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東方幻想入り 作者:コノハ

世界の脅威

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憧憬の宝石と私

 一人でおっかなびっくり、眠っていた部屋に戻ると、美沙お姉ちゃんが一人佇んでいた。お姉ちゃんの首を見てみる。やはり、ダメだった。

 けれど、今も感じる飢え、渇き。それらは、頑張って耐える。

「どうしたの、お姉ちゃん」

 私は後ろから声をかけた。もちろん、警戒させないために距離をとっている。

「ん? ……澪。ちょっと懐かしいな、って思って」

 お姉ちゃんは私の方を見ると、そんなことを言った。

「なつかしい?」

 私はオウム返しにきいた。

「私が小さいころ、家に和室があったの。小さい部屋だったから、私の部屋になってて。当時はフローリングの床にカーペットを敷くのが夢だったから、お父さんたちにねだったりもしたりして……」

 そこまで言って、お姉ちゃんはきまずそうに苦い顔をした。

「ごめん、澪ちゃん。自慢……だったね」

「そんなことない。もっと聞かせて」

 知りたい。もっと、お父さんのことを。もっと、お姉ちゃんのことを。

「……いいの?」

「お願い」

 それから、私はお姉ちゃんの話をいっぱい聞いた。

 子供の頃の話から、最近あった些細なことまで。お母さんがとれだけ優しかったか。お父さんがどれだけ厳しかったか。友達とどれだけあそんできたか、どれほどの思い出を、両親や友人と重ねてきたか。それを一つ一つ、語ってもらった。私にとってそれは、煌びやかな宝石を見せてもらうかのようで、ワクワクして、ドキドキして、羨ましかった。

「……でね、それでね、沙耶ったらね、告白してオッケーもらえてねぇ、すっごく幸せそうだったんだ! もうほんと、頑張って二人をくっつけたかいがあったってものよ!」

「それは、すごいね」

 私は物凄く楽しかった。美沙お姉ちゃんも楽しそうだった。

「……澪、いるかしら」

 話しているところに、カグヤがやってきた。

「いるよ」

「アリスが呼んでるわ」

 私は固まった。

「……やっぱり、追い返そうか?」

「な、なんて言ってる?」

「一目でいいから、だってさ」

 一目。その一瞬で、私は何をされるのだろう。違う。アリスは優しい。だから、何もしてこない。抱きしめてくれるはずだ。

 その手にナイフを隠し持っているのではないか?

 違う。そんなわけがない。私を抱きしめて刺したのは、アリスではなく御陵臣だ。

 わかっているのに、笑顔で私を虐めるアリスの顔が頭から離れない。

 違うのに。私の頭にいるアリスはアリスじゃない!

 でも、もし、もし……今ここに来たアリスが、御陵臣だったら。もしそうなら、私はまたあんな目に遭わないといけない。そんなのは嫌だ!

「ご、ごめん、ごめんなさい。ごめんなさい……」

「……わかったわ。ちゃんと、愛してるけど今は会えないって伝えとくわ」

 カグヤの優しさが、胸に染み渡る。

 ああ、よかった。友達がいて。

 私は心の底から、安心した。

「ど、どうしたの? アリスって人、あなたの……かぞ」

 美沙お姉ちゃんは、息を詰まらせたように口を閉ざした。美沙お姉ちゃんが見ているところを見ると、カグヤがすごい形相で美沙お姉ちゃんを睨みつけていた。

「……カグヤ、ありがと。でも、いいよ。ちゃんと説明するから」

「そう。……あなたがそうするのなら、それでいいのよ」

 カグヤはそう言って部屋を出て行った。

 気まずそうに顔を伏せるお姉ちゃんと、私が残された。

「お姉ちゃん、私ね、アリスお姉ちゃんのことが怖いんだ」

「こ、怖い? 家族でしょ?」

 頷いた。

「うん、家族。でも、怖いの」

「……何があったの?」

 なんと言えばよいだろうか。どうすれば、傷つけずに私の現状を伝えられるだろう?

「……私が解放団に捕まったとき、解放団の一人が幻覚を使えた、というだけ。私はアリスの幻影に痛めつけられた。そのせいで、今でも彼女が……」

 私はされたことを詳しく言うことを避けた。

「ご、ごめん。私、そんなこと知らずに……」

「いいよ。私、後悔なんてしてないし」

 ノーマのためにこの身を捧げた格好になってしまうが、悪い気はしなかった。誰かを守ることで、自分は悪人でない、化け物ではないと思いたいのだろうか。

「……」

「……」

 沈黙が続いた。私は別に構わないのだが、お姉ちゃんはそうではないようだ。

 無理もないか。思い返してみても、自分がここに来てからの経験は常軌に逸している。

「お姉ちゃん、もし、何かの拍子で攫われて、解放団に入れって強要されたら、従って」

「え?」

「それに、入ってからも従い続けて。誰かもわからない人より、お姉ちゃんの方が大切だから」

 私はしっかりとお姉ちゃんの目を見て言った。

 私は、死なない。だから、我を通しても大丈夫だけど、お姉ちゃんは違う。お姉ちゃんは死んでしまう。御陵臣なら、お姉ちゃんに生き地獄を味わわせてから殺すだろう。お姉ちゃんにそんな死に方してほしくないし、そもそも死んでほしくない。だから、私は……。

「お姉ちゃんが解放団で何をしても、それはお姉ちゃんのせいじゃない。だから、安心して従っていいんだよ。ね?」

 お姉ちゃんは私の言葉にいきを詰まらせたように押し黙った。

「……へ、変だよ、そんなの」

「変なのは、解放団。私の言葉、忘れないでね」

 私はお姉ちゃんの手を握ってそう言った。

「……う、うん」

 私はお姉ちゃんの返事を聞くと、ほっと胸を撫で下ろした。

「よかった。本当、お願いだよ?」

「わ、わかってるわよ。解放団が来たら取り敢えず従っとけばいいのよね?」

 私は頷く。よかった。これで、もしお姉ちゃんに何かあっても助け出すことができる。愛しい家族を守ることができる。

 私はお姉ちゃんの体温を感じながらそう思った。飢えと渇きを我慢して、でもお姉ちゃんを守るためなら、この苦しみも受け入れることができた。きっと、私さえ我慢すれば、これからずっと、ここでお姉ちゃんと幸せに暮らせる。


 そう思っていたのに。

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