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東方幻想入り 作者:コノハ

世界の脅威

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恐れと私

 中に入ると、レイセンが出迎えてくれた。

 その隣に、ノーマの姿もあった。そして、玄関に入ったところで、エイリンが私に頭を下げた。

「……澪。本当に、申し訳ない。私のせいで、君は……」

 エイリンの謝罪を受けて私は、首を振った。

「もういいよ」

 遅いから。私は言葉を濁すように言ったのに、エイリンは納得してくれなかった。

「もういいとは、どういうことだ?」

「もう、いいの。だから気にしないで」

「そうはいかない。何かお返しがしたい。何がいい?」

「じゃあ、私に何もしないで。虐めないで、攻撃しないで」

 私のお願いに、三人は驚いた。

「……澪」

 カグヤが、そんないたたまれないような声を出した。

「あなたは、休みなさい。何も考えず、ゆっくりと」

 私はカグヤの方をみた。

「いいの?」

 ええ、と彼女は笑顔で頷いてくれた。罠ではないかと疑う自分が、恨めしい。

「じゃ、上がって」

「うん、お邪魔します」

 永遠亭に上がる。パリパリと、足の裏の乾いた血液が木の床でそんな音を立てた。

 自分の血が気持ち悪い。私は少し神経を集中して、はりついた血の塊を皮膚から吸収した。

 吸血鬼としての力は、捕らえられていたときは気が動転してまるで使えなかったけど、今ならだいぶ使える。

 訓練しないとなぁ。せめて、不意を討たれて捕まっても、普段通りに力を使えるくらいにはならないと。

「……あなた、吸血鬼の力、使えたの?」

「でも、捕まっている間は使えなかった。かなり集中しないと使えない。無意識的に使えるようになるまで訓練したい。……まあ、別にいいけど」

 ふむ、と言ってカグヤが廊下に上がり、私の前を歩き出した。私も、カグヤに続く。

「あなたの好きにして。でも、無理に強くならなくても、私達が守るから」

「……うん」

 信じられない、なんて言ったらきっと傷つくだろうな。そんなのは嫌だ。

「永琳、澪に服を」

「わかりました」

 廊下を行き、カグヤの部屋に入る前、彼女は後ろのエイリンにそんなことを言った。

「……カグヤ、ありがと」

「気にしないで。さ、ゆっくり休みましょ。ここは、安全だからね」

安全、か。信じるしか、ないのだろう。カグヤの言葉が信じられなくなってしまったら、私は一体誰を信じていけばよいのだろうか。

「何かしたいこと、ある?」

 部屋に入ると、カグヤが私のほうを見てそんなことを聞いて来た。

「疲れた。眠りたい」

 私は畳にへたり込むようにして座り込んだ。まだなんだか助かったという実感がわかない。頭がぼうっとする。いまいち、うまく考えられない。

「眠たそうね。待っててね、すぐ布団用意するから」

「自分で、やる」

私は立ち上がろうとして、できなかった。疲れがピークに達したみたい。ずっと気を張っていたから、だろうか。それとも何かの後遺症だろうか。どっちでもいいけど。

 カグヤが押入れから布団を取り出し、それを敷き終わるまで、私はピクリとも動かなかった。眠くて、眠くて。

「……ほら、服は寝てる間に着せて置いてあげるから」

「うん、ありがと」

 私はそう言うと、カグヤが用意してくれた布団に潜り込み、目を閉じた。

 私の頭が撫でられるのを感じる。もしかしたら、次に目を開けたらまた地獄かもしれないと思ったが、どうでもよかった。つかの間の休息でもいい、今は休みたい。

 ゆっくりと、私は静かな眠りについていった。


 ズタズタにされる夢を見た。アリスとレイムとマリサに寄ってたかって切り刻まれ、私はいつしか自分のことを布か何かだと思い始めるのだ。私という布を刻む三人の顔は笑顔に満ちていて、物凄く楽しそうだった。


 目が覚めて、一番最初に見たのは、私の服を脱がそうとするカグヤだった。

 思い切り手を振って、カグヤの身体を弾く。立ち上がって、体勢を崩した彼女に襲いかかる。無我夢中でのしかかって、その首を刎ねようと手を振りかぶったところで、我に返った。

 眠る前にどんな会話をしたかも、全部思い出した。

「……カグヤ、ごめん」

 私は飛びのいて、頭を下げる。カグヤは身体を起こすと、柔らかく微笑んだ。

「まあ、予想してたし別にいいのよ。怖い夢でも見た?」

 頷いて、私は自分の体を見た。絹の柔らかい下着の上に、可愛らしい水玉模様のパジャマを着せられていた。私がここにくる前によく愛用していたものによく似ている。私はカグヤがとめようとしてくれたボタンを自分でとめると、もう一度謝った。

「ごめんなさい。私、あなたに大変なことをするところだった」

「ま、お互い不死なんだし、いいじゃない。ほら、数十分しか寝てないとまだ眠いでしょ。一緒に寝てあげるから、休みましょ」

 カグヤが私のそばまで来る。その様子が、御陵臣と被る。違う。あ、あいつとカグヤは違う。

「……きて」

 私はそばに来たカグヤを布団に引き込むと、一緒に布団を被る。よく見ると、カグヤは寝やすそうな白い着物を着ていた。最初からこうして一緒に眠る心づもりだったのだろうか。

