あなたのせいで私は地獄を味わった。助けてあげたのに。殺さないでって頼んであげたのに」

「大きなお世話だ。とにかく俺は帰らなきゃならん。ここにいる連中なんてどうでもいい」

 レイムが顔を訝しげに歪めた。

「はあ? あんた正気? 帰りたかったからってなんでこんな子供を撃つのよ」

 レイムの質問を、東野は鼻で笑った。

「理由? こいつは子供のくせに俺に恥をかかせた。その報いさ。普通の躾じゃ化け物には効きそうになかったんで、撃っただけだ」

「あんた、あれね。躾と言ったら子供に何しても許されると思ってるタイプね。私が一番嫌いな人種よ。」

 まるで汚物でも見るかのような冷たい目をレイムはしていた。そばで見ている私でも、背筋に冷たい物が流れた。視線を直に受けている東野は、どんな気持ちなのだろうか。

「そうそう、一つ、教えてあげないといけないことがあったわね、澪」

 え?

 レイムは東野を見ながらそんなことを言った。

「幻想郷では、時々バカな奴が馬鹿らしいことをするのだけれど……あ、もちろんこのバカは親愛を込めたバカね。まあ、そのとき大抵私が突撃して事態をおさめるのね。で、そのときの話し合いの手段が弾幕勝負といって……」

「弾幕勝負については、教えてもらった」

 私が東野に警戒しつつもそう言うと、レイムはよく覚えていたわね、と言って私の頭を撫でた。ぞくりと全身の毛が逆立ったけれど、何も言わない。

「弾幕勝負の結果で色々決めるのね。

『あなた、負けたんだからこれやめなさい』『はいやめます』こんな会話ができるの。でも、こいつらは違うわ。弾幕勝負なんてして納得できるほど問題は深いし、そもそもトップがイッるし。だから、こいつら相手には、かつてこの幻想郷にあった本気の殺し合いをするしかないの」

 だから、とレイムは言って幣を振るった。その軌跡は赤い光の筋となり、その光の筋は八本の鋭い針となった。針を見た私は、思わず目を閉じて、その場に蹲る。刺されると思ったのだ。そして、東野が走って遠くに行く音が聞こえて初めて、私は手を離してしまったことに気がついた。

