固めた決意と私
神社の長い階段を登り、境内に入った私たちは、待ち構えていたように立っていたレイムに驚いた。
「いらっしゃい。一人増えてるけど、まあいいわ。用件はわかってる。もう、作戦は始まってるわ」
そう言うと、レイムはいらっしゃいと言って神社の中へと移動しようとした。
「時間がない。霊夢、私は奴らを潰したいのだ」
ケイネの焦ったような言葉に、レイムは納得したような顔をした。
「……おーけー。そう言うならここで分担しましょうか」
足を止めて、レイムは私たちの方へと向き直った。
「もう、何人かは行動に入ってる。魔理沙とさとりを主にした解放団殲滅隊よ」
マリサ……さとりまで、幻想郷のために戦っているんだ。漠然とそう思った。
「まずは、慧音。あなたはここで待ってて」
「なっ!?」
予想外の割り振りに、ケイネが不満そうな声をあげた。
「ここで、生き残っているかもしれない人達を癒してあげて。同じ理由で、エイリンもここよ。妹紅もここの護衛をお願い」
「わかりました」
エイリンが軽く一礼した。
「わかったよ」
モコウも面倒そうにそう言った。
「輝夜は、永遠亭の護衛をお願い。そこのあなたはここで待ってて。澪は私と来て」
「え?」
差し伸べられた手に、得体の知れない恐怖を感じる。レイムは、わ、私を……。
違う。なんど言い聞かせれば私の心は納得するのだ。違うというのに。この人は、御陵臣とは違うんだ。
「あなたが今大変なのはわかる。あなたの力が必要なの」
「ちょっと霊夢!? 悪ふざけにしてはタチが悪いじゃない?」
カグヤが私の前に立ち、レイムからかばうようしてくれる。
「……この子の力は、解放団に対する切り札よ」
「いいえダメよ。反抗したら、次に捕まったら絶対この子酷い目に遭う!」
「次なんてないわ」
レイムは力強く言った。
「次なんてこさせやしない。解放団は、必ず潰す。私、博麗霊夢のプライドにかけて」
カグヤを押しのけ、レイムは再び私に手を差し伸べた。
「怖いのはわかる。辛いのもわかる。でも、力を貸して。澪、あなたのその力で、全ての元凶を私と一緒に潰しましょ?」
「で、でも、私……」
何かとんでもないことが隠されているような気がする。それは、私がレイムにいたぶられた記憶があるからだろうか。御陵臣扮する、作り物のレイムに私は怯えている……だけだろうか。
解放団と戦えば、この気持ちはなくなるの? 本当に、私の中の恐怖は、きれいさっぱり消えてなくなるの?
本当に?
「彼らが消えれば、多くの人が幸せよ。あなたも、アリスも」
アリスが、幸せ。その言葉は、まるで魔法のようだった。その言葉を聞いた瞬間、私の中の迷いは消えていた。そうだ。私は一体何を迷っていたのだ。
みんなを守ると決めたのだ。解放団と戦うと決めたのだ。子供達の仇を討つと約束したのだ。アリスを愛するって約束したんだ。間違っているのかもしれない。でも、私の愛は、全力の奉仕。だから、アリスのために、尽くすんだ。
「……わかった。戦う」
私はレイムの手を握り返した。
「澪ちゃん、何考えてるの!?」
私の決断に文句を言ったのはケイネでもなくカグヤでもなく、美沙お姉ちゃんだった。
「何って、敵と戦う」
「この人に任せとけばいいじゃない! あなたみたいな子が戦うことなんてない!」
「私はみんなを守りたい。みんなのために戦いたい。みんなの仇を討ちたい。私を助けてくれたみんなに、この幻想郷に恩返しがしたい。だから、戦う。……誰にも、文句は言わせない」
私、すごくわがまま。でも、私の言葉に文句を言うのは今のところ美沙お姉ちゃんだけだった。
「……澪、ホントにいいのね。今なら、戻れるわよ」
しばらくして、カグヤが私に言った。私は頷いた。
「いい。私はもう普通には戻れない。遅いの、全部。だからあとは、突き進むだけ」
吸血鬼になり、永遠となった私がみんなにどんな恩返しができる? 戦うほかにあるものか。
「……なあ、澪」
ケイネが複雑な表情で聞いて来た。