 もしかして、私に何かするつもりなのだろうか。違う、何もするはずがない。

 けど、どうしても御陵臣にされたことが頭に浮かんでしまう。

「……カグヤ」

「何かしら」

「物凄く優しくて物凄く友達想いな親友を、クズで最低で人を痛めつけることしか考えていない化け物と重ねる私は、なんなのだろう」

 カグヤが、私のことを抱きしめる。ゾクゾクと、背中から恐怖が上ってくる。

「……いいじゃない、私とあいつを重ねても。怖いのなら、出ようか?」

「いい。ここにいて」

 一人はもっと怖いから、私は首を振った。

「……ねえ、カグヤ」

 眠い。けど、私は言葉を紡ぐ。

「どうしたの?」

「……なんでもない」

 何を言おうとしたのだろうか。わからなかった。私は首を振ると、目を閉じる。

 すぐに眠りは訪れた。


 夢を見た。

 肉が敷き詰められた床、肉が壁紙代りに掛かっている壁、見えないほど高い天井。私はそのひろい部屋にたった一人でいた。裸で肉の床に座し、自分の食糧が大量にあることに安堵する。

 肉の床に、指を沈めてみる。にちゃりと心地のよい弾力と共に、抗いがたい食欲が湧いてくる。私は周りを見渡し、誰もいないことを念入りに確認すると、肉の床から肉を一片、すくい上げる。匂いから、それが人の肉だということがわかった。美味しそう、食べたい、食べたい。

 欲求のまま、私はその小さな塊を口に入れ、咀嚼した。血の味と生肉の固いような柔らかいような独特な感触が気持ちよかった。ああ、食事とは快楽なのだな、と肌で実感する。私は衝動と欲望に身を任せ、好きなように、好きなだけ肉を喰らっていく。誰の肉かなんて気にせず、どこの肉かなんて気にも留めず。