「あっ」

 私は目を開けて東野を見る。ひょこひょこと頼りない足取りで、必死に走っている。私が今から走っていっても追いつきそうだった。

「問題ないわ。何もね」

 赤い光の針はレイムの合図で東野に向って飛んだ。八本の針は東野の四肢に二本ずつ刺さった。短く悲鳴を上げて、東野は倒れた。

「……行きましょ」

 レイムはそう言って東野に近づく。私はレイムの後ろをゆっくりと歩く。

「……いい眺めね」

 レイムはにやりと笑って言った。

「……くっ。お前、私に手を出したらまずいのではないのか? 解放団と事を構えるのが嫌ではなかったのか?」

 レイムは鼻で東野を笑った。

「まさか。さて、私はこれからあなたをどうするべきかしら。まあ、殺すのは確定として、問題はどうやって、ということね」

 私はレイムと東野から少し距離をとっている。なんだか怖くて、レイムに近づきたくなかった。

「さて、私としては、澪に任せたいのよね。苦しめて殺すも、楽に殺すもあなた次第。どうする?」

 レイムが私の方を見た。射止められるような気がして、私はふるふると首を振った。

「わ、私はいい、よ」

「あら、そう。じゃ、東野。死になさい」

 レイムが幣を振るうと、東野の四肢にそれぞれ刺さっていた二本のうち一本が抜けて、宙に浮く。

 東野の心臓の上に集まった四本の針は、溶けて固まり、一本の太い杭になった。

 私はたまらなくなって、レイムに抱きついていた。

「ど、どうしたの澪?」

「や、やめてあげて。それ、すっごく痛いしすごく辛いんだよ? そんな酷い事、しないで、レイム」

 私の言葉を聞いて、レイムはきょとんとした。

「……あ、あなた、こいつは敵なのよ?」

「敵でも、生きてるんだよ? ダメ、殺さないで。もうきっとこれ以上悪いことなんてしないよ。だから、ね?」

 私の言葉に、レイムは驚いたような顔をした。

「あの、あなたね。ここに何しにきたかわかってる?」

「わかってる。解放団を潰すんでしょ? 御陵臣さえ潰せば問題ないよきっと! だから、殺さないで」

 レイムは渋い顔をした。

「あのね、澪。なんでこいつは殺しちゃだめで御陵臣は殺していいのかしら?」

 その単純な質問に、私は答える事ができなかった。そして、初めて気付いた。

 私はただ感情のまま言葉を発し、ただ思ったことを口にしていたのだった。

 だから、理論的な理由など何もないのだ。ただ人が死ぬのを見たくないから、こうして止めている。それだけ。

「……ごめん、レイム。私、ただ思ってたことを口にしてた……」

 私が言うと、レイムは一度何かを言おうとして……一度口を閉ざし、それからもう一度口を開いた。

「……あんまりにも冷静だったせいで忘れてたわ。

 あなた、まだ十歳なのよね。人が殺されるのを黙って見てるなんて、無理よね」

 責められなかった。貶されなかった。ただ、理解してくれた。

「……でも、このままじゃこいつずっと悪事を働き続けるわよ」

 私はレイムの言葉を否定できなかった。どうすればいいだろう。どうすれば、東野を助けられるだろう。

「……澪、こいつはあなたを撃ち落として、酷い目に遭わせた張本人よ? それでも助けるつもり?」

 私は頷いた。悪いのはきっと、きっと御陵臣だけ。きっとみんな、無理やり解放団に入れさせられているんだ。きっと、たぶん。

「……なんでそんなに頑ななの? 別にいいじゃない。敵一人死ぬくらい」

 私は首を振った。もう誰の死体も見たくない。御陵臣は仕方ないけど、けど、他の人は助けてあげたい。たとえ私を害していたとしても、そんなの関係ない。今の東野はただの弱い怪我人なんだから。

「……で、どうするか決まったかしら。決まらないのなら、目を閉じて、耳を塞ぎなさい。それから、私がいいと言うまでそうしてて」

 もしそうしたら、どうなるのだろう。東野は殺されてしまうのだろうか。ああ、きっとそうだ。私が助けなければ、東野は死ぬのだ。

 でも、悪人だからレイムは東野を助けたくない。それならどうすればいい? 私に何ができる? 何をすれば東野を助けることができるのだろう。私は一体何ができるだろう。

「……澪。あなたは優しいわ。三度も攫われて、滅茶苦茶にされて、それでも歪まず、壊れずにいて。強い子ね。素晴らしいわ。さ、あなたはもう十分悩んだわ。誰も責めやしない。閻魔だって、あなたを悪いなんて言わないわ。ね?」