「思い直してはくれないか。私と共に、ここにいてくれ。守ってやる。戦う必要なんてないだろう?」
モコウも、頷いた。私は思い違いをしていたことに気がついた。
文句がなかったんじゃない。すぐに言葉が出てこなかったのは、私を傷つけない言い方を考えるため、だったのだ。
すごく、嬉しくなった。
「大丈夫だよ、私、頑張るから。ね?」
もし、私の表情が動いたのなら、私は満面の笑顔だったろう。この人達のためなら、どんな地獄に飛び込んでも構わない。そう思えるだけの優しさを、彼らは私に与えてくれたのだ。それに報いねば、罰があたるというものだ。
「行こう、レイム」
「……ええ。行きましょ。今からだと、着いたら夜になるけど」
「好都合」
私はおそらく夜の方が強い。ならば、夜に戦うほうがいい。
「なあ、どこにあいつらの拠点はあるのだ?」
歩き出した私達に、ケイネが質問した。
「秘密」
振り返って、レイムが言った。境内を出て、階段を下りる。それからすぐ、お姉ちゃんの大声が私たちの耳に入った。
「澪〜! 頑張ってー! 負けないで!」
後ろを振り向くと、お姉ちゃんが私にそう言っていた。
私は、ふっと心が軽くなったよう気がした。
「……ほんと、気楽よね」
レイムがそう呆れ顔で言った。
「いいお姉ちゃん」
「ま、違いないわね」
レイムはにかりと、楽しそうな笑みを浮かべた。
なんだか、もう全ての問題が解決することがわかっているかのような余裕だった。
「レイム、夜の私は別人だって言われた」
「いいじゃない。吸血鬼ってそんなものよ」
この人は、どちら側なのだろう。人なのか、それとも妖怪側なのか。中立を貫いているようにも見える。
「ありがと」
私たちはそれきり、会話をすることはなかった。静かな道を人と歩くことが心地よかった。
けれど、不安もある。
私はレイムにとってなんなのだろう。手駒? 捨て駒? それとも取るに足らない塵芥?
私は何をさせられるのだろう。いざとなったら体面を保つためのスケープゴートなのかもしれない。
……それでも、いいか。アリスが幸せになるのなら。アリスを幸せにできるのなら、私はきっとどこまでも堕ちていけるし、なんでもできるだろう。
「……」
少しだけ、可笑しくなった。
手段を選ばない解決の先に、幸せなどあるだろうか? いいや、あるわけがない。手段を選んで、みんな幸せになる道を探そう。そうすれば、未来のアリスは、笑っているはずだ。
「……」
レイム。私は頑張るよ。頑張って、アリスと一緒に、みんな一緒に、幸せになるよ。
それから、長い時間を歩いた。
境内から歩いて森についた。魔法の森を抜け、再思の道をゆき、三途の川を川沿いに下って歩く。やがてどんどん下へ下へとおりて行き、景色が変わってくる。森や川、自然溢れる川原にぽっかりと穴があいたように、大きな洞窟があった。三途の川はその中へと続いていた。洞窟の入口から先は、暗くてよく見えなかった。
「この先は、地獄よ。この先、棄てられた地底の都があって、そこに奴らはいるわ。
……封じられた怨霊と一緒にね」
地獄?
私の手を引いて、その中に入ろうとしたところで、私は踏みとどまった。レイムは驚いて、こちらを見た。 お父さんに会えるかもしれない。け、けど。
「どうしたの?」
「帰ってこれるの?」
もちろん、と言ってレイムは頷いた。少しだけ安心する。
「でも怨霊に心を乗っ取られないように気を付けてね。普段と違うことを自分が思ったらそれは怨霊のせいだと思って。……あなたなら、大丈夫かもね」
できるかな。違う。できるから、レイムは私に言っているのだろう。
「わかった。行こう」
私が頷くと、レイムは再び私の手をとって歩き出した。洞窟の中に、一歩、二歩と入って行く。私の目さえも見えないほど暗い道を、レイムの手だけを頼りに歩く。
やがて、光が見えてきた。歩けば歩くほど、それは近づいて、大きくなっていく。
そして、その光の中に入ったとき……。
私は、絶句した。