「ん……あぁ」

 艶かしい自分の声が聞こえる。

「あぁ……んっ。

 ああ、なんて、おいしい」

 肉に牙を突き立てて、滴る血をすする。カラカラに渇いた肉を、まるでゴミか何かのように乱雑に放る。至上の贅沢をしているような気分になった。

 ふと我に返って自分の身体を眺めて見た。全身に血を浴び、目は赤く光り、爪は鋭く尖り、背中からは悪魔のような翼が生え、口元には鋭い犬歯がきらめいていた。

 そう、私は吸血鬼。人を食糧とする、化け物。

 私は床と壁にあった肉全てを喰らい尽くすまで、その夢を堪能した。


 目が覚めた。夢見はよかった……のだろうか。

 ふふ、あんなことをされたばかりだというのに、私は呑気に食べることを考えているのか。なんだ、案外私の奥底は、されたことを気にしていないのかな。

 ……まさか。

「……」

 私は隣で寝息を立てているカグヤと、カグヤにくっついて寝ているノーマを起こさないよう注意しながら、立ち上がった。ノーマ、いつの間に。

 周りがよく見える。僅かな光源が、太陽の光のようにも思える。時間は今、夜なのだろう。感覚も鋭いし、なんでもできるような万能感すらある。

「……」

 人を襲いたい。とにかく食べたい。誰がいいだろう。仕方なく、善意からではない、吸血がしたい。悪意に満ちた私の最初は、一体誰がふさわしいだろう。

 ……私の最初のキスを奪ったあの男だろうか。

 そうだ。あいつしかいない。私の心と体を踏み荒らして、壊して、捻じ曲げて。あんなことをしたあいつを、私は許さない。

 同じことを、してやる。私以上の苦痛をあいつに与えてやる。

「……澪?」

「カグヤ。起こしちゃった?」

「ううん。こんな時間にどうしたの?」

 きっとカグヤには私が何を見てるかなんて想像もつかないだろう。

 私がカグヤの真珠よりも綺麗な首筋に釘付けにされているなんて。

「カグヤ、私は復讐がしたい」

 彼女が目を見開いた。

「……どうしちゃったの?」

「昼間の私は気弱。でも、夜の私も私。御陵臣を、殺したい」

 私と、そしてたくさんの人の思いを踏みにじったあいつを、生かしておくわけにはいかない。

「グチャグチャにして喰らってやる」

「……本気? 本当にいいの?」

「構わない」

 私はしっかりとそう言った。

「……それから、カグヤ」

「何かしら」

「明日、寺子屋に行こう」

 カグヤは首を振った。

「そんな必要なぃ。あなたには学校なんて……」

「ケイネの生徒が攫われたのに、私は何もできなかった。せめて、謝りたい」

「……わかったわ」

 昼間の私は、なぜこのことを思いつかなかったのだろう。自分の事しか考えていなかった自分に、腹が立つ。

 急に、抗い難い空腹感が私を襲った。

「ねぇカグヤ、お腹空いた。何か食べたい」

 私がそう言うと、カグヤは立ち上がった。

「この時間に? 仕方ないわね、エイリンに用意させるわ。焼き魚くらいならすぐ……」

「私、普通の人と違うんだよ?」

 私はカグヤに少しずつ近寄った。カグヤは普段通りの表情だった。

「人が欲しいと、そう言いたいの?」

 普段通り、カグヤはそう言った。何を考えているのだろう。まるで、御陵臣のよう。違う。あいつとカグヤを重ねるだなんてしてはいけない。

「ダメ?」

「……昼間のあなたは、そんなこと言わなかったわ」

 私は首を振った。

「昼間の私は、昼間の私。今は、夜だよ。吸血鬼のための、漆黒の時間。私の時間」

 すべすべの手をとり、その手のひらを爪で優しく撫でる。

「そう、私にとって人は食糧なんだよ、カグヤ。御陵臣だって、そう」

「……強くなりたいのね、誰にも負けないくらい」

 私は、撫でる動きを止めた。なんで気取られたのだろう。強がっていることが、こんなに早くバレるなんて。

「……変?」

「普通よ。弱いから捕まったとあなたが思ったのなら、強くなろうと気を張るのはごく普通」

 カグヤは、優しいな。

「私は、きっと誰よりも強くなりたいんだと思う。御陵臣に復讐したいなんて嘘。だって強くなれば、誰にも傷付けられずに済む。誰にも、虐げられずに済む」

「守ってもらうのじゃ、嫌?」

「三回とも、誰も守ってくれなかった。だから、自分の身は自分で守る」

 すっと、優しく抱き寄せられた。私は手で、押し戻す。私達の距離が空く。

「抱き締めないで。怖いの。わかってくれる? 私、こうして抱き寄せられただけで全身が強張るの。それは、異常なの」

 カグヤは首を振ってくれた。

「違うわ。一週間も痛めつけられたら、何もかもが怖くなるなんて当たり前よ。だから、嘆かなくてもいいのよ」

「でも私は、恩人のアリスや、優しくしてくれたレイム、マリサ達さえ怖がってる! そんな自分が許せない! 強くなれば、誰よりも強くなれば、誰に何をされても大丈夫なようになれば、私はみんなを恐れずに済むの。だから」

「……澪、だから強くなっても、きっと孤独になるだけよ」

 カグヤの言葉が、胸に響いた。

「じゃあどうすればいいの? 私、みんなが怖くて、いろんなことが怖くて、怖いことがいっぱいあって、どうすればいいのかわかんなくて」

 カグヤは、私の方に歩み寄って、腰を下ろして私の手をとった。

「焦らないで。

 ゆっくり、時間をかけて癒していきましょう。誰もあなたを責めやしないわ。誰もあなたを、攻撃してこない。だから安心して、自分を癒すことに時間を使っていいのよ。ね?」

 そうなの、だろうか。私は、静かに頷いた。

「……ありがと、カグヤ」

 優しい言葉が、少し怖かったけれど。けれど私は、カグヤを信じることにした。

「信じる。カグヤ、信じてるから」

「ふふ、ありがと。食事はどうする?」

 カグヤはそう言うと、立ち上がった。

 私は首を振った。お腹はすいてるけど、いらない。我慢しないと。

「……そう。私は寝るけど、澪はどうする?」

「……力を使う練習をしておく」

 そう、と言ってカグヤは再び自分の布団に戻った。

 私は目を閉じて、力を集中する。手を水平にあげる。手のひらに力を集中させる。

 すると、手のひらから大量の血が吹き出した。それは地面に落ちず、床や壁を汚すことなく空中に留まった。まだ、自分の力は制御の中。その血液を、ナイフの形に固めて行く。

 吸血鬼とは血液だ。そんなことを書いてあった物語があった。私はもはやその吸血鬼なのだから、私がかつて読んできた本の知識が、役に立つはずだ。

 ナイフの形に固めた血液を、自分の手のひらに当てて引いてみる。

 傷一つつかなかった。切れ味を持たせるには、もう少し修行がいりそうだ。

 もっといろんなことを試してみよう。私は何ができる。私は何ができない。それ知るということは、強くなることに繋がるのだから。

 次は、剣を作ってみた。さっきと同じで、形はうまくいっても、まるで斬れ味がなかった。才能がないのだろうか。

 そう思っていると、さっきのカグヤの言葉が思い起こされた。

『焦らないで』

 私は、小さく頷いた。

 焦ることは、ないのだ。時間はそれこそ無限にある。それをどう使うのかは私の自由。誰にも邪魔できないし邪魔をさせない。

 私は、自由なんだ。だから、だから、焦ることなんてない。

 斧。曲剣。大剣。

 色んな武器を想像のまま、作っては体に戻すを何度も何度も繰り返す。

 同じ作業を延々と繰り返していたせいか、だんだんと眠くなってきた。寝たばかりだというのに。

 私は睡魔に襲われるまま、カグヤの隣に潜り込み、目を閉じる。好きなことをして、好きな時に眠る。ささやかなことだけど、私はそこに自由を感じた。

 それからしばらくして、私は眠った。

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