 レイムの囁きがまるで、染み渡るように私の頭に入ってくる。

 たしかにそうだろう。確かに誰も悪いとは言わないだろう。殺された子供たちは、むしろ喜びさえするかもしれない。仇のうちの一人が、死ぬのだから。

 でも、私は納得できるだろうか。

 何もせずにいたら東野が死ぬと知っている。知っていて投げ出したことを私は後悔せずにいられるのだろうか。

 理屈ではなく、私の感情は否と叫んでいる。

「……東野、取引、しよう」

 私は、答えを出した。

「な、なんだと? お前と? どんな?」

「あなたの命を、助けてあげる。だから……」

 隣のレイムが、感心したように小さく声を上げた。

「私はあなたの命を助けてあげる。だから、あなたは私の命令に従う人になって」

 この人を魅了して悪さをするなと命じれば、きっとみんな納得してくれる。きっと、きっと。

「俺を奴隷にするつもりか? お前が? 笑わせるな!」

 私は苦い気持ちを感じている。これしかない。こうするしかない無力感が胸に渦巻いている。

「お願い。これが最後の希望なの」

「ふざけるな!」

 ぽん、と私の頭に手が乗せられた。私はレイムの方を見る。

「あなたは、最善の策をとったわ。それは間違いないわ」

「最善? ふざけてるのか!? お前はガキにそんなことさせて」

 レイムは東野を睨んだ。

「あなたは、差し伸べられた手を振り払ったのよ。唯一助かるチャンスを棒に振ったわね。じゃ、澪。しばらく目を閉じて耳を塞いでおきなさい。あなたは何も悪くないわ」

 そう言って、レイムは幣を振り下ろそうとふりかぶった。私は何も考えず東野に駆け寄り、目を見た。視線に力を込める。

「ごめんなさい、ごめんなさい……。こうするしか、ないの。あなたを助けるためだから……。ごめん、ごめん……」

 謝りながら、私は視線に込めた力を強くしていった。

 吸血鬼の魅了。それがどれほど力強いものかは知らないけど、東野を助けるためには、これしかないのだ。これしか、ないんだ。

「……ごめん、東野」

 私は東野から離れた。ゆっくりと東野は私の目を見た。その表情は心底嬉しそうだった。まるで、私の姿を見るだけで幸せだと言わんばかりの、歓喜の表情だった。

「……マスター。何を謝るというのだ? マスターは俺を好きにしてもいい。何も謝ることなんてない」

 私はその言葉を聞いて、自分がしてしまったことの重さを理解した。

「……レイム」

「何?」

 私の声は、上ずっていた。

「私、人を殺してしまった」

「東野は、生きてるわ」

 生きてる? 確かに生きている。だがそれがなに? ただ生きているだけじゃないか。

 私は、意識まで変えるつもりはなかった。ただ、攻撃するな、その命令だけきければあとは好きにさせてあげるつもりだったのに。それなのに、私は……。

「人は、心だよ。私はその心を……作り変えてしまった」

「まぁ、仕方ないでしょ。正直、こいつはこれくらいしなきゃ殺すしかなかったわね」

 その言葉を聞いて私は、例えようもないくらい悲しい気持ちになった。

「……私は、最低だ」

「そんなことないわ。よく生かしたもんだと思うわ。それに、こうでもしなきゃ生きて地上に出ても、アリスや輝夜、慧音に殺されるだけよ」

 本当にそうだろうか。

 私は後悔せずにはいられない。してしまったことが、重くて、私の小さい体には重すぎて潰れてしまいそうだった。

「ね、ねぇ、レイム。やっぱり、御陵臣も助けて……」

「そればっかりは、無理ね」

 レイムはそう言って幣を振るった。東野の四肢に刺さっていた四本の針と、宙に浮いていた大きな一本の杭が消え、あとには傷一つない東野がいた。

「え?」

 私が驚くと、レイムは笑った。

「ま、これでも巫女だしね。殺ろうと思えば殺れるけど、基本的には封印術よ。心臓の動きを『封印』して殺そうと思ってたんだけど、その必要はなかったみたいね」

 私は何も答えなかった。やっぱり、レイムは怖い。

 自由になった東野は立ち上がると、私に膝をおり、こうべを垂れた。

「なんなりとご命令を、マスター」

「……絶対に、私や私の大切な人を傷つけないで」

 途方もない罪悪感を感じながら、私はそう命令していた。

「仰せのままに」

 疑問一つ口にせず、東野はそう言った。

「……レイム、これからは私一人で行く。だから、東野を神社に送り届けて」

 意外なことに、レイムは頷いた。

「……無理ね。まあ、こいつの処遇は、地霊殿に行って、さとりと合流してから決めましょう」

 私は意外な名前に驚いた。

「さとり? さとりがいるの?」

「ええ。ここの管理者よ。ほらあの灼熱地獄の中に見える屋敷があるでしょ? ちょっと遠いけど、飛んだらすぐよ」

 そう言って、レイムは東野の脇の下に手をいれて飛び上がった。東野は一瞬驚いたような顔をしたが、抵抗すらしない。

「ほら、おいで」

 レイムは笑顔でそう言った。

「う、うん。レイムは東野が嫌いじゃなかったんじゃないの?」

 私は背中に翼を生やして飛び上がる。一定の間隔で羽ばたいて、滞空する。

「まあ、嫌いよ。でも、ここまで違うともうね。やっぱりこれくらい変えたのは正解よ、澪」

 そう言ってレイムは遠くに見える大きな屋敷に向って飛んでいった。

 私も下を警戒しながら飛んでいく。

 レイムは褒めてくれた。けど、ちっとも嬉しくなかった。むしろ、私が東野を殺したんだと再確認させられたようで、さらに罪悪感が増した。

 それから、私たちは地霊殿まで飛んだ。

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